#5 お天道さん(= 太陽)
「コレは 『お天道(てんどう)さん (= 太陽)』 から聞いた話なんだ」
どうやら玄龍斎先生の話が始まったようだ。
仲間達が4番テーブルに集まりだす。
はてさて、今夜はどんな話になるのかな。
チョッと覗(のぞ)いて見るか。
「お天道さんは、こう言っておった。
『私は見ていたのです。
これは・・・
ある小さな田舎町での出来事です。
その町に健太という名の男の子が住んでいました。
健太はまだ5歳です。
でも、両親がいません。
事故で死んだのです。
健太はお祖母さんに引き取られていました。
そして明るくスクスクと育って行きました。
健太には日課がありました。
近くにある小高い丘に登るのです。
その丘の上から健太の住む町が一望できます。
その丘から見る町の家々は、まるでマッチ箱。
人々の姿は、まるで蟻(あり)んこです。
健太は来る日も来る日もその丘に登り続けました。
雨の日だって、風の日だって、雪の日だって。
健太は休まず登り続けました。
そしてある春の晴れた日の事です。
いつものように丘に登った健太は、マッチ箱のような家々を見下ろしながらこう叫んだのです。
ヤッホー!!
オイラは王様だー!!
両手で輪っかを作ったら、町中ぜ〜んぶ、オイラの手の中に入っちゃうんだー!!
だから、オイラは王様だー!!
ヤッホー!!
そうです。
王様です。
健太は王様になったのです。
間違いなく、健太はその町の王様です。
だって、とうとう健太は健太の住む町中全部、両手で作った輪っかの中に収める事が出来たのですから。
だから私は・・・
健太と健太の町をやさしく照らして上げたのですょ』
とな」
そうか、
王様か・・・。
そうだな。
確かに健太は、王様だ。
ウム。
健太は王様になったんだ。
ならばその王様に一言。
「 Here's looking at you, kid. (君の瞳に、乾杯) 」
健太のヒトミに
・
・
・
乾杯!!
#6 お月さん
「コレは 『お月さん』 から聞いた話なんだ」
何々、今度の話はお月さんか。
チョッと聞いてみるとするか。
「お月さんは、こう言っておった。
『これは・・・
ある夜の出来事です。
ある町に一人の男がいました。
その男の名前は、良治(りょうじ)と言いました。
良治は泥棒でした。
ある晩、良治は盗みに入る家を物色していました。
すると一軒のボロアパートが目に入りました。
普段なら軽くスルーするところです。
だって、泥棒がボロアパートに目を付ける筈がありませんもの。
しかし、どうしたのでしょう。
その日に限って良治はそのボロアパートに盗みに入る事にしました。
そのアパートにはたった一人しか住人はいませんでした。
身寄りのないお婆さんです。
他の人達はアパートの取り壊しが決まっていたので、皆、既に立ち退いてしまっていたのです。
でも、良治はそんな事は知りません。
ただ、入り易そうな部屋を探すだけです。
一階の奥の部屋が入り易そうです。
人目に付かない上に雨戸が開いていたからです。
良治はそーっと、窓ガラスを開けてみました。
鍵は掛かっていませんでした。
窓ガラスは、多少ガタガタするものの簡単に開きました。
『しめしめ』
良治はそう思いました。
音を立てないように静かに部屋の中に入り込みました。
部屋の中には古びて安っぽい箪笥が一つとちゃぶ台が一脚あるだけでした。
金目の物はありません。
「チッ」
舌打ちをして振り返ったその時です。
良治は、飛び上がらんばかりに驚きました。
老婆が眠っていたのです。
逃げよう。
そう思いました。
しかし体が動きません。
何故かその老婆の顔が気になったからです。
良治は、老婆が起きないように静かに顔を覗き込みました。
見覚えのある顔でした。
そうです。
30年前、10歳の良治を捨てた母親にどこか似ているのです。
ハッとなった良治は、急いで古びた箪笥の中を探しました。
その老婆の身元の分かる物を探したのです。
そして、何冊かの日記と健康保険証を見つけました。
次の瞬間。
その場に立ち尽くす良治の姿がありました。
保険証には良治の母親と全く同じ名前と、うろ覚えだが記憶にある生年月日が記されているではありませんか。
次に良治は、一冊の日記を手に取ってパラパラとめくって見ました。
初めのうちはチャンと読むことが出来たのに、段々読めなくなってしまいました。
目から涙が溢れていたからです。
その日記には、どのページにもどのページにも、自分の事が書いてあったのです。
30年前、なぜ良治を捨てなければならなかったのか。
そして今。
どんなにそれを後悔しているか。
でも、一番良治の心を打ったのは、すべてのページに書いてある次の言葉です。
『良治に会いたい』
『良治に会いたい』
『良治に会いたい』
・・・
愕然とする良治。
と、その時。
老婆が目を覚ましました。
一瞬、目が合いました。
老婆は目の前にいるのが誰かすぐに分かりました。
「良治!!」
老婆は叫びました。
「母さん!!」
良治は母親を抱き起こしました。
もう、二人とも言葉が出ません。
ただ、ただ、抱き合うだけです。
30年ぶりの予想だにしなかった親子の再会です。
しばらくその状態が続いたかと思うと、急に母親の体からス〜ッと力が抜け落ちました。
不審に思った良治が母親を見ました。
良治の母は死んでいたのです。
老衰と栄養失調。
そうです。
良治の母は、この数週間何も食べていなかったのです。
貧乏で食べ物を買うお金が無かったのです。
その時良治は、ハッきりと悟りました。
その日に限って、ナゼそんなボロアパートに入ろうと思ったのか。
金目の物があろう筈の無いボロアパートに。
虫の知らせ?
他生の縁?
それとも、
運命のイタズラ?
後は、栄養失調でやせ細った母親の遺体を抱きしめて。
いつまでも、いつまでも泣き続ける良治の姿があるだけでした。
そぅ。
いつまでも、いつまでも。
・・・。
でも、肩の荷を降ろしたからでしょうか。
良治の腕の中で安らかに眠る母親の顔は、痩せ細ってはいたものの、とても幸せそうに見えましたょ。
ところで、
「なぜ暗闇で良治が字を読めたり、お互いの顔がはっきり見えたか?」
ですって?
その訳は簡単です。
それは、月である私がズーッと二人を照らし続けていたからなのですょ』
とな」
「フゥ〜。 運命のいたずらね」
と、キリコ。
「『事実は小説より奇なり』 って事か」
と、トミー。
最後に、玄龍斎先生がミンナを諭(さと)す。
「否(いや)、コレが因縁という物だ。 人は誰も皆この因縁から逃れる事は出来ない。 自力ではな。 そぅ。 自力では・・・」
ウ〜ム。
しかし、この後、良治はどうなったのだろうか。
改心して真っ当な人生を送ったのだろうか?
それとも又元の泥棒に戻ったのだろうか?
ま、聞くと又長くなりそうなので止めて置こう。
では最後に一言。
「 Here's looking at you, kid. (君の瞳に、乾杯) 」
良治の残りの人生に
・
・
・
乾杯!!
#7 −夏物語−深雪(みゆき)
ミンナが一斉に身を乗り出す。
玄龍斎先生が大きく息を吸ったからだ。
さぁ、次はどんな話だ。
「コレはとある岸辺の波に聞いた話なんだがな、こんな事を言っておった。
『それは・・・
ある夏の日の午後の事です。
私が誰もいない岸辺を静かに行ったり来たりしていると、一人のうら若い女性がやって来ました。
手に花束を持っています。
波打ち際まで来るとそこで立ち止まりました。
少し寂しそうに、ジーっと遠くの方を見つめています。
何かを思い出しているようでした。
過去の悲しい記憶なのかもしれません。
彼女の目からは涙が溢れています。
しばらくの間、その状態が続きました。
やがて彼女は気を取り直し、右手で涙をぬぐって、遠くの海に向かってこう叫んだのです。
「賢治ー!!」
それからもう一度、叫びました。
「もういいょねー!! もういいょねー、賢治ー!!」
又、彼女の目から涙が流れ出しました。
大粒の涙です。
ぬぐっても、ぬぐっても、涙は止まりません。
「ゥ、ゥ、ゥ、・・・」
その場に立ち止まったまま、両手で顔を覆って泣き続けています。
でも、涙は止まりません。
10分位そのままだったでしょうか。
少し落ち着いたのでしょう。
又、海に向かって喋り始めました。
先ほどと違い、普通の声でです。
「賢治。
今日が最後だょ。
今日が最後だからね、賢治。
わたしココ来るの。
もう5年だもんね。
あれからもう5年経つもんね、賢治。
ココで賢治死んでから。
・・・。
わたしね。
・・・。
わたし・・・結婚する事にしたんだ。
こないだお見合いした人と。
わたし、こないだお見合いしたんだょ、賢治。
・・・。
その人・・・。
凄くいい人でね。
わたしの事とっても大切にしてくれるんだ。
だからね。
だから、わたしもその人・・・。
好きになっちゃた。
知り合ってまだ3ヶ月なんだヶど。
先週、正式にプロポーズされっちゃた。
明日、返事するつもりなんだ。
だから・・・。
だから今日、賢治にお別れ言いに来たんだょ。
もういいょね。
もういいょね、賢治。
わたし、もう25だょ。
気が付いたらわたし・・・もう、25になっちゃた。
だから、もういいょね。
もう、二度とココへは来ないからね。
今日が最後だからね。
最後にするからね、賢治。
ゴメンネ。
ホントに、
ゴ、メ、ン、ネ。
・・・。
サヨナラ」
そう言って、彼女は持っていた花束をわたしの上に、そっと置きました。
それから背中を向けて、ゆっくり元来た方角に歩き始めました。
もう、涙は流れてはいません。
五、六歩、歩いてからでしょうか。
不意に彼女は立ち止まり、振り向こうとしたその時です。
「ダメだ、深雪(みゆき)!! 振り向くな!!
ダメだょ、深雪・・・振り向いちゃ。
もういいょ。
もういいんだょ、深雪。
5年間・・・アリガト。
だから、もういいょ。
もういいんだょ、深雪。
良かったな。
・・・。
アリガト。
・・・。
幸せに、幸せにな。
・・・。
サヨナラ、み・ゆ・き」
と叫ぶ、賢治の声です。
否、
あれは風の音?
でも、
深雪の耳には、海から来る賢治の叫び声に聞こえました。
「賢治ー!!」
深雪は立ち止まったまま、海に背を向けたまま、賢治の海に背中を向けたまま、大声で叫びました。
そして、
そのまま振り向く事なくその場から走り去りました。
深雪は5年前、その海で溺れかけたのです。
その時助けたのが、一緒に来ていた恋人の賢治でした。
溺れた深雪を仲間のボートに押し上げたその次の瞬間。
バランスを崩し、運悪く次に来た波に飲まれてしまったのです。
そのまま流されたのでしょう、賢治の体は二度と上がっては来ませんでした。
そうです。
帰らぬ人となってしまったのです。
この5年の間。
この日のように。
毎年、賢治の命日に深雪は必ず花束を携(たずさ)えてこの海にやって来ました。
この日がその最後の日だったのです。
そして、
もう二度と深雪がその場所を訪れる事はありませんでした。
その日私に出来た、ただ一つの事。
それは、
出来るだけ遠くまで浜辺に打ちあがり、深雪の足跡を消す事。
そぅ、浜辺に残された深雪の足跡を消す事。
ただ、それだけだったのですょ』
とな」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
ウ〜ム。
トミーも、キリコも、ミンナも・・・。
誰も何にも言えないな。
どうしたんだ奥村玄龍斎。
今夜の話は少し重たいようだが。
それも又、良しとするか。
もっとも賢治じゃないのかな、一番ホッとしたのは。
コレで安心して永久(とわ)の眠りにつける。
違うかな。
では最後に一言。
「 Here's looking at you, kid. (君の瞳に、乾杯) 」
深雪の結婚に
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乾杯!!