#8-6 少女から・・・

 

 

それは、俺が大学2年のある蒸し暑い夏の日の夕暮れだった。

 

表参道を一人で歩いていた。

東京の港区と渋谷区の丁度境目だ。

バイト先が渋谷だったので帰りにチョッと立ち寄ってみた。

特に当てが有った訳でもなく、ただぶらっとウィンドショッピングを楽しむだけだった。

 

“表参道”

 

さすがだ、洗練されていて全く退屈する事が無い。

当時はまだ同潤会青山アパートも昔のまんまで、こんな所に将来マイ・オフィスが欲しいな。

などと思いながら歩いていた。

ウィンドウを覗き込みながら歩いていると、視界に人影が入った。

避けようと思い前を向いた。

 

その瞬間、

 

世界が止まった。

呆然と立ち尽くす俺。

 

その人影は、

 

彼女だった。

紛れもなく彼女だったのだ、その人影は。

彼女も一瞬立ち止まった。

お互いがお互いを認識したのは、同時だった。

 

その時、

 

俺の中に有る何かが崩れ落ちた。

“幻想”

という名の何かが。

 

そぅ。

 

彼女は変わっていたのだ。

少女から女性に。

そして、その相手は俺ではない。

 

美しさは相変わらずだった。

が、

チョッと化粧をしている。

そこが1年半前と違う。

容姿は1年半前と同じだった。

しかし、

雰囲気が違う。

大人の女の匂いがする。

ハッキリとそれが分かる。

 

目と目が合ったその瞬間。

愕然(がくぜん)とする彼女。

呆然(ぼうぜん)と見つめる俺。

 

その時、

 

幼い愚かな幻想は砕け散る。

それを見て取る彼女の目。

そして悲しい目に変わる。

切るように悲しい目に。

自分の変化を見せびらかすかのように勝ち誇った目付きをすべきなのに。

彼女はそれをしない。

 

あの切るように悲しい目。

その目は語った。

 

『今でも私は・・・』

 

だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は・・・

 

 

 

 

 

#8-7 超然

 

 

“幻想” を “現実” が打ち壊した時、その後に残る物は何か?

 

その答えは・・・

 

“無感覚”

 

彼女は直感したのかも知れない。

俺の心が床に落ちたガラス細工のように砕け散ったのを。

俺の目を通して、それを直感したのかも知れない。

 

そして世界は動き出す。

 

ごく自然に俺は彼女の目を切った。

同時に、ユックリ歩き出す。

別に意識してそうした訳ではなかったが、

“ふさわしい間”

を取って。

 

そぅ。

 

ふさわしい間を取って、俺は彼女とすれ違った。

彼女は立ち止まったままだった。

俺を見ていたかどうかは分からない。

 

そのまま原宿駅まで歩いた。

一度も振り返る事なく。

この間(かん)、俺は全くの無感覚。

嫉妬するでもなく、動揺するでもなく。

 

『殺されても何も感じない』

 

そう言っても決して大袈裟ではない程、超然としていた。

 

そうだ!?

 

超然としていたのだ、あの時の俺は・・・

 

 

−−−☆−−−☆−−−☆−−−

 

 

あの日のあの後(あと)、何が起こったか?

全く思い出せない。

砕け散ったガラス細工のガラスを拾い集め、ジグソーパズルのように組み上げたのか?

それとも新たなガラス細工を作り上げたのか。

今の俺には分からない。

思い出せもしない。

 

そして17年。

時は流れた。

 

不意に甦った空しい過去。

チョッと息苦しいな。

 

フゥ〜。

 

一息ついて、チラッと彼女を見た。

亭主とタケシの話を聞いている “フリ” をしている。

しかし、

彼女の目以外の “全身の目” は俺を見ていた。

彼女も彼女なりに過去を思い出しているようだ。

 

その姿を見てハッキリと分かった。

彼女の心は “あの時” に戻っている。

俺達が初めて出会った、

 

“あの日のあの時”

 

に。

 

だが、俺の心は・・・

 

そぅ、俺の心は・・・

 

もう二度と、

 

“あの日のあの時”

 

には・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻らない。

 

 

 

 

 

#8-8 時の過ぎ行くままに 

 

 

今の男は女を見る。

見られた女は目を伏せる。

立場の逆転。

 

時間は流れ、時は過ぎ行く。

 

「ヘィ、ボス!!

 

振り返った。

ボブがいた。

ロバート・石黒。

通称・ボブ。

日本人とアメリカ人のハーフだ。

 

当、 『 Rick's Cafe Tokio 』 には、5人編成のバンドが入っている。

11時までだ。

近くの大学の軽音部の学生アルバイト。

主にデキシー中心の演奏をさせている。

学生だからといって馬鹿に出来ない。

中々いい音を聞かせてくれる。

その後をボブが引き継ぐ。

弾き語りだ。

演歌からジャズまで何でもこなす。

曲によって、ピアノとギターを使い分ける。

ウチの看板だ。

ヨソからの引き抜きや音楽関係者からの “いい話” も沢山あるようだ。

無理もない。

ウチにはもったいない位の腕だ。

しかし、全部袖(そで)にしている・・・らしい。

 

本人曰く、

 

「ミー、ココスキネ。 ボストイッショ、イチバンネ」

 

ナンゾと、茶化す。

日本語達者なくせに。

お世辞でも嬉しい。

 

「ボブ。 あれだ。 あれを頼む」

 

「OKボス」

 

ボブがピアノに向かい、

静かに歌いだす。

 

 

『時の過ぎ行くままに』

 

 ♪

 あなたはすっかり、疲れてしまい

 生きてることさえ、いやだと泣いた

 こわれたピアノで、想い出の歌

 片手で弾いては、ためいきついた

 

 時の過ぎ行くままに

 この身を任せ

 男と女が、ただよいながら

 堕ちてゆくのも、しあわせだよと

 二人つめたい、体あわせる

 ♪

 

 

目を閉じて、しばらくジッと聞いていた。

心が落ち着く。

思っていた程、俺も平静ではなかったようだ。

そっと目を開けた。

もう一度、ユックリと彼女を見た。

彼女も見ていた。

目が合った。

ジッと見つめた。

彼女は目を伏せた。

 

やはり・・・

 

時は過ぎていた。

 

 

 ♪

 体の傷なら、なおせるけれど

 心の痛手は、癒せはしない

 小指に食い込む、指輪を見つめ

 あなたは昔を、おもって泣いた

 時の過ぎ行くままに、この身をまかせ

 男と女が、ただよいながら

 もしも二人が、愛せるならば

 窓の景色も、かわってゆくだろう

 

 時の過ぎ行くままに、この身をまかせ

 男と女が、ただよいながら

 もしも二人が、愛せるならば

 窓の景色も、かわってゆくだろう

 ♪

 

 

そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻らない。