#8-9 変人
世の中には、変わり者と言われる人達がいる。
こういう店をやっていると、色々面白い人間に出会う。
この二人も相当変わっている。
マツダさんとスズキさん。
二人とも初老の紳士で一部上場企業の役員だ。
時々来てくれる。
決まって、
“レミーマルタン・ナポレオン” 1本と “カラダレスキュー酸素の水 500ml(国産12倍酸素水)” 4本を注文する。
なぜ、カラダレスキューかと聞いたら、
『酸素含有率が高く脳を活性化しそうで良さそうだ』
だ、そうだ。
テーブルは特にこだわらないが、奥の壁際がいいらしい。
ただし、バンドの近くはダメだ。
というのもこの二人。
来ると直ぐに “オセロ” を始める。
あのゲームのオセロだ。
よりによってウチみたいな所でオセロはないもんだと思うが。
二人に言わせると、ウチだからこそいいんだそうだ。
全く、変わり者の考える事は分からない。
そして勝負がつく度に。
勝った方がナポレオン。
負けた方が酸素水。
コレを適量飲む。
適量というのはその時その時の二人の気分で決まるからだ。
勝負の時は真剣だ。
さすが大企業の役員だけの事は有る。
集中力が違う。
が、
勝負がつくと大変だ。
お互いを指先でつつき合って、キャッキャ、キャッキャ、大騒ぎ。
挙句の果てに人目も憚(はばか)らず、くすぐりっこだ。
その余りの無邪気さ故、却(かえ)って周りにいるミンナに見て見ぬフリをさせてしまう。
しっかし、この二人の一体どこが大企業の役員だ。
天真爛漫と言うかなんと言うか?
まるで小学生だ。
そしてヒトハシャギし終わると、酒と水を適量注ぎあって飲む。
飲み終わると直ぐまた勝負。
コレを繰り返す。
お!!
いいタイミングで勝負がついたようだ。
大ハシャギしている。
チョッと仲間に入れてもらおう。
彼女から離れ、彼女を安心させるために。
「お二人とも・・・。 今夜の調子はいかがですか」
等と話しかけながら彼女に背を向けて・・・
座った。
#9 (最終回) さらば友よ・・・
「店長」
背後からケンが小声で耳打ちして来た。
マツダさんとスズキさんの勝負を邪魔しないという気配りからだ。
静かに席を立つ。
二人とも凄い集中力だ。
全く気付かない。
「何だ?」
「田原様達がお帰りです」
「あぁ、アリガト」
ケンの肩を軽くたたく。
会計を終えたばかりのタケシに近寄る。
タケシの奢(おご)りのようだ。
「もう?」
「あぁ。 今度ゆっくり」
「ウム。 車は?」
「2台」
短いやり取りだが、
『今夜は接待で来て、もう十分果たした。 タクシーを2台頼む』
タケシのその気持ちが十分伝わった。
振り返って、ケンに手でタクシーを2台呼ぶよう指示を出す。
手で指示と言っても手話という程ではなく、ハンドルを持つ仕種(しぐさ)と指2本。
人差し指と中指をVサインのように立てるだけだ。
でも、チャンと通じる。
タケシ達の方に向きを変えた。
こっちが何か言う前に麻倉氏。
「ご馳走様。 又来させてもらいます」
「いつでもどうぞ」
彼女は俺と目を合わせないように、そして不自然にならないようにジッとしている。
何か気のきいた言葉でも掛けようかと一瞬思った。
が、
止めた。
余計な事だ。
タクシーが来た。
溜まり場が近い、呼べば直ぐだ。
いつもはそんな事はしないんだが、今日は特別。
3人を見送る事にした。
1台目に先ず彼女、そして麻倉氏。
俺は車の反対側に立っていた。
だから、目の前のガラス越しに彼女の横顔が見える。
見ていて分かった。
『この女は・・・。 2度とココへは来ない』
フッ。
当たり前だな。
二人を乗せたタクシーが出た。
それを見送り、タケシがこう言った。
「どうだ? 美人の奥さんだろ」
「あぁ」
「あのやり手の社長にふさわしい。 似合いのカップルだ」
「あぁ」
「じゃ。 今度な」
「あぁ」
タケシの乗ったタクシーが去る。
フゥ〜。
今夜は少し疲れた。
ユックリしたい。
店に戻ると電話が鳴っていた。
誰も出られそうにないので俺が出た。
キリコからだった。
興奮している。
何を言っているのか分からない。
「もしもし、キリー。 落ち着け落ち着け。 そぅそぅ、いい子だいい子だ。 分かるようにユックリ、な、分かるようにユックリ。 そぅ。 ユックリ言ってくれ。 え!? ・・・。 トミーが・・・!?」
ガーン!!
頭の中で鐘がなる。
トミーが・・・死んだ!?
興奮してまくし立てるので全部は分からなかったが。
ココを出た後、飲み直す気にもならず二人でブラブラ歩いていた。
途中。
階段を降りようとした時、キリコが足を踏み外しトミーに体を預けるような体勢になった。
素面(しらふ)のトミーなら難なく受け止めただろう。
しかし、
飲んでいたせいで多少足元がフラついていたのか。
キリコの体を支えきれず、バランスを崩し二人共そのまま転げ落ちた。
キリコはかすり傷で済んだ。
だがトミーは・・・
トミーは運悪く縁石に頭を強打して出血多量。
そのまま帰らぬ人となった。
目撃者が何人かいてキリコに過失がないのはハッキリしている。
今、病院にいるから来て欲しい。
こういう事らしい。
あのトミーが!?
すぐタクシー会社に電話。
受話器を置いて店の中を見渡す。
笑い声が聞こえる。
楽しそうだ。
ミンナ、トミーの友達だ。
トミーは人気者だった。
ボブがピアノを弾きながら歌っている。
その脇に寄ってケンを手招き。
ケンが来た。
二人に言った。
「急用が出来た。 今夜は戻らない。 後を頼む」
うなずく二人。
ボブに一言付け足す。
「幸せなら・・・だ」
「OKボス」
ボブが歌いだす。
気付いたミンナが手を叩く。
トミーが音頭を取って時々やっていた事だ。
『幸せなら 手をたたこう』
♪
幸せなら 手をたたこう
幸せなら 手をたたこう
幸せなら 態度でしめそうよ
ほら みんなで 手をたたこう
幸せなら 足ならそう
幸せなら 足ならそう
幸せなら 態度でしめそうよ
ほら みんなで 足ならそう
幸せなら 肩たたこう
幸せなら 肩たたこう
幸せなら 態度でしめそうよ
ほら みんなで 肩たたこう
♪
タクシーの運転手が入って来た。
知ってる顔だ。
何度かトミーを運んだ事もある。
もう一度、静かに店を見渡した。
ミンナ楽しそうにハシャイデいる。
トミーが死んだ事等どこ吹く風だ。
ま、そんなもんだな。
♪
幸せなら ほっぺたたこう
幸せなら ほっぺたたこう
幸せなら 態度でしめそうよ
ほら みんなで ほっぺたたこう
幸せなら ウィンクしよう
幸せなら ウィンクしよう
幸せなら 態度でしめそうよ
ほら みんなで ウィンクしよう
♪
トミーの仲間達の楽しそうにハシャギ回る声を背に店を出る。
タクシーに乗る。
その際、チラッと横目で玄関を見た。
歌はまだ続いている。
その時思った。
トミーの帰り際の一言。
トミーがフランス語が得意だというのは知っていた。
でも、話すのは聞いた事がなかった。
それが今夜に限ってこう言った。
「アディユー・リッキー」
と。
そして、それが最後の言葉になった。
それともう一つ。
奥村玄龍斎だ。
いつもならもっと笑える話をするんだが。
最後の話。
あれはキリコとトミーの物語だったんだろうか?
トミーの死を予感していたのか?
あの中年のスケベなオッサンは。
ウ〜ム。
奥村玄龍斎・・・恐るべし。
歌はまだ終わらない。
♪
幸せなら 指ならそう
幸せなら 指ならそう
幸せなら 態度でしめそうよ
ほらみんなで 指ならそう
幸せなら 泣きましょう
幸せなら 泣きましょう
幸せなら 態度でしめそうよ
ほら みんなで 泣きましょう
♪
そして車は走り出す。
キリコと俺だけが知っている世界に向かって。
・
・
・
「アディユー・ラミー( Adieu L'Ami )」(さらば友よ)
♪
幸せなら 笑いましょう
幸せなら 笑いましょう
幸せなら 態度でしめそうよ
ほら みんなで 笑いましょう
幸せなら 手をつなごう
幸せなら 手をつなごう
幸せなら 態度でしめそうよ
ほら みんなで 手をつなごう
幸せなら とび上がろう
幸せなら とび上がろう
幸せなら 態度でしめそうよ
ほら みんなで とび上がろう
幸せなら 相づち打とう
幸せなら 相づち打とう
幸せなら 態度でしめそうよ
ほら みんなで 相づち打とう
幸せなら 最初から
幸せなら 最初から
幸せなら 態度でしめそうよ
ほら みんなで 最初から
♪
『 Rick's Cafe Tokio 』 お・す・ま・ひ