Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #46




「その様子じゃぁ、どうやら上手く行ったようだな」


ニヤニヤ笑いながら汚縄が言った。

ここは汚縄一郎(おなわ・いちろう)の屋敷の応接間。

そこで今、ソファーにユッタリとくつろぎながらテーブルを挟んで汚縄と佳彦が話をしている。


「あぁ、上手く行った。 全部、一郎アンちゃんのお陰だ」


佳彦が満面の笑みで答えた。


「そうかいそうかい。 ソイツぁ良かった」


「あぁ」


「で!? 今日は?」


「あぁ。 それなんだヶどね。 どうやら上手くほとぼりも冷めたようなんで、アンちゃんに売った事にした土地を買い戻しに来たんだ」


そう言って佳彦は、持って来ていたブリーフケースの中から土地の売買代金と不動産取得税等の費用に加え、売買代金の金利の2パーセント分を上乗せした額の記載された自分の会社名義の約束手形を取り出し、テーブルの上に置き、汚縄に差し出した。

この手形は、佳彦が会社に貸し付けた例の金の返済金として佳彦宛てに発行した物だった。

その手形をつまみ上げ、額を確認するや否や、佳彦の了解も取らず素早く汚縄はそれを金庫の中に入れ、厳重に鍵を掛けた。

佳彦は汚縄のその突然の、そして余りの手際の良さにただただ呆然としてそれを見ているだけだった。

その呆然として自分を見ているだけの佳彦に汚縄が言った。


「必要書類は今、手元にないんだ。 女房のヤツが全部管理しててな。 で。 チョッと事情があって女房も今、ここにはいない。 だから必要書類は明日でいいだろ」


「なら、受け取りを書いてくれるかい?」


これを聞き、汚縄は照れ臭そうに笑った。


「俺が字が下手なのはオマエも良く知っているだろ。 だからそんなもん一々書かせるなょ。 た〜った、1日の事じゃねぇか。 俺に恥をかかせないでくれょ。 な。 明日の午後一番には必要書類をオマエん所へ届けるからさ。 な。 頼むょ。 俺達の中じゃねぇか」


「いゃ〜。 悪いがそういう訳には・・・。 何せ額が額だヶに」


「まぁ、そう言うなょ。 第一」


ここで汚縄は、


「クィッ!!


顎をしゃくって、たった今手形を仕舞い込んだ金庫を指示(さししめ)して続けた。


「あんな大金、猫糞(ねこばば)出来る訳ないだろ。 な。 考えても見ろょ。 猫糞するにゃぁ額がでか過ぎるし、俺が今まで一度でもオマエを騙(だま)した事があったか」


こう言われると佳彦も後ろ暗い事をやっている手前、又、裏から税務署に手を回し相続税等を破格の安さにしてもらった恩義もあってあまり強く出れなくなり、渋々それを承諾した。











つづく







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Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #47




次の日の午後。


約束の書類は届かなかった。

佳彦は夕方まで待った。

それでも汚縄からは何の連絡も入らなかった。

仕方がないので佳彦が汚縄に電話を入れた。


すると、


「女房のヤツとまだ連絡が取れねぇんだ。 悪(わり)ぃが明日まで待ってくれ」


ぶっきら棒にそう言って、


「ガチャ!!


一方的に汚縄が電話を切った。



その次の日。


もう一度佳彦が汚縄に電話をした。

しかし汚縄は出なかった。

携帯にも掛けてみた。

が、同じだった。

確かに汚縄は電話の傍にいるのに、相手が佳彦だと分かってわざとスルーしている。

なんとなくそんな感じを、この時佳彦は受けた。

そして、


『ウ〜ム。 変だ!? 様子がおかしい!?


ここに至って初めて、佳彦は汚縄に疑念を抱き始めた。

そこで、


『ならば!?


と腹を決め、直(じか)に汚縄の自宅に乗り込む事にした。











つづく







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Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #48




「ピンポーーーーーン!!


佳彦が、都内某所にある汚縄の屋敷の玄関にあるインターホンのボタンを押した。

敷地千坪、建坪二百の洋風の超ゴージャスな汚縄の屋敷には門はなく、あるのはサイドスライド式のフェンスでそれも大体いつもオープンにしていた。

来客の見込まれる昼間は特にだ。

それは家のセキュリティに万全を期していたからであると同時に、却(かえ)ってその方が外から丸見えなため安全であり、又、そうする事によってまるで公園のような広々とした空間が演出出来(えんしゅつ・でき)、庭を含めた屋敷全体の外からの見た目がデザイン的に良かったからだ。

それにガス、水道、電気の各メーターが玄関脇に設置されてあるため、それぞれの検査員や宅配業者などが敷地内に入り易いようにという配慮もあっての事だった。

そのためインターフォンは、門と玄関の2ヶ所に取り付けてあった。

勿論、門に据え付けてあるインターフォンはフェンスを閉めた時の予備だ。

又、垣根も、外から青々とした一面芝生張りの庭が見えるように高さ1メートルほどに綺麗に切り揃えてあった。


暫くして玄関のインターホンのスピーカーから、


「あぁ。 誰だ?」


偉そうな汚縄の声がした。

この声に反応して佳彦が言った。


「野駄目です」


これに、


「あぁ」


ぶっきら棒にそう返事をして、


「ガチャ!!


汚縄が部屋のドアを開けた。


「失礼」


そう言って佳彦が中に入ろうとすると、体でブロックして汚縄がそれをさせなかった。

そしてその状態のままで汚縄が聞いた。


「例の件だろ?」


「あ、あぁ」


「悪(わり)ぃが、まだ女房のヤツと連絡が取れねぇんだ。 取れ次第こっちから連絡する。 だからもうチョイ待ってくれ」


「・・・」


「心配すんなって、だ〜れもオマエさんを騙しゃぁしねぇから」


「ホ、ホントだょな。 し、信じて良いんだょな」


「当たりめぇだろ。 な。 だから、今日ん所は帰ってくれ。 これから俺も出掛けなきゃなんねぇんだ。 女房探しの人数を増やすために」


「にょ、女房探し〜!? にょ、女房探しって・・・。 い、居所分かってねぇんか?」


「否。 実家にいんのは分かってんだ。 ただ、旅行に出ちまってるらしくってな」


「え!?


この汚縄の言った。


『旅行に出た』


という言葉に佳彦は驚き、チョッと興奮した。

そのため言葉使いも若干ぞんざいになり、タメ口に近くなった。


「旅行って!? まさか海外じゃねぇだろうな」


「それは大丈夫だ。 国内ってのはハッキリしてる。 ただ・・・」


「ただ?」


「あぁ。 ただ、宿泊先を言わねぇで行っちまったらしいんだ。 ヶど、行った大体の場所は分かってから、人を手配して探し回りゃすぐに分かるって。 だから、こんなに時間掛ってんだ。 だから、な。 もうチョッと時間の猶予をくれ。 な。 頼まぁ。 分かり次第連絡入れっから。 な」


「分かり次第すぐにだな?」


「あぁ、そうだ」


「どのぐらい掛りそうだと思ってりゃ良いんだ?」


「そうだなぁ。 まぁ、今日明日中にはなんとか・・・」


「今日明日中?」


「あぁ」


「ホントにそう思ってて良いんだな?」


「あぁ。 構わん。 俺を信じろ。 いいか、忘れんな。 俺を信じろ。 俺が信じるオマエでもない。 オマエが信じる俺でもない。 俺が信じる、俺を信じろ」 (“グレンラガン” カミナの名言(下記※)を借用して変形)


「分かった。 なら、連絡を待ってる」


そう言って佳彦は汚縄の自宅を後にした。

その後ろ姿を見送りながら、


「フフフフフフフフ・・・」


再び、意味あり気(げ)に笑う汚縄一郎であった。





※『いいか、忘れんな。おまえを信じろ。おれが信じるおまえでもない。おまえが信じる俺でもない。おまえが信じる、おまえを信じろ!』 






つづく







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Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #49




『おかしい!? あれから三日も経つが一郎アンちゃんからは何も言っては来ん。 まさか・・・』


ここに至って、漸(ようや)く佳彦は汚縄に騙されたのではないかと疑い始めた。

そうなるともう会社の経営どころではなくなってしまった。

全く仕事が手に着かず、一日中イライラしっぱなしだった。

佳彦は思った。


『もう一度、ヤツに会いに行っても良(い)いが、きっと又同じ事の繰り返しになるに決まってる。 良〜し。 ここは一つ、仲介人だった塵石に相談してみよう』


最早、佳彦にとって汚縄一郎は 『一郎アンちゃんで』 ではなく、単なる 『ヤツ』 あるいは 『野郎』 に変わっていた。

そしてすぐに塵石に電話を入れてアポを取り、車を手配して塵石の事務所に向かった。


「え!? 何!? 買いモロス!?


塵石が声を上げた。

ここは都内某所にある塵石の事務所。

佳彦から一連の話を聞き、塵石がそう言ったのだ。


「あぁ、そうだ。 買いモロス」


「そんな話は聞いちゃぁ、いねぇなぁ」


「で、でも、あん時、アンタが仲介人になって、土地登記まで・・・」


「あぁ。 確かにあの時、売買契約の仲介人になったし、あの土地の登記も俺がした。 だが、買いモロスな〜んて話。 ま〜ったく聞いちゃいねぇ」


「い、今更・・・。 な、何、と、とぼけて・・・」


興奮の余り佳彦は吃(ども)った。

そんな佳彦に塵石がピシャッと言い返した。


「とぼけるも何も、聞いてねぇ物は聞いてねぇ!!


「き、き、聞いてねぇ物は聞いてねぇって・・・」


「なら、証拠はあんのか? ぅん? 俺がそんな話し聞いたっていう証拠は? ぅん?」


「そ、そ、そんなもんはねぇ」


「なら、話しんなんねぇな。 証拠を持って来いゃ〜。 証拠をな。 フッ、フフフフフ」


塵石が佳彦を鼻先三寸でせせら笑った。


「クッ!?


それに全く言葉を返せない佳彦。

その佳彦を見下(みくだ)し見下(みお)ろし塵石が言った。


「どうやら、これ以上は時間のムダのようだな。



つー、まー、りー、・・・



『無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


のようだな。 と、すりゃぁ。 俺も暇な身じゃねぇんだ。 用が済んだら。 さっさと帰ってくれ!! さぁ、帰った帰った!!


佳彦は体(てい)よく塵石の事務所から追い払われた。











つづく







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Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #50




けんもほろろに塵石東(ごみいし・あずま)の事務所を追い払われた野駄目 姦蛇蛙鰭 佳彦(のだめ・かんたあびれ・よしひこ)。

その足で、又しても汚縄の屋敷に向かった。


『こうなりゃ、直談判(じかだんぱん)だ!!


佳彦は腹を括(くく)っていた。


「ピンポーーーン!!


佳彦が汚縄の屋敷の玄関のインターホンを押した。


「おぅ。 誰だ?」


相変わらず傲慢な汚縄の声がした。


「・・・」


佳彦は黙っていた。

名乗ると会おうとはしないのではないかと疑っていたからだ。

インターホンの付属のカメラに顔が映らないように、横向きに俯(うつむ)いてもいた。

その状態でもう一度、


「ピンポーーーン!!


インターホンを押した。


すると、


「ガチャ!!


汚縄がドアを開けた。

汚縄もインターホンに顔は映らなかったが、映っている姿で佳彦だという事が分かったのだ。

ドアが開くとすぐ佳彦は、前回のように汚縄がブロックする前に、刑事ドラマなどで良く見られるように、


「サッ!!


右足を玄関の中に入れ、ドアを閉められないようにし、そのまま強引に玄関内に入り込んだ。

佳彦の素早いその一連の動きに、


「お!?


一瞬、汚縄は驚いた。

その汚縄を、


「キッ!!


佳彦が睨みつけた。


『ウッ!?


それに怯んで、


「ど、ど、どういうつもりだ?」


汚縄がチョッと吃った。


「どういうつもりだ? どういうつもりだ、だぁ? ソイツぁ、こっちのセリフだー!!


「・・・」


「オィ、アンター!! 待てど暮らせど一向に連絡寄こさねぇのはどういうつもりだー!? 約束の期限は疾(と)〜っくに過ぎてんじゃねぇか!? ェエ〜!? 一体どうなってんだ!?


「い、否。 だ、だからまだ女房と連絡が・・・」


「ふざけた事を言うなー!! この期に及んでま〜だそんな事をー!!


「い、否。 だ、だからまだ・・・」


「いい加減にしろー!! 始めっから俺を騙す気だったんだろー!!


「い、否。 だ、だから騙す気なんて・・・」


「とぼけてもムダだー!!



つー、まー、りー、・・・



『無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


だー!! こうなったら出るトコ出るまでだー!!


興奮の余り佳彦が啖呵(たんか)を切った。


す、る、と、


「あぁ、そうかいそうかい。 ちゅぅーっ事なら、出るトコ出ようじゃねぇか。 そこで黒白(こくびゃく)付けようじゃねぇか」


それまで防戦一方だった汚縄が開き直った。

そうなったら売り言葉に買い言葉、


「当ったりめぇーだー!!


再び佳彦が啖呵を切った。











つづく







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