Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #6




その世人によって 『小磯 大顔面 蘊蓄斎(こいそ・だいがんめん・うんちくさい)先生』 と字(あざな)された小磯雲竹斎がほざいた。


「おーおー。 ここだここだ」


と。

看板を見て。

つまりそこはリックのお店、


Rick's Cafe Tokio


の入り口の前だった。


雲竹斎が、


「ガチャ!!


ドアを開け、店内に入って来た。

その入って来た雲竹斎の姿を目敏く見つけた店員のケンが、その異様な風体に、


「ビクッ!?


一瞬引いたが、すぐに気を取り直し、素早く店のオーナーのリックに目配(めくば)せ。

それに気付いたリックも、


「ドキッ!?


一瞬驚いたが、すぐに気を取り直し、雲竹斎の側に寄った。


「エーッと。 確か・・貴方は・・雲竹斎・・・。 小磯雲竹斎先生。 奥村玄龍斎先生のご紹介の」


「おーおー。 その通りその通り。 覚えとってくれたか」


「勿論」


そう答えながらリックはこう思った。


『忘れるわきゃねぇだろ、その大顔面を・・・』


って。


でも〜。

すっ呆(とぼ)けて。


「今夜は?」


「玄龍斎に会いに来た。 いるか?」


「はい。 4番テーブルに」


リックが4番テーブルを指差した。

そこはと見ると、常連客達に取り囲まれた奥村玄龍斎が座っていた。

あの奥村玄龍斎だ。

そしてその4番テーブルは玄龍斎のお気に入りのテーブルだった。

そこでは、玄龍斎が何にやら神妙な顔付きで説教でもしてるっぽっくお話をこいている。

皆(みんな)は黙って、真剣な面持でそれに聞き入っていた。

それを見て、


「ほぅ〜」


感心したように雲竹斎が呟(つぶや)いた。


「いつもの事なんですがね、あれが終わらない内は話し掛けてもダメです。



、ま、り、・・・



『駄目ーーー!! 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


です。 例え雲竹斎先生と言えども、それは同じかと・・・」


「そうか。 じゃ。 まぁ、又にするか・・・」


「なら、お帰りで?」


「うんにゃ、軽〜く一杯もらおうか」


「そうですか。 なら、カウンターにしますか? それともテーブルに? ご希望は?」


「テーブル」


「テーブル番号にご希望は?」


「44の2(よんじゅうよん・の・に)番」


「え!?


「44の2番。 つー、まー、りー、しじゅうしに番。 ナンチャッテ、ナンチャッテ、ナンチャッテ」


雲竹斎はお茶目こいたつもりだったようだった。

だが、

バッチリ外していた。

一瞬、二人の間にシラ〜っとした空気が流れ、


『なーにをほざいてやがるんだ、このオッサンは・・・』


リックは呆れていた。

しかし、それを表情に出さないよう注意しながら。


「残念ながらそんなテーブルは・・・」


「あぁ。 分っちょる分っちょる。 分っちょるょー。 冗談じゃ、冗談。 そう冗談じゃ」


「そうですか・・・。 で!?


「ウム。 玄龍斎から見て、一番見辛い席」


「はい。 承知しました」


そう答えて、


「チラッ!?


素早くリックが店の中を見回し、


「8番では。 あそこです」


店の角の席を指差した。

そこは鉢植えがいい感じに置かれていて、他のどのテーブルからも見え難いようになっていた。

この店にはいくつかこういうテーブルがある。

それは、それほどだだっ広くはないこの店内で、出来るだけプライバシーを守りたいというお客がいた時のためのリックの配慮だった。


「ウム。 良いだろう」


「では、あちらへ」


そう雲竹斎に言ってから、


「ケーン!! このお客様を8番に」


リックが片腕の従業員のケンを呼んだ。

ケンが来る間、


「お飲み物は?」


リックが雲竹斎に注文を聞いた。


「ウム。 ジャックダニエル1ダース」


「え!?


一瞬、リックは驚いた。

聞き間違いかと思い、慌てて聞き返した。


「ジャ、ジャックダニエル1ダース?」


「ウム」


何食わぬ顔で雲竹斎が頷(うなづ)くと、そこへケンがやって来た。


「こちら様を8番。 ご注文はジャックダニエル1ダースだそうだ」


「え!?


今度はケンが驚いた。


「そうだ。 ジャックダニエル1ダースだ」


リックが念を押すように繰り返すと、


「は、はい」


ケンがリックに返事をし、


「チラッ!?


改めて雲竹斎を間近で見た。

瞬間、


「ドキッ!?


改めて驚いた。

勿論、その異様な風体に。

何と言っても三頭身のこの異様な風体に。

そしてその圧倒的威圧感に気を呑まれ、


「こ、こちらでございます」


どもりながら雲竹斎を8番テーブルに案内した。

その二人の後ろ姿を繁々と見つめながらリックがボソッと呟いた。


「な〜にが、軽〜く一杯だ」











つづく







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Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #7




「どれ。 雲竹斎先生はどうしてるかな・・・」


リックがボソッと独り言を言った。


ここはリックのお店。

既に、店の時計は午後の1110分を告げている。


奥村玄龍斎は疾(と)っくに店を出ていた。

いつも11時ジャストにこの店をおさらばするのだ。

それが玄龍斎の習慣だった。


次にリックは8番テーブルを覗いてみた。

雲竹斎はまだいた。

酒を飲んでいる。


「クィッ、クィッ」


っと。

全く酔っぱらっている様子も見せず、ジャックダニエルをボトルからグラスになみなみと注(つ)いじゃぁ飲み、注いじゃぁ飲みしていた。

まるで水かジュースでも飲んでいるかのようにだ。

そのため1ダースあった酒瓶が残り一本になっていた。

という事は、たったの3時間でボトルを11本飲み干した事になる。

だが、顔色一つ変えていない。

もっとも雲竹斎、元々、赤ら顔ではあったのだが。

それでも全く酔っている形跡が見られないのだ。

恐るべき酒豪ぶりだ。

それにいつの間に知り合ったのか、既に一人ではなかった。

店の常連客の男3人に囲まれている。

その中で雲竹斎が何にやら話し込んでいた。

他の連中は黙ってそれにジッと耳を傾けているだけで、している事と言ったら精々(せいぜい)、時々入れる合いの手だけだった。

突然、雲竹斎が自分の左側に座っている年若い男に酒を注ぎ始めた。

ツーフィンガーだ。


それを見て、


「フッ。 玄龍斎先生も玄龍斎先生なら、雲竹斎先生も雲竹斎先生か。 まるで一緒だな」


リックがそう呟いた。

こう思いながら。


『果たして、奥村玄龍斎は小磯雲竹斎と顔を合わせたんだろうか?』











つづく







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Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #8




「諸君に面白い物をお見せしようと思うが、どうかね?」


雲竹斎がそう切り出した。


「面白い物?」


雲竹斎を囲んでいる3人の常連客がユニゾン( in unison )で聞き返した。

ここはリックのお店 『 Rick's Cafe Tokio 』。

時間は夜の1110分だ。


「あぁ、面白い物だ。 見たいか?」


「うん」


「うん」


「うん」


3人が3人とも頷いた。


「良し、見せてやろう。 但し・・・」


と雲竹斎がここまで言った時、


「但し?」


その内の一人が聞き返した。


「あぁ、そうだ。 但し、今夜のここの勘定を君達が払ってくれたらの話だ」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


一瞬、3人は言葉に詰まったが、すぐにその内の一人が、


「面白ければ・・・。 良いでしょう、払いましょう」


そう言うと残りの二人もこれに続いた。


「うん。 わたしもそうしましょう」


「わたしも」


こうして3人の意見がまとまると、


「宜しい。 ならお目に掛けよう」


雲竹斎が先ず、今、酒を注いだ向かって自分の左側に座っている年齢245才の若い男の客を見た。

そのままジッとその客の眼(め)を覗き込んで、


「君からだ」


キッパリとそう言った。



そして・・・











つづく







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Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #9




「さっき。 確か君はこう言ったね」


雲竹斎が語り始めた。


「『な〜んか人生、惰性で生きてるんですょねぇ』 と」


「はい」


「でも、わたしが見たところ君は若くて健康そうだし、チャンとした仕事にも就(つ)いているんだろ? それに金に困ってるようにも見えん。 何が不満かな?」


これを聞き、その245才の若い男の客が答えた。


「はい。 特に不満はないんですが。 まぁ、あえて言うならそれが不満なんです」


「つまり今の君の人生が、という意味かね?」


「はい、そうです。 というのも僕は、一応ある程度社会で評価されていて国家資格の必要な会社に勤めていて、その資格も持っています。 でも、だからといって現在の仕事に満足している訳ではないし。 それに僕はまだ独身です。 ま、ガールフレンドはいるにはいるんですが、結婚したいと思えるほどでもないし・・・」


「なら、どんな人生なら良(よし)とするのかね?」


「やはりそれは・・・。 そうですねぇ。 一度(ひとたび)、一旦(いったん)、男として生まれて来たからには当然、功なし、名を上げ、末は博士か大臣かですかね」


「ウム」


「それに・・・。 やっぱり、金に糸目を付けずに美味(うま)い物を喰いたいし、出来れば妻は才色兼備であって欲しいし、高級外車だって乗り回したい。 家を豊かにするのは当たり前だから、それだヶじゃなくって。 えーっと、一族も繁栄させ、他人の羨望の的となって、世の尊敬の念を一身に浴びたい受けたい。 そんな感じかな。 ウン。 ・・・。 テヘッ。 チョッと欲張り過ぎでしたかね。 それでもそういう人生です、僕の理想は・・・。 でも現実は・・・」


「でも現実は?」


「はい。 『トホホな人生』 です」


「そうかぁ。 だが、 『トホホな人生』 もそんなに悪くはないんじゃないのかな?」


「まぁ、仕方がないと諦めてはいます」


「ウム。 ならこの酒を飲んでみたまえ。 一気にだ」


そう言って、雲竹斎が手にしていたボトルの酒をその男に一杯注いだ。

ツーフィンガーだった。

勿論、ストレートの。


これが・・・先ほどリックが8番テーブルを覗いた時に見たシーンだった。


そして、


「グイッ!!


言われた通りに男がそれを一気に飲み干した。



すると・・・











つづく







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Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #10




突然、


「フヮ〜ゥ」


その男が大欠伸(おお・あくび)こいた。

それも一度ならず、連続して何度も。

既に、目はトローンとしている。

雲竹斎の注いだ酒を飲み干したそのすぐ直後にだ。

そのすぐ直後に、それまで元気溌剌とまでは言わないまでも意識がハッキリしていた人間が、もうこんな状態になってしまっている。


雲竹斎!?

一体何をした?

睡眠薬でも飲ませたのか?


男がボソッと呟いた。


「あれ〜。 どうしたんだろう、俺〜。 急に眠気が。 もうそんな時間かぁ?」


そう言いながら、グラスを持った右手で左腕の袖をチョッとめくり、そこにはめていた腕時計をチラッと見た。


「ま〜だ、1110分かぁ」


そう言った時にはもうすでに、両瞼(りょうまぶた)は開いてはいなかった。


一方、


雲竹斎はといえば、ジッとその男を見つめたまま、


「ブツブツブツブツブツ・・・」


小声で、それも隣りに座って一心不乱に聞き耳を立てている者達にさえ何をほざいているのか分からないほど小さな声で、何にやらブツブツ言い続けていた。


その雲竹斎のブツブツがまるで子守唄ででもあるかのように、


「スゥ〜」


終に、男が眠りに落ちた。

それはそれは、深〜い深〜い眠りに。

しかも、


「グォー、グォー」


大鼾(おお・いびき)をかいて。

それも・・・一瞬にして。

しかもまだグラスを持ったまま。

たった今、腕時計を見た時の体勢で。


そして・・・

今、眠りに就いた男・・・

それはその名を・・・



菅直人(かん・ちょくと)といった。











つづく







Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #10 お・す・ま・ひ