Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #36




何せ連日連夜の食い過ぎで、既にポッポ、身長は177センチなのに体重は0.3トンに達するばかりになっていた。

そのため思うように足が前に出ない。

その上、息は上がる。

歩くのと全く変わらない早さでダッシュし、転んでは起き、転んでは起きして全身傷だらけになりながらもなんとか門を出て、来た道を引き返し、やっとの事で浜辺まで捕まらずに来れた。

だが、追手の女将は既にその息使いが聞こえると言って良いほど近くに迫っていた。


「待てー!! 逃げるな、ポッポー!! 止まれー!! 止まるのじゃー!!


女将が今にもつかみ掛らんとする気配を感じ、


『も、もうダメだー!?


絶望感に襲われるポッポ。


だが・・・


運命の女神はまだポッポを見捨ててはいなかった。

小舟。

そぅ。

小舟が一隻、浜に浮かんでいたのだ。

それはポッポが来た時に乗って来た小舟だった。

大慌てでポッポはその小舟に飛び乗った。

そして全く振り返る事なく、力の限り櫓(ろ)を漕(こ)いだ。

櫓を漕ぐのは初めてだった。

しかし、これが火事場の糞力(くそぢから)というものだろう、チャンと前に小舟が進んだ。

それも予想外のスピードで。

ポッポは、死に物狂いで漕いで漕いで漕ぎまくった。

力の限り漕ぎまくった。

その状態が暫(しばら)く続いた。

そして、


「クルリ」


振り返った。

追手の姿は見えなかった。

それに島ももう、大分遠くにポツンと小さく見えるだけとなっていた。


『フゥ〜。 やれやれ、助かったー!!


ポッポは安堵に胸をなで下ろした。

だが、そう思ったのもつかの間。

背後から微(かす)かに聞こえる、


「待てー!!


の、野太い女将の叫び声。

女将も遅ればせながら舟に乗って後を追い掛けて来ていたのだ。


「ドキッ!!


ポッポの心臓音だ。

もし捕まったら最後、ポッポの命はない。

ポッポはもう生きた心地がしなかった。

顔面蒼白。

必死の形相で櫓を漕ぎ続けた。

だが、漕げども漕げどもその差は縮まるばかり。

元来た浜に着いた頃には、


「待てー!!


の声がハッキリと聞き取れるまでになっていた。


『ヤ、ヤバイ!? ど、どうしよう!?


焦るポッポ。

既にパニック。

蒼白となった顔面を激しく振りまくって辺りを見回した。



すると・・・











つづく







Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #36 お・す・ま・ひ







Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #37




「あ!? アレだ!!


何かを見て思わずポッポが叫んだ。

それは初めてここに来た時立ち寄った掘立小屋だった。

それが目に入ったのだ。

そして猛然と、


「ダァーーーーー!!!!!


その小屋目掛けてダッシュし、


「ドン!!


入口の戸に飛び付き、構わず、


「ガタン!!


戸を開け、


「サッ!!


中に飛び込み、


「ガタ、ピシャッ!!


再び戸を閉め、


「ササッ!!


素早く頭を振って突(つ)っかい棒を探した。

突っかい棒は小屋の隅に立て掛けてあった。

ポッポはそれをむんずとつかみ、大慌てで戸が外から開けられぬよう突(つ)っかえた。

そして小屋の中を見回した。

幸い、鳩山辛(はとやま・からし)そっくりのあの醜悪な超ーキンモイ婆(ばあ)はいなかった。

ポッポは息を殺し、思いっ切り腰を後ろに引いた屁っ放(ぴ)り腰で、あの出目金のように醜く飛び出した下品かつ醜悪な目をキョロキョロさせ、戸の隙間から外の様子を窺った。

すると、既に女将も砂浜に上がっていて辺りを見回していた。

勿論、ポッポを探してだ。

ポッポは瞬(まばた)き一つせず 否 出来ず、女将の一挙手一投足を息を殺し、恐怖でガクガクブルブル震えながら凝視していた。

そのポッポの耳に女将のこんな声が聞こえて来た。


「ここに着いたのは間違いない!! と、すれば・・・。 この小屋の中しか考えられぬ!!


この言葉を聞き、


「ガーーーーーン!!!!!


ポッポは絶望感に打ちひしがれた。

最早ポッポ、頭の中は真っ白。

そのまま無意識に2、3歩、後ずさりし、どうして良いか分からず呆然と立ちすくんだ。

すると、


「ガタガタガタガタガタ・・・」


外から強引に戸を開けようとする激しい音がした。

同時に、


「おるんじゃろー! ポッポー!! 分かっておるぞー!! 隠れてもムダじゃー!!



つー、まー、りー、・・・



『無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


じゃー!! はょー!! はょー! ここを開けょー!! 開けて出て来るのじゃ、ポッポー!!


女将の野太く恐ろしい、叫び声ともつかぬ大声が轟いた。

これが現実だった。

そしてその大声を聞き、


『ハッ!?


ポッポは我に返り、今、直面している恐ろしい現実を嫌というほど味わった。

心臓はもう、


「ドキドキドキドキドキッ!!


恐怖で張り裂けんばかりに高鳴り、生きた心地がしない。

全身ガクブルしながら、


『なんでも良い、何か身を隠す物はないか!?


と無我夢中で首を振りまくり、小屋の中を探した。


瞬間、


「あ!? アレだ!?


思わずポッポが声を上げた。

小屋の隅に今のポッポでも楽に入れそうなぐらい超デカデカの、作者にとって都合の良い 否 何に使うのか良く分からない瓶(かめ)が置いてあったのだ。

天はまだまだポッポを見捨ててはいなかったのである。

それに駆け寄り、蓋を開け、中を覗き込んだ。

運良く中は空っぽだった。

大急ぎでポッポはその中に飛び込み、内側から蓋をした。



その時・・・











つづく







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Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #38




「ドッ、カーーーーーン!!


女将が凄まじい力で戸を蹴破り、小屋の中に飛び込んで来た。

ポッポはガクガクブルブル震えながら瓶(かめ)の中で息を殺し、そこにいるのを悟られまいと音を立てずにジッとしていた。

女将は小屋に飛び込むや手にしていた舟の櫓で、


「パン!! パン!! パン!! パン!! パン!! パン!! ・・・」


そこいら中を手当たり次第に叩きまくった。

更に女将は、


「ポッポ〜。 ポッポ〜。 出ておいで〜。 隠れたってムダなんだょ〜。 良い子だから出ておいで〜」


などと節なんか付けちゃって、余裕のヨッチャン決め込みながらポッポが隠れそうな所は当然の事、凡(およ)そこんな場所には絶対隠れるはずがないと思われるような所まで、


「パン!! パン!! パン!! パン!! パン!! パン!! ・・・」


所構わず手当たり次第に叩きまくった。

まるでそうするのを楽しんでいるかのように。

そして終に、


「ギン!!


小屋の隅っこにあった瓶(かめ)に目を止めた。

そぅ。

ポッポが身を隠している超デカデカのあの瓶だ。


「ニヤリ」


女将が笑った。

それからユックリと瓶に近付き、


「どうやらこの中におるようじゃのぅ。 さ〜て、どうしたもんかのぅ」


などとわざとポッポに聞こえるように、大きな声で勿体(もったい)を付けて言った。

その声を聞き、


「ガクガクブルブル、ガクガクブルブルブル、ガクガクブルブルブル、・・・」


ポッポのガクブルはより一層激しさを増した。

終にポッポ、脱糞・・・か!?

しかし、女将にそんな事は分からない。

だから、中でポッポがそんな状態になっている事などお構いなし。

一発、


「ギン!!


鋭い視線で瓶をにらみ付け、


「スゥ〜」


女将が櫓を大上段に振りかぶった。



そして・・・











つづく







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Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #39




「キエィ!!


鋭い気合い一閃、


「ビヒューーーーーン!!!!!


瓶(かめ)目掛け、櫓(ろ)を打ち下ろした。


「ドカッ!!


櫓が瓶の口の部分を強打した。


瞬間・・・


鈍い音を立て、


「ビキッ!! ビキッ!! ビキッ!! ・・・」


瓶にヒビが入り始めた。

更に、


「ビキビキビキビキビキ・・・」


割れ始めた。

そして、


「バキン!!


真っ二つに割れた。

当然、


「ニュ〜」


ポッポが 『コンニチハ』。

ポッポは腹の肉が邪魔してはいたが、それでもなんとか両手で膝を抱えてガクブルしながら、首をすくめ、鬼の形相で自分を見下(みお)ろし見下(みくだ)している女将の顔を、下から出目金のように飛び出たあの下品で醜悪な目で上目使いに見上げていた。

ポッポ既に完全涙目。

満面、悲壮感。

それを見て再び、


「ニヤリ」


女将が笑い、こう言った。


「やはりのぅ。 やはり、ここにおったのぅ。 さ〜て、ポッポ〜。 ソチをどうしてくれょうかのぅ? ぅん? どうしたらえぇ? ぅん? どうしたら?」


「・・・」


ポッポは言葉が出せなかった。

顔面蒼白のまま女将から目が切れず、ただ只管(ひたすら)膝を抱えたままガクガクブルブル震えているだけだった。

そんなポッポに女将が続けた。


「黙っておっては分からんじゃろぅが、ポッポ〜。 何か申してみょ。 ぅん? どうしたのじゃ、ポッポ〜? 言いたい事はないのんか? ぅん?」


「・・・」


ポッポは相変わらずだった。

そのポッポを見下している女将の形相が徐々に険しくなって来た。

そして、


「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


再び鬼の形相に戻り、


「ギン!!


ポッポを睨み付け、


「ポッポー!! 覚悟致せー!!


激しい怒号を上げ、


「グヮーン!!


櫓を大上段に振りかぶった。

それを見てポッポが叫んだ。


「たたた、助けてくれーーーーー!!!!!



その瞬間・・・











つづく







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Rick's Cafe Tokio (リックス・カフェ・トキオ)』 Deluxe #40




『ハッ!?


ポッポの目が覚めた。

目の前に、


「え!?


あの小磯雲竹斎がいた。

ポッポの目が覚めると同時に、雲竹斎は呪文のようなブツブツを止めた。

ポッポはまだ顔面蒼白必死の形相。

思わず、


「サッ!!


顔を上げ、上を見た。

女将の姿はなかった。

次に、


「サササッ!!


恐怖と混乱で引きつった顔を夢中で激しく左右に振って辺りを見回した。

そこはリックのお店だった。

一瞬、


『信じらんない!?


という表情に顔を変え、


「え!? え!? え!?


ポッポが声を上げた。

ポッポはパニックになっていて、まだ完全に現実に戻ってはいないのだ。

だが、

目の前には雲竹斎の大顔面。

左右に馴染の客二人。

その3人の視線を受け、徐々に現実が見えて来た。

そして呟(つぶや)いた。


「ゆ、夢!?


と一言。

しかし、それ以上の言葉は出なかった。

否、出せなかった。


「・・・」


暫(しば)しポッポは黙っていた。

冷や汗で全身はグッショリだった。

そして、


『ハッ!?


急いで腕をまくって腕時計を見ようとした。

だが、腕は先ほどその腕時計を見ようと、グラスを持った右手でまくった状態のままだった。

しかも時間は “1115分”。

つまり、たった今、時計を見たばかりで又見たという事だ。


「え!? じゅ、1115!?


思わずポッポが驚きの声を上げた。

そぅ。

ポッポの夢の時間は直人同様、瞬間の出来事。

たったの1分間も経ってはいなかったのだ。


「・・・」


暫(しば)しポッポは茫然自失(ぼうぜん・じしつ)。

何も考える事が出来ぬまま、ただ腕時計を眺めているだけだった。

その呆然(ぼうぜん)として正体を失っているポッポに雲竹斎が声を掛けた。


「どうかね?」


その声を聞き、三度(みたび)ポッポは、


『ハッ!?


として顔を上げ、雲竹斎の目を見た。

雲竹斎は温かく慈悲と慈愛のこもった、それでいてどこまでも冷徹な目でポッポを見つめていた。

それからポッポは、


「フゥ〜」


大きく溜息を吐き、


「今の夢は先生が・・・」


感慨深げにそう言った。

そぅ。

ポッポも又、この時初めて小磯雲竹斎を、


『先生』


と呼んだのである。

だが雲竹斎は、何も答えず、ただニッコリと微笑むだけであった。











つづく







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