#51 『怒髪』の巻
(バババババ、バーーー!!)
降りしきる雪の中、
雪女の長く豊かな黒髪がイキナリいきり立った 否 逆立った。
正に怒髪天を突くといった状況だった。
雪女が怒り狂っている。
目は釣りあがり、口からは牙。
大忿怒(だいふんぬ)の形相だ。
しかし、
既に雪女の背中には軍駆馬が、
死頭火が手にした軍駆馬が、
殆(ほと)んど触れるか触れないかの位置まで来ている。
後僅(あと・わず)か、
残り後僅かだ。
だが、
(ブーーーン!!)
雪女が信じられない速さで頭を回した。
髪の毛を振り下ろすためにだ。
その長くて豊かな黒髪が死頭火のわき腹目掛け、
(ブヮーーーーーン!!)
凄まじい勢いで唸りを立てて回転して来た。
軍駆馬が雪女を貫くのに後ほんの数センチ 否 数ミリという所で。
どっちが速いか?
軍駆馬か黒髪か?
黒髪か軍駆馬か?
そして・・・
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つづく
#52 『間一髪』の巻
(ドコッ!!)
死頭火の左わき腹に豊かな雪女の長髪が、まるでバットで叩くようにヒットした。
雪女の黒髪の方が間一髪早かったのだ。
「グハッ!?」
死頭火が吹っ飛んだ。
だが、
そこは無比の “くノ一” 破瑠魔死頭火。
(ゴロンゴロンゴロン・・・)
強烈に振り下ろされた雪女の黒髪が体に当たった瞬間、
大きく右に飛び、打たれた衝撃を和らげると同時に何度か回転して雪女と距離を取っていた。
『アァァァ〜〜〜!?』
それまで言葉を出さずに手に汗握って死頭火を応援していた中道達全員が、落胆の表情を浮かべた。
無理もない。
一瞬。
後ホンの一瞬、死頭火が速ければ勝負あったのだから。
しかし死頭火は・・・
死頭火は首をうな垂れ、
左手で打たれた左わき腹を抑え、
立ち上がらずに右膝を地に着けジッとしている。
大地に突き刺した軍駆馬を杖代わりにし、
右手でその柄を握ったまま。
どうした死頭火!?
その姿は!?
肋骨が折れたのか?
それとも何か隠し球でもあるのか?
さぁ、死頭火ょ・・・
次はどうする!?
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つづく
#53 『敗北の二文字』の巻
「ハァハァハァ・・・」
苦しいのか?
死頭火の呼吸が荒い。
そこへ、
(ズサ、ズサ、ズサ、・・・)
雪を踏みしめながら雪女が近づいて来た。
まるでダメージを与えた獲物に近付くプレデターのように。
一歩一歩ユックリと・・・
しかし確実に・・・
「キッ!?」
死頭火が顔を上げて近付いて来る雪女を見上げ、見すえた。
右膝を地に着けたまま。
軍駆馬を杖代わりにしたまま。
(ズサ、ズサ、ズサ。 ピタ!!)
雪女が立ち止まった。
死頭火との距離約3メートル。
あえて若干距離を取っている。
死頭火がまだ軍駆馬を手離してはいなかったからだ。
それに自分を見つめる死頭火の眼(め)にもまだ、敗北の二文字が読み取れなかったからでもある。
『下手に近付くと、このオナゴには次がある』
雪女はそう直感していた。
よって、迂闊(うかつ)に近付く事を恐れたのだ。
雪女はジッと死頭火の眼を見つめた。
怒りの形相は既に収まっていた。
元通り氷のように冷たい表情だ。
その冷ややかな顔で雪女が言った。
「大したオナゴじゃ。 ワラワにここまで迫るとは・・・。 流石(さすが)はあの内道の妻だけの事はある。 だが、座興(ざきょう)もここまでじゃ」
(サッ!!)
雪女が右手を左肩まで振り上げた、五指を氷柱に変えて。
その時・・・
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つづく
#54 『鈴』の巻
(チリン、チリン、チリン、・・・)
ン!?
鈴の音?
突然、
雪女の背後から鈴の音が聞こえ始めた。
五指氷柱で死頭火に止めを刺そうと右手を振り上げた、丁度その時。
『ヌッ!?』
驚くと同時に反射的に雪女は、
(シュッ!!)
右に、
神楽殿の反対側に大きくジャンプしてその場から離れた。
別に殺気や人気(ひとけ)を感じた訳ではなかった。
が、
今戦っている相手は、
“油断したら何をして来るか分からない”
という事は既に理解していた。
だから、
死頭火に止めを刺す直前、鈴の音が聞こえたと同時に反射的にジャンプしたのだった。
それも大ジャンプを。
大きく右に10メートル以上。
後ろや上や左ではなくナゼ右か・・・?
ナゼか?
それは、
鈴の音は後ろから聞こえた。
雪女はこれまで何度も、死頭火の背後からの攻撃を受けて来た。
故に、
後ろは一番危険なのだ。
なら、上は?
一度、青竜による空中戦を仕掛けられている。
再び繰り返される恐れがある。
左はどうか?
そこには神楽殿が有る。
そして死頭火が、
今戦っている “油断したら何をして来るか分からない・・・ヤツ” が、
その神楽殿にどんな仕掛けを用意しているか分からない。
結局右しか残ってはいなかった。
だから雪女は本能的に右に飛んだのだ。
それも大きく・・・10メートル以上。
だが、
これは死頭火の姿を横から見る事を意味している。
そしてその先には神楽殿があり、その神楽殿の土台は粘土で出来ている。
それも黒っぽい色をした粘土で。
つまり雪女から見た時、
“神楽殿の黒っぽい土台をバックに、黒装束に身を固めた死頭火がいる”
という事になる。
そして、
いくら雪が降っても、殆(ほとん)ど直角に近い角度を持つ土台に積もる事はない。
土台は相変わらず黒っぽいままなのだ。
その神楽殿の黒っぽい土台を背後にした黒色の戦闘服を着た死頭火を見る位置に、
雪女は今・・・
いるのだ。
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つづく
#55 『金剛鈴』の巻
若いとはいえ死頭火は闘技の天才。
しかも、
五大力・風輪の使い手。
つまり、
金剛薬叉菩薩法の達人。
ゆえに、
金剛鈴の操り人(こんごうれい・の・あやつ・り・びと)。
この、
(チリン、チリン、チリン、・・・)
というどこからともなく聞こえて来る鈴の音こそ、死頭火の念法によって生み出された音だった。
雪女の凄まじい攻撃を受け死頭火は今、全身に激痛が走り動けない状態だ。
よってこの鈴の音は、
雪女に疑心暗鬼を生じさせ、一時的に注意を逸らすために咄嗟(とっさ)に死頭火が仕掛けた技だった。
死頭火が動かなかったのは単に苦しかったからだけではなかったのだ。
念を集中していたためでもあった。
雪女は辺りを見回した。
だが、そこに人気(ひとけ)は全く感じられなかった。
唯、
その雪女がもたらす粉雪が降りしきる中、ジッと動こうとしない死頭火の黒い羽織袴だけが見えていた。
(チリン、チリン、チリン、・・・)
相変わらず鈴の音だけは聞こえている。
もう一度雪女は辺りを見回し、注意深く観察した。
やはりそこに人気は全くなかった。
だが、
人気がないのに鈴の音が。
雪女は思った。
『クッ!? 全く油断ならぬヤツ』
そして大声で、ジッと動かず横を向いたまま雪女を見ようともしない死頭火に向かって叫んだ。
「今度は何を企(たくら)んでおる?」
「・・・」
しかし死頭火は答えない。
それどころかピクリとも動かない。
その時、
(ピタッ!!)
鈴の音が止んだ。
『ン!?』
その位置から怪訝そうに油断なく、ジィーっと雪女は死頭火の様子を窺(うかが)った。
相変わらず死頭火はジッとしたまま動かない。
雪女はもう一度、辺りを見回した。
やはり人気はない。
無論、殺気も。
さっきと同じで。
それを確認してから、死頭火に向かって再び叫んだ。
「全く!? ソチは何をしてくるか分からぬオナゴょ。 だが、それもこれで仕舞いじゃ」
(スゥー)
雪女は右手を左肩まで振り上げた。
5本の指は全て氷柱に変わっている。
それを真っ白な白銀の世界の真っ黒な戦闘服姿の死頭火目掛け、勢い良く振り下ろした。
(スパー、スパー、スパー、スパー、スパー)
それらは不動の死頭火に向かって一直線に飛んだ。
そして・・・
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つづく