#86 『槍のように』の巻



(ヒタヒタヒタヒタヒタ・・・)



再び神剣・軍駆馬を槍を持つように両手で抱え、死頭火が雪女に迫る。

正面からだ。

流石(さすが)に今回は背後を取る時間的肉体的余裕はなかった。

死頭火、最早体力の限界。


だが、


『いける!?


死頭火は確信していた。

否、

この状況なら誰でもそう思った筈だ。


当然、中道達もそう思っていた。

雪女はまだ完全に復元してはいなかったからだ。

復元したのは “ア〜〜〜、ソ〜〜〜、コ〜〜〜!?” よりチョッと下までであった。



ク、クッソー!!


髪の毛が邪魔っけでー!!


邪魔っけでー!!


雪女のアソコが見えないぞ〜〜〜!!


チ、チッキショー!!


見たいのにぃー!


見たいのにぃーー!!


見たいのにぃーーー!!!



(ヒタヒタヒタヒタヒタ・・・)



女切刀呪禁道1400年の伝統を一身に背負い、今、破瑠魔死頭火が行く。

復元途中の雪女に向かって。

まだ両大腿部までしか復元していない雪女を成敗するために。



(ヒタヒタヒタヒタヒタ・・・)



既に雪女は目前。

後僅(あとわず)か。

ほんの5、6歩か。



(ヒタヒタヒタ・・・)



『勝った!? 今度こそ!?


死頭火が、中道が、外道が、13人の戦士達が皆そう思った。



(ギラン!!



妖しく光る神剣・軍駆馬。



(グィッ!!



勢いを付けるために死頭火が力強く軍駆馬を後ろに引いた。

黒髪越しに雪女をそれで槍のように突き刺すつもりで。

そぅ、槍のように。


だが、


その槍のようにが・・・











失敗だった。







つづく







#87 『・・・筈だった。』の巻



(ドスッ!!



終に終に終に・・・


神剣・軍駆馬が雪女に突き刺さった。


今度こそ今度こそ今度こそ、本当に本当に本当に・・・


その長く豊かな黒髪を貫き通し、終に雪女に軍駆馬が突き刺さった。











・・・筈だった。







つづく







#88 『突いて来る以上の速さ』の巻



「フッ、フフフフフ・・・」


長い髪を下まで垂らし、俯(うつむ)いたまま動こうともせず雪女が笑った。

不気味な含み笑いだ。

しかも、

神剣・軍駆馬がその腹部に刺さった筈のまま。

確かに軍駆馬に刺し貫かれた筈のまま。


だが、

何か可笑(おか)しい。

様子が変だ。


良〜く見ると、雪女はただ俯(うつむ)いてなんかいない。

その豊かな黒髪の隙間越し(すきま・ご・し)に上目使いで死頭火に氷のように冷たい視線を向けている。


一方、

死頭火は刃(やいば)を上に向けた軍駆馬の柄(つか)を右手で、峰(みね)を左手で、槍のように持ち、雪女を刺し貫いた状態で止まったまま動かない。

否、動けない。


「クッ!?


死頭火が小さくうめいた。


どうした死頭火!?


後一歩(あと・いっぽ)だろ!?


死頭火が両足を踏ん張って、雪女の体から軍駆馬を抜くような仕種(しぐさ)をしている。

だが、軍駆馬はびくともしない。

それどころか、何か分からないが軍駆馬と死頭火の両手に細くて黒い物の塊(かたまり)が雁字搦(がんじがら)めに巻き付いている。


何だそれは・・・?


一体何だ?


そ、れ、は、・・・・・・雪女の黒髪。

それは雪女の黒髪だった。


雪女は死頭火が突いて来た瞬間、

その豊かな黒髪をまるで手足のように巧みに操り、素早く軍駆馬と死頭火の両腕に巻き付けていたのだ。











死頭火が突いて来る以上の速さで。







つづく







#89 『初めて見せた・・・』の巻



「ウッ、フ、フ、フ、フ、フ。 ウッ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。 アッ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。 アハハハ、アハハハ、アハハハ、アッ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。 ・・・」


雪女は、

上目使いで死頭火をにらみつつ俯(うつむ)いたまま全く動こうとせず、

一頻(ひとしき)り笑ってから、


「スゥ〜〜〜。 フゥ〜〜〜」


大きく息を吸って吐いた。


そしてそのままの状態で言った。


「さぁ、どうする?」


「クッ!?


死頭火は呻(うめ)く事しか出来なかった。

軍駆馬を押そうにも引こうにも雪女の髪の毛の束が太くて丈夫なツタのように絡まり、全く身動き出来なかったのだ。


雪女には動こうという気配がない。

まだ完全に復元しきってはいないからだ。

その雪女が再び言った。


「どうするかと聞いておる」


「・・・」


だが、死頭火は応えない。

絡(から)みついた雪女の黒髪を何とかしようと必死だったのだ。


雪女が含み笑いを浮かべてもう一度言った。


「フッ、フフフフフ。 何も出来ぬようじゃな。 ならばワラワが」


そう言った次の瞬間、



(ブゥーーーン!!



雪女が顔を上げると同時に、信じられぬ程恐ろしい力で髪を真上に振り上げた。


その結果、



(ビヒューーーン!!



死頭火と軍駆馬が宙に舞い上げられた。

その瞬間、死頭火はバランスを崩し軍駆馬を手離してしまった。



(ドサッ!!



死頭火は雪面に叩きつけられ、



(ズサッ!!



軍駆馬は地面に突き刺さった。


「し、しまった!?


死頭火はうろたえた。


顔面蒼白だ!?


それは多量の出血のためか?


そうだ、その所為(せい)もある。

だが、それだけではない。

もっと重大な何かがあったのだ。


もっと重大な何かが?


それは、

これまでは高揚(こうよう)する事無く、取り乱す事無く、終始感情を押し殺し冷静に戦って来た破瑠魔死頭火ではあったが、その死頭火が始めて見せた・・・











弱気だったのだ。







つづく







#90 『オォ、マイガッ!?』の巻



(ズサッ!!



軍駆馬が、外道のいる直ぐ左側の地面に刃を雪女に向けて突き刺さった。

外道が2〜3歩、身を乗り出して左手を伸ばせば届く位置だ。



(ドサッ!!



死頭火は魔王権現大社の階段右側直前、中道、外道が身を隠している直ぐ近くの雪面(せつめん)に雪女向きに吹っ飛ばされ、顔面蒼白になり身動き出来ずにいる。


今・・・


雪女から見た時、左から死頭火、中道、外道、軍駆馬の順だ。


ただし、

中道、外道の姿は “現身隠(うつしみ・がく)しの呪符” の呪力により雪女には見えてはいない。

よって、雪女の目に写っているのは死頭火と軍駆馬のみ。


死頭火はこれまでに受けたダメージのため、一瞬頭の中が真っ白になり呆然となっていた。


「ゥ、ゥン!?


死頭火が顔を上げた。


その姿は・・・


魔王権現大社の階段に上体を仰向(あおむ)けにもたれ掛け、雪の上に尻餅(しりもち)を付き、両腕を階段に預け、両肩をチョッと浮かせ、やや小首を傾(かし)げ、トロンとした目でM字開脚(エム・じ・かいきゃく)をしている。



エッ!?


エ、M字開脚!?


ト、トロンとした目で!?


コ、コレは・・・!?


こ、このシチュエイションは・・・!?


た、確か!?

確か死頭火はパンツを穿(は)いていない・・・・・・・・・・筈!?


クッ!?


クッ!?


クッ!?


ウォォォォォーーー!! マイガッ!?


・・・・・・・・・・ガッデム!!




(バサッ!! バサッ!!



雪女は思わせ振りに左右に一度ずつ髪を揺すってから、



(バサッ!!



最後にその艶やかで長くて豊かな黒髪が背中に来るように頭を後ろに振った。

それから徐(おもむ)に天を仰いで、


「スゥ〜〜〜。 ハァ〜〜〜」


大きく一度、息を吸い。

そして吐いた。

その豊かな胸を惜しげもなく晒(さら)して。


この瞬間、終に・・・











雪女、完全復活である。







つづく