#101 『悪夢』の巻



中道は死頭火に突き飛ばされた弾みで階段に頭を打ち付け、軽い脳震盪(のうしんとう)を起し倒れ込んでいた。

だが、

これが幸いしてもう咳込んではいない。


死頭火は魔王権現大社の土台付近まで突っ込んで行き、その場で腹ばいになって倒れ込んでいる。

既に虫の息だ。

お尻丸出しだ。

チョビっとオマタを開いているのでアソコもバッチリ良く見える。(クッ!? クククククッ・・・ ♪クッククック〜、クッククック〜、青い鳥 ♪ようこそここへ、クック、クック ♪わたしの青い鳥 〔♪パャ、パパッ、パッ、パッ、パ〕 ♪恋をしッた〜こッころッにー、とまりま〜す 〔♪パャ、パパッパー〕 ♪・・・♪)


外道は驚くなかれ10メートル近く吹っ飛んでいた。

必死で我が子を守ろうした死頭火の執念の表れだ。

そして雪の上に尻餅をつき、そのままの格好で目をパチクリしながら雪女を見ている。

一瞬、何が起こったのか分からなくなっていて。



(ズサッ!! ズサッ!! ズサッ!! ・・・)



降り積もった雪を踏み締め、ユックリと雪女が死頭火に近付いて来た。



(ズサッ!! ズサッ!! ピタッ!!



雪女が立ち止まった。

その足元には死頭火の頭がある。

無残に倒れ込んでいる死頭火の右側に立ちその姿を見下(みお)ろし、見下(みくだ)しこう言った。


「哀れな姿よのぅ。 さっきまでの元気は嘘のようじゃ」


そして、



(ジャッキン!!



既に復元済みの右手五指を氷柱(つらら)に変え、さながらハリウッド映画 『エルム街の悪夢』 の殺人鬼フレディ・クルーガー( Freddy Krueger )のようにその手をパッっと開いた。


そして、


「フフフフフ・・・」


いかにも勝ち誇っている者のしそうな含み笑いをし、目を細め、真っ赤なベロをニューっと出し、氷柱に変えた指を順に親指からその真っ赤な下の上 否 舌の上を這わせるように、



(ペロ・・ペロ・・ペロ・・ペロ・・ペロ)



思わせ振りに舐め始めた。

そして、5本全部舐め終わるや右腕を大仰(おおぎょう)に高く上げ、


「散々梃子摺(さんざん・てこず)らせおって・・・。 どれ!! 素っ首(そ・っ・くび)刎(は)ねてくれようぞ!!


そう言いながら左手で死頭火の髪の毛を掴(つか)もうとしゃがみ掛けた。











その時・・・







つづく







#102 『声』の巻



「止めろ!!


背後から声がした。


『ヌッ!?


雪女が振り返った。


しかしそこには・・・・・・誰もいなかった。


『気の所為(せい)か!?


雪女は思った。


そして体勢を戻し、



(ニュ〜)



再び死頭火の髪に手を掛けようと手を伸ばしたその瞬間、再び同じ声が聞こえた。


「止めろ!!


そして、その声は続けた。


「カー様に触るな!!


声の主は・・・・・・外道だった。


『ヌッ!?


素早く雪女が振り向いた。


だが、

相変わらず誰の姿も見えない。


雪女は雪を降らすのを止め、注意深く辺りを見回した。

しかし無駄だった。

雪女に外道の姿は見えないのだ。

現身隠(うつしみ・がく)しの呪符の呪力が効いていて。


その時、既に中道の意識は戻っていた。

そしてこのやり取りを見ていた。

その中道が広げた右手を外道に向かって伸ばし、小声で呟(つぶや)くように言った。


「な、ならぬ!! ならぬぞ、外道!! そ、それをやっては・・・。 げ、外道!! そ、それをやってはならぬ!!


と。


又、

最強の妖女・雪女に挑む、これまでの死頭火の孤独な戦いを固唾(かたず)を飲んで見守り続けて来た13人の戦士達も又、思いは同じだった。


『な、なりません、外道様!! そ、それをやっては・・・。 げ、外道様!! そ、それをやってはなりません!!











と。







つづく







#103 『死頭火のために』の巻



(ピュー!!



風が舞う。

何処(どこ)からともなく吹き始めた風が。


雪女は既に吹雪も雪も止めていた。

しかし風が舞う。


そして、


『ヌッ!?


雪女は驚いた。



(スゥ〜)



静かに・・そしてユックリと・・風に邪魔物が払われるかのように、少しずつ人形(にんぎょう 否 ひとがた)のシルエットが浮かび始めたからだ。

始めは曇りガラス越しに見るように・・・

次にそれは白く厚いレースのカーテン越しになり・・・

そして薄い生地へと変わり・・・

終に、ハッキリと姿を現した。


雪女は驚いて目を見張った。

そして呟(つぶや)いた。


「な、何!? ・・・。 ワ、ワラシ・・・か?」


雪女の目の前5、6メートル程先に、突然外道が現れたからだ。


その時、



(ピュ〜)



再び風が・・・


その風に乗って雪女の足元に1枚の和紙が飛んで来た。

現身隠(うつしみ・がく)しの呪符だ。

それは外道が自らの意思で手放した呪符だった。

外道は母、死頭火との約束を破ったのだ。

決してそれを手放さないという約束を。











死頭火のために・・・







つづく







#104 『残忍な顔』の巻



「ン!? 呪符のようじゃ。 ・・・。 そぅか!? このような物で身を隠しておったか。 フン!? 愚かな」


足元に飛んで来た和紙を拾い上げ、繁々(しげしげ)とそれを見つめながら雪女がそう言った。


そしてそれを放り捨て、外道に一瞥(いちべつ)をくれ、血塗れになったまま倒れ込んでいる死頭火を顎で指し示しながら続けた。


「ワラシょ。 ソチはあのオナゴの子か?」


外道が応えた。


「そぅだ!!


外道は死頭火が投げ捨てた軍駆馬を重そうに、両手であたかも子犬か子猫を抱くように抱(だ)き抱(かか)えていた。

幼い外道にはその重さが優に5キロはあろうかという軍駆馬は大き過ぎ、不釣合いだった。


その不釣合いな軍駆馬を刃(やいば)を上に向け、柄(つか)を右脇の下でシッカリと挟み付け、槍を持つように抱き抱えていたのだ。

そしてその状態で、窮屈では有ったが右手で懐(ふところ)から呪符を取り出し、手放したのだった。


その姿を見て雪女が外道に聞いた。


「ワラシょ。 ナゼ言葉を掛けた? ナゼ黙って後ろから突いてこなんだ?」


「卑怯(ひきょう)だからだ!!


透(す)かさず外道がそう答えた。


「ヌッ!? 卑怯?」


「そぅだ!! 卑怯だからだ!!


雪女は外道の口にした意外な言葉に驚いた。

およそ年端(としは)も行かぬ子供が口にするような言葉ではなかったからだ。

一瞬、言葉が出なくなった。


暫(しば)し会話が途切れた。


「・・・」


「・・・」


改めて雪女が外道に聞いた。


「ホゥ!? ならばもう一つ聞く。 ナゼ呪符を捨てた? ナゼ姿を現した? それも卑怯だからか?」


「そぅだ!! 卑怯だからだ!!


『ウッ!?


このやり取りに雪女は少し戸惑った。

不覚にも、

外道のその高邁(こうまい)な精神に感銘を受けたのだ。


妖女とはいえ雪女も又、女。

母性を持ち合わせていたのであろうか?


しばし沈黙が続いた。


「・・・」


「・・・」


その間、


ジッと雪女は外道の眼(め)を見つめていた。

外道も雪女の眼を見つめていた。


その沈黙を破ったのは再び雪女だった。


「見上げた心意気じゃ。 ワラシょ。 ソチの名は何と申す?」


「外道だ!! 破瑠魔外道(はるま・げどう)だ!!


「ハ、ル、マ!? 破瑠魔外道と申したか?」


「そぅだ!! 破瑠魔外道だ!!


突然、雪女の表情が険しくなった。

しばし黙り込んだ。

何かを思い出しているようだった。

それから聞いた。


「ならばソチも又、あの破瑠魔大道縁(はるま・たいどう・ゆかり)の者という訳か?」


外道がキッパリと応えた。


「そぅだ!!


外道は死頭火達から達人・破瑠魔大道の話を聞き知っていたのだ。

かつて恐るべき秘術を恣(ほしいまま)にした達人・破瑠魔大道の話を。


それを聞き、みるみる雪女の顔が硬直し始めた。

髪は逆立ち、目は吊り上がり、その吊り上った目の奥には怒り、憎しみ、怨念・・・といった悪感情全てを湛(たた)えていた。


「そーか〜。 ソチはあの・・・、あの憎(に)っくき破瑠魔大道縁(はるま・たいどう・ゆかり)の者か〜」


雪女はそう言うと、気を落ち着かせるように大きく一度深呼吸をした。

そうしなければならなかった。

気持ちを取り乱していたからだ。

あの雪女が気持ちを取り乱していたのだ。

それ程、大道に対する恨みつらみは酷かったのである。


「スゥ〜〜〜。 ハァ〜〜〜」


大きく息を吸い、ユックリとそれを吐き、

そして続けた。


「ならば外道ょ。 ソチをこのまま生かして置く訳にはゆかぬ。 ワラシとて容赦はせぬ。 この場でその首刎(くび・は)ねてくれようぞ!!


そう言ったその時の雪女のその顔は、

もう元の残忍な妖女の顔に・・・











戻っていた。







つづく






#105 『重大な1つを』の巻



(ズサッ・・・ズサッ・・・ズサッ・・・)



積もった雪を踏みしめ、雪女目掛けて軍駆馬を抱えた外道が走り出した。

槍のようにそれで雪女を突くつもりだ。


走ると言ってもまだまだ幼子(おさなご)の外道、しかもその手には重たい軍駆馬を抱えている。

しかも積雪30p。

そのため大人が普通にユックリ歩く速さよりも遥かに遅かった。


その外道のユックリ歩くよりも遥かに遅く走る姿を見て雪女は、



(ジャッキン!!



すでに五指を氷柱に変えてあった右手を広げた。

そして外道に向かってそれを投げ付けようと振り上げた。


その瞬間、


「ゲホッ!! ゲホッ!! ゲホッ!! ・・・」


再び中道が咳き込んだ。


「ヌッ!?


雪女が振り返った。

咳の聞こえた辺りを見た。

そこに人影はなかった。


だが、雪女は知っている。

誰かが潜んでいる事を。

雪女は既に外道の手放した呪符を見ていた。

よって、同じように呪符を手にした人間が他にいても不思議ではない。



(ズサッ!! ズサッ!! ズサッ!! ・・・)



咳き込んだ者の居そうな辺りに目星を付け、雪女は外道を無視してそちらに向かって歩き出した。


雪女は外道の初めの3歩、つまり初速を見ていた。

それで外道の大体のスピードを掴んだのだ。

だから外道が自分のいる地点までの到達時間は既に把握していた。

そのタイムラグ( time-lag )を利用して咳の主を始末しようというのだ。


だが、


雪女は1つ忘れていた。


そぅ・・・重大な1つを。


それは、いかに幼子(おさなご)であるとは言え、外道は破瑠魔死頭火の子であるのみならず破瑠魔内道の子、そして500年前自分を中東(なかあずま)の国は湯騨(ゆだ)山脈の重磐外裏(えばんげり)の尾根(おね)に封じ込めた、あの破瑠魔大道縁(はるま・たいどう・ゆかり)の者であるという事を。


つまり外道は生粋(きっすい)のサラブレットなのであるという事を。


そして、

雪女はこの後(あと)それを・・・


嫌(いや)という程・・・











思い知る事になる。







つづく