#106 『後一歩(あと・いっぽ)』の巻



「ン!?


雪女は目を凝らした。

咳の聞こえた辺りに。


だが、

そこに人影は見当たらない。

誰かいるのは確かだが、殺気が感じられない。


そう言えば、咳き込んだ声に若さがなかった。

パワーを持つ人間である事は感じ取れたのだが。


しかし、

自分に襲い掛かって来る気配はゼロだった。

つまり全く闘気を感じなかったのだ。


雪女にモタモタしている余裕はなかった。

背後に外道が迫っているのは確かだったからだ。

もっとも、迫っているとは言っても所詮(しょせん)は子供、雪女にしてみれば焦ったり心配したりする程の事は全くないのだが。


「まぁ良い。 何奴(なにやつ)かは知らぬが、ソチの始末は後じゃ」


中道に話し掛けるというよりも、自分が納得するようにボソッと一言呟(ひとこと・つぶや)いて、雪女は外道の迫り来る方向に振り返った。


その瞬間、


『ヌッ!?


雪女の顔が引き攣(つ)った。

有り得ない事が起きていた。

軍駆馬を槍のように構えた外道が既に目前、後一歩(あと・いっぽ)にまで迫っていたからである。


振り返った雪女の眼(め)を、











下から見上げ見据えて。







つづく







#107 『油断』の巻



予想以上だった。


外道の速さは予想以上だった。


先程雪女は、外道の走り出し3歩を見てその初速を知った。

そしてそれを下(もと)に外道の走る大体の速さを予測した。

相手が普通の子供ならば、否、たとえ大人であったとしても、これはこれで間違ってはいなかった。


だが、

相手はサラブレット。

その血の中に闘技の天才達のDNAが充分すぎる程流れている破瑠魔外道。


又しても雪女、悪い癖が出た。


余裕のヨッチャンで外道を甘く見たのだ。

つまり外道をナメタのである。


『な〜に。 所詮(しょせん)はワラシじゃ』


雪女はそう思っていた。


しかし外道は、

そう意図したのか?

無意識か?

あるいは子供ながらに立てた戦略だったのか?


初めの3歩をユックリと走ったのだった。


否、

無意識じゃない!?

無意識じゃないぞー!?

外道はわざとユックリと走ったのだ、雪女を油断させるために!?


外道は中道が再び咳き込む事を直感していたのだ。

当然、それに雪女が反応するであろうという事も。

だから雪女を油断させるため、わざとユックリ走ったのだった。


そして案の定、雪女が中道の方に振り向いた時。

つまり自分に背を向けるや否や、全力に切り替えたのだ。


それも驚いた事にあの重たい軍駆馬を抱えたまま、全く足音を立てず雪の上を滑ったのだ。


これは、

まだ基本以外、然(さ)したる体術の訓練も受けてはいない幼子の外道が、

その秘めた才能の一部を垣間(かいま)見せた瞬間だった。


外道は、


『栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳(かんば)し』


を・・・











地で行ったのである。







つづく







#108 『生き写し』の巻 (外道外伝 “妖女(あやしめ)” 第一部 「呪符術死闘編」 最終回)



(ドキッ!!



雪女は驚いた。


それは、

外道が意に反し予想外の速さで自分の懐に入って来ていた事も確かにあった。


だが、

驚いた理由はそれだけではなかった。

他にもっと重大な訳があったのだ。


その訳とは・・・


雪女が振り返った時、下から見上げるように自分の眼(め)を見据えた外道の顔を間近で見た瞬間、

雪女の心に500年前の記憶がまざまざと甦ったのだ。

忘れたくても忘れられない500年前のあの日の記憶が。


そしてその500年前のあの日の記憶は雪女に “こう” 思わせた。


『ハッ!? た、大道!?


と。


つまり外道の顔貌(かおかたち)は、雪女が500年前に出逢ったあの憎(に)っくき大道に生き写しだったのである。


そぅ・・・


雪女がまだ娘だった頃に出逢った・・・











あの破瑠魔大道(はるま・たいどう)に。







外道外伝 “妖女(あやしめ)” 第一部 「呪符術死闘編」 完