#11 『内道のために』の巻



「皆の者ご苦労であった。 礼を言う。 この通りじゃ」


中道が深々と頭を下げた。

女切刀の里次期当主、破瑠魔内道の遺体探索に丸一日費やした後の事だった。

この探索には里の住人の動ける者全員が当たっていた。

老若男女を問わず動ける者全員が。


しかし、苦労空しく内道の遺体は見つからなかった。


「ご当主」


「ご当主」


「ご当主」


 ・・・




(ウウウウ、ウッ。 ・・・)



里人全員が泣いた。

内道のために泣いた。

内道を失った悲しみに泣いた。

それだけ内道は慕われていたのだ。


その日はそれで散会した。

遺体がない以上、通夜も葬儀も出来ないからだ。


翌日。


日の出と共に再び内道の遺体探索が始まった。

だが、結果は同じだった。


その翌日、翌々日、・・・。


空しく同じ事が繰り返された。


そして、雪女との戦いが済んだ5日目。

終に中道が決断した。

屋敷の大広間に皆を集めて言った。


「皆の者、今まで良くやってくれた。 じゃが、もうこれ以上探してもムダじゃ。


つー、まー、りー、・・・


『無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


じゃ。 よって本日を持って我が倅(せがれ)破瑠魔内道の命日とする。 しかし、遺体が出ぬ以上葬儀はせぬ。 それで良いな皆の者」


品井山 孟是が静かに言った。


「致し方ありませんな。 当主がそれで良ければ我等は・・・。 のぅ、皆の衆」


「ご当主がそれで宜しければ・・・」


「ご当主がそれで宜しければ・・・」


「ご当主がそれで宜しければ・・・」


 ・・・


全員が同意した。











そこへ・・・







つづく







#12 『赤ん坊』の巻



小さい赤ん坊を抱いた、年の頃なら256の美形の女が静かに姿を現した。

その美しさは老若男女を問わず見た者全てが、


『ハッ!?


と息を呑む程だ。


身長は1メートル645か?

モデルのようにスラッと足の長い九頭身のバランスの取れた体形。

その肌は瑞々(みずみず)しく抜けるように白い。

腰まで垂れた長髪は黒々として艶っぽく、

目は綺麗な二重でパッチリとし、

高い鼻筋は綺麗に通り、

肉厚の唇は上品なラインを描いている。

それらが小さめの卵形の顔にバランス良く収まり、

耳たぶはふっくらとした福耳だ。

加えてチチプリン。

全く非(ひ)の打ち所のない美貌の持ち主だった。


その女が言った。


「皆様。 今日まで本当に有難うございました。 残念ながら探索空しく夫内道の行方は知れぬまま。 義父(ちち)中道の申すよう本日を持ちまして我が夫内道の命日と致します。 しかし遺体が見つからない以上、まだ死んだとは限りません。 ですから、どうぞ皆様方も気を落とされず・・・待ちましょう。 夫内道が帰って来るのを」


「ご新造(しんぞ)様」


「ご新造(しんぞ)様」


「ご新造(しんぞ)様」


 ・・・


里人達がその女に声を掛けた。


その時、

手に抱いた赤ん坊がむずかった。

オシメを換えて欲しいのか。

お腹が空いたのか。

あるいは眠くなったのか。

女は一礼して直ぐに大広間から出て行った。


その女・・・その名を破瑠魔死頭火(はるま・しずか)。

破瑠魔内道の新妻だ。


そして、


抱かれた赤ん坊。

その児は、その名を


『外道(げどう)』


といった。







つづく







#13 『呪文のような・・・』の巻



(クヮッ!!



中道が突然大きく目を見開いた。

それまで内道を失った死頭火と外道の将来を思いやってでもいたのだろうか、

それとも雪女と内道の戦いの事を考えていたのだろうか、

目を閉じ羽織の袖に手先を通し腕組みをして考え込んでいた中道が、その腕組みを解いて目を見開いた。

何かを思い出したようだった。

きわめて重大な何かを。


そして、咳き込むように内道に付き従った戦士達に聞いた。


「内道は、内道は雪女を討った時何か言っておったか? 呪文のような。 あるいは真言のような何かを」


戦士の一人が答えた。


「い、否。 否、何もそのような言葉は仰(おっしゃ)ってはいなかったと。 第一そんな余裕は内道様には御座いませんでした」 


釣られるように残りの戦士達も又、口々にその時の状況を語った。


「はい。 内道様は何も仰らなかったと思われます。 そんな暇は・・・」


「私(わたくし)もそうだと思います。 少なくとも私の耳には何も聞こえませんでした」


「私の耳にも・・・」


「私の耳にも・・・」


 ・・・


再度中道が強く念を押した。


「本当に何も、何も内道は言わなかったのか? そうなのか?」


戦士達全員が一斉に答えた。


「はい。 何も・・・」


「そうか」


ガックリと肩を落として中道が呟(つぶや)いた。

そのまま目を閉じ残念そうに考え込んだ。


ぎこちない間が出来た。


暫(しば)しその状況が続いた後、その場の一人が中道に聞いた。


「中道様。 その呪文とやらはどういう事でしょうか?」


大広間にいる者達全員が身を乗り出した。

皆、この話に興味津々といった表情だ。

何でも良いから情報が欲しかったのか、あるいは何か話の切っ掛けを掴(つか)みたかったのか。

いずれにしても皆が身を乗り出した。


しばし考え込んでから再び中道が目を開け、そしてこう言った。


「詳しい事はワシにも分からん。 じゃが、良い機会じゃ。 話しておこう、当破瑠魔家に代々伝わる神剣・軍駆馬(いくさかりば)の伝説を・・・。 皆の者心して聞くのじゃ」


「ハッ!!


「ハッ!!


「ハッ!!


 ・・・











全員に緊張感が走った。







つづく







#14 『神剣・軍駆馬の伝説』の巻



「これは、当破瑠魔家に代々伝わる話じゃ・・・」


中道が話し始めた。

神剣・軍駆馬(いくさかりば)の伝説を。


「皆も知っておろう。 軍駆馬は誰にでも抜ける代物(しろもの)ではない」


「はい。 心得ております」


誰かが同意した。

その場にいる者達全員思いは同じだった。


「そうじゃ。 軍駆馬は “抜き手” を選ぶのじゃ。 事実、女切刀呪禁道1400年の歴史の中であれを見事抜いた者が何人おったかは定かではない。 が、しかし、ここ500年で軍駆馬を抜いた者は500年前の戦国時代、あの動乱の時代に雪女を中東(なかあずま)の国は湯騨(ゆだ)山脈の重磐外裏(えばんげり)の尾根(おね)に封じ込めたと言われている我が先祖筋の破瑠魔大道(はるまたいどう)以後は二人しかおらぬ。 たったの二人しかな。 ワシも抜けなんだし、ソチ達もな」 


中道が皆の顔を見回してそう言った。


「はい」


全員が頷(うなづ)いた。


「じゃが。 軍駆馬は抜き手を選ぶのみならずその “使い手” をも選ぶのじゃ」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 ・・・


皆、一様に黙っていた。


『ホゥ〜、それは初耳だ』


といった表情をしている。


ここでそれまで何も言わず黙っていた品井山 孟是(しないやま・もうぜ)が聞いた。

孟是も初耳だったのだ。


「使い手を?」


そちらを向いて中道が続けた。


「そうじゃ。 軍駆馬は使い手を選ぶのじゃ。 詳しい事はワシもようは知らん。 言い伝えしかな。 その言い伝えによると、先ず、軍駆馬を抜くにはそれ相応の技の使い手でなければ抜く事は出来ん」


ここで一旦、中道は言葉を切った。

それから全員の顔を見回した。

居合わせた者達の反応を見るためにだ。

無言のまま皆、真剣な表情で中道を見つめている。

中道が続けた。


「じゃが、逆に言えばある程度の技の使い手ならば抜けるという事でもある」


ここで再び言葉を切った。

皆、息を殺して中道を見つめている。


「もっともある程度と言っても達人の域に入っていなければならんがのぅ。 代々の達人級の技の使い手と言われた者達誰もが抜けたという訳ではなかったのがその証拠じゃ」 


「フムフム」


皆、納得しながら聞いている。

更に中道が続けた。


「しかし、軍駆馬の力はただ抜いただけでは充分に発揮できんのじゃ」


再び孟是が聞いた。


「どういう事かのぅ?」


中道が答えた。


「つまりじゃ。 何ゆえこの剣が我等が里に伝わっておるのかは不明なのじゃが。 軍駆馬は神剣。 あの不動明王がその右手に持ち、倶利迦羅竜王(くりから・りゅうおう)の御霊(みたま)を宿す神剣。 故に、コレを振るえば恐るべき力を発揮する。 それはあの雪女ですら手も足も出なかったのを見れば明らかじゃ」


「フムフム」


皆、頷きながら聞いている。

相変わらず中道の言葉には説得力がある。


「じゃが選ばれた、そぅ、その使い手として軍駆馬に選ばれた者がコレを使うと、いや、使った時。 初めて軍駆馬は真の神剣となるのじゃ」


「どういう事ですか? 仰(おっしゃ)る意味がまだ良く・・・?」


孟是ではない別の誰かが聞いた。


ここで、中道が大きく息を吸った。











続きを話す為に。







つづく







#15 『不動明王と倶利迦羅竜王』の巻



不動明王とは何か? ・・・ 倶利迦羅竜王(くりから・りゅうおう)とは?




解説しよう。



不動明王とは?


別名、不動使者、不動如来使者、無道明王、不動尊、無道尊、等々様々ある(但し、“不動如来”は別物。 これは東方“薬師如来”あるいは“阿シュク如来(あしゅく・にょらい)”の別名だから)が、特に密号(密教教学上の尊名)を常住金剛(じょうじゅう・こんごう)と言い、密教教学上の絶対佛である大日如来(だいにちにょらい)の教令輪身《きょうりょうりんしん ; 別名:忿怒身(ふんぬしん)》とされる。

この尊、奴僕三昧(ぬぼく・さんまい)に住し、その本誓は 『行者の残飯を食らい、蓮華に行者を乗せ、菩提成就の彼岸に到達せしめる』 とされる。

ここで言う行者とは勿論、不動明王の験(しるし)を求める修行者の事だ。


その像容(ぞうよう)は、

善無畏訳大毘盧遮那成仏神変加持経(ぜんむい・やく・だいびるしゃな・じょうぶつ・じんぺん・かじ・きょう ; 略して大日経)によれば 「不動如来使者は慧刀・羂索(けいとう・けんさく)を持し、頂髪(ちょうはつ)左肩に垂れ、一目(いちもく)にしてあきらかに見、威怒身(いぬしん)にして猛炎あり、磐石上(ばんじゃくじょう)に安住す。 額に水波の相あり、充満した童子形」 とある。


即ち、


姿はポッチャリとした童子形。

大忿怒ゆえの逆巻く髪は活動に支障のないよう弁髪でまとめ、法具は付けない。

衣は古代インドの奴隷あるいは従者の姿を基に、片袖を破って結び、修行者に付き従い、これを守る存在である事を表す。(これ即ち、前出の“奴僕三昧”)

右手には魔を退散させ、同時に衆生(しゅじょう)の煩悩(ぼんのう)を断ち切るための降魔三鈷剣(ごうま・さんこけん)を持(じ)し、

左手には悪を縛り、煩悩から抜け出せない衆生を救い上げるための羂索(けんさく)を握り、背には貪(どん ; むさぼり)・瞋(じん ; 怒り)・癡(ち ; 真理に対しての無知)の三毒(さんどく)を喰らい尽くす火の鳥 『迦楼羅(かるら)』 を象った迦楼羅焔(かるらえん=大火炎)を背負い、

大忿怒形(だいふんぬぎょう)で磐石(ばんじゃく)の上に座し、 「一切衆生(いっさい・しゅじょう)を済度(さいど)するまで動かず」 の決意を表す。


以上が不動明王の標準的尊容だ。



不動真言は、大別すると次の三つがポピュラーだろう。


大咒 : 別名 火界咒(かかいじゅ)

ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビキナン ウンタラタ カンマン


中咒 : 別名 慈救咒(じくじゅ)

ノウマク サンマンダ バサラダン センダマカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン


小咒 : 別名 心中心咒(しんちゅうしんじゅ)

ノウマク サンマンダ バザラダンカン


(注) 概して不動行者はこの内、特に中咒(慈救咒)を好んで誦するようだ。

又、大咒、中咒中の 『センダマカロシャダ』 は不動の別名 “チャンダマハロシャナ” の事。



不思議な事に、不動明王と言う尊格はインドで起こり支那(現・ユーラシア大陸の一部)を経て我が日本国に伝承されたのだが、日本以外の国ではあまり目立って信仰されてはいない。


最後に、真に不謹慎な話ではあるが、作者が始めてこの明王の梵語(ぼんご)名に接した時ナントナク可笑しくって思わず笑っちゃたのであった事を付け加えておこう。


その梵語名とは・・・・・・・・・・“アリヤ・アシャラナータ・ビジャ・アランジャ”

と言う。




倶利迦羅竜王とは?



不動明王の化身の一つ。


不動が右手に持つ慧剣(けいけん)に巻きついているのが倶梨伽羅竜王であり、この慧剣、別名 “倶梨伽羅不動剣” とも言う。

不動信仰者の祈りに感応し、祈る者の機根(きこん)がそれを必要とした時、不動明王はその験(しるし)として倶梨伽羅竜王の形を現ずるのだ。

又、倶梨伽羅竜王の民間信仰の中には、この竜王を “病気平癒” や “祈雨” の主尊とする所もあるそうだ。


最後に、 『倶利迦羅竜王陀羅尼経』 という経典には、

「ある時、不動明王が95種の外道と論争した。 その時、不動尊自らを “智火剣” となした。 すると相対峙した外道の代表も又、智火剣に変身し対抗して来た。 故に明王更に大威力をなすため倶梨伽羅竜王へとその形を変じた。 そして終に、その95種の外道を屈服せしめた」というような事が書いてあるらしい。


(注)

上述の95種の“外道”と破瑠魔外道の“外道”は全く関係有りまっしぇん。 もっとも、どっちも“ゲ・ド・ウ”には違わないヶど・・・







つづく