#16 『使い手として選ばれた者は・・・』の巻
「神剣・軍駆馬は使い手を選ぶ。 そしてその使い手として選ばれた者は・・・」
中道が話し始めた。
居合わせた者全員が息を殺し、身を乗り出して聞いている。
皆、真剣な表情だ。
(ピーン!!)
張り詰めた雰囲気で空気が重い。
その場の緊張感が凄い。
息も出来ない程だ。
その中で中道が続けた。
「神剣・軍駆馬は使い手を選ぶ。 そしてその使い手として選ばれた者は・・・声を聞く」
全員が更に身を乗り出して一斉に言った。
「エッ!? 声を!?」
中道が応じた。
「そうじゃ、声じゃ。 声を聞くのじゃ」
孟是が聞いた。
「声!? 声と言うのは?」
「それはワシもよう知らん。 ただそう言われておるのじゃ。 声を聞くとな」
「声を・・・!?」
皆が一様に怪訝(けげん)そうな表情で “声” という言葉に反応した。
中道が続けた。
「これはあくまでもワシの推測なのじゃが、軍駆馬にその使い手と認められた者はその証(あかし)として軍駆馬に何かを授けられるのではなかろうか。 声によって・・・何かを。 それは何らかの呪文。 おそらく神呪。 あるいは実戦に於(お)ける指南かも知れん。 そう、ワシは考えておる」
ここで中道が言葉を切った。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
・・・
皆、考え込んでいる。
中道の言った意味を計り兼ねているようだ。
そのまま暫(しば)らくぎこちない間(ま)が続いた。
すると一人の内道に付き従った戦士が聞いた。
「それで先程、あの時内道様が何かを仰ったかどうかお聞きになられたのですか?」
「そうじゃ。 じゃが、内道は何も言わなんだ。 そうじゃな?」
「はい。 何も。 と、いう事は・・・」
戦士は言葉を詰まらせた。
(シーン)
居合わせた者達も何も言えない。
だが、
皆、考えている事は同じだった。
やや有って、残念そうに中道が沈黙を破った。
「残念ながらその通りじゃ。 我が倅(せがれ)内道は、軍駆馬の真の使い手ではなかった・・・」
先程の戦士が聞いた。
「ならば雪女は? 軍駆馬は確かに雪女の胸を捉え、刺し貫きました。 ならば雪女は、雪女は一体どうなったのでしょうか?」
中道は目を瞑(つむ)り腕を組み再び考え込んだ。
皆、沈黙したまま中道を見つめている。
(シーン)
空気が重い。
雰囲気が暗い。
息苦しく時間が過ぎる。
(クヮッ!!)
突然中道が目を見開き、決然として言った。
「雪女はまだ生きておる!?」
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つづく
#17 『真の使い手』の巻
「雪女はまだ生きておる!? 軍駆馬は止(とど)めを刺してはおらん。 それは恐らく雪女に手傷を負わせたのみ。 だから何の痕跡も残さず消えたのじゃ」
「オォー!?」
居合わせた者達全員が声を上げた。
落胆(らくたん)とも驚嘆(きょうたん)とも言えぬ何とも言えぬ声を。
孟是が中道に聞いた。
「という事は雪女はまだ死んではおらんと・・・?」
孟是に向かって中道が言った。
「残念ながらその通りじゃ。 我が倅(せがれ)内道は軍駆馬の真の使い手ではなかった。 だから雪女を斬り切れず、雪女に手傷を与えたに過ぎん」
「ならば雪女は今どこでどうして・・・?」
「分からん。 恐らくどこかで受けた手傷を癒しておるのであろう。 しかし手傷と言っても神剣によって受けた傷。 そう簡単に癒えるとは思えんが・・・」
ここで別の誰かが聞いた。
「もし内道様が真の使い手だったら?」
ユックリとそちらを向いて中道が答えた。
「雪女はいない。 既に雪女は神剣・軍駆馬の力によって消滅しこの世には存在しない」
内道に付き従った戦士の一人が肩を震わせ声を詰まらせながら呟(つぶや)いた。
「そうですかぁ。 無念ですなぁ。 内道様が、あの内道様が真の使い手であって下さっておれば今頃雪女は、既に雪女はこの世から・・・。 クッ。 残念。 ウ、ウ、ウッ。 ・・・」
そう言うと悔し涙にむせび泣いた。
それに釣られ他の者達も皆、痛惜(つうせき)の涙を流し始めた。
中道が皆を諌めるように、あるいは慰めるように言った。
「もう、それは言うまい。 残念ながら内道はその器ではなかったのじゃ。 仕方あるまい」
チョッと言葉を飲んで中道が続けた。
「それよりも何よりも本題に入らねばならん。 雪女をどうするかを。 ヤツは必ず復活する」
「それはいつですか?」
誰かが聞いた。
「いつになるかはワシにも分からん。 じゃが、ヤツは復活する。 残念ながらこれだけは断言できる。 ヤツは必ず復活する」
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これがその時、
大広間に集まった者達全員が思い出した3年前の雪女と内道の死闘の・・・
顛末(てんまつ)だった。
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つづく
#18 『アレ』の巻
今、
破瑠魔家の100畳はあろうかと言う大広間には里人の内、病人、老人、子供を除く動ける者殆(ほと)んどが集まっていた。
その数、総勢約80人。
全員が座っている。
その場の陣容は、中道対1列が15、6人程で5列をなした里人達。
中道と1列目の距離は3メートル弱、各列の間はまちまちはであるが決して窮屈ではない。
この大広間には立派な床の間が設(しつら)えてある。
その床の間には合計5本の掛け軸が掛けてあり、左から青竜(せいりょう)、白虎(びゃっこ)一つ飛んで朱雀(しゅじゃく)、玄武(げんぶ)の絵の順に並んでいる。
これは四神相関を表しているようだった。
その中央には富士山を神格化した 『木花咲耶姫(このはなさくやひめ)』 のような、おそらくこの里の鎮守と思われる美しい女神像(じょしんぞう)が他の四つより一回り大きい軸に描かれて有った。
それらの軸を背後にして中道が座っている。
その中道が短足 否 嘆息して言った。
「内道亡き今、雪女に立ち向かえる者は一人もおらん。 はてさて、どうしたものか・・・?」
(シーン)
言葉を発する者は誰一人としていない。
皆、それぞれに困惑している。
暫(しば)らくその沈黙が続いた。
思いつめたような表情で一人の若者が徐(おもむろ)に身を乗り出した。
この若者は3年前内道に付き従った戦士の一人だった。
そして中道に向かって言った。
「内道様以上の技の使い手がいない以上。 そして、軍駆馬の使い手がこの中には存在しない今。 最早我等に残るは “アレ” のみかと。 もし内道様が敗れた場合、内道様に付き従った我等がやる事になっていたアレのみかと・・・」
“アレ” の一言に、
(ピリッ!!)
再び居合わせた者達全員に緊張が走り、口々に言った。
「し、しかし、アレは・・・。 アレをやったら、我等は・・・」
「ならば討ち死に覚悟で病人、女子供を除く我等里人全員で当たるしか・・・。 しかし、相手は雪女。 例え我等が束になって掛かっても勝てる見込みは・・・」
「とすれば、残る手立てはアレのみと・・・」
「アレかぁ。 アレのみかぁ」
「そう。 アレしか他に方法は・・・」
その時・・・
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つづく
#19 『もう一人』の巻
「御義父上(おちちうえ)様」
スゥ〜っと障子(しょうじ)を開け、正装ではなく夏らしい清爽(せいそう)とした浴衣姿の死頭火(しずか)が静かに大広間に入って来た。
幼子のやはり浴衣姿の外道の手を引いている。
死頭火は外道を連れて、用事のため伊賀の実家に帰っていたのだ。
伊賀の里にある実家に。
そぅ・・・
死頭火は伊賀の “くの一” の流れを汲んでいた。
しかし、
今回の事件を知り、それが雪女の仕業と直感し、直ぐさま伊賀の里を後にし、たった今戻って来たところだった。
隣の部屋で身支度を整えながら話は聞いていた。
事情は全て把握している。
(ツヵツヵツヵ・・・)
死頭火が外道の手を引き、中道の脇近くに進み出た。
中道及び里人達全員と向き合える位置を取り正座した。
そして平然として言ってのけた。
「御義父上様、皆様。 雪女とは私(わたくし)が戦います」
これを聞き、
「し、死頭火!?」
「し、死頭火様!?」
「し、死頭火様!?」
「し、死頭火様!?」
・・・
中道、里人達が一斉に驚きの声を上げた。
死頭火が静かに続けた。
「お忘れですかお義父(とう)様。 軍駆馬を抜いたもう一人を」
「オォー!?」
居合わせた者達全員が再び声を上げた。
「い、否。 わ、忘れてはおらぬ・・・が・・・」
中道が言葉に詰まった。
(ガャガャガャガャガャ・・・)
その場全体に動揺が走った。
皆が夫々(それぞれ)勝手な事を話している。
それを言葉で制するようにキッパリと死頭火が言った。
「神剣・軍駆馬は・・・」
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つづく
#20 『決意』の巻
「神剣・軍駆馬は私(わたくし)も抜きました」(キリッ!!)
死頭火が静かにではなく、キッパリとそう断言した。
そぅ・・・
この500年間で内道の他に軍駆馬を抜いたもう一人の達人。
それは外道の母、死頭火だったのだ。
「オォ―!?」
(ガャガャガャガャガャ・・・)
居合わせた者達全員が驚きの声を上げると同時に、その場がどよめいた。
そのどよめきを制するかのように中道が死頭火に聞いた。
「死頭火ょ。 確かにソナタも抜いた。 それは皆も知っておる。 じゃが、ソチはオナゴ。 そして 『戦士は男。 女はそれを産み育てる』 これが我等が女切刀呪禁道1400年の掟じゃ。 如何(いか)に優秀であろうとアレをやる時以外、我等の先祖はオナゴを戦わすような真似は決してしてはこなんだ。 それが女切刀の男達の誇りじゃ。 それを曲げる訳にはいかん。 よってソチを戦わす訳にはいかん」
この女切刀の里は代々、男子は戦士となるための訓練を、女子は戦士のより良き母となるための躾(しつけ)を受けて来た。
それを掟として徹して来ていたのだ、まるでギリシャのスパルタのように。
もっともスパルタのやったとされる、不具の子は断崖から投げ落として殺すような真似はしなかったが。
一応、その必要性から女達も又、呪禁(じゅごん)の手解(てほど)きを受けては来た。
中には死頭火程ではないにしろ、それなりに優秀な女達もいた。
それでもやはり女達は皆、体術を極める代わりに健康な男子を産む事に徹して来たのだ。
厳格な規律。
それが里の存続のための絶対条件ゆえ。
しかし死頭火はその器量を見込まれ、里の外から嫁いで来ていた。
だが、これは決して珍しい事ではなく、この里には外部からそれなりに婿、あるいは嫁を受け入れて来た。
里の血が濃くならないための配慮だ。
そして死頭火も又、その一人だった。
だが、
幸か不幸か?
あるいは運命の悪戯か?
死頭火は天性の戦士の才(ざえ)を持って生まれついていた。
しかも、生まれた場所は伊賀。
そぅ、あの忍者の里・伊賀だ。
例へ女とはいえその才覚を持ち合わせ、その才覚を育てる環境に生まれ、良き指導者のいる所でそれを見出され、鍛え上げられればその才覚は目覚め、本領を発揮するのは当然の理(ことわり)。
その伊賀の里の伊賀以外は勿論、最早忍術を忘れてしまっている現在の伊賀の里人達すらその存在を全く知らぬ、女切刀が呪禁道を密かに伝え続けて来たのと同様、隠れ伊賀衆として隠密裏に忍法を伝承し続けて来たその隠れ伊賀衆の中で生まれ育ち、その才能を見出され、徹底的に鍛え上げられて来た死頭火は、幼くして既に上等な“くノ一”、即ち戦闘の達人になっていたのだ。
つまり破瑠魔内道に嫁ぐ以前に、既に死頭火は達人級の体術を極めていたという事である。
そして女切刀に嫁ぎ、呪禁の手解(てほど)きを受けるやその抜きん出て優秀な才覚ゆえ短時間でそれに精通し、軍駆馬を抜くまでになった。
斯(か)くして死頭火は女切刀呪禁道1400年、その達人の一人に名を連ねるまでの存在になっていた。
その死頭火が中道に言い返した。
「御義父上(おちちうえ)様。 今はそのような事を申している時では有りません。 今は戦わねばならぬ時。 そして戦える者が戦う。 それが私(わたくし)。 私以外にいない以上、掟が何なのでしょう?」
「そ、それはその通りではあるが・・・」
中道が口ごもった。
達人・死頭火の正論に反論出来なかったのだ。
それでもやはり中道は、女の死頭火を戦わせたくはなかった。
それは掟を破る事、あるいは女切刀の男の誇りを捨てる事を嫌がったのではなく、死頭火の身を案じての事だった。
内道を失った今、必ず勝てるという確証無しに内道の子・外道の母親でもある死頭火を死地に赴かせたくはなかったのだ。
中道が死頭火を説得するために続けた。
「じゃがのぅ死頭火ょ。 声じゃ、声。 ソナタは聞いたのか? あの時、軍駆馬の声を? 軍駆馬を抜いたあの時に」
死頭火が穏やかに、しかしキッパリと言い切った。
「いいえ、聞きませんでした」
「オォ―!?」
(ガャガャガャガャガャ・・・)
再びその場がどよめいた。
構わず死頭火が続けた。
「しかし、私が抜いたのは平時の時。 軍駆馬がその使い手か否かを決めるのは戦いの中。 違いますか? お義父(とう)様」
中道が目をつむり腕を組んで考え込んだ。
(シーン)
どよめきは収まった。
皆、死頭火と中道のやり取りを黙って見守っている。
暫(しば)し考えてから中道が目を開け腕組みを解いて答えた。
「ウ〜ム。 言われてみればそうかも知れん。 軍駆馬の真の使い手か否かは戦いの中でハッキリするのかも知れん。 しかし、ソナタが真の使い手であれば良いのじゃが。 もしも、もしもじゃ。 もしも、そうではなかった場合・・・」
「それを恐れていては雪女とは戦えません」
依然(いぜん)として死頭火は毅然(きぜん)としている。
「じゃが・・・」
中道がチョッと躊躇した。
そんな中道を諌めるように死頭火が屹然(きつぜん)として言い切った。
「妖怪退治は我等の役目。 我等、女切刀呪禁道を受け継ぐ者達の役目。 例えそれが女の私であろうと、我等がやらずして一体誰が雪女と戦えましょうか?」
「し、しかしじゃ・・・」
中道が言葉に詰まった。
すると・・・
このやり取りを横で聞いていた孟是が言った。
「死頭火どん。 言う事はよう分かる。 気持ちもじゃ。 じゃが、やはりそれは無謀かと」
それを切っ掛けに皆が口々に死頭火に言った。
「その通りです死頭火様。 余りにも危険すぎます」
「死頭火様のお気持ちは、我等の誇り。 しかし、やはり冒険が過ぎると・・・」
「そうです死頭火様。 他に手立てがないなら兎も角・・・」
・・・
皆、一様に死頭火の身を案じた。
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つづく