#21 『奥の手』の巻



「そうです死頭火様。 他に手立てがないなら兎も角、我等には奥の手が。 アレがあるではないですか」


「そうだそうだ。 アレだアレ。 死頭火様を危険な目にあわせる位ならアレをやるほうが・・・」


「ウム。 私もアレに賛成だ」


「私もだ」


「私も」


 ・・・


それを聞き、死頭火が言った。


「有難うございます。 皆様のお気持ち大変嬉しく存じます。 確かにアレをやれば間違いなく雪女は倒せましょう。 しかしアレは一度きり。 二度と使う事は出来ません。 でも、もし。 その後で雪女と同等あるいはそれ以上の妖怪が現れた時、我等は一体どうすれば良いのでしょう」


中道が答えた。


「いや、その心配は無用じゃ。 この世に雪女以上の妖怪はいない。 雪女こそ世界最強の妖怪じゃ」


冷静に死頭火が反論した。


「確かに今現在はそうでしょう。 しかし未来永劫そうだと誰が断言出来ましょうか」


「ウ〜ム」


再び中道は考え込んだ。

皆も又、同様だった。







つづく







#22 『外道の宿命』の巻



「し、しかし死頭火ょ。 外道は、外道はどうするのじゃ? もし万が一・・・。 ソナタが、ソナタが敗れた場合・・・」


中道が言った。

それに呼応するかのように里人達も言った。


「そうです死頭火様。 外道様の事もございます」


「外道様はまだ幼い。 お父上の内道様は既になく、その上、死頭火様にもしもの事があったら・・・」


「ここはやはり外道様のためにも死頭火様には思い止まって頂かねば・・・」


 ・・・


口々に外道と死頭火の身を案じた。

それに対しキッパリと死頭火が言い返した。


「皆様方はお考え違いをなさっておられます」



(ガャガャガャガャガャ・・・)



死頭火の一言にその場がどよめいた。

孟是が聞いた。


「考え違いとは?」


死頭火が答えた。


「はい」


どよめきは収まり皆死頭火に注目している。

死頭火が続けた。


「幼いとは言え外道は当破瑠魔家の嫡男。 その事によりいかなる天命が下ろうとそれは破瑠魔家嫡子の宿命。 それが破瑠魔内道の子として生まれた我が子外道の運命。 外道に甘えは許されないのです」


そう言って死頭火はそっと横に座っている外道の頭を抱いた。

それは死頭火が無意識にとった行動だった。

いかに達人とは言え死頭火は女、まして母だ。

破瑠魔家という降魔(ごうま)の定めを持つ家系の嫡子として生まれたが故に、厳しい運命に翻弄(ほんろう)されなければならぬであろう我が子外道に対し、母として無意識にとった行動だった。



(シーン)



死頭火の覚悟の一言に誰も言葉が出せなくなった。


「ウウウウ、ウッ、・・・」


中には外道母子の背負った宿命の重さを慮(おもんばか)って涙を流す者もいた。

父内道を失い、今又同じ相手のためにその母、死頭火を失うかもしれない外道の余りの不憫(ふびん)さに涙を流す者もいたのだった。







つづく







#23 『段取り』の巻



しばし黙って聞いていた中道が言った。


「死頭火ょ。 もう一度考え直してはくれぬか。 ソナタの言う事は最もじゃ。 その通りじゃ。 それが外道の運命じゃ。 じゃがのぅ死頭火ょ。 やはりもう一度考え直してはくれぬか」


「いいえ、お義父(とう)様。 それは出来ません」


死頭火が毅然(きぜん)として言い返した。


「じゃが・・・」


中道が何か言い掛けた。

死頭火がそれを制した。


「お義父様。 まだ私(わたくし)が負けると決まったわけではありません。 そんな弱気な事でどうされます。 当破瑠魔家の当主ともあろうお方が」


「そ、それはそうじゃが」


最早、死頭火の決心は全く揺るぎそうもない。


「ウーム」


「ウーム」


「ウーム」


 ・・・


中道以下、里人全員が考え込んだ。



(シーン)



しばし沈黙が続いた。

ジッと俯(うつむ)いたまま誰も何も話そうとはしない。

否、話せるような雰囲気ではなかった。


その沈黙の中。



(クヮッ!!



突然、中道が顔を上げ目を見開いた。


その表情が険しい。

眉間に皺を寄せている。

覚悟を決めたのであろうか目つきが尋常ではない。

そして言った。


「止むを得ん。 死頭火ょ、雪女はそなたに任す」


「オォー!?


「オォー!?


「オォー!?


 ・・・


全員が驚きの声を上げた。

しかしそれは同意の声ではなかった。

中道の言葉に対して、反射的に出た驚きの声だった。

やはりまだ皆、完全に同意してはいないのだ、死頭火の勝利が見えない以上。

だが、

それを無視し、意を決して中道が死頭火に念を押した。


「ただしじゃ。 ただし、もしもソナタが敗れた時は、即座にアレを行なう。 内道の時と一緒じゃ。 良いな死頭火?」


「はい。 結構でございます、お義父様」


「ウム」


中道が一渡(ひとわた)り全員の顔を見回して告げた。


「皆の者聞いての通りじゃ。 雪女は当破瑠魔家の嫁、破瑠魔死頭火が成敗(せいばい)致す事と相成った。 ついては準備を急がねばならぬ。 全ては内道の時と同じじゃ」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 ・・・


皆、何も言わず押し黙っている。

やはり死頭火に勝ち目が見えない以上、

コレに乗り気ではないのだ。


誰も喋ろうとも動こうともしない。


そんな中、再び中道が言った。


「皆の者良く聞くのじゃ。 これ以上あれこれ考えていても始まらん。 最早死頭火の決心は変わりそうにない。 ならば、ここは死頭火に任せようではないか。 のぅ、皆の者」


この言葉で皆の腹が決まった。


『良し!? 死頭火様に賭けよう』


その場に居合わせた者達全員の腹がそう決まった。

その途端(とたん)、瞬時にしてその場が活気付いた。

すると誰かが聞いた。


「では、段取りはどのように?」


中道が答えた。


「前回と同様じゃ」


孟是が言った。


「さすれば新に13人の戦士を選ばねばなりませんな」


中道が答えた。


「それはソチ達にまかす」


「ウム」


孟是が頷いた。


「ウム」


「ウム」


「ウム」


 ・・・


他の長老達も又、頷いた。


中道が続けた。


「では、段取りを確認しておく・・・」







つづく







#24 『重裏虚(エリコ)の術』の巻



「先ず、この女切刀の里中央に護摩壇(ごまだん)を設置。 式次第(しきしだい)は調伏護摩(ちょうぶくごま)とする。 その対象は雪女。 つまり雪女調伏護摩じゃ。 これにより雪女の注意を引き付け誘(おび)き寄せる。 ヤツは必ず調伏護摩に感応してやって来る。 この女切刀の里にな。 そこを選ばれた戦士13人と神剣・軍駆馬を持った死頭火が待ち伏せる。 そして死頭火が雪女と一騎打ちで戦いこれを打ち倒す。 死頭火が勝てばそこまでじゃ。 じゃが、もし万が一死頭火が敗れた場合、残った13人で女切刀に結界を張る。 1人が1佛、合わせて13佛。 即ち13佛の結界を。 壁城結界(へきじょう・けっかい)じゃ。 これにより雪女を女切刀の里に封じ込める。 最後に我等女切刀の住人全員で、女切刀消滅技である重裏虚(エリコ)の術を掛ける。 重裏虚の術とは、我等全員で里の周りをユックリと1日かけて1周する。 コレを七度繰り返し合計7周する。 そして7周し終わった直後ワシが火南の角笛(カナン・の・つのぶえ)を吹く。 それを合図に全員一斉に声を揃えて女切刀消滅呪文(めぎと・しょうめつ・じゅもん)を叫ぶ。 女切刀消滅呪文は 『バルスメギト』 じゃ。 良いな 『バ、ル、ス、メ、ギ、ト』 じゃ。 くれぐれも間違えるでないぞ。 これにより雪女を女切刀の里ごとこの世界から葬(ほうむ)り去る。 以上じゃ。 良いな皆の者。 この手順じゃ。 くれぐれも間違いのないようにな」


(あの〜。 分かってくれてるとは思ふヶど・・・この物語はフィッ、クッ、ションですぅ〜〜〜。 作り話ですぅ〜〜〜。 つまりー、ぜ〜〜〜んぶ嘘ですぅ〜〜〜。 ?????? へっ!? と、言ふ事は・・・!? それってもしかして・・・コマルって・・・う・そ・つ・き? ?????? ガビーーーン!! ?????? 嘘吐き?嘘吐き?嘘吐き? ?????? ウ〜ム。 ?????? ヒ、ヒェェェェェーーー!? オオオ、オネゲェーでごぜーます。お代官様(おでーかんさま)ー!! オオオ、オネゲェーでごぜーます)



と、中道が覚悟を決めて言った。



これまで度々出て来た “アレ” とは・・・雪女を13佛の結界である壁城結界(へきじょう・けっかい)により “霊地” 女切刀の里それ自体に封じ込め、重裏虚(エリコ)の術により空間を歪め、女切刀の里ごと雪女をその歪んだ空間に沈めこの世界から消し去るという事である。

従って、コレは一回だけ。


そぅ・・・


たったの一回だけしか出来ないのだ。


そして、更に言うなら・・・


この重裏虚の術には大・小2種類有る。

即ち、

大重裏虚(だい・えりこ)に小重裏虚(しょう・えりこ)。

上記重裏虚の術がこの内の大重裏虚の術であり、

その簡略バージョンが小重裏虚の術である。







つづく







#25 『重裏虚の術とは?』の巻



解説しよう。



重裏虚(エリコ)の術とは?


前回、中道はこう言った。


「・・・。 もし万が一死頭火が敗れた場合、残った13人で女切刀に結界を張る。 1人が1佛、合わせて13佛。 即ち13佛の結界を。 壁城結界(へきじょう・けっかい)じゃ。 これにより雪女を女切刀の里に封じ込める。 最後に我等女切刀の住人全員で、女切刀消滅技である重裏虚(エリコ)の術を掛ける。 重裏虚の術とは、我等全員で里の周りをユックリと1日かけて1周する。 コレを七度繰り返し合計7周する。 そして7周し終わった直後ワシが火南の角笛(カナン・の・つのぶえ)を吹く。 それを合図に全員一斉に声を揃えて女切刀消滅呪文(めぎと・しょうめつ・じゅもん)を叫ぶ。 女切刀消滅呪文は 『バルスメギト』 じゃ。 良いな 『バ、ル、ス、メ、ギ、ト』 じゃ。 くれぐれも間違えるでないぞ。 これにより雪女を女切刀の里ごとこの世界から葬(ほうむ)り去る。 ・・・」


と。


この中でほとんど述べられてはいるが若干補足が必要である。


即ち、


まず、女切刀の里の大きさだが、おおよそ東京ドーム3個分であり深い森林に覆われ、周囲が断崖になっている。

そのためこの里の出入りには、里人しか知らない秘密の出入り口を通って崖を上り下りしなければならない。

そしてこの里を出るには、まず急勾配の崖を下らなければならず下り終えるとそこは険しい渓谷になっている。

その渓谷を越えて初めて下界に出る事が出来るのだ。

しかし、その渓谷も人間が歩いて渡れる所は限りがあり、それも余程注意しないと見逃してしまうような場所にそれはある。

従って、里人以外にこの場所を訪れるものはいない。 

否、

その存在すら気付かれてはいない。


中道の言葉の中で 「我等全員で里の周りをユックリと1日かけて1周する。 云々」 と言う件(くだり)があるが、

これをするためにはまず里人全員が崖を下り、崖下の渓谷に出なければならない。

加えて、

下り終えるまで何が起ころうと全員後ろを振り返ってはならない、唯の一度もだ。

次に、この険しい渓谷をどんな事があっても1日に必ず1周しなければならない。

雨が降ろうが、槍が降ろうが、エロっぺぇチチプリンのネェちゃんがハミチチを振ろうが・・・だ。

コレを里人全員で行わなければならない。

里人全員という事は、赤ん坊から老人全てを含む。

当然、病人と言えどもこれに加わらなければならない。

逃げる事は許されないのだ。

そして、この険しい渓谷を1周するという事は、その移動距離を考えると健常者でもなかなか骨の折れる仕事だ。

この健常者でも骨の折れる仕事を、ある者は赤子を抱き、幼子の手を引き、又ある者は老人・病人を背負い、重傷者は数人掛りで担架で運ぶ。

といった事をしなければならない。

それも7日間連続してだ。

当然、食事、用便、休憩のための時間は殆(ほと)んどない。


つまり、


一言で重裏虚(エリコ)の術といっても掛けるにはそれこそ命懸けなのだ。


又、


13佛の結界であるが、これもまた簡単ではない。


まず13佛とは?


胎蔵界曼荼羅の十二大院を統一したものであり、

胎蔵界大日如来を中央として順に、不動明王、薬師如来、釈迦如来、観世音菩薩、文殊菩薩、精子 否 勢至菩薩、普賢菩薩、阿弥陀如来、地蔵菩薩、阿シュク如来、弥勒菩薩、虚空蔵菩薩を配する日本独自の信仰である。 

この信仰は南北朝時代(13361392)に始まった。

13佛の配置は中央の大日如来は普遍であるがそれ以下の諸尊は時代と共に変遷した。 (ただし、金胎不二の真理を表すため、胎蔵界大日如来を金剛界大日如来に置き換える事もある)

室町時代〜江戸時代にかけて、この13佛は追善供養(死者の冥福を祈って仏事を行う事。 またはその人にちなんだ行事をする事)の本体として盛んだったようだ。


ここまではホントの話。


ここからはツクリ話。


もしも死頭火が敗れた場合。

その敗北確認後、直ちに13人の選ばれた戦士達全員が各自担当佛の三昧に入り、一気に結界を張る。

これには全員の呼吸が合わねばならず、各自勝手に張る訳には行かない。

というのも結界に要する時間はその時の各自の力量・経験・コンディション・・・により微妙にタイムラグを生じる、この補正のために呼吸を合わせる必要があるのだ。

次に、結界を張り終えると同時に雪女にその存在を悟られず、結界を張った合図の花火の導火線に素早く点火し、速やかに女切刀を脱出しなければならない。

誰か一人でも重傷を負ったり最悪死亡した場合、この結界はその時点で破れてしまうからだ。

そして速やかに崖下の渓谷で待機している里人達に合流し重裏虚の術に取り掛かるのだ。



以上に見られるように、一口に重裏虚の術を掛けると言ってもそれは生半可な事ではないのである。







つづく