#26 『調伏護摩』の巻
中道指揮の下、護摩壇の準備が急ピッチで行われた。
式次第は調伏護摩。
女切刀の里の中央部にあるこの里の鎮守の女神(じょしん) “魔王権現(まおうごんげん)” を祭る大社の神楽殿に護摩壇は設置された。
神楽殿と言っても、床の替わりに大相撲の土俵のように盛り土をしているだけで屋根もない。
その盛り土で出来た舞台の中央に護摩壇を設置。
つまり、柴灯護摩(さいとうごま)形式だ。
本尊は不動明王。
その前には倶梨伽羅竜王が宿る神剣・軍駆馬が安置されている。
中道達が護摩壇の支度(したく)をしている間に、
里の長老達が死頭火に従う13人の戦士たちを選抜した。
殆んどが3年前内道に付き従った者達だった。
皆屈強な若者達だ。
全ての準備が整った。
時計の針は既に深夜零時を指している。
明かりは、護摩壇の四方を囲む灯明と神楽殿の四隅に焚かれた焚き火だけ。
普通の人間の目には暗すぎて周りの情景が殆んど見えない。
しかし鍛え抜かれた戦士達の目には、それだけで充分だった。
その薄暗がりの中、中道が里人全員を出来上がったばかりの護摩壇のある神楽殿の前に集めた。
中道、死頭火以外全員座っている。
と言っても、何かハプニングが起こった時に即座に立ち上がる事の出来る正座の状態で右膝を立てている戦士の座り方、即ち “戦闘ポーズ” だったが。
全員の顔を一渡(ひとわた)り見回して中道が言った。
「皆の者。 再度確認しておく。 これからワシの言う事を良〜く肝に銘じておくのじゃ。 良いな」
「ハ、ハー!!」
「ハ、ハー!!」
「ハ、ハー!!」
・・・
皆が一斉に返事をした。
「ウム。 時間は今、子(ね)の三つ(午前0時〜0時半)を告げたばかりじゃ。 戦いの時は今朝丑の刻(午前1時から3時の間)の三つ(午前2時半)。 丑の刻になり次第護摩を焚く。 導師は阿闍梨(あじゃり)の刺客 否 資格を持つ死頭火、脇侍(わきじ)は残り13人。 他の者はワシに従い里を降りる。 そして結果を待つ」
ここで一旦言葉を切った。
里人達によって事前に魔王権現大社脇に用意されていた赤白一つずつある花火を指差して、
13人の戦士達に向かって言った。
「死頭火が勝った時は赤玉を上げょ。 死頭火が破れソチ達が結界を張った時は白玉じゃ。 良いな。 間違えるでないぞ。 それを見てワシらは大重裏虚(だい・エリコ)に取り掛かるのじゃからな」
「ハ、ハー!!」
「ハ、ハー!!」
「ハ、ハー!!」
・・・
13人が一斉に返事をした。
皆緊張からか目は血走り、顔が真っ赤に火照(ほて)っている。
一人死頭火のみが平静だ。
その瞳には覚悟が、死頭火の決心がハッキリと現れていた。
中道がその死頭火に視線を向けた。
瞬間、
『ハッ!?』
として目を見張った。
こう思ったからだ。
『覚悟を決めた人間の瞳はかくも涼(すず)やかか?』
その瞳を中道はジッと見つめた。
中道はそれまで、
『もう余計な事は言うまい』
そう心に決めていた筈だった。
しかし死頭火のその余りの気高さに、意に反して思わず言葉が口を突いて出た。
「死頭火ょ。 外道に何か言う事はあるか?」
死頭火が答えた。
「いいえ。 何も」
「ウム。 外道は確かにワシが預かった。 ソナタは心置きなく戦うのじゃ。 良いな」
(コクッ)
死頭火が黙って頷いた、視線を逸(そ)らさずジッと中道の瞳を見つめたまま。
そこに中道は母親である事を捨てた、否、女である事さえ捨て去った死頭火の姿を見た。
孤高(ここう)の戦士、破瑠魔死頭火の姿を。
恐るべきあの雪女と互角に戦える女切刀最強にして唯一人の戦士の姿を。
みるみる中道の表情が険しくなった。
目は釣りあがり顔が真っ赤に火照った。
そして言った。
「勝て死頭火!! 必ず勝つのじゃ!! 世のため人のため、女切刀のため、外道のために!!」
「はい。 お義父様」
二人はしばし見つめ合った。
そして、
再び里人のほうに向き直って中道がキッパリと言った。
「では皆の者里を降りる!!」
「オォー!!」
その言葉を合図に全員が立ち上がった。
その時・・・
・
・
・
・
・
つづく
#27 『仇(かたき)』の巻
(ツヵツヵツヵ・・・)
突然、死頭火の前に外道が進み出た。
そして言った。
「カー様。 外道も残ります」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
・・・
突然の事に、皆言葉が出なかった。
ジッと死頭火を見つめて外道が続けた。
「カー様と一緒に外道も雪女と戦います」
幼子(おさなご)外道。
喋りにくい言葉はまだキチンと発音出来ない幼子の外道が、
キッパリとそう言ったのだ。
「それはなりません」
死頭火が腰を落とし地に膝を突き、目線を外道と同じ高さにしてそれを拒否した。
「ナゼですか? カー様」
「コレは遊びではないのですょ、外道。 戦いなのです。 それも相手は女切刀呪禁道最強の敵雪女なのです。 お前の父、破瑠魔内道を以ってしても倒せなかったあの雪女なのです。 このカー様とて果たして勝てるかどうか分からない相手なのです」
「だから外道も一緒に戦うのです」
すると、
(サッ!!)
死頭火の顔色が変わった。
そして、
(スッ!!)
と立ち上がり、外道を睨み付け、声を荒げて言った。
「なりません!!」
両目が釣りあがり、顔が強張(こわば)り、まるで夜叉のような形相だ。
こんな死頭火は初めてだ。
だから、その迫力にその場にいる者全員がビビった。
皆、総身に鳥肌を立て、その場に凍て付いた。
一人を除いて全員がその場に凍て付いている。
だが、
その一人は怯まない。
それどころか表情を・・・
(キッ!!)
引き締めてこう言い返した。
「雪女はトー様の仇(かたき)。 外道はトー様の仇が打ちたいのです」
死頭火と外道が見つめ合って、否、睨み合っている。
どちらも一歩も引くような雰囲気ではない。
(ドキドキドキドキドキ・・・)
皆、困惑した表情で成り行きを見守っている。
どうして良いか分からないといった表情だ。
たまりかねて中道が割って入った。
「外道。 お前の気持ちは良く分かる。 じゃが、お前はまだ力不足じゃ。 お前がおると返って足手纏(まと)いになる。 邪魔なだけじゃ。 だから諦めるのじゃ」
外道が体の向きを変え、中道に向かって言い返した。
「邪魔はしません。 外道はカー様の邪魔はしません。 見ています。 外道はカー様の戦いを見ています。 もし、カー様が負けたら次に外道が雪女と戦います。 そして、トー様とカー様の仇(かたき)を討ちます」
こう言い切ると外道は再び体の向きを変え、鬼のような形相で自分を睨み付けている母・死頭火の眼(め)を見つめた。
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・
・
・
・
つづく
#28 『外道の眼』の巻
母、死頭火の厳しい表情に対し一歩も引かない外道。
里人達がハラハラしながらどうなる事かと成り行きを見守っている。
すると、突然。
「フッ」
鬼のような形相から一転にこやかな笑顔に変わり、そっと外道を抱き寄せ死頭火が言った。
「外道。 良く言いました。 それでこそ我が夫破瑠魔内道の忘れ形見。 そしてこのカー様がお腹を痛めた子。 いいでしょう。 お前もここに残りなさい。 ただし、お前は見ているだけ。 何もしてはいけません。 手出しは無用です。 たとえこのカー様が負けてもお前は見ているだけ。 絶対に手出しをしない。 そう約束できますか。 それが約束出来るならお前もここに残りなさい」
その顔は満足げであり、眼(め)は慈愛に満ちている。
その眼をジッと見つめながら、
(コクッ)
外道が頷(うなづ)いた。
このやり取りに、
「し、死頭火!?」
中道が驚きの声を上げた。
「オォー!?」
皆も同様驚いている。
外道を抱き寄せたまま、中道に向かって死頭火がキッパリと言った。
「お義父様。 この戦い。 外道も一緒に戦わせます」
「し、しかし・・・」
「ご覧下さいお義父様。 外道のこの眼を。 覚悟を決めたこの眼を。 コレは子供の眼ではありません。 戦士の眼です。 この眼は外道の体の中には戦士の血が流れているという確かな証です。 この子には戦士の戦いを。 女切刀の戦士の命を懸けた戦いを見せておく必要があると思います」
中道は外道の目を覗き込んだ。
外道のヘテロクロミアのあの目を。
その眼(め)は激しく燃えていた。
と、同時に、
確かに語っていた。
『必ず雪女を倒す』
と。
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・
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つづく
#29 『覚悟の会話』の巻
「外道良くお聞き。 カー様はこの戦いでは、お前のカー様である事を捨てます。 この戦いの最中(さなか)、お前の身に何があってもカー様はお前を助けませんょ。 いいですね外道。 例えお前が殺され掛けてもカー様はお前を助けないのですょ。 いいですね」
母、死頭火の眼(め)をジーっと見つめて外道が返事をした。
「はい。 カー様」
それを聞き満足そうに頷(うなづ)いてから死頭火が続けた。
「そうです。 そして残念ながら、もしこのカー様が負けたら、その時は雪女に悟られないように充分注意して直ぐこの女切刀の里を脱出するのですょ。 結界が張られる前に。 いいですね、外道。 分かりましたね」
「はい。 カー様」
決死の覚悟の母と子の会話だ。
その一言一言の重さに何も言えない里人達。
彼らに出来る事は唯一つ。
黙ってこのやり取りを見守っている事・・・だけだった。
死頭火は見つめた。
外道の眼(め)を。
何も言わずにジッと。
外道も見つめている。
死頭火の眼を。
何も言わずにジッと。
(シーン)
辺りは静寂そのもの。
ただ、透明な空気の中、
時折聞こえるパチパチという焚き火の音。
静かに時は流れ、時間が過ぎ行く。
心の中でそっと死頭火は外道に別れを告げた。
『外道。 強くなるのですょ』
と。
外道は受け止めた。
母、死頭火のその思いを。
まだ幼い外道が母死頭火の眼を通し、その思いを受け止めたのだ。
そして、
(コクッ)
頷(うなづ)いた。
見ていた者達全員が泣いた。
そこにいる者達全員が。
里人全員が。
降魔の宿命を背負った母と子の悲しい運命に涙した。
降魔の宿命とは・・・
かくも悲しい物語を生むのであった。
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つづく
#30 『呪符』の巻
母と子の覚悟の会話がもたらした一時の静寂。
それを破ったのは中道だった。
「良し!? ならばワシも残ろう。 ワシが外道を守る。 それで良いな死頭火。 でなければ駄目じゃ。 でなければ必ず外道はお前の足手纏(あしで・まと)いになる」
「オォー!?」
(ガャガャガャガャガャ・・・)
意外な展開に里人達が一斉に驚きの声を上げ、その場がざわついた。
死頭火がユックリと中道の方に向き直った。
「承知致しましたお義父上(ちちうえ)様。 外道の事はお任せします。 どうぞ外道を、外道をよろしくお願い致します」
「相引き受けた」
これを聞き、
(クルッ。 スタスタスタスタスタ・・・)
死頭火は体の向きを変え護摩壇に近寄った。
そしてその脇にあった筆と和紙を取り、和紙の上にサラサラサラと記号のような文字のような何かを書いた。
同じ物を二枚書き、それらをそれぞれ小さく四つに折り、一枚を外道に手渡した。
「外道。 コレをお持ちなさい。 そして、決して手離さないと約束しなさい」
「コレは何ですか。 カー様」
「コレは、 “現身隠(うつしみ・がく)しの呪符”。 コレを持ってさえいればいかなる魔性と言えどもお前の姿を見る事は出来ません。 あの雪女と言えどもお前の姿を見る事は出来ないのです。 但し、声は聞かれてしまいます。 だから、いいですね外道。 声を出しては駄目ですょ。 例えカー様が殺されても絶対に喋っては駄目ですょ。 いいですね。 分かりましたね、外道」
「はい、約束します。 カー様。 絶対手離さないし喋りもしません」
もう一枚を中道に手渡した。
「どうぞお義父上様もコレをお持ち下さい」
「かたじけない」
中道も受け取った。
他の13人は既に死頭火から受け取っていた。
各自、自分で呪符を作る力量を有してはいたが相手が相手なだけに、ここはやはり抜きんでた呪力を持つ死頭火の呪符が一番安全なのだ。
但し、その効力はそれを持つ者の個人的力量に掛かっている。
ナゼならそれを用いるのは死頭火では無く、それを手にしている者だからだ。
これで死頭火以外の全員が現身隠しの呪符を持った事になる。
だが、
一人死頭火のみ、今は何の呪符も持ってはいなかった。
ナゼか?
死頭火は呪禁道の戦士。
呪禁道の主戦術は呪符術戦(じゅふ・じゅつ・せん)。
つまり、
この戦いにおいて、死頭火はおそらく何らかの呪符を使わなくてはならなくなる状況が予想される。
呪符の使用は一人、一回、一種類。
つまり、
今、現身隠しの呪符を使ってしまうと・・・
他の呪符が使えないからである。
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つづく