#31 『品井山孟是(しないやま・もうぜ)』の巻



中道が里人達に向かって言った。


「皆の者、見ての通りじゃ。 事情が変わった。 ワシと外道はここに残る」


すると、



(スタスタスタ・・・)



品井山 孟是(しないやま・もうぜ)が立ち上がり、中道に近付いて来た。


「ならばワシらはどうすれば?」


中道が答えた。


「手筈は変わらん。 よって、ソチがワシの代わりに皆を率いてくれ」


そう言うと懐から火南の角笛を取り出しそれを孟是に手渡した。


「ウム」


角笛を受け取り孟是が頷いた。

中道が振り返って皆に告げた。


「聞いての通りじゃ、皆の者。 これからはワシに代わってこの孟是が皆の指揮を取る。 孟是をワシだと思ぅて従うのじゃ。 良いな」


「オォー!!


皆、一斉に同意した。


改めて孟是に向かい、孟是の眼(め)を覗き込むように見つめて中道が言った。


「孟是。 後は頼んだぞ」


その中道の眼をジッと見つめ返し、


「ウム。 心得た」


孟是が応じた。

暫し二人は何も言わずに、


「・・・」


「・・・」


見つめ合った。

瞬(まばた)き一つしない。

今生の別れとなるかも知れなかったからだ。

状況が状況なだけに何が起こっても不思議はない。

だから無言で別れを告げあったのだった。

そして、


「ウム」


「ウム」


互いに頷きあった。

それから中道が里人の方に目をやった。


「スゥ〜」


大きく息を吸い込み、大声で命じた。


「皆の者、里を降りょ!!


「オォー!!


決意の雄叫びを上げ里人達が孟是の先導で里を降り始めた。

全く振り返る事無く。


“この時いかなる理由があろうと誰一人振り向く事は許されない”


それも掟だったのだ・・・











大重裏虚(だい・エリコ)の術の。







つづく







#32 『風の顕色』の巻



「時間じゃ。 死頭火ょ。 コレより先はソナタが指揮を取るのじゃ。 ワシらは皆ソナタの命に従(したご)ぅて動かねばならぬ」


中道が死頭火に言った。


女切刀の里は既に戦闘モードに入っている。

戦闘モードに入った以上この戦いに参加する者は皆、この戦いの主役である死頭火の指揮下に入らねばならない。

例えこの里の長(おさ)である中道と言えども例外ではない。

中道はこの戦いにおける上下関係を明確にしたのだ。


「はい。 お義父(おとう)様」


死頭火もそれを了解した。


それからユックリと、一人ずつ中道以下13人の戦士達の眼(め)を見た。

一人も眼を逸(そ)らす事無く、全員がジッと死頭火の眼を見つめている。

誰一人として怯(ひる)む事無く、怖(お)じける事無く、その覚悟と決心が眼に表れていた。

死頭火は最後に外道を見た。

外道も見ていた。

最早、死頭火は外道に言葉を掛ける必要はなかった。

なぜなら、そこにいたのは我が子外道ではなく、戦士の眼でジッと自分を見つめている “戦士外道” だったからだ。



(サッ!!



死頭火が右手を上げた。


「では、これより護摩修法に入る!! 各自、身を清めょ!!


死頭火の甲高(かんだか)い号令が飛んだ。

死頭火、外道、中道以下13人全員が予め用意されてあった聖水で手を洗い口を漱いだ。

全員身支度は既に整っている。

羽織袴(はおりはかま)姿だ。

袴は動き易い伊賀袴(いがばかま)で、額には鉢巻(はちまき)を巻いている。

色は全て純白。

これが女切刀呪禁道の戦士達の戦闘服だ。

しかし13人の戦士達並びに外道も中道も純白だったにも拘らず、一人死頭火のみ黒色の羽織袴姿だった。

当然、鉢巻も黒。


ナゼか?


これは、死頭火が五大力(地輪・水輪・火輪・風輪・空輪)の内 “風輪” の技を最も得意としていたからだ。

つまり死頭火は “風の戦士” だったのだ。

従って、風輪の顕色(けんしょく)である黒色の羽織袴に鉢巻姿。


これが死頭火の・・・











戦闘服なのである。







つづく







#33 『五大力』の巻



解説しよう。



五大力とは?


真言密教の宇宙観によれば、宇宙は “地・水・火・風・空・識” の六つの構成要素から成り立っている。

これを 『六大体大(ろくだい・たいだい)』 と言う。

この六大体大の内 “地・水・火・風・空” の五つを 『五大(ごだい)』 と呼び、宇宙の物質的存在を表す。


この五大を基に密教では 『法界五輪(ほっかい・ごりん)』 の教理が展開される。


以下簡単に抜粋してみよう。


地輪・・・読んで字の如く 『大地』 を表し、固体・気体・液体の内の固体を象徴している。

水輪・・・水に代表される液体を象徴している。

火輪・・・炎上し上昇する物、つまり熱を象徴している。

風輪・・・流れる空気のような気体を象徴している。

空輪・・・宇宙あるいは異次元空間を象徴している。



地輪・・・青、 木、 東、 春、 金剛手菩薩、 降三世明王、 薬師如来、 阿シュク佛

水輪・・・白、 金、 西、 秋、 金剛利菩薩、 大威徳明王、 無量寿如来、阿弥陀佛

火輪・・・赤、 火、 南、 夏、 金剛宝菩薩、 軍荼利明王、 寶勝(ほうしょう)如来、 寶生佛(ほうしょう・ぶつ)

風輪・・・黒、 水、 北、 冬、 金剛薬叉菩薩、 金剛薬叉明王、釈迦如来、 不空成就佛

空輪・・・黄、土、中央、土用、 金剛波羅蜜多菩薩、不動明王、 大日如来、 毘盧遮那佛


というような意味合いを持つ。

支那(今のユーラシア大陸の一部)の五行思想(木・火・土・金・水)と比較すると 『五行の“火”』 と 『五大力の“火輪”』 の対応以外若干違和感を覚える読者もいるかもしれない。

しかし、これが密教の法界五輪観なのだ。




死頭火は、この五大力菩薩の内 “風輪” 即ち “金剛薬叉菩薩法(こんごう・やしゃ・ぼさつ・ほう)” の達人だった。

従って、その顕色(けんしょく)である “黒色” を戦闘服の色にしているのだ。




因(ちな)みに、 『仁応護国般若波羅蜜多経(にんのう・ごこく・はんにゃ・はらみた・きょう)』 という経典によれば、


『・・・北方の金剛薬叉菩薩摩訶薩(こんごう・やしゃ・ぼさつ・まかさつ)は手に金剛鈴(こんごうれい)を持して瑠璃光色(るりこうしょく)を放ち、四倶胝(しぐてい)の薬叉(やしゃ)と与(とも)に往きて其の国を護り・・・』 とある。



金剛鈴(こんごうれい)


金剛鈴(こんごうれい)


金剛鈴(こんごうれい)


金剛鈴(こんごうれい)


金剛鈴(こんごうれい)







つづく







#34 『調伏護摩』の巻



(メラメラメラメラメラ・・・)



炎が揺らめく。

死頭火の焚く護摩の炎が。

まるで夜空を、満天の星に満たされている夜空を、焼き尽くさんばかりに。


その炎は、護摩木を、蘇油(そうゆ)を、くべる度により一層激しく燃え盛る。


護摩支度(ごまじたく)は、

調伏護摩(ちょうぶく・ごま : 別名・降伏護摩〔ごうぶく・ごま〕)ゆえ三角爐(さんかく・ろ)で南向き。


布陣は、

中央北向きに死頭火。

左右東西向きに6人ずつ。

死頭火の直ぐ後ろに残りの一人、この一人が太鼓を叩いている。

邪魔にならないように神楽殿から遠く離れて中道、外道の合計16人。


13人の戦士達が十八道建立(じゅうはちどう・こんりゅう)から始まり種々の真言、種々(しゅじゅ)の経文、最後に般若心経(はんにゃしんぎょう)を唱え終えた。

そして不動剣印を組み慈救咒真言(じくじゅ・しんごん)を上げ始めた。


「ノウマク サンマンダ バサラダン センダマカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン ・・・」


これを三七二十一篇(さん・しち・にじゅういっぺん)唱え終えた。


その直後、

死頭火が徐(おもむろ)に不動剣印を組み、

摩利支天の三昧に入り、

護摩の炎に向け、


「オン マリシエイ ソワカ。 オン マリシエイ ソワカ。 オン マリシエイ ソワカ」


と唱えた次の瞬間、左手鞘印から右手剣印を素早く引き抜いた。


透(す)かさず護摩の炎に向け鋭い気合で、


「臨、兵、闘、者、皆、陳、列、在、前」


と、九字を切った。











すると・・・







つづく







#35 『正に丑の刻の三つ』の巻



(ピュー!!



突然、風が舞い始めた。


そして、

満天の星空一面に雲が掛かった。



(ピューーー!!



風の勢いが次第に強くなった。


いきなり気温が下がり始めた。

そして粉雪が舞う。



(ピューーー!!



木枯(こが)らしだ!!


否、


吹雪だ!?


降り注ぐ雪の量が徐々に増え始め、

やがてそれは半端じゃなくなった。


『来た!?


16人全員がそう直感した。


雪女だ!?


時間は、午前2時半ジャスト。

丑の刻の三つを告げた正にその瞬間の・・・











出来事だった。







つづく