#156 『不死(ふし)の術』の巻



「不死(ふし)の術」


大道が覚道に向かってそう答えた。


「ヌッ!? 不死の術とな?」


「ハッ!!


「ウ〜ム」


覚道が腕組みをしチョッと考え込んだ。

否、言葉を飲んだと言った方が正しいか。

他の者達は相変わらず皆黙って二人のやり取りを聞いている。


再び覚道が言った。


「更に詳しく申してみょ」


「ハッ!! 全く油断致しており申した。 それまでは我が精鋭達の働きにより、勝負は呆気(あっけ)なく終わるやに見えており申した。 よって戦いは皆に任せ、某(それがし)は予(かね)てよりの手筈(てはず)通り、妖の姫御子(ひめみこ)を討ち取るためその場を離れ重磐外裏(えばんげり)の里に向かおうと致した正にその時、この妖 玄丞が敵方残りの手勢を率いて討ち掛けて参ったのでござる。 そして我が方を一気に蹴散らすや、某に迫って参り申した。 まるで鬼神(きしん)の如く、夜叉の如くこの妖 玄丞は討ち掛けて参り、此奴(こやつ)を含め敵方残り十数名、我が方某(それがし)含めて五名がそこで対峙(たいじ)致す事と相成(あいな)ったのでござる。 他は皆この玄丞の手に掛かり既に討ち果てており申した。 よってこの玄丞を討たねば我が方の負けは必定(ひつじょう)。 そこで某がこの玄丞一人を誘き寄せ、残り四名(しめい)が敵方十数名を相手とする事と致したのでござる。 多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)。 全く不利な状況下。 しかしこの四名はそこにて力戦(りきせん)致し、例え絶命したとは申せ敵方残り全てを見事討ち果たしたのでござる。 残るは某と妖 玄丞のみ。 そして我等二名はその後・・・」


と、そこまで言って大道はチョッと間を取った。

そして再び話し始めた。


大道と玄丞の戦いを・・・











更に詳しく。







つづく







#157 『封印』の巻



「ハァハァハァ・・・。 ナ、ナゼじゃ? ナゼ死なぬ?」


大道の小太刀を胸に受け一度は血飛沫(ちしぶき)を上げ倒れ込んだ妖 玄丞。


だが、



(ムクッ)



傷口は直ぐさま塞がり、まるで何事もなかったかのように起き上がって来る。


「フフフフフ。 無駄じゃ無駄じゃ。


つー、まー、りー、・・・


『無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


じゃ。 ウヌにこのワシは討てぬ。 フフフフフ・・・」


先程からこれの繰り返しだ。


それも何十回(なんじっかい)となく。


大道今や全身傷だらけ。

かなりの出血量。

着ている服は既に血塗(ちまみ)れ。

しかし大道の戦闘服の色は赤。

それも紅蓮の炎のような真っ赤。

そのためあまり目立ちはしなかった。

それでも大出血である事は一目で分かった。

それ程、深手を負っているのだ。


玄丞も大道と同じような装束ではあったが、こちらは赤ではなく純白だった。

そしてその純白の衣服には真っ赤な血のりがベットリと付着していた。

それは大道及び、玄丞がそれまでに倒した大道に付き従った者達の返り血だった。

玄丞の血は一滴も付いてはいない。

それというのも不思議な事に大道に斬られた瞬間、玄丞もその傷口から一度は出血する。

しかし確かに出血した筈のその血は、傷口が元に戻ると同時に直ぐに消えてなくなるのだ。


『クッ!? ナ、ナゼじゃ。 ナゼ此奴(こやつ)は死なぬ?』


大道は思った。


その時、



(スッ!!



玄丞が大道の間合いに入って来た。


そして、



(ブゥーーーン!!



大上段に構えた大太刀を一気に振り下ろした。



(ガキーン!!



大道はこれを小太刀で防ぐと、



(シュッ!!



大きく後ろに跳んで間合いから出た。


大道は今、右手に小太刀を持って戦っている。

左手には純白正絹(じゅんぱく・しょうけん)の組み紐(ひも)でカッチリと封印された大太刀を手にしていた。

その大太刀とは勿論(もちろん)、神剣・軍駆馬に他ならない。


そしてこの軍駆馬なら妖力を封じる力を持つ神剣故、如何(いか)に玄丞、不死身とは言え斬り殺す事は可能だ。


大道は思った。


『こ、此奴(こやつ)は・・・。 此奴を討つには軍駆馬を使うしかない。 じゃが・・・』


そぅ・・・


この戦いに軍駆馬は使えないのだ。

封印されているからである。


ナゼか?


それは、

軍駆馬は神剣。

故に、かつて一度たりとも実戦で使われた事はない。

当然だ。


しかし今回。

今回初めてそれを実戦で使う事になった。

魔王権現の神託により。


それも人を殺(あや)めるために、人を斬るために。


だが、

それが斬るのはただ一人。


妖の姫御子(ひめみこ)のみ。


即ち、

軍駆馬の封印を解くのは妖の姫御子を斬る時のみ。


よって無闇(むやみ)にこれを振るう事はで出来ないのだ。


例えそれが大道の命に関わるような状況下においてもだ。

大道はそれを良く承知していた。


従って大道は今、これを抜けば勝てると分かってはいても抜かずに玄丞と戦っているのだった。

その全身に玄丞の太刀を受けながらもジッと我慢し、勝機を窺(うかが)っていたのだ。


果たして大道・・・











この危難を脱する事が出来るや否や?







つづく







#158 『玄丞の秘密』の巻



「フフフフフ・・・。 如何(どう)やらこれまでのようじゃな」


不敵に笑いながら玄丞が言った。


「ハァハァハァ・・・。 ナ、ナゼじゃ? ナゼ死なぬ?」


肩で大きく息をしながら再び大道が聞いた。


「フフフフフ・・・。 良いだろう。 冥土の土産じゃ、教えてやろう。 ワシがナゼ死なぬかを」


玄丞が話し始めた。


「ワシは既に死んでおる」


「・・・」


一瞬、大道には玄丞の言ったこの一言の意味が分からなかった。

だから聞き返した。


「既に死んだ?」


「あぁ、そうじゃ。 ワシは遠の昔に死んでおる」


「・・・」


やはり大道にはこの言葉の意味が理解出来なかった。


「分からんようじゃな。 無理もない。 教えてやろう。 ワシは遠の昔に一度死んでおる」


「死んだ? 一度?」


「あぁ、そうじゃ」


「しかし、ヌシは今生きておる。 そのように動いておるではないか」


「否、この体は一度死に、再び甦(よみがえ)った躯(むくろ)じゃ。 死して後(のち)甦った躯じゃ」


「・・・」


「フフフフフ・・・。 合点が行かぬか? ウム。 そうであろう。 フフフフフ・・・。 信じようがないからのぅ、このような話は」


そう言って玄丞が自らの死後の秘密を語り始めた。


「大道とか言ぅたな。 冥土の土産じゃ、良〜く聞いておけ。 これは今より百と十六年ほど前の事・・・」


と。











勿体(もったい)をつけて・・・







つづく







#159 『玄丞の秘密』の巻



「これは今より百と十六年ほど前の事。 ワシが丁度二十歳(はたち)になった年の事じゃ。 ・・・」


妖 玄丞(あやし・げんじょう)が語りだした。


116年前の出来事を・・・


「それがあったのはある冬の寒い、しかし良く晴れた日の事じゃった。 時は午の刻(今の午前11時から午後1時の間)。 ワシは所要で出かけておった。 そして里に戻ったその帰り道、魔王明神にその報告を兼ねて参ったのじゃ。 そして・・・。 本殿前に着き拍手(かしわで)を打った正にその時。 それまで空は雲一つ無く良ぅ晴れておった筈なのに。 突然の突風。 加えて耳を劈(つんざ)かんばかりのいきなりの雷鳴。 それと共にワシはこの身に激しい痛みを覚えた」


ここで玄丞は一旦間(ま)を取った。

そして薄ら笑いを浮かべ顎(あご)で促(うなが)すように大道に聞いた。


「何が起こったと思う? ん? 何が?」


「・・・」


大道は黙っていた。


「フッ」


チョッとせせら笑って玄丞が続けた。


「雷(いかずち)じゃ。 晴れておるのに雷じゃ。 信じられん事にのぅ。 そしてその雷にワシは打たれたのじゃ。 そして意識を失(うし)のぅた。 否、死んだのじゃ、その時。 その時、ワシは雷に打たれ全身黒焦げになって死んだのじゃ。 確かにな。 じゃがワシは復活した。 今でもありありと覚えておる、その時の事は。 地獄かと思ぅた。 その時ワシは地獄に落ちたかと思ぅた。 わしの回り全てが真っ黒な闇に包まれておったのじゃからな。 ここは無間地獄か? そぅワシは覚悟を決めた。 その時じゃ。 その時、ワシの目の前に二つの妖しく光る、それでいて身も凍るような恐ろしき目のような何かが突然現れた。 それと時を同じゅうし、声が聞こえた。 ゾッとする程恐ろしき声がな。 そぅじゃ。 ゾッとする程恐ろしき声が聞こえたのじゃ。 男(おのこ)の物とも女子(おなご)の物とも思えぬ声がな。 平均(へいぎん)でまるで感情のない、しかし聞く者をして心底恐ろしゅうなさしめるような声じゃった。 そしてその声は・・・。 そぅ、その声は・・・。 ユックリと物静かにその声はこう言ったのじゃ、奇妙な物言いでのぅ。 『選ばれし者ょ。 ワレに選ばれし者ょ。 ワレに選ばれし我がシモベょ。 良〜く聞け。 お前を殺すのもワレ、生かすのもワレ。 ワレはお前に新たな命を与えるであろう。 今より10016年後(のち)の我が復活のために。 お前は今日より生まれ変わり新たなお前として生き、今より100年の後(のち)に新たな命を生み出すであろう我がために。 我が復活ゆえにお前を生かす。 お前は子を設けるであろうワレという。 生み育てょワレを。 選ばれし者ょ。 ワレに選ばれし者ょ。 ワレに選ばれし我がシモベょ。 良〜く聞け。 お前は父となるであろうワレの。 ワレを生み育てょ我が復活のために。 選ばれし者ょ。 ワレに選ばれし者ょ。 ワレに選ばれし我がシモベょ。 良〜く聞け。 お前は子を設けるであろうワレという。 そして育てょ我が復活のために。 ワレが復活するために。 お前は生み育てるのだワレを・・・』 とな」


「ウ〜ム」


大道が唸った。

そんな大道に玄丞が問い掛けた。


「信じられぬという風じゃな」


「あぁ、信じられぬ」


「じゃがこれは真(まこと)の話しじゃ。 そしてその声は最後に一言こう付け加えたのじゃ」


ここで玄丞は一旦言葉を切り、チョッと間を取った。

大道の様子を窺うために。


そして、



(ニヤリ!!



笑った。

困惑して聞いてる大道の反応を楽しんででもいるかのように。


そして再び顔を引き締め、その時告げられた最後の一言を言い放った。










「『お前が生み育てるワレ。 それは女だ!!』 とな」







つづく







#160 『妖の姫御子その名は・・・』の巻



「その最後の一言を聞いた正にその時じゃった。 ・・・」


玄丞が続けた。


「その最後の一言を聞いた正にその時じゃった。 ワシが正気に戻ったというか目が覚めたというかは。 ワシはその時 『ハッ!?』 と我に返ったのじゃ。 そしてその時ワシはもう、先程の全く光の射さぬ闇の中にはおらなんだ。 それから急いで辺りを見回した。 そこは魔王明神本殿の前じゃった。 辺りはいつもと全く変わらずじまいじゃ。 次にワシは自分の体を見た。 これも又、全く変わってはおらなんだ。 雷(いかずち)に打たれる前とな。 確かに死ぬる間際(まぎわ)、ワシは黒焦げになった筈じゃった。 じゃが、その時にはもうそのような跡は全く見られなんだ。 ワシの体はいつものワシの体じゃった。 傷一つなく着る物一つ破れておらず。 じゃが、それからじゃ。 それからが違(ちご)ぅておった。 その日を境にワシは全く老いる事がのぅのぅた。 見ょ、ワシを。 このワシの姿を。 ワシはもう遠に百を過ぎた身じゃ。 じゃが、これこの通りワシは、ワシの体はまだ二十歳のままじゃ。 どうじゃ、見ょ、良く見て見ょ。 これ、この通りワシは全く老いを知らぬ身じゃ。 否、それどころか怪我一つせぬ。 例へどのように深く刃(やいば)でこの身を切られても傷口は直ぐに元の通りに戻り、傷跡一つ付かぬ。 そして知ったのょ。 ワシが不死(ふし)の身である事を。 あの出来事が真実(しんじち)である事を。 如何(どう)じゃ。 これで分かったか? ン!? ソチにはこのワシは斬れぬと言った訳が。 如何じゃ、これで分かったか? 如何じゃ、分かったか? ワハハハハハ・・・」


「あぁ、分かった」


「ワハハハハハ。 ・・・。 ならば覚悟を決めょ。 ワシに、このワシに討たれる覚悟をな」


「その前に一つ聞く」


「何じゃ?」


「子(こ)は? 子は如何(どう)した? ヌシが作るはずの子は? 確か女子(おなご)とか言ぅたな。 確(しっか)と出来たのか? 女子は」


「あぁ、出来た。 勿論じゃ。 百年後にな。 言われた通りの百年後にじゃ。 確(しか)と出来たヮ。 今年で十六じゃ。 あと十日で十六じゃ。 到頭(とうとう)あと十日で十六じゃ。 あと十日で言われた通りの十六じゃ。 ワハハハハハ・・・」


「もしや、それがヌシら妖の姫御子(ひめみこ)か?」


「ワハハハハハ。 ・・・。 その通りじゃ。 その子が姫御子じゃ。 ワシら妖の姫御子じゃ。 我が重磐外裏(えばんげり)の姫御子じゃ。 不思議な命を宿す姫御子じゃ。 そぅじゃ、そぅじゃ、その通りじゃ。 ワハハハハハ・・・」


「名は? 名は何と申す?」


「ワハハハハハ。 ・・・。 誰(たれ)のじゃ?」


「ヌシの姫御子の名じゃ」


「知って如何(どう)する?」


「斬る!!


「無理じゃ無理じゃ。


つー、まー、りー、・・・


『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


じゃ。 ウヌに我が子は斬れぬヮ。 ここでワシに斬り倒されるウヌにはな。 ここでワシに斬り倒されて死ぬるウヌにはな。 ワハハハハハ・・・」


一笑い、笑い終えてから玄丞が続けた。


「じゃが、折角(せっかく)じゃ。 ならば教えてやろう我が子の名を。 我が子、我が妖の姫御子の名、それは・・・」


ここで玄丞は一旦、言葉を切った。


そしてキッパリとこう言い切った。











「雪じゃ!!







つづく