#166 『秘技』の巻



「クッ!? な、何とした事じゃ? て、手が!? 手が・・・」


大道は驚いた。


相変わらずの余裕のヨッチャンで、そんな大道を見下ろしたまま玄丞が言った。


「だ〜から申したであろう。 ワシの体は傷ついても直ぐに元の通りに戻ると。 見ょ、我が胸を。 既に元のままじゃ。 確(しっか)とウヌの手を挟んだままなぁ」


その言葉通り玄丞の胸は傷一つなく元通りになっていた。

唯一つ違っていたのは大道の手を挟んだまま復元していた事だけだだった。

そして先程大道が全身に浴びた筈の玄丞の血も、何時(いつ)の間にか跡形もなく消えていた。

その痕跡(こんせき)すら残さずに。


玄丞が続けた。


「さぁ大道ょ、如何(いかが)致す。 ややもすればウヌの手はワシの体に取り込まれ一体となって仕舞うが、それでも良いのか? さぁ、如何(どう)する大道? 如何(いかが)致す?」


「・・・」


大道は何も言わなかった。

その大道を勝ち誇ったように見下(みお)ろし見下(みくだ)し玄丞が言った。


「良いのか? 大道。 そのようにユルリとしていて。 いずれ日は暮れワシは自由。 ウヌは痺れ薬が体中に回り動く事適(かな)わずじゃ。 如何(どう)やらこの勝負、ワシの勝ちのようじゃな」


大道は自分を見下ろし余裕のヨッチャンこいてる玄丞の眼(め)を見つめた。

そして不敵(ふてき)にも、


「ニヤッ」


っと笑った。

それはこの戦いにおいて、大道が初めて見せた余裕であった。


「ヌッ!?


予想外の大道の反応に玄丞はチョッと驚いた。


「何じゃ、その笑いは? 強がりか? それとも恐ろしゅうて笑(わろ)ぅたか? 人は恐ろしい目に合(お)うと奇妙に笑うと申すからのぅ。 それで笑(わろ)ぅたか?」


「いいや、この笑いは勝ち笑いじゃ」


「ナーニ〜!? 勝ち笑い? 勝ち笑いじゃとぅ?」


「そうじゃ。 この勝負、ワシの勝ちじゃ」


「フン。 何を申すかと思えばそのような強がりを」


「否、強がりではない」


「ならば証(あかし)を見せてみょ。 強がりではないという証を見せてみょ」


「あぁ、見せてやろう。 我が秘技を」


そう言った次の瞬間、大道の顔がみるみる引き攣った。



(クヮッ!!



両目を見開いた。











そして・・・







つづく







#167 『真っ赤に充血した何か』の巻



「妖 玄丞(あやし・げんじょう)。 篤(とく)と見ょ!! これが我が里に伝わる秘技・抜き手じゃ」


そう言いながら大道は右手をグイッと引いた。

すると、



(ズポッ!!



玄丞の胸から大道の手が抜けた。


だが、

ただ抜けただけではなかった。

大道のその手には、真っ赤に充血した何かが握られていた。

拳(こぶし)一個半位の真っ赤に充血した何かが。


しかもそれは、



(ドックン!! ドックン!! ドックン!! ・・・)



脈打っているではないか。


大道は痺れている右足をプルプル震わせながら、左手に持つ軍駆馬を支えとして何とか立ち上がった。

それからその 『ドックン!! ドックン!! ドックン!! ・・・』 と脈打つ何かを玄丞の目の前にこれ見よがしに突き出した。


「これが何か分かるか?」


目の前に突き出された自分の心臓を見て、玄丞はうろたえた。

目が血走っている。


「そ、それは・・・!?


玄丞はこれ以上言葉を出せなかった。

ただ困惑と怒りと驚きの入り混じった複雑な表情でそれを見つめる事しか出来なかった。

そんな玄丞に大道が “駄目(だめ)” を押した。


「これはヌシの心の臓じゃ。 たった今抜いたばかりのヌシの心の臓じゃ。 我が里の秘技・抜き手での」


一泡吹かされたためであろうか?

それとも心臓を引き抜かれたショックの所為(せい)だろうか?

玄丞は取り乱し、吃(ども)り吃りこう言った。


「どどど、如何(どう)する気じゃ!? そそそ、それを!?


大道が平然として答えた。


「燃す」


「クッ!?


「燃えて消ゆれば如何(いか)にヌシといえども元には戻せまい。 故に燃す」


「・・・!?


それを聞き玄丞は絶句した。

呆然として目の前に突き出された自分の心臓を見つめている。

玄丞のその眼(め)を見ながら大道が続けた。


「ヌシは先程、冥土の土産(めいど・の・みやげ)という言葉を使(つこ)ぅたの。 その言葉ソックリそのままヌシに返す」


「ウ〜ム」


玄丞は呻(うめ)く事しか出来なかった。



(タラ〜)



玄丞の額から一滴、汗が滴(したた)り落ちた。

冷や汗だ。


「冥土の土産じゃ、良〜く見ておけ。 我が秘術を」


そう言って大道は玄丞の心臓を掴んでいる右手に念を込めた。


そして・・・











「見ょ、玄丞!! 我が秘術・・・」







つづく







#168 『秘術』の巻



「見よ、玄丞!! 我が秘術、火龍灼爛手(かりょう・しゃくらん・しゅ)を!!



(ボヮッ!!



突然、

大道の右手から炎が上がった。

まるで西洋料理のコックが調理中に度の強いアルコール飲料をフライパンにくべた時に上がる炎のように。

火もなければ燃える物もないのに。

唯、そこに有る物といえば大道が掴み出した玄丞の心臓のみ。


その炎は玄丞の目の前で玄丞の心臓を燃え上がらせた。


「クッ!?


玄丞の顔が怒りに燃えた。

玄丞の顔が怒りで真っ赤に燃えている。

自らの心臓を焼く炎を凌ぐ程に。


玄丞が怒鳴った。


「おのれおのれおのれ!! 大道ーーー!! 猪口才(ちょこざい)なー!! この毛才六(もうさいろく)がー!!


だが、

大道にはそれを意に介す様子は全く見られない。

至って冷静沈着。


そんな一泡吹かされて取り乱す事しか出来ない玄丞の姿を、



(ジィ〜)



無言で見つめているだけだった。


やがて、



(シュー、シュー、シュー、シュー、シューーー!! ・・・)



大道の手に上がった炎が消えた。

それと同時に玄丞の心臓も消えていた。


次に大道は、痺れ薬が全身に回り始めたのだろうか、



(ヨロヨロヨロ・・・)



よろめきながら軍駆馬を杖代わりにして玄丞の背後に回った。


「クッ!? こここ、今度は!? ななな、何をする気じゃ、大道ー!!


玄丞は完全に冷静さを失い、有らん限りの大声を張り上げた。

その玄丞の背後に回りきって、大道が淡々(たんたん)とした調子で言った。


「ヌシの髄(ずい)を抜く」


再び玄丞が怒鳴った。


「ややや、止めろー!! 止めぬか大道ー!! ややや、止めるのじゃー!!


大道は言った。


「止めぬ」


そして、



(ズボッ!!



玄丞の背後に回った大道は、後頭骨の丁度盆の窪(ぼん・の・くぼ)付近から先程同様右手手刀を玄丞の頭の中に突っ込み、



(ズポッ!!



引き抜いた。

その手に玄丞の脳髄を掴んで。


「ヘッ!?


玄丞が突っ立ったまま白目を剥(む)いた。

既に生ける屍だ。


否、消滅前の躯(むくろ)と言うべきか。


その姿はまるで漫画 『北斗の拳』 において、主人公のケンシローに経絡秘孔(けいらく・ひこう)を突かれた直後の悪漢の反応のようだった。


大道は先程同様火龍灼爛手を使い、その掴み出した玄丞の脳髄を焼き消した。


大道は再びよろめきながら玄丞の前に回り、最早ただ突っ立っているだけの玄丞の躯を見た。

そしてその躯に静かに語り掛けた。


「ヌシは己の強さに敗れたのじゃ。 不死の身というその強さにの。 呪師(じゅし)という者は常に己の技の封じ手を思い巡(めぐ)らしておくものじゃ。 ヌシはそれをせなんだ。 それがヌシの敗れた謂(いはれ)じゃ」 


最後に大道は、



(ズボッ!!



玄丞の躯の臍下丹田(せいか・たんでん)から玄丞の腹に右手手刀を突っ込んだ。

最早玄丞は何の反応も示さなかった。

大道は玄丞の白目剥き出しの顔を見た。


もう一度玄丞に話し掛けるようにポツリと言った。


「さらばじゃ、妖 玄丞。 安らかに眠れ」


・・・と。


その瞬間、



(ボヮッ!!



玄丞の躯が炎に包まれた。











大道の熾(おこ)す火龍灼爛手の炎に・・・







つづく







#169 『火龍灼爛手とは』の巻



解説しよう。



火龍灼爛手とは・・・


これを説明する前に一つハッキリさせておく事がある。


『何故(なにゆえ)大道の戦闘服、即ち羽織袴の色が赤色なのか?』


その理由は、


『大道が五大力 “地輪・水輪・火輪・風輪・空輪” の内の “火輪” の使い手だったから』


つまり大道は “炎の戦士” だったのだ。

死頭火が “風の戦士” だったように。


よって、

火輪の顕色(けんしょく)である “赤” を以って大道はその戦闘服の色としていたのだ。


とすれば当然、大道の得意技は “火の技”。

つまり火を扱った技という事になる。 


即ち、

大道は自らの生命エネルギーの一部を炎に変える事が出来るのだ。

そして今の場合、それが手によって行なわれていた。


そのため大道は、


火龍灼爛“手”


という表現を使ったのである。







つづく







#170 『抜き手とは』の巻



次に、抜き手の解説もしておこう。


古来より人類はヒトの体内には血液、あるいはリンパ液といった目で見ることの出来る体液が流れている事を知っていた。

当然だ。

これらは解剖学的に明らかなのだから。


だが、


ヒトの体内にはこの解剖学的に明らかでない物、否、解剖学的には全く根拠はないがそれでも間違いなくヒトの体内に流れている物を感覚で捕らえている者達がいた。


彼らはそれを “気” という言葉で表現した。


一般に、この気はそれが流れるに当たり体内に12のルートを持つと考えられている。

これを 『正経十二脈』 という。

そしてこの正経十二脈の夫々(それぞれ)には必ず幾つかのエネルギーポイント、即ち 『経穴』 という物が有るとされている。

これは俗に 『ツボ』 と呼ばれている。


又、


この正経十二脈の他に八つのルートが存在するとも考えられている。

それらは一括りに 『奇経八脈』 と呼ばれている。

当然、この奇経八脈の夫々(それぞれ)にも必ず幾つかのエネルギーポイント、即ち 『経穴』 (これは別名 『奇穴』 と呼ばれる事もある)という物が有るとされる。


俗に、この 『正経十二脈』 および 『奇経八脈』 を合わせて 『経絡(けいらく)』 と呼んでいる。



さて、本題に入ろう。


女切刀の達人達は、人間の体には正経十二脈、奇経八脈の他に実はもう一群の経絡に類する物の存在を修練を積んだ者のみが持つ “感覚の眼(め)” で捕らえていた。

彼らはこの第三の経絡を 『秘経』 と呼んだ。

勿論(もちろん)、それに伴うエネルギーポイントも存在する。

このエネルギーポイントを達人達は、 『秘穴』 あるいは 『秘孔』 と言い表した。



そして抜き手とは・・・


唯徒(ただ・いたずら)に相手の体内に手刀を打ち込んでいるのではなく。

例えば、抜き手の使い手がある臓器を抜こうと狙いを定めたならば、その臓器を代表する秘経秘穴(あるいは秘経秘孔)から手刀を打ち込み狙った臓器を引き抜くのだ。


即ち、


大道が玄丞の心臓を抜いた時、大道は右手手刀を玄丞の 『秘経心臓穴(ひけい・しんぞう・けつ)』 から体内に打ち込み心臓を抜いたのだ。 如何(いか)に不死身の玄丞といえども流石(さすが)にこの秘穴を塞ぐ事は出来ない。 よって大道の秘技・抜き手を封じる事は出来なかったのだった。 


又、


脳髄(のうずい)を抜いた時は 『秘経脳髄穴』 からであり、臍下丹田(せいか・たんでん)に手刀を打ち込んだ時は 『秘経丹田穴』 から打ち込んでいたのである。







つづく