#171 『確認』の巻



「ハァハァハァ・・・」


痺れ薬は既に大道の全身に回っていた。


だが、

大道は急がねばならなかった。

後ほんの僅(わず)かで日が暮れるからだ。

それにも増して果たさねばならぬ使命があったためでもある。

妖の姫御子(ひめみこ)を斬らねばならないという。

目指すは重磐外裏(えばんげり)の里。


しかし、

その前に大道にはやらなければならない事があった。

味方の安否と敵方残りの状況確認。

大道はヨタヨタとよろめきながらも元の場所、即ち、先程玄丞達と相対峙した主戦場に立ち戻った。

そこは周りを木立に囲まれた広さが国立競技場ほどの平地だった。


そこに人影らしい物は何も見られなかった。


「ハァハァハァ・・・。 誰(たれ)かある?」


大道が呼び掛けた。

しかし何の反応もなかった。


「ハァハァハァ・・・」


大道はその平地の中央部まで進み、立ち止まった。

そしてユックリと辺りを見回した。

するとその平地の外れに一体の案山子(かかし)があるのが目に入った。


「ン!?


不審に思った大道は良〜く目を凝らした。

するとそれは案山子ではなく人影である事が分かった。

案山子に見えたのは全身に回った痺れ薬により大道の視力が低下していたためだった。


大道には案山子に見えた人影が敵か見方か区別が付かなかった。

その人影に動く気配が全く感じられなかったからだ。


『敵かも知れぬ。 味方かも知れぬ』


一瞬大道は如何(どう)すれば良いか迷った。


だが、


『向こうに動く気配が感じられぬ以上こちらから』


大道は意を決した。

そしてフラフラしながら、しかし慎重に歩き始めた。

すると少しずつ姿がハッキリして来た。

その人影は太刀を地面に突き立てそれを杖代わりに体をそれに預けて立っていた。

相変わらず全く動く気配はない。

しかし、

その距離20メートル程になった時、大道にはそれが誰だか分かった。


「死孟(しもう)!!


思わず大道は叫んでいた。

その人影は敵ではなく大道の幼馴染(おさななじみ)で莫逆(ばくぎゃく or ばくげき)の友、あの品井山孟是(しないやま・もうぜ)の先祖 『品井山死孟(しないやま・しもう)』 だったのだ。

そして死孟は全身血塗(ぜんしん・ちまみ)れ、満身創痍(まんしん・そうい)、既に絶命寸前だった。


大道は歯を食い縛り、歩くスピードを早め死孟に近付いた。



(クヮッ!!



死孟は大きく目を見開き迫り来る大道を見つめていた。

そして大道が目前、後2〜3歩まで近寄った時、まるでそれで役目を終えたかのように、



(バタッ!!



その場に倒れ込んだ。


「し、死孟!!


大道が再び叫んだ。

死孟は直ぐ目の前に倒れ込んでいる。

直ぐに駆け寄って抱き起こしたかった。

しかし痺れ薬が既に全身に回ってしまっていたため、体の自由が利かない。

大道はその時の体力の限りを尽くして死孟に近寄り抱き起こした。


「し、死孟。 しっかり致せ、死孟。 ワ、ワシじゃ、大道じゃ」


大道の腕の中で死孟が力のない声で言った。


「た、た、大道様」


「ウム」


「た、た、大道様。 の、の、残りは・・・。 妖の、の、の、残りは・・・。 わ、わ、我等が、我等が全て討ち果たしましたゾ」


「そうか。 出来(でか)した。 出来したゾ子孟」


「し、し、しかし仲間三名も又・・・。 う、う、討ち死に致しました」


「そ、そうか・・・」


仲間の死を聞き、落胆する大道。

その大道に預けている死孟の体に、不意に力が入った。

両手で大道にすがり付き、残った力を振り絞った。


「た、た、大道様」


「何じゃ?」


「き、き、彼奴(きゃつ)は? あ、あ、あの奇妙な術を使いおる・・・き、き、彼奴は如何(いかが)・・・?」


「ウムウム。 案ずるでない。 案ずるでないゾ死孟。 打ち倒したゾ。 彼奴は、妖 玄丞はワシが、このワシが確かに打ち倒したゾ」


「そ、そ、そうでござるか・・・。 そ、そ、そ・・れ・・は・・よ・・か・・っ・・た」



(ガクッ!!



「し、確(しっか)り致せ、確り致せ死孟!! し、死ぬでない!! 死ぬでないゾ死孟!! 死孟!! 死孟!! 死孟!!


死孟は死んだ。

大道の腕の中で。


「死孟ー!!


と一言、最後に死孟に呼びかけて大道は死孟の亡骸を抱きしめた。



(ポタッ!!



大道の目から涙が一滴こぼれた。


それが死んだ死孟の頬に掛かった。











そして大道は・・・







つづく







#172 『書状』の巻



死孟の最後を見届けた後大道は、既に全身に回った痺れ薬のため、



(プルプルプル・・・)



震える指で書状を認(したた)めた。

父、覚道宛てである。


書状といっても場合が場合だけに極めて簡単な文面だった。


以下の通りである。




『出師(すいし)の表(ひょう)


今日唯今(こんにち・ただいま)、我が方(かた)勝利せり。 敵方(てきかた)破りし事、三十。 併し乍(しかしながら)又、我が方失(うしの)う事、二十九なり。 残るは某(それがし)唯一人(ただ・いちにん)のみ。 よって冀(こいねがわ)くは、速やかに手数(てかず)を整へ加勢(かせい)し賜へ。 必要なりし人数(にんじゅ)は小重裏虚(しょう・えりこ)成就可能たらしむる人数立(にんじゅだ)てこれなり。 落ち合(お)ふ所は今より十日(とをか)の後(のち)重磐外裏(えばんげり)より二山(ふたやま)手前(てまえ)にて。 当地到来致さば速やかに我が方二十九名埋葬致し、敵方三十荼毘(だび)に付されよ。 某(それがし)これより怨敵(おんてき)妖(あやし)が姫御子(ひめみこ)討伐(とうばつ)に参る所存(しょぞん)なり。 もし十日(とをか)の後に某現れぬ時は、某既にこの世に無しと思ひ、忽(たちま)ちのうちに小重裏虚の術成就せしむべしと察(さっ)し早漏 否 候(そうろう)。


大道識。


御(おん)父上様』



大道は震える手で何とかこれを記し、伝書の符術を以って速やかに父、覚道の元へと飛ばした。











そして・・・







つづく







#173 『伝書の符術と小重裏虚』の巻



解説しよう。



伝書の符術とは・・・


書き終えた書状を伝書鳩に変え、一日(いちじつ)千里の早さで目的とする相手の元へと送る符術である。



小重裏虚(しょう・エリコ)の術とは・・・


実は、重裏虚(エリコ)の術に二法あり。

即ち大重裏虚に小重裏虚。


第一部 #24で解説した 『重裏虚』 の術が大重裏虚(だい・エリコ)の術だ。


そしてあの大重裏虚の術の簡略バージョンが小重裏虚の術という事になる。


即ち、


大重裏虚では女切刀を1日掛けて1周し、これを7日で7周するのだが、小重裏虚においては1日で一気に7周してしまうのだ。

しかも大重裏虚では老若男女、例え死に瀕している病人であろうとなかろうと女切刀の里人全員でこれを行なわなければならない。

しかし、小重裏虚においてはある一定レベルの呪力を生み出せれば人数には拘(こだわ)らない。


又、


大重裏虚にはそれを行なう場所が “女切刀またはこれと同等以上の磁力が作用している地” という限定がある上、この術がもたらす結果はこの術を行なった場所そのものをこの世界から、この三次元世界から葬り去るというものだった。 

しかし小重裏虚にはこの限定がない。

そしてこの術の目的は、 “術を行なった場所の空間を圧縮し、更にこの世界から葬り去るのではなくその場所に封じ込める” というものだ。

つまり今回のケースでは重磐外裏の里を圧縮し、重磐外裏の尾根の中に封じ込めるという事になる。


そして小重裏虚の術の成就、不成就は、それの行なわれる場所の持つ磁場とこれを修する呪者達の発揮する呪力のバランス如何(いかん)で決定される。



結論。


小重裏虚はそれを行なう場所が要求する、あるレベル以上の呪力を生み出せる呪者達の集団がその場所を1日で7周し、その直後リーダーの吹く火南の角笛(カナン・の・つのぶえ)を合図に小重裏虚の咒を全員で合唱(ごうしょう)する事により成就する。


その小重裏虚の咒とは、この場合、修する場所が重磐外裏(えばんげり)である。


よって、


『ばるすえばんげり(バルス・エバンゲリ)』


となる。







つづく







#174 『断崖』の巻



大道は封印されたままの軍駆馬を杖代わりにして、重磐外裏の里目指し山道を急いだ。

急いだとは言っても既に痺れ薬は全身に回っている。

加えて玄丞から受けた手傷。

更に、真冬の夜(よ)の山間の寒さ。

その足取りは全く覚束(おぼつか)なかった。


両手で軍駆馬の柄を握り、フラフラヨタヨタしながら足を引きずって歩いた。

思考能力も最早ハッキリとはしなくなっていた。

しかし大道に立ち止まろうという気配はない。

思考能力の低下が災いとなり、休もうという考えに思い至らないのだ。


今や大道、執念の二文字のみで歩き続けている。


とうとう日が暮れてしまった。

辺りはもう殆(ほと)んど真っ暗と言ってもいい。

明かりと言ったら満点の星空と月明かりのみ。


そんな状態で山道を、増してや殆(ほと)んど真っ暗な中を歩いているのだ。

無事で済む筈がない。


大道は朦朧(もうろう)としながらも歩き続けていた。


だが、

どの位その状況が続いてからであろうか。

終にその時はやって来た。


崖だ。

しかも断崖絶壁。


しかし大道がそれに気付いた様子はなかった。











全く・・・







つづく







#175 『激流』の巻



(ズルッ!!



大道が足を滑らせた。


大道はそれすら気付く事が出来なくなっていた。

自分が崖で足を滑らせた事さえ。


なんとなれば、

その時大道、既に意識を失っていたからである。



(ヒュ〜〜〜、ザッパーン!!



大道、崖から真っ逆様(さかさま)。

それもかなりの高さから。


しかし、

幸か不幸か下を流れる川に落ちた。

幸いその川は底が深かった。

そのため体を川底に打ち付けられることはなかった。

しかしその流れは激流だった。


大道は気を失ったままその激流に飲み込まれてしまった。


気絶していたため却(かえ)って体に力が入らず、運良くその流れに乗る事が出来た。

そしてそのまま流された。


腰に挿していた小太刀は何時(いつ)の間にか何処(どこ)かへ行ってしまっていた。


だが、

もう一本の大太刀。

純白正絹(じゅんぱく・しょうけん)の組み紐(ひも)でシッカリと封印されているもう一本の大太刀。


大道は気を失いながらも、そのもう一本の大太刀だけはシッカリと握りしめ、決して放そうとはしなかった。


そぅ・・・


軍駆馬だけは右手で確(しっか)と握ったままだったのだ。











激流に飲まれながらも・・・







つづく