#176 『運命の出会い』の巻



・・・と。


その時大道が皆に語ったのは、ここまでだった。

手負いの大道が崖から転落するまでだ。

覚道を始め皆神妙な面持ちでこれを聞き終えた。


だが、

この話しには、実はまだ続きがあった。

しかし大道はそれを話さなかった。


否、

話す事が出来なかった。


それというのもこの時大道は、

破瑠魔と妖の切っても切れない深い因縁を殊(こと)の外(ほか)強く感じていたからだった。


即ち、

先祖を同じくする同属の破瑠魔と妖。

もし、破瑠魔伯道が急逝する事がなければ生まれなかったであろう人道と蛮娘の悲話。

とすれば、存在しなかったかもしれない今回のこの破瑠魔と妖の戦い。


そして、

何にも増して、破瑠魔と妖の因縁を嫌というほど思い知らされた出来事があった。


それは、

破瑠魔大道と妖の姫御子(ひめみこ)雪との嘘のような運命の出会いだった。

その絵に描いたような運命の出会いを大道はその時話す事が出来なかったのだ。


そぅ・・・


あの絵に描いたような・・・


まるで嘘のような妖の姫御子・雪との・・・











運命の出会いを。







つづく







#177 『水垢離(みずごり)』の巻



「一身祈願、魔王明神。 一身祈願、魔王明神。 一身祈願、魔王明神。 ・・・」



(ザッ、パーーーン!!



今・・・


一人の若い娘が白い着物に身を包み河原の浅瀬で水垢離(みずごり)を取っている。

その娘に手桶で水を掛けているのは御付きの女中達のようだった。

水に濡れないように着物の裾(すそ)を腰まで上げた若い二人の女中らしい女達が代わる代わる川の水を手桶に汲んでは、浅瀬でしゃがみ、腰まで水に


浸かり、合掌している娘に掛けている。

少し離れた場所ではもう一人、やはり女中らしい年配の女が両手にその娘の着替えと思われる衣服を持ち、心配そうにその光景を見つめていた。


季節は冬。

時は丑の刻(午前1時から3時の間)。

月明かりと満点の星空以外でそこにある明かりといえば、その女達が夜道を照らすために持って来たのであろう提灯(ちょうちん)四つのみ。


そんな中で何のための水垢離だろうか?


しかも始めてから既に一時間以上、時が経過している。

娘本人も辛いが御付きの女中達も又、辛い。

しかし娘はそれを止めようとはしない。


こんな真似は女にしか出来ない。

思い込んだら命懸け da ピョンの女にしか・・・

男には先ずムリだ。


つー、まー、りー、・・・


『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


だ。

直ぐにへたれる男には・・・


これぞ、


“女は恐(こわ)し” 否 “女は強(こわ)し” だ。


水垢離を取っている娘は目を半眼にし、一点を見つめ、一心にこう言い続けていた。


「一身祈願、魔王明神。 一身祈願、魔王明神。 一身祈願、魔王明神。 ・・・」


と。


暫(しば)らくその状況が続いた。

が、

手桶で水を掛けていた女中達が手を止めた。


中年の女中が顎でそれを指示したのだ。

その女が娘に近付いて来た。


「姫様。 今日はもうこの位で。 既に半時(はんとき)以上お続けになられました故」


「いいぇ。 もう少し。 もう少し続けます」


年配の女中は心配そうに言った。


「でも・・・」


するとその姫と呼ばれた娘がキッパリと言い返した。


「今、こうしている間も。 お父上様達が賊と戦(たたこ)ぅておるやも知れませぬ。 女子(おなご)のワタシには何も出来ませぬ。 故に、せめて。 せめてこうしてお父上様達のご武運をお祈り致したいのです」


娘の体は寒さで凍(こご)え、小刻みに震えていた。

しかし発した声にその影響は全く見られなかった。

娘の持つ気力、胆力の顕(あらわ)れだ。


それを聞き、年配の女中は承知しかねるという表情をした。


「しかしこの寒さの中、あまりご無理は・・・」


娘が厳しく言い返した。


「何を申すのです。 これは戦(いくさ)なのですょ。 男衆だけの戦いではないのです。 この里の戦いなのです。 だからワタシはこうして共に戦(たたこ)ぅておるのです。 重磐外裏の・・・。 重磐外裏に生まれた女子としてワタシは今、こうしてお父上様達と共に戦ぅておるのです」


その娘の毅然とした態度にその年配の女中は圧倒された。

何も言い返せなかった。

それどころか思わず一言、言葉が口を突いて出た。


「な、何と健気(けなげ)な」


娘が二人に命じた。


「構いませぬ。 続けなさい」


言われて、女中の一人が手桶に水を汲もうとした。

すると暗がりの中、川上から水に乗って何かが流れて来るのがその女中の目に入った。

ハッキリとは分からなかったが、女中には月明かりに照らされたそれが人のように思えた。

そしてそれを指差した。


「姫様。 あれを、あれをご覧下さいませ」


娘が女中の指差した所を見た。











すると・・・







つづく







#178 『ドンブラコー、ドンブラコー』の巻



(ドンブラコー、ドンブラコー。 ドンブラコッコー、ドンブラコー。 ドンブラコー、ドンブラコー。 ドンブラコッコー、ドンブラコー・・・)



暗がりの中、河原にいるその四人の女達が一斉に自分達の方に向かって流れて来る何かを見た。

近付くにつれその人のような何か、それが何であるかがハッキリして来た。

それは確かに人、それも男だった。


娘が言った。


「あれは、あれは人じゃ。 まだ生きておるやも知れぬ」


そう言うが早いか、娘が川の中をそちらに向かって走り出し、泳ぎ始めた。

その川は川幅大凡(おおよそ)20メートル、河原を含めて50メートル前後であり、流れは左程(さほど)早くはなかった。

深さも一番深い所でその娘のチチより下だった。


思いがけぬ出来事に三人の女中達は唯黙ってそれを見ているだけだった。


しかし年配の女中が、


『ハッ!?


っと我に返って他の二人に命じた。


「何をしておる!? 姫様を、姫様をお手伝い致さぬか!?


そう言った時には既に娘はその男の襟元を掴み、川岸に向かって泳ぎ始めていた。

女中達が膝まで水に浸かった時にはもう娘は泳ぎを止め歩いていた。

勿論(もちろん)、仰向けで水に浮いている男の襟元を掴んだまま。


そして女中二人の力を借り、三人掛りで男を岸に上げた。


男は見かけぬ顔だった。

既に体は完全に冷え切っていた。

それも全身傷だらけで。


だが、

まだ呼吸は止まってはいなかった。

虫の息ではあったが、まだ死んではいなかった。


娘が三人に命じた。


「早く。 早くこのお方を暖めねばなりませぬ。 急いで我が屋敷にお連れ致さねば」


年配の女が反対した。


「姫様。 このような何処(どこ)の誰とも。 氏素性(うじすじょう)のわからぬ者を安易にお助けなされるのは如何(いかが)かと・・・」


「何を申すのです。 何処の誰であろうと構いませぬ。 この方は、このお方は今、精子 否 生死の間をさ迷うておられるのです。 我等がお助けせずして誰が致すと申すのです。 これも何かの御縁(ごえん)。 さ、早(はよ)ぅ。 早ぅ我が屋敷へ」


「しかし姫様。 もしも、もしもこの者が我らが里を襲うて来た賊の片割れだったと致したら」


「そうかも知れませぬ。 しかしこれをご覧。 このお方が掴(つか)んで離さぬこの太刀を」


三人が、男が気絶しながらも手放す事無くシッカリと握り締めている大太刀を見た。


娘が続けた。


「この太刀には抜いた跡が見られませぬ。 このように確(しっか)と封印されております。 このお方が賊ならば如何(どう)してわざわざ封印した太刀を持って襲って参るのでしょう。 説明がつきかねます」


「・・・」


説得力のある言葉を聞き年配の女は黙っていた。


再び娘が三人に命じた。


「さ、早ぅ。 早ぅこのお方を我が屋敷へ」


二人の若い女中は言われるままに、年配の女は渋々それに従った。


そして娘が急いで着替えを済ませ四人でこの男を抱き抱え娘の屋敷まで運んだ。











それから・・・







つづく







#179 『容態(ようだい)』の巻



それからこの姫と呼ばれた娘の献身的な看病が始まった。

それは三日三晩続いた。


先ず、

その男の体を清めるため湯を沸かし、その湯で洗った手拭で全身を奇麗に拭き取り、傷口に膏薬を塗り、そこに当て布をし、それをサラシで巻き包み、その男の衣類を洗い乾かし、屋敷にあった男物の奇麗な服を男が決して右手に握った太刀を離さないため右手袖口をわざわざ切り裂いて着せ替えた。

そればかりか、冷え切った男の体を暖めるために添い寝までしたのだ。


三日三晩、娘は殆(ほと)んど休む事無くその男の手当てをした。

もっとも、時折出掛ける事はあった。

丑の刻の水垢離と魔王明神本殿を管理するために。


しかし、

それ以外は殆んど付きっ切りでその男の世話をし続けた。


男は青年であった。

凛々(りり)しく良く鍛えられた逞(たくま)しい体をしていた。

だが、

生死をさ迷っている所為(せい)であろうか顔色は血色がなく土気色(つちけいろ)だった。


献身的に看病しながらも、時折娘はフト不安になる事もあった。


『もしも、もしもこのお方が我等の敵(かたき)じゃとしたら・・・。 いゃいゃ、そのような事は・・・。 しかし未(いま)だお父上様から何のお知らせも・・・。 いゃいゃ、お父上様が。 あの不死(ふし)の身のお父上様が敗れるなどという事があろう筈が・・・』


その不安感を打ち消すように、献身的に娘はその男の世話をした。


その甲斐あってか?


男の容態に変化が見られ始めた。

看病二日目の事だ。

徐々に男の体に性器 否 生気が見え始めたのだ。

傷口からの出血は全て止まり、血色も少しずつではあるが良くなった。

最早、顔色も土気色ではなくなっていた。

呼吸が深くなった。

それと同時に脈も力強く打ち始めた。


そして、看病三日目。


男が回復するであろうと娘に確信させる出来事が起こった。



そ、れ、は、


終に終に終に・・・


その男の・・・


モッコリが・・・


「ヒヒーーーン!!


と凛々(りり)しく嘶(いなな)いたのだジャーーー!!


別に娘が弄繰(いじく)り回した訳でもないのに。


それどころか “オタッチ” さえしていないのにだ。


それを見て娘は思った。


『マァ!? 素敵 否 凄い!!











・・・と。







つづく







#180 『あらまし』の巻



「ゥ、ゥ〜ン!?


一言軽く唸って、男は静かに目を明けた。


目が霞(かす)んで前がハッキリとは見えずボンヤリしている。

目の焦点も合わせられなかった。

頭の中がボーっとしている。


男は目を閉じた。


遠くで小鳥のさえずり、小川のせせらぎの音がしているような気がした。

それらを聞くとはなしにただジッとしていた。


暫(しばら)くそのままでいた。


別に眠った訳ではなかったが、何も考える事が出来ず頭の中がボンヤリしていた。

夢と現実を行ったり来たりしている、そんな感じだった。


どの位時間が過ぎてからかは分からなかった。

が、

突然体が、



(ビクッ!!



痙攣(けいれん)した。


それは、それまで遠〜くに置いてあった自分の意識が瞬時に戻って来て、いきなり体の中に飛び込んだ。

そんな感覚だった。



(ゾヮゾヮゾヮゾヮゾヮ・・・)



全身の血が逆流するのを覚えた。

それと共に体温が急上昇した。


再び男は目を開けた。

意識は完全に、という程ではなかったがある程度戻っていた。

と言っても思考能力は依然として停止したままだったのだが。


目の前は先程同様ボンヤリしていてハッキリとは見えない。

明かりが感じられたのでどうやら辺りは暗くはないらしい。


瞬(まばた)きは何度かしたが、目は閉じなかった。


徐々に目の焦点を合わせられるようになって来た。

それは丁度、一眼レフカメラの望遠レンズの焦点がユ〜〜〜ックリと合う感覚に似ていた。


すると・・・


突然、目の前に人の顔が浮かび上がった。

その顔は上から覗(のぞ)き込んでいた。

それは女の顔のようだった。

それも年若い娘の。


不意に、


「お気が付かれましたか?」


女の声がした。


それは年若い娘の声だった。

その声は美しく澄んでいて、小声でも良く通る声だった。

上品さ、清らかさも感じられた。


『ハッ!?


その声を聞いて、男は反射的に起き上がろうとした。

だが、



(ズキッ!!



全身に痛みが走った。

そのため、全く体を動かす事が出来なかった。


「ウッ!?


ただ呻く事だけしか。


その時、再び同じ娘の声がした。


「いけませぬ!! まだご無理をなさっては」


その痛みが却(かえ)って幸いし、男の意識が完全に戻った。

しかし、まだ頭の中は混乱していた。


男は何とか起き上がろうと全身に力を込め、身悶えながら、


「こ、ここはどこじゃ!? ワ、ワシは、ワシは一体ここで何を!? ソ、ソナタは、ソナタは一体何者(なにもの)・・・!?


酷(ひど)く取り乱して、畳み掛けるように男は娘にそう聞いた。


「落ち着きなさりませ、お武家様(ぶけ・さま)。 そうご案じなさりまするな。 怪しい者ではござりませぬ。 それにまだ、ご無理はいけませぬ」


抜けるように真っ白な手で軽く肩を抑えられ、

透き通るような美しい声で娘に諭(さと)され、

男は少し落ち着きを取り戻した。


体の力を抜き、

男は目の前にいる娘の顔を見ようと意識した。


そして見た!?


否、

見つめた、と言った方が正しいか。


その瞬間、


『ハッ!?


再び男は驚いた。

否、

息を呑んだ。


男はこう思ったのだ。


『ナ、ナント美しきオナゴじゃ!?


と。


「まだ、ご無理はいけませぬ」


男が落ち着きを取り戻したのを見定めて、娘が言った。

その顔は少しはにかむように微笑(ほほえ)んでいた。

その笑顔が魅力的だった。


「スゥ〜。 フゥ〜」


なるべく痛みを感じないように注意しながら男は一度、大きく息を吸い、そして吐いた。

それから娘に聞いた。


「ここはどこですか? ワシは一体ここで何を?」


にっこり笑って娘が応えた。


「ここは我が里。 重磐外裏(えばんげり)の里。 お武家様は全身傷だらけで、川縁(かわべり)でずぶ濡れになって倒れておられました。 どこぞから川に運ばれて来たご様子で。 そこへたまたま私共が通り掛り、家人がここまでお運び致しました。 ここは我が屋敷でございます。 それにお武家様は三日三晩意識がなかったのでございますょ。 それも決してこの太刀を離そうとはなさらずに」


娘は男の右手を指し示してそう言った。


その右手には、一目でそれと分かる見事に設(しつら)えた、しかし硬く封印(ふういん)されている剛剣の収まった鞘が強く握り締められていた。


『ハッ!?


男はそれに気付いた。

握った太刀を離そうとした。

だが、

指が硬直していて離そうにも離せなかった。


「お手伝い致しましょう」


そう言って娘は立ち上がると、今まで座っていた位置から反対側である男の右手側に回った。

そして真っ白でか細い上品な両手の指で男の指を揉み解(ほぐ)しながら、娘は男の指を慎重に一本一本鞘から剥がすように外していった。

かなりの時間を費やしてやっと5本全部の指が外れた。

指は硬直していたとはいえ、若干、血流があったのだろう、右手の組織はどこも壊疽(えそ)してはいなかった。


娘はその太刀を大切そうに男の枕下に置いた。


男が指を鞘から外すのを手伝いながら、娘は男にこう話し掛けていた。


「お武家様のお怪我は大変なもの。 さぞや大事(だいじ)がお有りだったのでございましょう。 良くぞお命がございました・・・」


「・・・」


男はそれを黙ってジッと聞いていた。

というより言葉が出せなかった。

聞きながら何があったのかを必死に思い出そうとしていたのだ。


だが、

それは無理だった。


ここ数日間の記憶を全て失っていたからである。


しかし、

男はもう落ち着きを取り戻していた。


その娘がそうしてくれていたのであろう、解熱のために額(ひたい)に置かれた手ぬぐいを替えてくれる娘の仕種を見つめていた。


決して身分卑しからぬと想像させる高価そうな白無垢(しろむく)の着物に身を包み、小首を傾(かし)げ、無駄のない動きで枕もとに置かれた手桶(ておけ)の水で手ぬぐいを洗う仕種がなんとも言えず優雅だった。


娘は、年の頃なら145歳(現代ではなく、この時代の145歳)であろうか。

まだあどけなさが残ってはいたが、上品で美しく真のシッカリした顔立ちだった。

体は細身で、この時代には珍しく長身で手足が長い。


その上・・更に・・加えて・・えぇチチじゃ〜〜〜!!


着物の上からチラッと見ただけでも、コメカミに思いっきり力を込めてハッキリ 「そぅだーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」 と断言できる程だ。


牛チチだーーー!!

牛チチだーーー!!

牛チチだーーー!!


肌の色は着ている純白の着物よりも更に白く、まるで抜けるように真っ白だった。

それが腰まで届く程長く艶やかで豊かな黒髪に、より一層引き立てられていた。


娘が洗ったばかりの手ぬぐいを男の額に乗せようとした時、二人の目が合った。

全くそんなつもりはなかったのだが、ボソっと男の口からこんな言葉が漏れた。


「ナント、美しき姫御(ひめご)じゃ!?


娘はポッと顔を赤らめ、一瞬手を止めた。


「そのように見つめられると恥ずかしゅうございます」


「アッ!? ァ、イヤ!? こ、こ、これは済まぬ」


男はチョッと慌てた。

一呼吸置いた。

そのまま娘が額に手ぬぐいを置いてくれるのを見ていた。

それから続けた。


「美しき姫御ょ。 ソナタの名は? 名は何と申される?」


娘は言った。


「マァ!?


と一言。

そしてチョッと間(ま)を取り、少しはにかみながら続けた。


「お武家様は聞いてばかりでございます。 ご自分の事は何も・・・」


その言葉を聞き、再び男は慌てた。


「そ、そうであった。 も、物には順序という物があった」


こう自分に言い聞かせるように言ってから続けた。


「先ず、お助け頂き礼を申します。 斯様(かよう)な親切、心底より有り難く存じます。 ワシは武蔵の国の郷士(ごうし)で破瑠魔大道(はるま・たいどう)と申します。 旅の途中で斯様(かよう)な親切を受ける事に相成(あいな)りました。 残念ながら旅の目的は唯今失念致しております故申せませぬ。 ・・・ 」


大道はここで一旦言葉を切った。

呼吸を整え、こう言い加えた。


「して? そこもとのお名はナント? ナント申されます? お聞かせ願えませぬか?」


娘は改めて大道に向かって座りなおし、その大きく円(つぶ)らな瞳で大道の目を見つめた。



(ドキ!!


(ドキ!!



この瞬間、

二人の間に何かが走った。

何かが。


衝撃!?

電流のような衝撃が!?


それは一瞬にして二人の全身を駆け抜けていた、二人同時に。


そして、期待と興奮と不安・・・の入り混じった複雑な思いを素直に表した目で自分を見つめている大道の目をジッと見つめ、娘はこう名乗った。


「雪(ゆき)と申します」


と。


そぅ・・・


この娘はその名を 『雪』 といった。



 − − −



これが破瑠魔大道と妖の姫御子(ひめみこ)雪との運命の出会いのあらましである。


しかし大道はこの出来事を話さなかった。

代わりにこの十日の間、重磐外裏に程近い山間で見つけた山小屋で一人養生に努めていた事にした。

それは皆に要(い)らぬ心配を掛けたくなかったからだった。


『そんな大道に果たして妖の姫御子が斬れるのだろうか?』


という・・・











要らぬ心配を。







つづく