#186 『因縁』の巻



大道が言った。


「我が破瑠魔にとって妖は敵(かたき)。 故にじゃ」


怪訝そうな表情を浮かべ雪が聞いた。


「破瑠魔にとって妖は敵?」


これを聞き大道の顔が変わった。

意外だという表情をしている。

今度は大道が聞き返した。


「ン!? ソナタは知らぬのか? 破瑠魔と妖の因縁を」


「知りませぬ。 我等が妖だという事しか」


だが大道も知らなかった、妖が妖の名を捨てていた事を。


「そうであったか。 それで得心する事がある。 ワシが始めて名乗った時、ソナタは確かに破瑠魔を知らなんだ。 なる程そうであったか。 そういう事であったか。 ならば雪殿聞くが良い。 我が破瑠魔とソナタ等(ら)妖の因縁を」


そう言って大道は破瑠魔と妖の因縁談を語りだした。











ユックリとしかし手短に・・・







つづく







#187 『天命』の巻



大道がユックリと破瑠魔と妖の因縁譚(いんねん・たん)を語り始めた。


先ず、

破瑠魔と妖は同属の先祖を持つという所から。


次に、

千年前の破瑠魔人道と妖の女・蛮娘の悲話。


人道と無道の戦い。


その無道に唆(そそのか)され魔王権現女神像を妖が盗み出した件。

そのため破瑠魔にはその女神像の写し絵しか存在していない事。

しかしナゼかその写し絵は魔王明神とは似ても似つかぬ事。

(これは蛮娘の件以後、女神像の顔がすっかり変わってしまったのだが、大道達はそんな恐ろしい出来事があったなど全く預かり知らなかったためである)


妖 玄丞から聞かされた雪出生の秘密。

その雪が齢(よわい)十六を迎えた時、恐ろしい何者かが乗り移る件。


そして最後に、

妖の姫御子、女神像手にする箱、それらと共に妖を討てという魔王権現の神託。


これらを掻(か)い摘(つま)んで雪に話して聞かせた。


雪は黙って聞いていた。


大道が話し終わった。


雪が大道にキッパリと言った。


「ならば私(わたくし)一人をお斬りになればそれで済む事。 何故、里人全てを?」


即座に大道が答えた。


「第二のソナタを生まぬため」


「・・・」


雪は黙った。

その雪の眼(め)を見つめ大道はチョッと間を取った。

それから再び言った。


「雪殿は妙だとは思わぬか?」


「何がでござますか?」


即座に雪が聞き返した。


「玄丞殿が不死(ふし)の身である事じゃ」


「・・・」


再び雪は黙った。

大道が続けた。


「如何(どう)やらソナタ等(ら)妖一族は、それが何かは分からぬが、触れてはならぬものに触れ、立ち入ってはならぬ所に立ち入って仕舞(しも)うたのではなかろうか。 そしてそれに天命が下ったのじゃ。 故にワシはソナタ等妖を討たねばならぬ」


「だからといって年寄り、病人、赤子までもでございますか?」


「そうじゃ。 妖の一族は全て」


それまで冷静沈着、例え父・玄丞の死を告げられても全く動じなかった雪の表情が一転した。

暗く悲しみに満ちた表情に変わった。


「惨(むご)い。 惨ぅございます大道様。 それでは余りにも惨い」


大道も辛かった。


「許してくれ雪殿。 これは天命じゃ。 天命なのじゃ」


目を潤ませて雪が小声で目線を大道から外し、大道に話し掛けるのではなく独り言のようにポツリと呟(つぶや)いた。


「大道様など助けねば良かった」


と。


雪の体は微(かす)かではあるが小刻みに震えているようにも見えた。


小声とはいえその声はチャンと大道に聞こえていた。

しかし反射的にこう思った。


『エッ!?


もう一度小声で自分に言い聞かせるかのように雪が呟いた。


「大道様などお助けせねば良かった」


『ウッ!?


この一言は大道には堪(こた)えた。



そぅ・・・



今、

大道は雪という娘に愛(いと)おしさを感じている。

そしてその娘は自らの命の恩人もである。

しかしその愛しい命の恩人を斬らねばならない。

それが自らに下された天命だった。


「・・・」


大道の口から言葉が出なくなった。


だが、


「・・・」


それは雪も同じだった。


ナゼなら雪にとっても大道は、何時(いつ)しか思いを寄せる大切な人になっていた。

しかもその大切な人が最愛の父を倒し、今又目の前で自分を斬ると言い切ったのだ。

それも里人全てを道連れに。


「・・・」


「・・・」


二人は暫(しば)し無言で見つめ合った。











そして・・・







つづく







#188 『覚悟と決心の眼差し』の巻



「雪殿。 許せ!!


大道が沈黙を破って言った。

その眼(め)は、既に覚悟と決心の眼差(まなざ)しに変わっていた。


そして、



(カチャ!!



軍駆馬の鯉口(こいぐち)を切った。


雪と大道その距離3メートル弱。


雪は黙って大道の眼を見つめている。

当然、大道も雪の眼を見つめていた。



(スルスルスル・・・)



ユックリとしかし確実に大道が軍駆馬を抜き始めた。



(スーッ!!



終に軍駆馬がその全貌を現した。



(ギラン!!



月明かりに照らされ妖しく光る神剣・軍駆馬。



(スゥーーー!! カチャッ!!



大道が下段に構えた。


大道が地面の上。

雪が一段高い濡縁(ぬれえん)の上。

この状態では上から斬り下す事は出来ない。

下から切り上げるか突き上げる以外にない。


故に大道は下段に構えたのだ。


「・・・」


「・・・」


無言のまま見つめあいながら、

しかし、



(ジリッ!! ジリッ!! ジリッ!! ・・・)



大道が摺足(すりあし)で間合いを詰め始めた。


雪は相変わらず動じる事なく冷静に奥深い眼で大道を見つめている。

しかも構えもしなければ、何等(なんら)武器らしい物も手にしてはいない。


そのまま間合いを詰める大道。

しかし雪は動かない。



(ジリッ!! ジリッ!! ジリッ!! ・・・)



終に雪は目前。

大道の間合いに入った。

後は大道一歩踏み込み、切り上げるか突くのみ。


『ウム!!


大道が呼吸を止め臍下丹田に気を入れた。











そして・・・







つづく







#189 『雪の胸目掛け』の巻



「キェイ!!


気合一閃、大道が大きく前に一歩踏み出し、下段に構えた軍駆馬を下から雪の胸目掛け突き上げた。



(ビヒューン!!



雪の胸目掛け一直線に突き上げられた神剣・軍駆馬。

だが、雪はそれを見もしない。

唯ジッと大道の目を見据えたまま動こうともしない。


容赦なく雪の胸目掛け迫り来る大道繰り出す軍駆馬の切先。


最早目前。

後僅(わず)か。

この攻撃に寸止めはない。


危うし雪。


絶体絶命・・・か!?










しか〜し・・・







つづく







#190 『奇妙な光景』の巻



次の瞬間、信じられない事が起こった。


ナ、ナント!?



(トン!!



雪が大道の突き上げて来た軍駆馬の刃の峰に飛び乗ったのだ、両足爪先立ちで。

体操女子の平均台のように。

しかもその細い刃の上に乗っているにもかかわらず、全くバランスを崩さない。

大道を見下ろし平然として立っている。


『クッ!?


大道は雪の思いも掛けない行動に驚いた。

更に驚いた事に、手にした軍駆馬を動かす事が全く出来ないのだ。

しかも本来なら雪がその上に乗っているのであるから、その体重分の重さがある筈だ。

しかし軍駆馬に乗っているにも拘(かかわ)らず、雪には全く体重が感じられない。

つまり軍駆馬の重みしか感じられないのだ。

そして大道は軍駆馬を下ろす事も上げる事も 否 動かす事それ自体が全く出来なくなっていた。


軍駆馬を突き上げた途中で動きの止まっている大道。

その軍駆馬の刃の上に乗っている雪。


奇妙な光景だ。


「ウーム!?


大道が唸った。


そんな大道をスゥーっと顔を上げ、下目使いで見下(みくだ)して、怒りと憎しみと侮蔑の入り混じった氷のように冷たい眼(め)で、



(ギン!!



雪が大道に一瞥(いちべつ)をくれた。

その眼からはもう大道が大切な人であるという雪の思いは、全く見て取れなくなっていた。











そして・・・







つづく