#196 『二人』の巻



(ビクッ!!



大道は肝を冷やした。


それと同時に、



(シュッ!!



反射的に大きく後ろに飛び退(の)いた。


目の前で雪がジッとこちらを見据えて立っていたからだ。

それも気配もなければ物音一つ立てずに。

しかも全く動く様子さえ見せずに。

しかし、その眼(め)は大道の眼を見据えている。


だが、

大道が驚いたのはそれが原因ではなかった。



(ゴクッ!!



大道は生唾を飲み込んだ。


目前には、黙って動かず大道を見つめる二人の雪が立っていたからだ。

一人は扉が開かれた厨子(ずし)の中で左手に萬奴羅(ばんどら)の箱を載せて。

その向かって右側にもう一人、何も左手に載せてはいないが、それ以外は全く同じ格好で厨子の外に。


つまり、今、大道の眼前には二人の雪、あるいは二体の女神像があるのだ。

それも全く同じ姿形(すがたかたち)をした。

間違いなく、どちらか一方は女神像に化けた雪だった。


大道は思った。


『ヌッ!? こ、これは・・・!? どちらが姫御子、どちらが女神像じゃ?』


魔王権現の神託によれば、軍駆馬で斬るのは姫御子と萬奴羅の箱のみ。

女神像に関しては何もなし。


大道は戸惑った。


『ど、どちらじゃ? どちらを斬れば・・・?』


そして二人を見比べた。


だが、どっちがどっちか大道には全く区別が付かなかった。

その場で暫(しば)し考えた。

しかし考えた所で答えは出ない。

唯徒(ただ・いたずら)に時が過ぎ去るのみ。


『ウーム!? どちらじゃ!?


大道は困惑した。











その時・・・







つづく







#197 『鐘声』の巻



(ゴ〜〜〜ン!!



遠〜くの寺の、重磐外裏(えばんげり)の里の外にある寺の “子(ね)の刻” を告げる鐘声が微(かすか)に聞こえた。


大道は焦った。


『ハッ!? し、しまった!! 子の刻じゃ』


もう大道に躊躇(ちゅうちょ)している時間はない。

腹を決めねばならない。

大道は、


『厨子の中が女神像、外が姫御子。 それしかない』


瞬間的にそう決め、


「ウム!!


決心して自分に言い聞かせるように頷(うなづ)いた。


そして、


「許せ、雪殿!!


そう言うが早いか大道は、厨子(ずし)の外に立ってこちらをジッと見つめている女神像 否 雪の胸、雪の心臓を突き刺そうと軍駆馬の柄を両手で握りしめた。


だが、











その瞬間・・・







つづく







#198 『地鳴り』の巻



(ゴーーー!! グラグラグラグラグラ・・・)



激しい地鳴りと共に本殿の床が揺れ始めた。


瞬間、


『クッ!?


大道がバランスを崩した。



(ゴーーー!! グラグラグラグラグラ・・・)



揺れはどんどん激しくなって行く。



(カタカタカタカタカタ・・・)



本殿内部に置かれている物も小刻みに音を立てて動いている。


『こ、これは・・・!?


突然の事に大道は狼狽(ろうばい)した。


『このままでは何か、かつて経験した事もないような恐ろしい何かが起こる』


大道はそう直感した。



(ゴーーー!! グラグラグラグラグラ・・・)



相変わらず揺れは止まらない。

否、

益々酷(ひど)くなって行く。

最早立っているのがやっと。


『い、如何(いかん)!! こ、このままでは、このままでは・・・』


大道は体勢を立て直そうと試みた。

だが、如何(いかん)せん揺れが激しすぎる。



(ガクッ!!



大道がバランスを崩し、よろめいた。

しかし、幸か不幸かそれが幸いした。

よろめいた先に厨子があったのだ。



(ガシッ!!



大道は厨子の開けられている扉の端を左手で確(しっか)と掴んだ。

これにより揺れの中でも一時的にバランスを取る事が出来た。


そして厨子の外側にある女神像を見た。

目が合った。











すると・・・







つづく







#199 『大道の目には』の巻



(パチリ!!



女神像が瞬(まばた)きをした。


『や、やはりこちらか!?


大道は反射的にそう思った。

その直後、


「雪殿、許せ!!


大声で叫ぶように言った。

そして雪の胸を、心臓のある辺りを、右手一本で持った軍駆馬で、



(ドスッ!!



刺し貫いた。


すると、



(プッ、シューーー!!



一拍遅れて血飛沫(ちしぶき)が上がった。

まるで噴水のように。



(バババババ・・・)



それが大道の体に掛かった。

あたかも水鉄砲で撃たれでもしたかのように。


その瞬間、


「ヒグァーーー!!


女の絶叫する声が上がった。

勿論、女神像からだ。


そして女神像はもんどりうって苦しがった。

確かにその時その女神像はもんどりうって苦しがったのだ。

少なくとも大道の目にはそう映った。

目頭を熱くし、激しい揺れの中、必死でバランスを保とうとしている大道の目には確かにそう映ったのだ。


『やはりこちらであったか!?


大道は思った。

目は既にウルウルだ。

無理もない。

例え天命とは言え命の恩人であり、愛(いと)しい人を斬ったのだから。


だが、大道には感傷に浸っている暇はない。


そうしている間も、



(ゴーーー!! グラグラグラグラグラ・・・)


(カタカタカタカタカタ・・・)



揺れは全く収まらない。

唯の地震ならこんなに長くは続かない。

否、

続く訳がない。


確(しっか)と扉を掴(つか)んだまま、大道は雪の胸から軍駆馬を引き抜いた。











そして・・・







つづく







#200 『独りでに』の巻



「ご免!!


そう言って大道は激しい揺れの中、左手で厨子の扉を掴んで体を安定させたまま、軍駆馬を床と水平に左から右に真一文字に右手一本で力一杯振り払った。


その瞬間、



(ポーン!!



勢いよく何かが飛んだ・・・何かが!?

それは雪の首だった。


そぅ、大道は雪の首を刎(は)ねたのだ。


だが、今の大道にはその首が如何(どう)なったかなど気にしている余裕は全くない。

大道にはもう一つ。

もう一つだけ絶対にやらなければならない事があるのだ。

それも直(ただ)ちに。



(ゴーーー!! グラグラグラグラグラ・・・)


(カタカタカタカタカタ・・・)



鳴り止まない地鳴り、止まらない激しい揺れの中。


大道は、



(ギン!!



厨子の中の女神像が手に持つ萬奴羅(ばんどら)の箱を睨(にら)み付けた。


だがその瞬間、



(ギョッ!?



大道は肝(きも)を潰(つぶ)した。


というのも、

誰も何もしていない筈なのに、

他には誰もいない筈なのに、

厨子の中の女神像が手にしている萬奴羅の箱の蓋が、

こちら側から見て反対側に取り付けられている蝶番(ちょうつがい)を軸に、

独りでに、

勝手に、



(ギィーーー!!



開き始めていたのである。


ユックリと・・・











確実に・・・







つづく