#116 『鎮守の鳥居』の巻
「戦(いくさ)?」
「はい。 戦でございます」
「そうですかぁ」
大道が考え深げに一言呟(つぶや)き、それから続けた。
「今は戦国の世、どこもかしこも戦が絶えぬ。 だが、近頃は少し平静を保ちこのところ戦の話は聞き及んではおらぬが・・・又、何処(いづこ)で?」
「はい。 それがこの里になにやら怪しい集団が攻め及んで来るとの情報が入り、その集団が里に及ぶ前に打ち払うべく、皆、出(い)で立ちました」
「子供もですか?」
「はい。 赤子以外は皆。 と申しましてもこの里の男衆は赤子以外は皆、既に元服いたしております」
「そうですかぁ」
再び大道は考え深げに呟き、
「フゥ〜」
一息吐いた。
そして続けた。
「それは大変ですなぁ。 ・・・。 何時(いつ)からですか、戦は?」
「かれこれ十日(とおか)程前でございます。 出陣(しゅつじん)致したのは」
「して、戦況は?」
「それがまだ何の連絡も・・・」
「・・・。 それはご心配ですなぁ」
「はい。 ・・・」
小声で返事をしてから雪は顔を曇らせ黙ってしまった。
「・・・」
掛ける言葉が見つからず大道もまた何も話そうとはしなかった。
沈黙を保ったまま二人はユックリと里を歩いた。
暫(しば)らくそのまま歩いていると、神社の鳥居らしき物が見えて来た。
『しめた!?』
大道は思った。
先程より何でもいい、話の切っ掛けが欲しかったのだ。
正に渡りに船とばかり鳥居を指差し大道が雪に聞いた。
「アレは? あの鳥居は?」
「はい。 里の総鎮守様の鳥居でございます」
「チョッと寄ってお参りでも。 宜しいでしょうか?」
「アッ!! そ、それはお止めに・・・」
雪が制止しようとして大道の腕に手を掛けようとした・・・
その瞬間・・・
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つづく
#117 『神社の石段』の巻
突然、大道が立ち止まった。
様子が変だ!?
目が釣り上がり、表情が強(こわ)ばっている。
尋常な様子ではない。
一体、大道に何が起こったのであろうか?
鳥居を黙ってジッと見つめたまま、その場で凍てついたように動かない。
そして制止しようとする雪を全く顧みず、
(タ、タ、タ、タ、タ、・・・)
足早に、否、小走りに走ってその鳥居に近付いた。
その姿はまるで見えない何かに引っ張られてでもいるかのようだった。
実際、大道は自分の意思でそうしたのではなかった。
体が勝手に動いたのだ。
そして鳥居に着いてみると、そこから先は石段をかなりの高さまで登らねばならないと思われた。
見上げると石段以外何も見えなかったからだ。
しかもその石段の勾配は半端ではなく、かなりの急勾配だった。
その急勾配の石段を、大道はまるで何か憑(つ)き物にでもとり憑かれているかのように駆け上り始めた。
病み上がりの大道がだ。
まるでそうせねば死んでしまうかとでも言わんばかりの凄まじい形相で、大道はその石段を駆け上り始めたのだ。
立ち止まり、ただ呆然としてその様子を見つめる雪を・・・
全く顧(かえり)みる事無く。
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つづく
#118 『重磐外裏(えばんげり)の里総鎮守(そうちんじゅ)』の巻
(ガーーーン!!)
まるで雷(いかずち)にでも打たれたかのような衝撃が大道の全身に走った。
「こ、これは・・・!?」
大道はそう口走り、重磐外裏の里総鎮守(そうちんじゅ)の神社本殿の前に立ち、しばし呆然としてそれを見つめていた。
その本殿は見事な神明造りで、石段を登り切ってからは、だだっ広い境内に設(しつら)えた石畳(いしだたみ)を7〜800メートルは歩かねばならぬ位置にあった。
大道が続けた。
「こ、この霊気は!? ま、まさか!? まさか・・・マ、オ、ウ・・・」
と、
そこまで言った時、
「魔王明神様」
突然、背後からそう言う声が聞こえた。
『ハッ!?』
大道は飛び上がって驚いた。
慌てて振り返った。
雪がいた。
雪は5、6歩離れた位置からジッと大道を見つめていた。
大道は色を失い、咳き込むように雪に聞いた。
「い、何時(いつ)の間に!? 雪殿!? い、何時の間に?」
大道の眼(め)をジッと見つめ静かに雪が答えた。
「先程からズッと」
「エッ!?」
大道が声を上げた。
「先程からズッとでございます」
「・・・!?」
雪が続けた。
「大道様は長い事、本殿の前に立ち尽くしておられたのでございますょ」
「・・・!?」
大道にはこのやり取りの意味が理解できなかった。
雪の言った “長い事” という意味が。
こういった現象は霊感の強い者が霊気の強い場所に行くと良くある事であり、別に驚く程の事ではない。
それは当事者とその霊気の大本(おおもと)との間で何か・・恐らくエネルギーであろう・・のやり取りが行われているのだ。
即ち、大道は長い時間神社本殿の前に立ち尽くしていたのだが、本人にとって見ればホンの一瞬にしか思えなかったのである。
だが、
雪の言った次の一言で・・・
状況は一転する事になる。
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つづく
#119 『強迫観念』の巻
「大道様は大丈夫なのでございますか?」
少し落ち着きを取り戻した大道に近付き、不思議そうに雪が聞いた。
「エッ!? 何が?」
大道が聞き返した。
「フ〜ン。 大丈夫なご様子・・・」
雪は相変わらず不思議そうな表情をしている。
「何が大丈夫なのですか? 雪殿。 言われておる意味が分かりかねるのだが」
という大道の問い掛けに対し、
改めて、そして何か秘密でも打ち明けるかのように雪が答えた。
「ここへは私以外誰も入れませぬ」
「ン!? それは・・・?」
大道は 『どういう意味ですか?』 と続ける代わりにチョッと間(ま)を取った。
雪はその間の意味を理解した。
「はい。 昨年まではそのような事はなかったのでございますが、この頃ではもう誰もこの境内には入れなくなったのでございます。 私以外」
「雪殿以外?」
「左様(さよう)でございます。 もう、かれこれ半年ほど前より私以外は皆、ここへ来ると酷(ひど)い頭痛と吐き気に襲われるようになりました。 初めのうちは少し我慢すれば大丈夫でございました。 しかし、月日が経つにつれそれが益々酷くなり、この頃ではもう私以外、誰もここへは近付けなくなったのでございます」
「それは又、異(い)な事・・・」
ここまで言って、
『ハッ!?』
大道は不意に雪に言葉を掛けられ、あまりに驚いたため失念していた事を思い出し、再び咳き込むように聞いた。
「そ、そう言えば雪殿。 さ、先程確か・・・」
ここで大道は、
(チラッ!!)
一旦神社本殿に素早く目をやり、
(スゥ〜)
再び視線を雪に向けた。
「ここに祭られているのは、魔王明神。 確か、魔王明神と言われましたな?」
「はい。 確かに。 ・・・。 確かにここには魔王明神様をお祭り致しております」
大道の慌てた様子に少し戸惑いながら雪が答えた。
それを聞き、
「ウ〜ム」
一言呻き、腕を組み、大道はその場に立ち尽くし深く深く考え込んだ。
突然、一刻も早く忘れている何かを思い出さなければならない、という強迫観念に襲われたのだ。
そぅ・・・
若いオナゴに関する何かを一刻も早く思い出さなければならない・・・
という強迫観念に。
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つづく
#120 『禁(きん)』の巻
「雪殿。 本殿(ほんでん)に上がりたいのだが、宜しいでしょうか?」
思いつめた眼(め)をして雪を見つめ、切迫した様子で大道が聞いた。
「それはなりませぬ」
キッパリと雪が断った。
「ナゼ!? ナゼですか?」
大道はナゼ駄目なのか理解出来なかった。
「ここは魔王明神様がご降臨される神聖な場所。 本来ここへは里人以外誰も入ってはならぬが定(さだ)め。 況(ま)して本殿に上がるなどとんでもない事。 とても許される事ではござりませぬ。 大道様は既に禁(きん)を一つ破っておられるのですょ。 もうこれ以上ここに長居はご無用。 さぁ、一刻も早くここを立ち去りましょう。 明神様のお怒りに触れる前に。 これ以上ここにいると何が起こるか分かりませぬ故。 さぁ!! 」
そう言って雪が大道の腕を取り、急(せ)かせた。
その雪の手を上から軽く抑え大道が言った。
「否、雪殿その心配には及ばぬ。 ワシには分かる。 ここの霊気には馴染みがある。 ワシの里の鎮守と全く同じじゃ。 我が里の総鎮守、魔王権現と」
「ン!? 魔王権現?」
「そぅ、魔王権現だ。 我が里の魔王権現とここの魔王明神は全く同じ霊気を発しておる」
「・・・」
「それに、見てくれ!! この太刀を」
そう言って大道は腰に差していた太刀を左手で鞘ごと腰から引き抜いた。
それを地面と平行にして雪の目の前に差し出した。
「これは軍駆馬(いくさかりば)と言う名の神剣」
「軍駆馬・・・? 神剣・・・?」
チョッと戸惑いながら雪が復唱した。
「そうだ。 この神剣・軍駆馬があの中に、あの本殿の中に入れと言っておるようなのだ。 そんな気がしてならぬ。 だから雪殿頼む、ワシをあの中に入れてくれ」
「・・・」
ジッと押し黙り雪は軍駆馬を見つめていた。
「雪殿頼む!!」
再び必死の形相で語気を強め、大道が懇願した。
その言葉を聞き、目を軍駆馬から大道に移し、困惑した様子で大道のその表情を見つめ、雪は暫(しば)し考え込んだ。
「・・・」
「・・・」
二人は黙って見つめ合った。
真剣な眼差しで雪を見つめる大道。
その眼差しを当惑した表情で受け止める雪。
(ピュー)
不意に二人の間に風が舞った。
別にそれが合図という訳ではなかったが、ここで雪が口を開いた。
「分かりました。 ご案内致しましょう。 大道様がそれほどまでに申されるなら」
雪は覚悟を決めたようだった。
『今では誰も立ち入る事の出来なくなったこの神社にこのお方は入(い)る事が許された。 もしや・・・。 これは・・・。 明神様のご意志かも知れぬ・・・』
その時雪はそう思っていたのだ。
「かたじけない」
大道が礼を言った。
そして大道を本殿の中に導き入れるため、雪が先立とうと一歩足を踏み出した。
その時・・・
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つづく