#206 『燃え盛る炎』の巻



(バチバチバチバチバチ・・・)



本殿内部の燃え盛る音が漏れ聞こえ始めた。


大道は石畳の上に立ちその様子を見つめていた。


大道は辛かった。

亡骸(なきがら)とはいえ自分が斬った雪が、愛(いと)しい雪が、その中で一緒に燃えているのだ。


「・・・」


その様(さま)を大道は言葉なく見つめた。


突然、


本殿近くの家々に明かりが点った。

この騒ぎに気付いたのだ。


大道はその気配を察知した。


『ヌッ!? 最早、感傷に浸(ひた)っておる暇はない!! 急がねば・・・』



(ガヤガヤガヤガヤガヤ・・・)



里人達が魔王明神に向け、集まり始めた。

その殆(ほと)んどが女だ。

男は老人と子供だけ。

若い衆(し)達の姿は全く見られない。


当然だ。

里の若い衆は全て大道達に打ち倒されていたのだから。


その里人達が近付きつつあった。


しかし、大道はまだ燃える本殿を見つめていた。

最早、猶予無しと頭では分かってはいる。

だが、どうしても雪の最後を見届けたかったのだ。



(ゴーーー!!



本殿は激しい炎を上げ始めた。


その火のあるところはこの里の、この重磐外裏の里の丁度中心だった。



(ゴーーー!!



火は終に本殿全体に回った。



(ゴーーー!!



燃え盛る炎が一段とその激しさを増した。

もう本殿が揺れているのかいないのかさえ全く分からなくなっていた。



(ゴーーー!!



本殿はまるで天をも焼き尽くさんばかりに激しい炎を上げている。



(ガヤガヤガヤガヤガヤ・・・)



始めに異変に気付いた里人達が到頭(とうとう)鳥居付近まで迫って来た。

あとホンの一刻でその里人達と鉢合わせだ。


急げ大道!!

何をしている!?


だが、


大道は動じない。

それどころか、

そんな事を気に留める様子もない。


何故なら、


その時大道、既に無念無想。

半眼に開いた目は一点を見つめ。

揃(そろ)えて上げられた両手は胸の前で手首を返す 『天破の構え』。


その体勢で、


「スゥーーー!! ハァーーー!!


「スゥーーー!! ハァーーー!!


「スゥーーー!! ハァーーー!!


 ・・・


呼吸法に入っていたからである。











秘術・大炎城結界(だいえんじょう・けっかい)の・・・







つづく







#207 『秘術・大炎城結界』の巻



「キェーーーィ!!


気合一閃、大道が剣印に変えた右手を真上に、天に向け、突き上げた。

左手は智印にし、左腰に当てている。


瞬間、



(ピカッ!!



大道の右手指先が光る。



(モァモァモァモァモァ・・・)



空間が歪(ゆが)む。

大道の周りの空間が。

まるで真夏の蜃気楼のように。



(ボッ!! ボッ!! ボッ!! ボッ!! ボッ!! ・・・)



突然、火の粉が上がる。

その歪んだ空間から。



(ボヮッ!! ボヮッ!! ボヮッ!! ボヮッ!! ボヮッ!! ・・・)



上がった火の粉は炎に変わり、



(ブゥォーーー!!



大道の周りを回り出す。



(ボヮーーー!!



それらは繋(つな)がり火の輪となる。



(ゴーーー!!



火の輪は一転劫火(ごうか)と変わる。



(ビキビキビキビキビキー!!



一気に劫火は拡大し、



(メラメラメラメラメラ・・・)



有る物全てを焼き尽くす。



(メリメリメリメリメリ・・・)



最後にそれは里の全てを覆い、



(ビシビシビシビシビシーーー!!



大火炎城の形を成す。


秘術・大炎城結界・・・











完了!?







つづく







#208 『視線の先』の巻



「あ、あれを、あれを見ょ!!


「オォー!?


「オォー!?


「オォー!?


 ・・・


夜道をまるで昼間のように走る怪しい集団の中から声が上がった。

その集団は暗闇の中、障害物を確(しっか)りと見極めキチンと避けて走っている。

その速さは走るというより、まるで鳥が低空を飛ぶような速さだ。


そしてその殆(ほと)んどが女。

男といえば年寄りだけの奇妙な集団。

しかもその年寄り達も皆、歳を全く感じさせぬ素早い動きで走っている。

一人を除いて全員が純白の羽織袴姿。

袴は全て膝下から足首までを縛った動き易い伊賀袴(いがばかま)。


そぅ。


その集団こそ覚道率いる女切刀の一団だった。

そして覚道のみ青い羽織袴姿。

袴は同じく伊賀袴。


みな立ち止まる事なく疾風(はやて)のように走りながら、息を切らす事なく口々にこう言った。


「あれは、あれは大道様じゃ。 大道様の大炎城結界じゃ」


「そうじゃ、そうじゃ。 違いない。 あれこそ正に大道様の大炎城結界じゃ」


「大道様の大炎城結界じゃ」


 ・・・


彼等の視線の先には、



(バチバチバチバチバチ・・・)



凄まじい炎が、燃え盛る炎が、天をも焼き尽くさんばかりに魔王明神本殿を中心に重磐外裏の里全体を覆っている。

その燃え盛る炎はまるで天守閣を持つ巨大な城のように見えた。


それは先ず、土台である石垣を形作った。


次に、石壁。


更に、屋根。


 ・・・


最後に、天守閣。


・・・と。


これが熾烈に燃え上がる大火炎で形作られるのだ。


否、

そう映るのだ。

確かに誰の目にも大火炎城に映るのだ。











これが大道の秘術・大炎城結界である。







つづく







#209 『疾風(はやて)のように』の巻



「ウム。 出来(でか)した大道。 良ぅやった」

覚道が走るのを止めずに頷(うなず)き、納得した様子でそう言った。

そして全員に大声で指示した。


「皆の者、走りを止めずして聞け!! 大道が妖(あやし)が姫御子を仕留めたに相違ない!! あれが、あの大炎城結界がその証(あかし)じゃ!! 残るは小重裏虚のみ!! 残り三回(みまわ)りじゃ!! 気を引き締めてナンバ(速歩法)致せ!! 而(しか)して七度(しちたび)回り終わらば、大道合流有る無しを問わず、我が角笛を合図に重磐外裏消滅咒(えばんげり・しょうめつじゅ) 『ばるすえばんげり』 合唱じゃ!! 良いな皆の者!!


「ォオー!!


「ォオー!!


「ォオー!!


 ・・・


皆が一斉に呼応した。


覚道率いる女切刀の一団は今、重磐外裏の里の周りをそれを囲むように反時計回りに疾風(はやて)のような速さで回っている。

全く息を切らす事なく。

一糸乱れる事なく。


ここは中東(なかあずま)の国は湯田(ゆだ)山脈・・・











重磐外裏(えばんげり)の尾根である。







つづく







#210 『ナンバ』の巻



解説しよう。



ナンバ走法とは?



『ナンバ走り』、 『なんば走り』 、あるいは単に 『ナンバ』 という事もある。


この走り方の特徴は、右手右足、左手左足をそれぞれ交互に出すのではなく同時に出す所にある。

これにより体の捻りが少なくて済むため、体力が消耗しにくく瞬発力が出るのだそうだ。

これは江戸時代の飛脚(ひきゃく)の走法といわれている。

このナンバ走法により飛脚は1日に数十キロ走ったらしい。

しかし、その真偽の程は明らかではない。


これまで殆(ほと)んど知られていなかったこのナンバ走法だが、近年、日本男子200メートルアジア記録ホルダーの末續真吾選手が、このナンバ走法を参考に独自の走法を編み出したとかしないとかで一躍その名が脚光を浴びるようになった。







つづく