#211 『反時計回りに』の巻



(ビュー!! ビュー!! ビュー!! ・・・)



風が舞う。

凄まじい風が。

重磐外裏の里を取り囲むように。

大道の大炎城結界を取り囲むように。


そして反時計回りに。


!?


反時計回りに?


そぅ、反時計回りに。


小重裏虚(しょう・エリコ)の術である。


重磐外裏(えばんげり)の持つ強烈な磁場と覚道率いる女切刀の一団の発する呪力がぶつかり合い共鳴しあって生み出されたパワーが、覚道達の一糸乱れぬナンバ走法により一気に増強されそれが風となって現れたのだ。


その風は、大道なす所の大火炎城を取り囲むや一気に竜巻となった。

そしてその一点で、他に全く移動する事なく回転し続けている。


その竜巻は・・・


先ず最初に、大火炎城の石垣部分を。


次に、石壁部分。


更に、屋根。


 ・・・


最後に、天守閣。


この順に次々と・・・


重磐外裏の全てを・・・











覆い隠した。







つづく







#212 『コリオリの力』の巻



『コリオリの力』 という概念がある。



1835年にフランスの科学者ガスパール=ギュスターヴ・コリオリが導いた概念だ。

地球がほぼ球体、且、自転しているために起きる見せかけの力をいう。


チョッとだけ詳しく見るとこうなる。


地球は自転している。


その回転方向は・・・


南極点上空から見た時には “時計回り”、

北極点上空からなら “反時計回り”。


従って、


地球の南半球では左向き、日本の位置する北半球では右向きに “コリオリの力” という見かけ上の力が働く。


このため、


北半球では、この右向きのコリオリの力が働く事により台風は反時計回りの渦を巻く。


・・・・・・・・・・ ら、 し、 い 。 。 。





女切刀の術者達は “コリオリの力” を知らない。

そんな概念の存在すら分かってはいない。


だが彼等は直感で、


『重裏虚の術は反時計回りに行なわなければならない』


という事を理解していたのである。











大竜巻を引き起こすためには・・・







つづく







#213 『叫び声』の巻



今・・・


熾烈に燃え盛る炎の城の中から、

大火炎城の中から、

大道の大炎城結界の中から、

その中に存在する物は全て焼き尽くしてしまう筈の劫火の中から、

ユックリと歩きながら出て来る一つの人影が見える。


その人影は、音を上げながら燃え盛る劫火の中から平然と歩いて出て来た。


大道だ!?


その表情には一点の曇りもない。

浮かれた様子もなければ暗く沈んでもいない。

明鏡止水(めいきょうしすい)の境地か。


大道は例え天命とは言え、愛しい者を斬り、何等(なんら)疚(やま)しい所のない者達を焼き殺していた。

その中には、子供、年寄り、病人、赤子の姿さえも。

それらを含めた重磐外裏の里人全員を秘術・大炎城結界を以って里ごと焼き殺したのだ。

こんな残酷な話はない。


よって、

大道にうしろめたさがないと言えば嘘になる。


だが、

大道は既に全てを受け入れていた。

自らの宿命として。


この時、

大道にはその業(ごう)を一身に背負う覚悟が出来ていたのだ。

武人大道、一点の曇りなし。

それが表情に、明鏡止水の境地として表れていたのだった。


大道は振り向く事なく歩いた。


ややあって、



(ピュー!!



背後に風を感じた。


「ン!?


立ち止まった。

ユックリと振り返った。


里はまだ燃えていた。

自らの結んだ結界で。


大道は立ち止まったまま様子を見ていた。


風は次第に強くなった。


それは火炎城の石垣を覆い包み見えなくした。


次に、石壁がその風で見えなくなった。


更に、屋根が消え、


 ・・・


最後に、天守閣が消えた。


その時にはもう風は激しい轟音を上げて渦巻く竜巻となっていた。

大道はその様子をジッと見つめていた。

そして思った。


『小重裏虚・・・か。 ・・・。 この分ではワシが加わらずとも成就しそうじゃ』


暫(しば)らくそのままでいた。


するとその轟音の中、遠くで人々の叫び声が聞こえたような気がした。


『ン!? 空耳か?』


大道は思った。


大道にはそれが叫び声なのか、竜巻の音なのか区別が付かなかった。

しかし大道にはどっちでも良かった。

今の大道にはそんな事はもう如何(どう)でも良かったのだ。


その叫び声は大道にはこう聞こえていたのだが・・・











「ばるすえばんげり」







つづく







#214 『小重裏虚の術』の巻



突然、



(ゴゴゴゴゴーーー!!



扉が出現した。

大門扉(だいもんぴ)だ。


それは重磐外裏の尾根の空間から突然姿を現した。



(ギギー!! ギギギギギーーー!!



けたたましい轟音(ごうおん)を上げ、その大門扉が開いた。


重磐外裏の里の背後から。

里全体よりも一回り大きい大門扉が。


そして・・・


一瞬だった。

一瞬だったのだ、



(グォォォォォーーー!!



大竜巻がその大門扉に飲み込まれてしまったのは。


重磐外裏の里は、完全に竜巻に包み込まれていた。

その竜巻が一瞬にしてその背後に開かれた大門扉に飲み込まれたのだ。



(ガッッッシャーーーン!!



飲み込まれると同時にその大門扉が閉じた。



(シュゥゥゥゥゥーーー!!



そして跡形もなく消え去った。


『小重裏虚の術』


成就の・・・











瞬間である。







つづく







#215 『さらば・・・』の巻



大道は見つめていた。

言葉なくジッと。


自らの張った大炎城結界を竜巻が包み込み、

その竜巻を大門扉が飲み込む瞬間を。

小重裏虚の術成就の瞬間を。


それを言葉なくジッと・・・


それは、

重磐外裏の里が何か計り知れぬ力によって削り取られ、飲み込まれ、消え去る瞬間だった。


それを、

大道は立ち止まり、振り返り、そのままジッと見つめていたのだ。


大道は思った。


『重磐外裏が・・・消えた。 重磐外裏の里が・・・消えてしまった』


大道の心の中にこの数日間の記憶が甦った。


魔王権現の神託。


宿敵・妖 玄丞(あやし・げんじょう)との戦い。


竹馬の友・品井山 死孟(しないやま・しもう)の死。


妖の姫御子・雪との運命の出会い。


その雪との楽しくも儚(はかな)かった一時。


美しく、心優しく、穢(けが)れを知らぬ雪の笑顔。


大道の顔を見てはにかむように笑い、可愛らしい声で小鳥が囀(さえず)るように語り掛ける雪。


恐るべき呪力を持ちながら無抵抗のまま大道の刃に掛かり、魔王明神本殿と共に焼け落ちた妖の姫御子・雪。


ホンの一瞬垣間見たに過ぎなかったが、心底恐ろしさを感じさせたこの世の物ではない萬奴羅の箱の中の存在。


 ・・・


これらの事がまるで走馬灯のように大道の心の中を駆け巡った。


大道は、もう一度重磐外裏の里が飲み込まれ消え去った空間を見た。


そして、



(クルッ!!



踝(くびす)を返し父、覚道達と合流するため来た道を引き返した。


ただ一言、最後にこう言い残して。


「さらばじゃ。 雪殿」











・・・と。







つづく