#126 『もう一人』の巻



大道は目前の神像を凝視したまま動かない。

瞬(まばた)き一つしない。

否、出来ない。


可笑(おか)しい!?


大道の様子が変だ。


その場に凍て付き、立ち尽くし、



(ゴクッ)



生唾(なまつば)を飲み、その女神像に魅入(みい)られたように見入(みい)っている。


それはとても彫り物とは思えぬほど艶(なま)めかしく、生命感に溢(あふ)れ、今にも動き出しそうで、顔を近付ければその息吹すら感じられるのではないかと思われる程だった。


次に大道は、その神像と雪とを何度も見比べた。

そして驚きのあまり言葉にならぬ言葉で言った。


「コ、コレは・・・。 コレは雪殿!? コ、コレは雪殿を象(かたど)った物か?」


更に、


「め、目が合う!! 目が合うぞ!! コ、コレは・・・。 こ、この神像は・・・。 ま、まるで、まるで生きておるようじゃ!? まるで生きていて今にも動き出しそうじゃ!?


と。


そぅ・・・


大道の目の前には、二人のそして姿形全てが瓜二つの美しい娘が並んで立っていたのだ。


一人は雪。


もう一人は女神像。


それは生き生きとして、

今にも動き出しそうで、

まるで雪をそのモデルとして彫られたのではないかとさえ思える程だった。










遠〜い昔に・・・







つづく







#127 『奇行(きこう)』の巻



「お気が済まれましたか? 大道様」


ジッと大道を見つめて雪が聞いた。


が、


その言葉は大道の耳には全く入らなかった。

大道はただ愕然としてその場に立ち尽くす事しか出来なかったのだ。



(プルプルプル・・・)



小刻みに体が震えている。

大道の体が小刻みに。

顔色が真っ青だ。


だが次の瞬間、

大道が思いも寄らない行動に出た。



(サッ!!



踵(きびす)を翻(ひるがえ)すや脱兎(だっと)の如(ごと)く走り出したのだ。

一言も発する事なく、振り向く事なく、雪に一瞥(いちべつ)もくれる事なく。


大道は本殿を飛び出すや、階段を飛ぶように降り、下駄も履かずに素足のまま神社の石畳を走り、急勾配の参道階段を下り、そのまま今来た道を一気に引き返した。


病み上がりである筈の大道がだ。


どうした大道!?


何があった!?


何かを思い出したのか!?


『ハッ!?


雪が我に返った。

突然の大道の奇行(きこう)に驚き、呆然として見ている事だけしか出来なかった雪が我に返った。

雪は急いで本殿の戸締りを済ませ、大道の後を追った。


しかし時既に遅し。


最早、大道の姿は・・・











何処(どこ)にもなかったのである。







つづく







#128 『見えない恐怖』の巻



一体全体大道の身に何が起こったのであろうか?


必死に大道の後を追いながら、雪は見えない恐怖と不安に駆られていた。


その時雪は、下駄の鼻緒が切れるという凶兆(きょうちょう)のみならず、迫り来る見えない恐怖を肌で感じ取っていたのだ。


そぅ・・・


この時雪は、確かに感じ取っていたのだ。


確実に自らの身に迫り来る・・・











見えない恐怖を。







つづく







#129 『怪しい一団』の巻



(ズサッ、ズサッ、ズサッ、・・・)



音だ!?


音が聞こえる。

枯れ木、枯れ落ち葉を踏みしめる足音が。

微(かす)かにではあったが。

確かに枯れ木、枯れ落ち葉を踏みしめる足音が聞こえる。


時は夕暮れ。

だが、

まだ夕日は僅(わず)かに残っている。


ここは重磐外裏(えばんげり)の里から二山(ふたやま)越した山林の中。

そこに野営している正体不明の怪しい一団があった。


ナゼ!? 怪しい一団か・・・?


それはその集団の構成員に問題があったのだ。

不自然だった。

そぅ、その集団の構成員は不自然だったのだ。

総勢30人程。

しかしその殆(ほと)んどが成人した女性。

僅(わず)かに姿の見える男はといえば、皆年寄りばかり。

子供の姿は何処にもない。

という具合に。


この戦国の世で、こういった集団が野営をするいるというのは何か特別の事情がない限り極めて稀で、実に危険な事だった。


そこに突然一人の屈強な男が枯れ木、枯れ落ち葉を踏みしめる足音と共に姿を現した。

その男の出現に、皆驚いて一斉に音のする方に振り向いた。

そしてその中の一人の女がその男に声を掛けた。


「ヌッ!? 誰(たれ)じゃ?」


その男は冷静にこう応えた。


「待て!! 慌(あわ)てるでない!! ワシじゃ、大道じゃ!!


その男は・・・











大道だった。







つづく







#130 『破瑠魔覚道(はるま・かくどう)』の巻



「た、大道様ー!!


「大道様ー!!


「大道様ー!!


 ・・・


「大道様じゃー!! 皆の者!! 大道様が生きておられたぞー!!


その屈強そうな男は破瑠魔大道。

そしてその怪しい一団は大道縁(たいどう・ゆかり)の集団で、如何(どう)やら大道は失った記憶を取り戻していたようだった。


一人の女が近付いて来た。


「大道様!! 良くぞご無事で!!


「ウム」


瞬間、同じ女がある事に気付いた。


「ハッ!? た、大道様、あ、足は!? その足は如何(いかが)なされました?」


大道はその時初めて気が付いた。

着ている服は、大道が意識を失っている間に雪が洗って乾かしていてくれていた物を着ていたが、

足だけは何も履かずに神社から逃げるように飛び出したため、まだ素足のままだった。

そしてそのまま山野を駆け巡ったため、血だらけ傷だらけになっていたのだ。


その女が声を上げた。


「誰(たれ)か!? 誰か!? 水じゃ、水を持ってまいるのじゃ。 それに腰掛(こしかけ)と手ぬぐいと草鞋(わらじ)もじゃ」


女達が水の入った竹筒(たけづつ)数本と真新しい手ぬぐいに腰掛、それに長旅のために用意していた物であろう予備の・・と思われる・・草鞋を持って大道とその女の下に集まった。

どうやら、命令した女はその集団のお局(つぼね)的存在らしかった。


大道が腰掛に座ると。

そのお局的存在の女が手際良く竹筒の水で大道の足を洗い清め、それを手ぬぐいで拭き取り、傷口に自らの懐から取り出した膏薬(こうやく)らしき物を素早く塗り、その痕(あと)に別の奇麗な手ぬぐいを動いても外れないように上手に巻き付け、その上から草鞋をはかせた。


「これで宜しゅうございます」


「ウム。 すまぬ」


大道が礼を言った。


そこへ一人の老人がやって来た。

老人といってもその身形(みなり)は威風堂々、炯眼(けいがん)にして他を圧倒する威圧感を持っている。

恐らくこの集団の長(おさ)であろう。


その老人が声を掛けた。


「オォ、大道!? 無事であったか」


「ハッ!! 父上。 ご心配をおかけ致しました」


それは大道の父、破瑠魔覚道(はるま・かくどう)だった。


「ウム。 無事で何よりじゃ。 じゃが、他の者達は残念な事をした」


「ハッ!!


「ソチの遣(よこ)した伝書は確かに読んだ。 かなりの難敵らしかったようじゃのぅ? あの精鋭二十九名全員が討ち死に致すとは」


「ハッ!! 敵の総勢三十。 我がほうも又、某(それがし)含めて三十。 全くの五分と五分。 真に恐るべき相手でした」


「ウム。 そうらしいのぅ。 まぁ良い。 今はその話は無しじゃ。 疲れておるであろう。 一時(いっとき)休むが良い。 話はその後じゃ」


「ハッ!! 父上」


そう言って直ぐ、大道はその場の草むらに横になった。


女の一人が掛け布団代わりに上っ張りと思われる物を大道に掛けると、

皆、静かにソッとその場を離れた。


信じられない早さで大道が・・・











深い眠りに落ちたからである。







つづく