#131 『記憶』の巻



「フゥ〜」


その場に居合わせた者達全員が一斉にため息をついた。

大道の話を聞いた直後の事だ。

大道は既に失っていたここ数日間の記憶を全て取り戻していた。



その記憶とは・・・



−−− それより遡(さかのぼ)る事、数週間 −−−



ここは破瑠魔一族の本拠地、女切刀(めぎと)の里。


主だった里人全てを魔王権現大社の前に集め、破瑠魔覚道(はるま・かくどう)が言った。


「皆の者、良く聞くのじゃ。 これよりこの里は戦闘態勢に入らねばならぬ」


と。


すると里人達から次々に声が上がった。

それらに覚道が一つ一つ応えた。


「戦闘態勢!? 戦闘態勢とは・・・?」


「戦(いくさ)じゃ」


「戦!?


「そうじゃ、戦じゃ。 これより我等は速やかに戦の支度(したく)をせねばならぬ」


「何で又?」


「魔王権現様のご神託が下ったのじゃ」 


こう言って覚道は魔王権現の神託並びにそれに係(かか)わりのある話を始めた。


当惑と困惑の入り混じった複雑な表情で真剣に聞き入っている・・・











大道達に向かって。







つづく







#132 『丁度千年前の出来事』の巻



「これは今から丁度千年前の事じゃ・・・」


覚道が話し始めた。


「我等が先祖が、呪禁道(じゅごんどう)を持って時の御門(みかど)に仕(つか)え始めたその百年前の事でもある。 この時、我等の先祖にそれまで暮らして来た里を捨て新天地を求めねばならなくなるような、そしてその結果としてこの地に、この女切刀(めぎと)の地に辿(たど)り着く切っ掛けとなったある大事(だいじ)が起こったのじゃ」


「大事!?


誰からともなく声が上がった。

そちらに向かって覚道が答えた。


「そうじゃ大事じゃ」


別の声が聞こえた。


「どのような?」


再び声のした方に向かい覚道が言った。


「ウム。 跡目争いじゃ」


その場がざわついた。


「跡目争い?」


「跡目争い?」


「跡目争い?」


 ・・・


「そうじゃ。 今より丁度千年前、我等の先祖を二分する跡目争いが起こったのじゃ。 これからその仔細(しさい)を全て話す。 そのためには遠く我等が第一祖である破瑠魔天道(はるま・てんどう)にまで遡(さかのぼ)らねばならぬ。 良いな皆の者、これからわしが話す事を肝に銘じておくのじゃ。 良いな!?


「ハハー!!


「ハハー!!


「ハハー!!


 ・・・










緊張した面持ちで皆が一斉に答えた。







つづく







#133 『破瑠魔天道(はるま・てんどう)』の巻



「我等が先祖は古来より呪法に長(た)けておった・・・」


覚道が続きを話し始めた。


「なかんずく第一祖破瑠魔天道はその達人中の達人であった。 ある時、魔界と天界の勢力争いが起こった。 魔界の大王はその名を “賂罠抜刀不壊狼(ろびん・ばっとう・ふえろう = ロビン・バッドフェロー)” と言い、倅(せがれ)の “堕深闇(だみあん = ダミアン)” そして娘の “蛇刃鎖(たばさ = タバサ)” を筆頭に凶悪な魔性の集団を率いて天界に攻め入った。 天界軍は総大将に “大転死魅火慧瑠(だいてんし・みかえる)” を向かえ、これを迎え撃った。 その戦いは凄まじく千年にも及んだそうじゃ。 戦いは一進一退。 全くの平行線。 どちらも一歩も退かぬという膠着(こうちゃく)状態に陥(おちい)り、終に、消耗戦(しょうもうせん)の様相を呈するまでに至ってしまったのじゃ。 じゃがここで。 ここでじゃ。 ここでこの戦いは思わぬ展開を見せる事と相成(あいな)った。 それは、それまでその存在が全くのナゾとされておった、魔界の大王 “賂罠抜刀不壊狼(ろびん・ばっとう・ふえろう)” 以上の力を持つ魔界の真の支配者、つまり冥府魔道主(めいふ・まどうしゅ)、即ち、魔界の主・・これは女性(にょしょう)じゃったのじゃが・・が終にその姿を現しおったのじゃ。 この魔界の女王(じょおう)はその名を “悪苦鎖魔輪鎖萬鎖(おく・さまわ・さまんさ = オーク・サマーワ・サーマンサー)” と言い、恐るべき魔力を持っておった。 そしてそれの繰り出す妖術の前には如何(いか)に強大な法力(ほうりき)を有する総大将 “大転死魅火慧瑠(だいてんし・みかえる)” と言えども全く成す術なく、天界軍は 『アッ!!』 と言う間に壊滅状態に追い込まれ、終に魔界軍に屈する破目となったのじゃ。 じゃが話はここでは終わらぬ。 と言うのも天界を制圧するや、この魔界の女王(じょおう) “悪苦鎖魔輪鎖萬鎖(おく・さまわ・さまんさ = オーク・サマーワ・サーマンサー)” はそれだけでは満足せず、この人間界にも目を付けたのじゃ。 そして攻め入って来おったのじゃ。 が、しかし天界すら力及ばぬ相手に如何(どう)してちっぽけな人間如(ごと)きが敵(かな)おうか。 次々に人々は屈して行った。 そして終にその魔の手は我等が先祖にも及ぶ事となったのじゃ。 当然、先祖は果敢(かかん)にそれに挑んだ。 じゃが相手は天界軍をも打ち破った魔性の軍団。 勝負は端(はな)から見えておった。 じゃが我等が先祖は決して諦(あきら)めなんだ。 念法、呪法の限りを尽くしてこの魔性どもと戦ったのじゃ。 そして一人倒れ二人倒れ・・・。 次々と倒れていった。 男(おのこ)も女子(おなご)も子供も年寄りも赤子までもがじゃ。 それでも誰一人諦める者はおらなんだ。 しかし、戦いが長引けば長引く程先祖にとっては不利じゃった。 そのまま行けば敗北は目に見えておったのじゃからのぅ。 そこでじゃ。 そこでこの破瑠魔天道は神に祈ったのじゃ。 自らの命と引き換えにこの世を守ってくれと・・・。 そして仲間の精子 否 制止を振り切って単身魔界軍に攻め入った。 まるで鬼神(きしん)だったそうじゃ、この時の天道は・・・。 覚悟を決めた天道の強さは計り知れず、さしもの魔界軍もたじたじだったそうじゃ。 じゃがしかし、如何(いか)に達人とは言え所詮(しょせん)天道は生身の人間、しかも相手は魔性。 それも数え切れぬほどの数を相手にしたのじゃ。 敵(かの)う訳がない。 終に力尽き倒れた。 そしてこの醜悪な魔界の女主、即ち、冥府魔道主 “悪苦鎖魔輪鎖萬鎖(おく・さまわ・さまんさ = オーク・サマーワ・サーマンサー)” に止(とど)めを差されようとした正にその瞬間・・・」


ここで覚道は間(ま)を取った。

それから一呼吸置いて続けた。


「奇跡が起きたのじゃ」


「奇跡!?


誰からともなく声が上がった。


「そうじゃ。 奇跡じゃ」


覚道が言った。


そして再び話し始めた。











その奇跡とは何かを・・・







つづく







#134 『奇跡』の巻



「その奇跡とは・・・」


覚道が続けた。


「最早、破瑠魔天道絶体絶命・・・。 と思われた正にその瞬間。 数人の見知らぬ、じゃが恐るべき気力を発する不思議な集団が何処(いずこ)からともなく現れたのじゃ。 その集団の恐らく長(おさ)と見られる人物が、傷つき倒れ既に虫の息となっておった天道を助け起すやこう言ったそうじゃ。 『まだ死ぬ必要はない。 ソナタの願いは聞き入れた』 と。 それからその集団はそれまで天道が見たこともない恐るべき秘術を以(もっ)て魔界軍を制圧し、魔界に押し戻したのじゃ。 そして魔界の大王 “賂罠抜刀不壊狼(ろびん・ばっとう・ふえろう = ロビン・バッドフェロー)”、倅の “堕深闇(だみあん = ダミアン)”、娘の “蛇刃鎖(たばさ = タバサ)” を地(ぢ)に封じ込め、結界を張り、さらに魔界の女王(じょおう)、あの冥府魔道主(めいふ・まどうしゅ) “悪苦鎖魔輪鎖萬鎖(おく・さまわ・さまんさ = オーク・サマーワ・サーマンサー)” を黄金色(こがねいろ)に光り輝く手箱(てばこ)に封じ込め、秘術 『永眠呪縛(えいみんじゅばく)の法』 で縛り上げ、封印したのじゃ。 この呪縛法により “悪苦鎖魔輪鎖萬鎖(おく・さまわ・さまんさ = オーク・サマーワ・サーマンサー)” は霊体と霊魂を分離され、霊体はその場で即座に消去され、霊魂はその手箱の中で永久(とわ)の眠りに付き、未来永劫二度と覚醒する事は出来ぬようになったのじゃ。 それら全てをし終えるとその集団はあたかも役目を終えたとばかりに、にわかにその場から姿を消したのじゃ。 後に二人だけを残してのぅ。 そしてその二人は、その場で七七四十五日(しちしち・しじゅう・ご・にち)かけて一体の女神像(じょしんぞう)を彫り上げ、一振りの太刀を打ったのじゃ。 その女神像・・・。 その女神像こそ我等が魔王権現であり。 その太刀。 それこそが神剣・軍駆馬なのじゃ。 それらを拵(こしら)へ終へると二人は忽然(こつぜん)と姿を消した。 後に何も残さず、何も語らず。 ただ、天道の発した問い一つにだけ答えて・・・」


誰かが聞いた。


「天道様はなんと?」


「あぁ、天道はこう問(と)うたそうじゃ。 『貴方様方のお名前は? お名前は何と?』 と」


「して、そのお二方は名乗られたのですか?」


と、別の誰かが。


「勿論じゃ。 そのうちの一人。 その不思議な集団の恐らく長(おさ)であろうと思われる人物が一言こう名乗ったそうじゃ。 『ウム。 奥村玄龍斎(おくむら・げんりゅうさい = オーク・ムー・ラー・ゲンリュウサイン)である』 と」 


そぅ・・・


その不思議な集団の長と思われる人物こそ、


我等が


『オーク・ムー・ラー・ゲンリュウサイン・ヤハエィ』


即ち


『初代・奥村玄龍矢斎刃影(おくむら・げんりゅうさい・やはえい)』


だったのである。



そしてもう一人はその従者、


あの


『社門家沙(しゃかど・いえすな = シャカ・ァンド・イエス・ノー)』


の先祖の


『社門家州闍舞歌(しゃかど・いえすじゃ・まいか = シャカ・ァンド・イエス・ジャマイカ)』


だった。











チャンチャン・・・







つづく







#135 『人道と無道』の巻



「女神像(じょしんぞう)? 父上。 今、女神像と言われましたか?」


皆を代表して大道が聞いた。


「あぁ。 言ぅた」


「しかし我が里に女神像はなく。 あるのは掛け軸のみ」


「大道ょ、慌てるでない。 ここで話は戻るのじゃ。 千年前の大事(だいじ)、即ち跡目争いに・・・」


そう言って覚道が話し始めた。


「千年前、二人の達人が現れた。 破瑠魔人道(はるま・じんどう)に破瑠魔無道(はるま・むどう)じゃ。 二人は血を分けた兄弟じゃった。 兄が人道、無道が弟じゃ。 人道は文武の内どちらかと言へば文に、無道は専(もっぱら)武に、秀でておった。 人道は落ち着いた人格者、無道は荒っぽい性質(たち)で蛮勇に富んでおった。 全くの好対照じゃ。 ある時、一族の長であり二人の父である破瑠魔地道(はるま・ちどう)が自らの死期を悟り、そのため跡目を決めねばならなくなったのじゃ。 実を言うと、地道にはもう一人子がおった。 その名を伯道(はくどう)と言い、長兄じゃった。 この伯道という男は、天性の頭領(とうりょう)の器でのぅ。 齢十(よわい・とお)にして既に軍駆馬(いくさかりば)を抜き、人品骨柄卑しからず、威風堂々として文武両道に秀で、人をして 『千年来(せんねんらい)の一人。 伯道の前に伯道無し』 とまで言わしむる程の逸材じゃったのじゃ。 誰もが地道の跡取りは伯道。 そぅ思っておった。 ところがじゃ。 ところが不運な事にこの年の流行(はや)り病をこじらせ、この伯道は地道より早く急逝(きゅうせい)してしまったのじゃ。 コレは一人伯道のみならず、人道、無道にとっても不運じゃった。 特に人道にはな。 そのため地道は伯道亡き後、やむをえず当主には順番から言って順当に人道を選んだのじゃ。 誰もが納得し、異論を唱(とな)える者はおらなんだ。 ただ一人を除いてのぅ。 じゃがただ一人、ただ一人だけその裁定に不服だった者がおった。 その一人とは・・・無道じゃ。 無道はこの決定に不服だったのじゃ。 と言ふのも、この時点で無道は既に軍駆馬を抜いておったからじゃ。 じゃが人道は・・・。 人道はまだ抜いてはおらなんだのじゃ、人前では」


「人前では?」


大道が聞いた。


「そうじゃ、人前では。 これが破瑠魔人道の奥ゆかしさの表(あらわ)れでのぅ。 人道は 『魔王権現例大祭の日』 ・・・。 皆も承知しておるように昔も今同様、この例大祭の日に里の若い衆(し)達による 『軍駆馬抜きの神事』 が行われたのじゃ。 そして昔は例大祭前日に軍駆馬を予(あらかじ)めそれを手にしておる女神像から鞘ごと外し、一晩安置し、翌日例大祭の中心行事として 『軍駆馬抜きの神事』 を行ったのじゃ。 じゃがある年の例大祭の前日、この人道はコッソリ魔王権現大社の中に入り、翌日の軍駆馬抜きの神事のため予め女神像から外し、まだそこに安置してあった軍駆馬をいとも簡単に引き抜いたのじゃ。 そして抜いた軍駆馬を鞘に戻すと、何食わぬ顔で表に出て行ったのじゃ。 それを父、地道に見られておるのも知らずに。 この時人道はまだ若千(わかせん) 否 若干(じゃっかん)十歳であった。 そぅじゃ、そぅなのじゃ。 人道は齢十(よわい・とお)にして既に軍駆馬を抜いたのじゃ。 兄、伯道と同じく齢十にして。 じゃが無道が軍駆馬を抜いたのは十五歳元服の時。 そしてこの時点で軍駆馬を抜く事が出来た者は地道、伯道、人道、無道の四人の他、あと一人しかおらなんだ。 しかし無道は人道が自分よりも遥か昔に軍駆馬を抜いていた事など露知(つゆし)らず、よって長兄伯道なき今、地道の跡目は自分だと勝手に決めておったのじゃ。 じゃが結果は人道となった。 それが面白くなかった無道は、破瑠魔と先祖を同じくし、遠縁で遊び仲間の妖(あやし)の衆と組んで一族の乗っ取りを図ったのじゃ。 じゃがこの謀(はかりごと)を既に当主となっておった人道が知る事となった。 よって一計(いっけい)を案(あん)じた無道は計画を変更し、魔王権現像ごと軍駆馬を盗み出す事にしたのじゃ。 そしてその計画はまんまと成功した。 じゃが何と言う運命の悪戯(いたずら)。 盗み出したその日は例大祭の前日じゃった。 よって若い衆(し)達の軍駆馬抜きの神事のため、女神像の持つ神剣・軍駆馬は事前に人道によって女神像から外(はず)され別の場所に移されてあったのじゃ。 しかも本来なら女神像の直ぐ前に安置する筈の軍駆馬だが、なぜかこの時に限り人道が自らの屋敷の床の間に保管しておったのじゃ。 恐らく人道はその時そうせざるを得ぬ予感めいた何かを感じたのであろう。 じゃが無道達はその事に全く気付かず、社(やしろ)ごと魔王権現像を盗み出したのじゃ。 その手に持つ軍駆馬は除けてあるとも知らずにのぅ。 と言うのも、この社は開ける事が許されず、女神像から軍駆馬を外す時のみ開帳する定めじゃったからじゃ。 そして無道達の行動を知った人道は里の精鋭10名を率いて馬で後を追った。 ところが途中、妖の衆を逃がすため無道が待ち伏せしておったのじゃ。 他の者達は妖を追い、人道は無道とそこで一騎打ちで戦う事となった。 平素、術法に絶対的自信を持っておった無道は自らの力を過信しておった。 未(いま)だ軍駆馬を抜く事も出来ぬひ弱な兄、人道に負ける筈がないと高を括(くく)っておったのじゃ。 じゃが無道はその時まだ人道の真の恐ろしさを全く知らなんだ。 人道はその控えめな性格から人前で力を見せるような真似は好まなかったに過ぎず、その実、三兄弟の長兄伯道と肩を並べるほどの、否、もしかしたらそれ以上の恐るべき方術(ほうじゅつ)使いだったのじゃ。 そして・・・。 アッと言う間じゃった。 アッと言う間じゃったそうじゃ、無道が敗れたのは。 人道は無道の繰り出す術法をいとも簡単に跳ね返すや・・大技・・その名を 『竜巻落(たつまき・おとし)』 と言う名の大技で無道を空中に巻き上げそのまま一気に大地に叩きつけたのじゃ」


「竜巻落?」


皆を代表して再び大道が聞いた。


「そうじゃ。 竜巻落じゃ。 秘術・竜巻落じゃ」


「して、無道は? 無道はどのように?」


「あぁ。 即死だったそうじゃ」


「・・・」


大道が、そこにいた者達全員が、兄弟同士がそれも破瑠魔の兄弟同士が殺し合ったという思わぬ話の展開に一瞬言葉を失った。


すると考え深げに


「げに恐ろしきは竜巻落」


と覚道がポツリと一言加えた。



そぅ。


『秘術・竜巻落』


それこそ死頭火が見せた・・・


あの 『神風流れ』 の・・・











源流なのである。







つづく