#136 『妖の女・蛮娘(ばんじょう)』の巻



「それから先は?」


大道が聞いた。


その場に居合わせた者達全員が思わぬ話の成り行きに、既に覚道、大道親子のやり取りを傍観するようになっていた。

覚道、大道以外、言葉を出せる雰囲気ではなくなっていたのだ。


「無道を始末するや直ぐさま人道は皆の後を追った。 そして四半時(しはんとき)程して追いついた。 否、追いついた筈じゃった。 妖(あやし)の後を追った追手(おって)の一人が地面に太刀を突き刺し、それを杖代わりにしてその場に立っておったのじゃからな。 カッと目を見開き全身血塗れで。 そしてその男は人道が現れるや直ぐに、まるでそれで役目を終えたとばかりにバタッとその場に倒れ込んだのじゃ。 人道が抱き起こした時には既に虫の息、そして最後にたった一言(ひとこと)誰にやられたかを言い残して事切れたのじゃ。 その男の周りには残りの九人が無残な姿で倒れておったそうじゃ。 皆既に息を引き取って」


「だ、誰に!? その精鋭達は誰に?」


「妖(あやし)の女にじゃ」


「妖の女?」


「ウム。 妖の長(おさ)の一人娘でかつて人道の許婚(いいなずけ)であった妖の女・蛮娘(ばんじょう)にじゃ」


「かつて人道の許婚!? 蛮娘!?


「そうじゃ。 この蛮娘と言ふオナゴと破瑠魔人道は行く末を誓い合(お)うた恋仲だったのじゃ」


「それが又ナゼ?」


「人道が破瑠魔の跡取(あと)りに決まったからじゃ」


「・・・」


大道は覚道のその返事に合点が行かず、黙っていた。

当然、このやり取りを聞いている周りにいる者達も皆、同様だった。

すると覚道がこう説明した。


「仕来(しきた)りじゃ。 昔は今と違(ちご)うて破瑠魔の跡取りは破瑠魔一族の中からその嫁を迎えねばならなんだ。 しかしまさか伯道が急逝(きゅうせい)し、自分が破瑠魔の当主になるなど努々(ゆめゆめ)思わなんだ人道はこの蛮娘と末を誓い合うておったのじゃ。 じゃが結果は既(すで)に知っての通り。 よって人道は自分の本心よりその仕来りに従(したご)うねばならなんだのじゃ。 例え妖が破瑠魔と先祖を同じくするからと言って、又人道がどれほど蛮娘を思っておったとしても、人道は蛮娘を嫁に迎える事は出来なんだのじゃ。 破瑠魔の跡取りは、跡取りだけは破瑠魔の姓の者の娘を娶(めと)らねばならなんだ。 それがその時の仕来りだったのじゃからのぅ。 じゃが蛮娘はそれを受け入れる事が出来なんだ。 そして人道の婚姻話がまとまるやこの妖の女・蛮娘は室(むろ)に閉じこもったきり一歩たりとも表に出ようとはせず人道を呪ったのじゃ。 人道が悪い訳ではない事は百も承知でのぅ。 なにせこの蛮娘と言ふオナゴはそれはそれは気性の激しきオナゴじゃったそうじゃからな。 妖の者達も皆、重々承知ではあったが、やはり蛮娘の事が気がかりで・・・。 そんな折じゃ。 無道がこの話しを妖の衆に持ち掛けたのは。 そして妖の頭領(とうりょう)はその話に乗ったのじゃ。 娘可愛さのあまりにな」


「しかしナゼ? この蛮娘が精鋭10名を手に? ナゼ? オナゴにそのような大それた事が?」


「いやいや。 決して大それた事ではなかったのじゃ。 この蛮娘と言ふオナゴにはそれだけの力があった。 なにせ軍駆馬(いくさかりば)を抜いたもう一人とはこの妖の女・蛮娘に他ならなかったのじゃからな」


「軍駆馬を・・・。 蛮娘が・・・」


「あぁ、そうじゃ」


「ウ〜ム。 ・・・。 して、人道は? 人道は蛮娘達に追いついたのですか?」


「それじゃ!! そぅ、それなのじゃ、問題は・・・。 その時人道が蛮娘を成敗しておれば何の問題も起こらなんだ。 先祖がそれまで暮らしていた里を捨てる必要もなければ、何も今更、我等が戦支度(いくさじたく)をする必要なども全くなかったのじゃ。 じゃが残念ながらその時人道は妖の衆を見失うてしもうたのじゃ。 しかもそれから先、妖が何処(いづこ)へ逃げたのか必死の捜索は続けられた。 じゃがいくら探しても彼奴等(きゃつら)の行方は皆目(かいもく)見当がつかなんだ。 仕方なしに先祖は、暫(しば)らく妖の探索を諦め、それと同時にそれまで暮らして来た里を離れたのじゃ。 誰も知らぬ妖も知らぬ未知の霊地を求めて。 何せ、何時(いつ)何時(なんどき)妖が襲ってくるかも知れんのでのぅ。 と言うのも妖は破瑠魔の居所(いどころ)を知っており、破瑠魔は妖の所在(しょざい)を知らぬ。 コレは破瑠魔にとっては圧倒的に不利じゃ。 よって一度(ひとたび)妖の探索を諦め、全てを諦め、先祖はそれまで住んでおった里を捨てたのじゃ。 而(しか)して10年。 それより10年。 我等が先祖は永住の地を探し続けたのじゃ。 その苦労たるやとても言葉では言い尽くせぬものが有ったそうじゃ。 そして終に、終にじゃ。 終に10年掛けて我等の先祖は今われが住んでおるこの地、この霊地、この魔王権現縁(ゆかり)の地・・・女切刀(めぎと)を見つけ出したのじゃ。 そしてここをその住処(すみか)と定め、今に至っておる。 誰にも知られず、妖にも知られずにな」


「ウ〜ム。 そのような事があったのですか」


「あぁ、そうじゃ。 ここを、この女切刀を見つけ出すまでの先祖の苦労は並大抵ではなかったのじゃ。 しかもその後もまた一苦労じゃったそうじゃ」


「と、申されますと?」


「ウム。 それから更に10年掛けねばならなかったのじゃ。 この地を切り開き、住めるようにするためにはな」


「ウ〜ム。 そのような苦労が?」


「あぁ、そうじゃ」


「ウ〜ム。 ・・・。 ところで? ところでその後、妖は? 妖は如何(どう)・・・」


「そぅ、それじゃ。 それなのじゃ。 それがこの話しの要(かなめ)なのじゃ。 ナゼ今、我等が戦支度(いくさじたく)をせねばならぬのかのな。 先祖がこの地を、女切刀をその安住の地と定めてから再び、妖の探索が始められた。 じゃが相変わらず全く行方(ゆくえ)は知れなんだ。 流石(さすが)妖じゃ。 残念ながら彼奴等(きゃつら)も又、我等同様呪術の家系。 技を持っておる。 生半可な事ではその行方は知れぬ。 何せ彼奴等にしてみれば結界を張り巡らし、住処(すみか)ごと己(おのれ)らを隠してしまうなど雑作(ぞうさ)もない事。 よって今より五百年前、終に先祖は妖探索を断念したのじゃ。 それにより妖の存在は全く闇の中となって仕舞(しも)うたのじゃ、今の今まで。 ところが、ところがじゃ。 ところが、それが突然分かったのじゃ。 それも何の前触(まえぶ)れもなしにじゃ。 何の前触れもなしに妖の居所、妖の住処(すみか)が、妖の隠れ住んでいる地が何処(どこ)かが突然分かったのじゃ。 今より十日程前に」


「ン!? 十日程前に?」


「そうじゃ。 実は十日程前、魔王権現様のご神託が下ったのじゃ。 そしてそのご神託により今現在妖が何処(どこ)におるのかが明らかとなった。 終に明らかとなったのじゃ」


「して、彼奴等は今、何処(どこ)に?」


「今現在。 彼奴等(きゃつら)は、妖一族は、中東(なかあずま)の国は湯田山脈(ゆだ・さんみゃく)の重磐外裏(えばんげり)の里に隠れておる」


「中東の国? 湯田山脈? 重磐外裏・・・?」


「そうじゃ。 中東(なかあずま)の国は湯田山脈(ゆだ・さんみゃく)の重磐外裏(えばんげり)の里じゃ。 既に、ワシが密かに飛ばした式神(しきがみ)がその所在は確認済みじゃ。 あの稀代の烈女、妖の女・蛮娘を生み出した妖一族の子孫はそこに今、隠れ住んでおる。 盗み出した女神像と共にな」


「して、魔王権現の信託は・・・? 神託は何と?」


「ウム。 それは・・・」


ここで覚道はチョッと間を取った。

それから徐(おもむろ)にこう言った。


「『妖を討て』 じゃ」


と。


稀代の烈女、妖の女・蛮娘(ばんじょう)・・・それは破瑠魔大道から見て千年前のその時代、破瑠魔地道、伯道、人道、無道親子の他にあの神剣・軍駆馬を抜いたその最後の一人であった。











これより話しは、人道と蛮娘の物語へと展開して行く事になる。







つづく







#137 『10人の遺体と・・・』の巻



「オィ!! シッカリしろ!!


人道が言った。

その腕の中には、先に妖(あやし)を追った10人の精鋭の一人を抱き抱(かか)えていた。

その男は全身傷だらけで既に虫の息だった。


「じ、人道様・・・」


喘ぐように、声を絞り出すように、その男は答えた。


「だ、誰じゃ!? 誰にやられた?」


人道が声を上げた。


「蛮娘様。 ・・・。 あやしの、ば、ん、じ、ょ・・・」



(ガクッ)



そこまで言って男は息を引き取った。


人道は急いで他の9人を調べた。

一人でも生存者がいないかどうか。

しかし皆、無残な姿で倒れ既に事切れていた。


「・・・」


人道は声を出す事が出来なかった。


これにより、

かつての恋人、

一度は将来を誓い合った相手、

妖の女・蛮娘。

その蛮娘を討たねばならなくなってしまったからだ。


次に、

人道は辺りを念入りに調べ尽した。

妖の逃げた方角を見極めるために。


だが、

蛮娘達がどの方角に逃げたのか皆目見当がつかなかった。

妖の衆は何処(いづこ)に逃げたのか、その痕跡を全く残してはいなかったのだ。

仕方なしに人道は、その場にまだ逃げずに残っていた精鋭10人が乗ってきた馬10頭の内の5頭・・他の馬は恐らくどこかへ逃げたのであろう・・に10人の遺体を載せ、退き返した。


途中、無道の無残な遺体もそのままには出来ず、拾い上げ、自らの乗る馬に載せ、一緒に運んで帰った。


人道は気が重かった。

帰る道すがら何度も考えた。


『蛮娘は、やはりワシが。 このワシが斬らねばならぬのか・・・』


と。


この時人道18歳。


そのある日の・・・











出来事であった。







つづく







#138 『呻き声』の巻



「ゥグッ!! ゥオオオオオーーー!! ・・・ 」


先程から女の激しい呻(うめ)き声が聞こえている。


ここは重磐外裏(えばんげり)の里。

神秘の里。

不思議な気を発する霊地。

誰も知らず、誰も知る事の出来ない霊地。

妖一族が見つけ出し、密かに盗み出した女神像を安置する場所に選んだ隠れ家。


季節は冬。

時は真夜中、丑三つ時。


場所は重磐外裏の中心部にある小さな小屋。

その小屋は中からシッカリと錠が下ろされている。


女の呻く声の余りの悲惨さに驚き、耐え切れず、

その周りを妖の衆が心配そうに取り囲んでいた。

中にいるのは妖の女・蛮娘(ばんじょう)。


その蛮娘の命令で誰も中には入れない。

ただ、心配して小屋を取り囲むのみ。


蛮娘はその小屋に入る際、皆にきつくこう言い聞かせていた。


「良いな!! 皆の者!! 何が起ころうと何人(なんぴと)たりともこの中に入ってはならぬ!! 良いな!!


と。


破瑠魔無道と妖一族が組んで女神像を盗み出した3日後の事だった。



「ゥグッ!! ゥオオオオオーーー!! ・・・ 」


相変わらず蛮娘の不気味な、苦しそうな、聞くに堪えない呻き声は続いている。











一体、蛮娘は小屋の中で何をしているのであろうか・・・?







つづく







#139 『恐るべき出来事』の巻



『思う一念、岩をも通す』


という言葉がある。


「一念込めて事に当たれば、如何(いか)なる事も成就する」


というような意味だ。


つまり、

人が一心不乱に何かに思いを込めた時の、

その精神力の偉大さを言う。



『可愛さ余って憎さ百倍』


という言葉もある。


読んで字の如し。

特に説明の必要はないであろう。



又、


巷間(こうかん)、


『げに恐ろしきはオンナの恨み・・・』


等という言葉を耳にする事がよくある。


女の恐ろしさ、その執念深さ・・・を言っているようだが、


『なるほどナ〜』


ナンゾと思える節もある。


世の殿方(とのがた)!?


くれぐれも女の恨みは、買、わ、な、い、よ、う、に・・・




「破瑠魔人道ーーー!! 許さぬ!! 許さぬぞー!! よくもーーー!! よくもワラハ(ワラワ)を・・・。 このワラハ(ワラワ)を蔑(ないがし)ろにしおってーーー・・・。 ゥグッ!! ゥオオオオオーーー!! ・・・ 」


蛮娘(ばんじょう)の叫び声、呻(うめ)き声だ。


ここは、重磐外裏(えばんげり)の里の中心部にある小さな小屋。

後の魔王明神本殿となる場所。


その小屋の中で今、世にもおぞましい、見るに、聞くに、堪えない恐るべき出来事が起こっている。


時に蛮娘16歳。

既に一人前の大人。

当然、妊娠・出産を経験しても全く可笑しくない年頃だった。


そぅ・・・


妊娠を経験しても全く可笑しくない年頃だったのである。


蛮娘は・・・











この時・・・







つづく







#140 『覚醒と呪縛』の巻



蛮娘(ばんじょう)は身ごもっていた。

この時蛮娘、妊娠三ヶ月。

父親は誰あろう、あの破瑠魔人道。

この事はまだ誰も知らない、知る由もない。

蛮娘以外は誰も。

勿論、人道も。


蛮娘は小屋に入る際、妖の衆にきつくこう言い聞かせていた。


「良いな!! 皆の者!! 何が起ころうと何人(なんぴと)たりともこの中に入ってはならぬ!! 良いな!!


と。


それはある恐るべき呪術を行うためだったのだ。


蛮娘はあの神剣・軍駆馬を抜く程の達人。

当然、呪法にも通じている。


そして知っていた。

破瑠魔人道が比類なき方術家である事を。

自分を含めた妖一族が束になって掛かっても敵(かな)わぬ相手であるという事を。

蛮娘はそれを感じ取っていたのだ。

その人道を打ち破る手立てはただ一つ。

人道以上の呪力を持つ者の力を借りる。

それ以外に無い。


そぅ・・・


人道以上の呪力を持つ者の力を・・借りる以外に・・無い。


それが出来れば人道を、破瑠魔一族を、滅ぼす事は可能だ。


だがそれには条件が・・・


それ相応の代償も・・・



ここでもう一度確認しておこう。


蛮娘はあの神剣・軍駆馬を抜く程の達人。

当然、呪法にも通じている。

そしてその達人が今、自らの全存在を掛けて恐るべき呪術を行っているのだ。

それも、二法同時に。


『魔道主覚醒(まどうしゅ・かくせい)』 と 『自霊呪縛(じれい・じゅばく)』


という名の二法を、同時に。


しかもこれには


『呪術の達人でなければ決して行なってはならぬ』


という条件が付き、


更に、


『術者もしくはそれ相応のエネルギーを持つ者の何かと・・・』


という交換条件も付く。


蛮娘は今、この恐るべき二法を行っているのだ。


それも同時に。










寒気(さむけ)がし、吐き気を覚えるような方法で・・・







つづく