#220 『訓練機』の巻



 ★ ★ ★



時は1945年8月初めの終戦直前のある暑い日、恐らくその日は日本の一番暑い日であったろう・・・


これは、その終戦直前のある日本の一番暑い日の出来事である。



 ★ ★ ★



「オ、オィ!! ア、アレを、アレを見ち見らんし・・・」


と、男が言った。


「オォー!! ア、アレはー!!


と、女が応じた。


「そ、そうじゃぁ。 ア、アレは―、アレはー・・・。 わ、我が、我が日本国の戦闘訓練用の訓練機と鬼畜どものムスタングじゃぁ」


と、再び男が。


「可哀想にのぅ。 訓練機と戦闘機じゃ相手にならん。 しかも1対3じゃぁ、なお更じゃぁ」


と、再び女が。



ここは重磐外裏の尾根に程近い山間にある平野部を開墾して出来た畑。

もっとも重磐外裏という名は既に失せ、現在は駆堕堆(かりおて)と呼ばれている。


その畑の持ち主と思われる農夫婦が今、3機の戦闘機に追われる1機の日本の訓練機を目撃し、野良仕事を中断してその様子を心配そうに見守っていた。


この時点で日本の敗戦は既に色濃く、大東亜戦争終結も時間の問題だった。

鬼畜米軍の大物量戦に小資源国の日本は追い込まれ、最早、本土の制空権すら失っていたのだ。


ここ重磐外裏(えばんげり 現在は駆堕堆)、こんな山間部にさえ米軍の戦闘機が飛来するという有様だったのだから。



農夫が言った。


「頑張れー!! そんな奴等に負けるなー!!


農婦も言った。


「死ぬるでない、死ぬるでない!! 逃げ延びるのじゃー!!


しかし次の瞬間、この農夫婦は信じ難い光景に唖然(あぜん)とさせられる事になる。


と言うのも、それまで敵機3機に追われていた訓練機がいきなり反転急上昇したが早いか、3機の後ろを取ったのだ。

しかも、その直後には既に機銃を掃射していた。


農夫婦が、


「アッ!?


と言う間もなくムスタング2機が火を噴き、そのまま一気に墜落炎上した。


だが、


残念ながらその訓練機の弾がそこで尽きた。

それは見ている誰の目にも明らかだった。

訓練機ゆえ充分に装弾されていなかったのだ。


(夫) 「アァー!! 弾がー!! 弾が切れよったー!! もぅー駄目じゃ、もぅー駄目じゃ、もぅー駄目じゃー!!


(婦) 「口惜(くや)しいのぅー!! 口惜しいのぅー!!


農夫婦が両目に涙を浮かべて口惜しがった。


それは味方が劣勢に立たされたからというだけではなく、この訓練機の操縦者が並外れた技量の持ち主だったからだ。

ホンの一瞬ではあったがこの攻防を目撃した者なら、例え戦闘の素人でもハッキリとそれが分かった。

歴然とした力の差が見て取れたのだ。

充分な装備さえあれば3機ぐらいいとも簡単に撃墜するだけの技量をその訓練機の操縦者は持っていたのだった。


だからより一層その農夫婦は口惜しかったのである。


だが、


この後この二人は・・・











更に口惜しいシーンを目撃する事になる。







つづく







#221 『訓練機』の巻




(ボヮッ!!



突然、


訓練機から火の手が上がった。

実はその訓練機は既にムスタングの攻撃を受け、被弾していたのだった。

それが若干の時間差で発火したのだ。


「アァーーー!!


「アァーーー!!


そう叫ぶ以外、農夫婦は言葉を出せなかった。

無念だったのだ、この二人は。

恐らくその時、その練習機のパイロット感じていたであろう程に。


圧倒的に不利な状況下、ナゼ訓練機に乗る必要があるのかと不思議に思われる程の類稀(たぐいまれ)なる技量で、


「アッ!?


っと言う間に敵機2機を撃ち落し、残るはあと1機のみだったにも拘らず弾薬切れのため撃墜されねばならなくなったその訓練生の心情を察して。


その時この農夫婦に出来た事はと言えば、その様子を言葉を失ったまま祈るような思いで見守る事だけだった。


訓練機の速度が目に見えて遅くなった。

必然的に後ろを取られた。

ムスタングがみるみる間合いを詰めた。

次は機銃だ、機銃掃射が来る。



(ゴクッ!!


(ゴクッ!!



それを予見し、二人は同時に生唾を飲み込んだ。

農夫が瞬(まばた)き一つせず、食い入るようにその状況を見つめながら叫んだ。


「もう駄目じゃー!!


「・・・」


農婦は黙っていた。

ただ手に汗握り、目ん玉をひん剥(む)いて見守ってる事しか出来なかった。

そして、


『来る!?


二人同時にそう思った。


だが、











その瞬間・・・







つづく







#222 『Shit!!』の巻



訓練機が再び急上昇した。


『来る!?


農夫婦がそう思った正にその瞬間、反転急上昇したのだ。

手負いの訓練機が敵機を限界まで引き付けてから。


何という戦闘能力だ!?


ホントに訓練兵が乗っているのか?



(バババババ・・・)



ムスタングの機銃掃射は空振りに終わった。

パイロットがコックピットを叩(たた)いて悔しがった。


Shit!! Damn it!!


だが次の瞬間・・・











このパイロットの顔が恐怖で引き攣った。







つづく







#223 『Oh, my God!!』の巻



(キィィィィィーーーン!!



訓練機が・・反転急上昇した訓練機が・・機体から激しく火を吹いている訓練機が、真上からムスタング目掛けて突っ込んで来た。


本来なら、


Oh, my God!!


ムスタングのパイロットはそう叫んだに違いない。

だが、彼は恐怖のあまり言葉を出せなかった。

操縦桿を握り締めたまま、まるで金縛りにでもあったかのように全く身動き出来ないのだ。

蛇に睨(にら)まれた蛙状態となっていたムスタングのパイロットは、目玉(めんたま)をカッと見開き、血走った眼(まなこ)で、火の玉のように真っ赤に燃えながら上空から自分目掛けて突っ込んで来る訓練機を、顔を上げた状態で固まって見つめたまま全く動けなくなっていた。


農夫婦も今や農具をほっぽり出し、無意識に両手を組み、祈りのポーズで瞬(まばた)き一つ出来ずにこの様子を見つめている。











そして・・・







つづく







#224 『禁句注意!! 受験生は読んじゃダメょ』の巻 (これ書いたの入試直前だったんだ : 作者)



(キーーーン!! ガッ、シャーーーン!!



訓練機がムスタングに突っ込んだ。


2機はそのまま一気に、



(ドッ、カーーーン!!



地面に激突した。



(ドッ、コーーーン!!



爆発炎上した。


(夫) 「堕ちた堕ちた!!


(婦) 「何処じゃ何処じゃ!!


農夫婦は大慌てだ。

大慌てで堕ちた方角を確認した。


農夫が叫んだ。


「庵(いおり)のある方角じゃ!!


農婦も叫んだ。


「そうじゃそうじゃ、確かンそうじゃ!! 山の鎮守のお上人(しょうにん)様の祭られておる所(とこ)いら辺じゃ!!


二人はまるで何か強い力に引っ張られてでもいるかのように、2機の堕ちたと思われる場所に向かった。


2時間ほどして漸(ようや)くその場所に辿り着いた。


着いた時には既に火は鎮火していた。

機体は殆んど燃え尽きていた。

辺りには破片が散乱していたがパイロットの姿は両方とも見られなかった。

恐らく機体と一緒に燃え尽きてしまったのだろう。


だが、











一緒に燃え尽きたのはそれだけではなかった。







つづく







#225 『庵(いおり)』の巻



「お上人(しょうにん)様の庵(いおり)がー!! 即身仏様の庵がー!!


農夫が愕然として大声を張り上げた。


「即身仏様ごと消えてのぅのぅた!!


農婦が呆然と無残な姿に変わった庵の跡を見つめ、信じられないという表情をして叫んだ。



消えてなくなった庵・・・


それは、大道の重磐外裏庵(えばんげり・あん)だった。


衝突した2機の内、ムスタングがそこに突っ込み爆発炎上したのだ。

もう1機の訓練機は、不自然に削り取られたような尾根の山肌の中央に墜落炎上していた。

両機とも2時間経った今もまだ、農夫婦の目前でくすぶり続けている。


「チッ!? 鬼畜めがー!! なんちゅう罰当たりなぁ。 お上人様の庵をこんなンしおってからに」


少し落ち着きを取り戻してから農夫が舌打ちし、溜め息混じりにそう言葉を吐き捨てた。


「これは前兆(ぜんちょう)じゃ。 何か良からぬ事の前兆じゃ」


農婦がそれに呼応するように言った。


「この庵のお上人様は限りなく徳高きお方だったそうじゃ。 お山ン神さんが怒(いか)らねばいいが」


と、農夫が。


「そうじゃ、そうじゃ。 そン通りじゃぁ。 お上人様はこのお山をお守りするため即身仏となられたお方だったそうじゃ」


と、農婦が。



(ガヤガヤガヤ・・・)



そこへ遅ればせながら他の農民達がやって来た。

皆、口々にその惨状に対して色々言っている。


一人がボソっと言った。


「もぅ、日本はダメかも知れん


つー、まー、りー、・・・


『駄目ーーー!! 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


かも知れん」


その言葉がそこにいる者達全員の耳に入った。


「これこれ、滅多(めった)な事ば言っちゃぁいかん。 他所(よそ)の者(もん)に聞かれたら大変じゃぁ。 憲兵が来(き)おる」


そこの長老と思(おぼ)しき年寄りが諌めた。


「ヶど、村長さん。 こげン田舎の山奥まで鬼畜どもが来(き)おるようになったらもう仕舞いじゃぁ」


他の誰かが言い返した。


「あぁ、分かっちょる分かっちょる。 分かっちょるヶンそげん事(こつ)。 じゃが、言っちゃぁいかん、言っちゃぁいかんのじゃぁ・・・」


村長が呟(つぶや)いた。


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 ・・・


皆黙ってしまった。


しかしその間も、



(モクモクモク・・・)











墜落した2機はまだ煙を上げ続けていた。







つづく