#231 『5人のオッサン』の巻



時は・・・


昭和のある日。

夏の酷く暑い日。



日本は大東亜戦争の敗北から見事立ち直り、高度成長期を迎えていた。

その驚くべき復興に欧米鬼畜各国から、


『エコノミック・アニマル』


などと揶揄(やゆ)されていた。

勿論、これは日本民族の優秀さに対するヤッカミから出た言葉であるのは言うまでもない。


我が日本国の先人達は、


『過労死』


をそれこそ国際語にする程、真面目に勤勉にそして必死になって働いた。

そして今日(こんにち)の日本の礎(いしずえ)を築いてくれた。

しかもその礎は、俗にいう 『反日日本人』 達が躍起になって破壊し続けて来たにも拘らず、今尚、壊しきれないほど磐石な物だった。

もっとも、その屋台骨は現在、相当揺らいで来てしまってはいるが。

これは実に憂(うれ)うべき事だ。



(ミーン!! ミンミンミー!!


(ミーン!! ミンミンミー!!


 ・・・


(ミーン!! ミンミンミー!!



セミの鳴き声。

そのセミの鳴き声の中。


「あ〜ぁ、ここも土砂(どしゃ)がぁ」


と、オッサンAが言った。


「ホントひでぇもんだなぁ。 ここも」


と、オッサンBが。


「ウムウム」


「ウムウム」


「ウムウム」


と、オッサンC、D、Eが頷(うなづ)いた。



今・・・


年の頃なら30チョッと前位の、後に団塊の世代と言われるオッサン達が登山をしている。

5人グループだ。


そのオッサンA、B、C、D、Eとはこの順に、


古館伊痴呆(ふるたち・いちほう)さま


邪腹総一郎(じゃはら・そういちろう)さま


永 雲助(えい・くもすけ)さま


鳥肥糞太郎(とりごえ・ふんたろう)さま


汚面智昭(おづら・ともあき)さま


の5名である。



その年は、季節外れの台風が日本各所を連日のように襲っていた。

そのため山の地盤は緩み、日本各地の山や崖が連鎖的に崩れ落ちていた。

ここ・・今5人のオッサンの来ている所・・も又、同じように酷い地崩(ぢくず)れを引き起こしていた。

加えてその場所はその前日、丁度その真下を震源とする震度6強の大地震が起こった所だった。


その場で立ち往生したまま夫々(それぞれ)が意見を言い始めた。


(伊痴呆) 「こりゃもうダメだぁ。


つー、まー、りー、・・・


『駄目ーーー!! 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


だぁ。 諦めて引き返した方が・・・」


(邪腹) 「折角ここまで来て、諦めんのもなぁ・・・」


(雲助) 「ヶどここは昨日、大地震があった所(とこ)だからこの先はもっと酷いかもなぁ。 何せ震度6とか7とかだったらしいからょ〜」


(鳥肥) 「なら、もうチョイ行ってみてダメなら止(よ)すってのは?


つー、まー、りー、・・・


『駄目ーーー!! 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


なら止すってのは?」


するとそれまで黙って聞いていた汚面智昭(おづら・ともあき)さまが突然前方を指差して叫んだ。


「オィ!! アレっ!? アレは何だ? アレっ!? あそこ・・・」


全員が汚面の指差している所を見た。

するとそこに地面から飛び出しているある物が見えた。

それは年代物の古ぼけた何かであった。


「オッ!? 何だろ?」


と、伊痴呆。


「ウム!? 何だべ?」


と、邪腹。


「さぁ? 何〜にかな?」


と、雲助。


「いょっ!? 何(なん)ざんしょ?」


と、鳥肥。


等と口々にほざいた。


さぁ!?


果してそこでこの5人が見たものとは一体・・・?










ここは昔、重磐外裏の尾根と呼ばれていた所である。







つづく







#232 『国宝級の名品』の巻



5人は目を凝(こ)らした。

するとそこに古ぼけた箱の角の部分と思われる物が地面から出ているのが見えた。

5人が近寄った。

それは大きな箱の一部だった。

それまで地面に埋められていた物が、地崩(ぢくず)れか何かで地表に出て来たようだった。

箱の表面は焼け焦(こ)げていた。

5人はそれを手で触って良く調べてみた。

確(しっか)りした造りだった。

恐らく焼けているのは表面だけで中まで火は通ってはいないと思われた。


「な〜にかなぁ、こ、れ、は?」


と、伊痴呆(いちほう)が言った。


「年代もんの箪笥(たんす)か何かかな?」


と、邪腹(じゃはら)が。


「何で又、こんな所(とこ)に?」


と、雲助(くもすけ)が。


「きっと火事か何かで焼けた物を誰かが捨てて、一旦地に埋まった物が地崩れで又出て来たんジャマイカ?」


と、鳥肥(とりごえ)が。


「そうかもな。 しっかしそれにしてもこれは頑丈な造りだ。 燃えてなければ国宝級の名品だったかもな」


と、汚面(おづら)が。


この汚面の何気なく言った 『国宝級の名品』 という言葉に



(ピクッ!!


(ピクッ!!


(ピクッ!!


(ピクッ!!


(ピクッ!!



全員が反応した。

勿論、言った汚面本人も。


そして、


「ァハァハ、ァハハハハハ・・・」


「ィヒィヒ、ィヒヒヒヒヒ・・・」


「ゥフゥフ、ゥフフフフフ・・・」


「ェヘェヘ、ェヘへへへへ・・・」


「ォホォホ、ォホホホホホ・・・」


一頻(ひとしき)りニンマリこいてから伊痴呆が元気良〜く言った。


「掘り出してみんべー!!


全員が気を吐いた。


「オォー!!


「オォー!!


「オォー!!


「オォー!!


コイツ等5人は気は良かったのだが・・・強欲だった。


その上・・・











バカと来た。







つづく







#233 『5人の困惑』の巻



「何だぁこれは、棺桶(かんおけ)かぁ? 観音開きの」


掘り出した物を繁々(しげしげ)と眺め、



(パンパンパン・・・)



と、手に付いた土を払い落しながら伊痴呆が言った。


「それにしちゃ、チョッとデカクねぇか。 それに観音開きの棺桶ってあるかぁ、普通?」


と、同様に土を払い落としながら邪腹が。


「棺桶っぽい気もしない事はないが、チョッと違うような気もする」


と、雲助が。


「棺桶じゃないとしたら一体何だぁ? しっかし満遍なく焦げてんなぁ」


と、鳥肥が。


それまで箱を黙って弄繰(いじく)り回していた汚面がほざいた。


「そんな事開けてみりゃ分かるさ。 鍵も掛かってないようだし」


本当は伊痴呆も邪腹も雲助も鳥肥も本音はそこにあったのだが、何となく棺桶っぽいのが気になって 『開ける』 という言葉を素直に言い出せなかったのだった。


又しても、汚面の一言で気勢が上がった。


「ヨッシャー!! 開けてみんべー!!


「そうだそうだ!! 開けてみんべー!!


「ウムウム!! 開けてみんべー!!


「ドスコイ!! 開けてみんべー!!


皆、興味深深だ。

だが、

いざ開ける段になるとやはり皆気が引けた。


伊痴呆が邪腹に言った。


「お前開けろよ」


邪腹が


「ゥ、ゥン」


軽く頷いて扉を開けようとした。

が、

躊躇(ためら)った。

そして雲助に向かって言った。


「お前やれょ」


雲助が即座に答えた。


「エッ!? や、やだょ、俺やだょ!! 鳥肥やれょ!!


鳥肥も困ったように応えた。


「お、俺!? や、やだょ、俺もやだょ」


そして汚面に向かって言った。


「そうだ汚面!! お前やれょ、お前。 お前が言い出しっぺなんだからさぁ」


汚面がビックリしたようにほざいた。


「エッ!? 俺!?


実は汚面は臆病だった。

汚面は口が軽く、思った事を考えもせず直ぐ口に出すヤツだった。

そういうヤツに限って臆病なものだ。

だが、同時にエエカッコしいでもあった。

皆(みんな)それを良く知っていた。


「頼むょ、汚面ぁ。 やってくれょ〜、な」


と、伊痴呆。


「俺も頼むょ、汚面ぁ。 お前しかいないんだからさ、これ開ける勇気のあるヤツって」


と、邪腹。


「俺も頼むょ、汚面ぁ。 俺こういうの弱くてさ。 な? 頼むょ」


と、雲助。


「そうだょ。 み〜んなダメなんだょ、こういうの。


つー、まー、りー、・・・


『駄目ーーー!! 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


なんだょ、こういうの。 お前しかいないんだょ、な〜。 勇気のあるヤツ」


と、鳥肥。


4人はウルウルの目で汚面を見つめた。

このエエカッコしいの汚面に対してウルウルの目は必殺技だった。

4人はそれを良く承知していた。


「そ、そぅかぁ。 じゃ、じゃぁ。 お、俺やってみるょ」


流石汚面、必殺の安請け合いだ。

その気もないのに請合ってしまった。

これが口から先に生まれた者の辛い所だ。


汚面は困った。

開けるのが怖かった。

しかし、今更後へは引けない。


「スゥーーー!! ハァーーー!!


汚面は覚悟を決めた。



(プルプルプル・・・)



手が震えている。



(バクンバクンバクン・・・)



心臓が高鳴っている。



(プルプルプル・・・)



震える手で箱の扉を掴んだ。











そして・・・







つづく







#234 『汚面智昭さまの憂鬱』の巻



汚面が箱の扉を両手で掴んで、グイッと開けようとした。

が、

怖くて出来ない。



(サッ!!



両手を引っ込めた。

臆病風に吹かれたのだ。

しかし、後にいる4人の視線が痛い。


『こ、こ、こぇーぜ。 だヶンど。 ここで止めたらカッチョわりーぜ。 だヶンど。 やっぱ。 こ、こ、こぇーぜ。 ・・・』


汚面智昭さまの心の声だ。

これは同時に 『汚面智昭さまの憂鬱』 でもある。


後ろの4人は固唾を飲んで、ビビっている汚面の一挙手一投足を見つめている。


『はーやくしねぇかぁ』


『なーにやってんだ、汚面ぁ』


『そこでビビってんじゃねぇょ』


『開けろー!! つってんだょぅ』


ナンゾと自分達の意気地なさは棚に上げて勝手にそう思っている。

その視線が厳しい。


だからやらなきゃ。 

なぁ、汚面ぁ。


『だ、だ、だヶンど。 こ、こ、こぇーぜ』


再び、汚面智昭さまの心の声だ。

汚面智昭さまの憂鬱は続く。


さぁ、如何(どう)する汚面!?


開けるのか?


開けないのか?


汚面は何度か開けるために扉に両手を伸ばした。

が、

そのつど躊躇(ためら)った。


「ハァ〜」


「ハァ〜」


「ハァ〜」


「ハァ〜」


その度に後ろの4人が溜め息を吐く。

ガッカリしたように、呆れたように、エエカッコしいの臆病もん、汚面を無言で責めるかのように・・・



(ヒシヒシヒシヒシヒシ・・・)



それを汚面は背中で感じていた。


だが手は、



(プルプルプルプルプル・・・)



震えっぱなしだ。


「スゥーーー!! ハァーーー!!


ここで汚面が一息入れた。

呼吸を整えた。

意を決した。

再び扉に両手を伸ばした。


オッ!?


やるか汚面!?


こんどはホントに!?


でも、



(プルプルプルプルプル・・・)



手が震えてるゾー、汚面ー!!


大丈夫かぁ!?



(ピタッ!!



汚面が怖くて途中で手を止めた。

躊躇(ためら)った。

又しても汚面が躊躇った。


だが、後ろの4人は容赦ない。

容赦なく急(せ)かせの視線を浴びせ続けている。

汚面はそれを背中でヒシヒシと感じ取っていた。

しかし怖くて開けられない。


さぁ、如何(どう)する汚面!!


ここで止めたら一生言われ続けるぞー!!


臆病もんとー!!


汚面の顔色が悪い。

真っ青だ。

最早、引くに引けない。

困惑する汚面。


進むも地獄、退くも地獄だぁぁぁぁぁーーー!!


さぁ、如何する汚面ぁ!?


やるのか、やらないのかぁーーー!?


汚面ピ〜〜〜〜〜ンチィ!!


今や引くに引けない汚面。

完全に追い詰められてしまった。


さぁ〜〜〜〜〜!?


この後・・・


アホの汚面は・・・


一体・・・











どうなってしまうのかーーー!?







つづく







#235 『汚面智昭さまの興奮』の巻



(ギィーーー!! パカッ!!



終に終に終に、汚面が開(あ)けたぞーーー!!


棺桶っぽい箱の扉を開(ひら)いたぞーーー!!


5人が一斉に中を覗きこんだ。

興味津々。

と言うより強欲丸出しで。

中にきっといいモンが入っているに違いない。

その下心丸出しで。


だが、


「ハァ〜」


「ハァ〜」


「ハァ〜」


「ハァ〜」


「ハァ〜」


5人全員が溜め息をついた。

期待外れもいいところ。

中には何も入ってはいなかった。


「ケッ!! な〜んでぇ。 何にもねぇじゃねぇかぁ」


と、伊痴呆。


「チェッ!! ガッカリだぜ」


と、邪腹。


「あ〜ぁ。 期待して損した」


と、雲助。


「チッ!! つまんねぇの」


と、鳥肥。


しか〜〜〜し、


汚面智昭さまは唯一人黙っていた。

左右の手に観音開きの扉の両端を両手で掴んだまま。


その時、汚面はこう思っていたのだ。


『あ〜〜〜、怖かったーーー!!


って。

未(いま)だ興奮冷めやらぬ汚面智昭さまだった。

しばらくその興奮状態が続いた。

が、

若干、落ち着きを取り戻したのだろう。



(バタン!!



汚面が叩きつけるように勢いよく箱の扉を閉めた。

こうほざきながら。


「チッ、キショー!! 気ぃ持たせやがってー!!


汚面が箱の扉を閉じたのを切っ掛けに、


「さぁ!! 引き上げだー、引き上げだー!!


と、伊痴呆が言った。

皆が一斉に同意した。


「そうだそうだ、帰ろ帰ろ」


「そうだそうだ、帰ろ帰ろ」


「そうだそうだ、帰ろ帰ろ」


「そうだそうだ、帰ろ帰ろ」


皆、地崩れが酷いのでこれ以上進むのを諦めたのだ。

それから、無邪気にペチャクチャ意味のない事を喋りながら来た道を引き返し始めた。

後に棺桶のような形をした箱を残して。

中が空っぽの棺桶のような形をした箱を後に残して。


そぅ・・・


中には何も入ってはいなかった “筈” の棺桶のような形をした箱を・・・











後に残して。







つづく