#259 『術を』の巻



内道は訝(いぶか)っていた。


この一連の失踪事件はただならぬ事だと直感していた。

そして調べた。

その場所に関する事を出来る限り。

そして知った。

その場所がかつて重磐外裏(えばんげり)と呼ばれていた事を。


それをつい先程知ったばかりだった。

内道の先祖、破瑠魔善道の残した手記を通して。



(クヮッ!!



内道が両目を見開いた。

直ぐさま立ち上がり大声を張り上げた。


「死頭火(しずか)!? 死頭火はいるか?」


返事がなかった。

もう一度、声を張り上げた。


「死頭火!? 死頭火!?


内道のいる部屋の障子が開いた。

死頭火が入って来た。


「アナタ!? 何事ですか? そんな大きな声を出して。 静かにして下さい。 外道が起きます」


「あぁ、済まん。 だが、急いでやらなければならない事が起こった。 今から俺はどの位になるかは分からないが、魔王権現大社にこもる」


「何で又!?


「ウム。 実は例の原因不明の失踪事件。 あの件でチョッと気になる事が有ってな。 久々に術を使ってみようと思うんだ」


「術を!?


「あぁ、チョッとな。 俺の思い過ごしならいいんだが。 どうしても気になる。 だから済まんが直ぐ飯にしてくれ」


「そうですか。 そういう事なら直ぐに。 でも何時(いつ)からおこもりに?」


「ウム。 飯を食ったら直ぐ」


「分かりました」


死頭火が部屋を出て行った。


再び内道は座り込み、腕組みをし、考え込んだ。


この時内道は・・・


父、中道から聞かされていた500年前の破瑠魔大道と妖の姫御子・雪の物語を・・・











思い出していたのである。







つづく







#260 『月輪観』の巻



内道は禅定に入っていた。


修するは 『月輪観(がちりんかん)』。

目の前には神剣・軍駆馬。

その奥には女神(じょしん)姿の魔王権現の掛け軸。

それは富士山のご神体といわれる 『此之花咲姫(このはなさくやひめ)』 のように美しかった。


ここは魔王権現大社の中。


今・・・


内道、無念無想。

両足を結跏趺坐(けっかふざ)、

両手を胸に如来拳印。

穏やかな自然呼吸。

但し、体だけは小刻みに揺れている。


そんな状況がかれこれ半日以上続いていた。


突然、



(クヮッ!!



内道が両目を見開いた。


そのまま全く瞬(まばた)きせずに空間を見つめている。

何かを見ているようだ。


如何(どう)した内道!?


何を見ている?


内道は動かない。

全く動こうとはしない。


ただひたすら空間を見つめたままだ。

そのまま30分が経過した。


だが・・・











突然・・・







つづく







#261 『丑三つ時の出来事』の巻



内道が・・・



(サッ!!



結跏趺坐を解き、



(カチャ!!



目の前に置いてあった軍駆馬(いくさかりば)を引っつかみ、



(シュ!!



大きく後ろへ飛び退いた。



(タン!!



着地した時は既に、それをいつでも抜けるように軍駆馬の柄に右手を掛け、戦闘モードに入っていた。

前方の空間の一点を見つめ、構えを崩さず身動き一つしない 否 出来ない。

まるで突然真正面から誰かの攻撃を受け、そのまま相対峙しているかのようだった。

暫(しば)らくその状態が続いた。


やがて、


「フゥ〜」


内道が大きく息を吐いた。

それと同時に体の力が一気に抜けた。


相手は消え去ったのだろうか?


一息入れてから、内道が呟(つぶや)いた。


「こ、こんな事が!? こんな事が本当に!? ・・・。 ウ〜ム。 し、しかしそうか!? そういう事だったのか!? そういう・・・」


と。


それから2、3度大きく深呼吸をし、軍駆馬を元に戻し、足を胡座(あぐら)に組換えた。

そして腕組みをして、


『ウ〜ム』


考え込んだ。


時に・・・


内道、大社にこもった翌早朝、丑三つ時(午前2時〜2時半)の・・・











出来事である。







つづく







#262 『今朝方の出来事』の巻



「ナニ!? それは本当か?」


中道が驚いて内道に聞き返した。


「間違いなく」


内道が答えた。


「ウ〜ム」


一声唸って、中道が腕組みをして考え込んだ。


ここは破瑠魔家大広間。

破瑠魔中道、内道以下、女切刀の里人の主だった者達が集まっている。

内道の今朝方の術の成果を話し合うため、中道の呼びかけに応じて緊急集合していたのだ。

そして内道が丁度今、今朝方行なった術を解く寸前、その最後に起こった不可解な出来事だけを手短に話し終えたところだった。


「どうじゃ孟是、ソチの家系の最も得意とする術じゃ。 今の内道の話をどう思う?」


中道が腕組みを解き、側にいた幼馴染で中道の補佐役、品井山 孟是(しないやま・もうぜ)に話を振った。

孟是は女切刀の里でただ一人、里の総領である破瑠魔中道と “タメ” で口の聞ける存在だった。


「ウム」


一度頷(うなず)いてから孟是が言った。


「あれはワシの先祖、品井山 死孟(しないやま・しもう)の最も得意とした術。 以来、我が家系は代々あの術を研鑚して参ったゆえ、他者(たしゃ)よりは多少精通しておる。 じゃがしかし、そのような話は聞いた事がない」


と。


「そうか。 ソチも聞いた事がないか。 他の者はどうじゃ? 聞いた事のある者はおるか?」


中道がその場にいる者達全員に問い掛けた。


「いゃー、ワシも初耳じゃ」


「ワシも聞いた事がない」


「ワシもじゃー」


 ・・・


皆、夫々(それぞれ)に同様の反応を示した。


それを受け、中道が内道の方に向き直り、改めて命じた。


「内道。 ワシらに事の経緯を最後のみではのぅて初めから詳しく申してみょ。 出来るだけ詳しくじゃ。 その中にヒントが隠れておるかも知れぬ」


「・・・」


内道が無言で頷(うなず)き、一渡(ひとわた)りそこにいる者達の顔を見回してから話し始めた。


自らが今朝方使った術の結果した内容を・・・


その術を使おうと思い至った時点から始めて・・・











詳しく・・・







つづく







#263 『手記』の巻



「ここ数ヶ月来のあのナゾの行方不明事件。 私(わたくし)にはアレが単なる事故、事件とも思えず、色々と調べてみたところ最も不明者の多い場所、あの一番最初の不明者5人を出した所。 それについて驚くべき事実が判明致しました」


「驚くべき事実?」


中道が聞き返した。

内道が続けた。


「はい。 あの最初の場所。 あの最初の場所こそ親父殿(おやじ・どの)がかつて言っていた我等が先祖方、破瑠魔大道が妖の姫御子・雪を斬り捨て、封じ込めたと言い伝えられて来た・・・重磐外裏(えばんげり)。 そぅ、あの重磐外裏の里のあった場所ではなかろうかと思われる節があるのです」


「何!? 重磐外裏・・・」


と、再び中道が。


これを聞き、



(ザヮザヮザヮザヮザヮ・・・)



その場が暫(しば)しザヮついた。

皆、黙って中道と内道のやり取りに聞き入っている。

少し間を取って内道が続けた。


「そぅです。 不明者の多発するあの尾根一帯を、昔は重磐外裏の尾根と言っていたらしいのです」


「らしい? らしいとはどういう事じゃ? それにナゼあそこが重磐外裏であると分かった?」


「善道の手記。 あの手記に記されておりました」


「ヌッ!? 内道。 ソチにはアレが読めたのか?」


「否、アレを読んだのは私ではなく友人の書道家。 それも完璧には読めず、大方そのような意味になる。 という程度」


「ウムウム。 そぅじゃろう、そぅじゃろう。 そらそぅじゃ。 アレは読めぬ」


横から孟是が口を挟(はさ)んだ。


「ゼンドウのシュキとは?」


中道が答えた。


「あぁ。 我が先祖・破瑠魔善道の事じゃ、大道の弟のな。 それが手記を残しておってなぁ。 じゃが、それが難(むずか)しゅうて誰にも読めんのじゃ。 なにせ善道は達筆で、その上全文漢文体でのぅ。 しかも全て崩し字じゃ。 アレは読めぬ、誰にも読めぬ。 じゃがそぅか。 アレに書いてあったのか・・・。 ウムウム。 そぅかそぅか。 アレに書いてあったのか・・・。 いゃ、な。 大道に関する事は全てこの善道が取り仕切っておってな。 何一つ後に残してはおらなんだのでこれまで言い伝え以外、殆(ほと)んど知る由がなかったのじゃ。 じゃがそぅか。 アレに残しておったかぁ」


「はい。 私もいささか気になりましたので、恐らく大道について書かれてあるのだろうと思われる部分をコピーして友人に送り、解読してもらいました。 その結果が出たのが昨日夕方。 電話にて」


「そぅか。 そぅいう事じゃったか」


「はい。 それであの術を以って事の次第を判明させようと思い至ったのです」


「そぅかそぅか。 それで分かった、納得じゃ。 じゃが問題はその後じゃ」 


「そぅです。 その後が問題なのです」


一言そう言ってから、内道が続けた。


使った “あの術” の内容を・・・

(あの〜。 これは『“あの”術』でありまする。 『“あ”の術』ではありませヌ。 念のため)


だが、あの術とは・・・











何か?







つづく







#264 『あの術』の巻



それはその名を、


“空間念写の術”


という。




解説しよう。



空間念写の術とは・・・


これを知る前に一つ抑えて置かなければならない重要事項がある。


その重要事項とは・・・


現代物理学の理論体系の一つである熱力学の第一法則、

即ち、


“エネルギー不滅の法則”


の事だ。


これは簡単に、


『一度生じたエネルギーは、形を変える事はあっても決してなくなる事はない』


と表現出来よう。



この法則に従うと、過去に起こった全ての事象、現象、・・・、etc. は、消え去る事なく形を変えたエネルギーとしてこの世界のどこかに残っているという事になる。

もしこのエネルギーに辿り着く事が出来るなら、そしてそれが出来た者は、その事象や現象等を再現する事が出来るのではなかろうか。

勿論、当事者としてではなく傍観者としてだが。

つまり過去に起こった出来事をあたかもそれが “今” 起こっているかのように再現し、それを見る事が可能な筈だ。


そして女切刀の達人達は、これを術として体系化することに成功した。


狙った過去の出来事の変化したエネルギーをキャッチし、それを念写により画面やスクリーン上にではなく三次元映像として空間に映し出し、その出来事に参加するのではなく “ただ” それを見る。


という術に・・・これを空間念写の術という。


だが、この術には一つだけ欠点があった。


それは・・・角度。


そぅ、狙ったシーンを見る角度だ。


これは変化したエネルギーをキャッチするタイミングにより、ある時は真正面から、ある時は背面から、あるいは上から、・・・ etc. 

という現象が起きてしまう。

つまり、いかに安定的に必要な角度から見る事が出来るか否かは、この術を行なう者の才能、及び修練度に掛かっているのだ。


そして品井山 孟是の先祖で破瑠魔大道の盟友、あの品井山 死孟(しないやま・しもう)はこの術の達人中の達人だった。




内道はこの空間念写の術により数ヶ月前まで遡(さかのぼ)り、ナゾの失踪事件の真相を知った。

つまりその一部始終を見たのだ。

そしてそこには殺戮に明け暮れ、殺した人間のエネルギーを貪り食う恐ろしい妖の姫御子・雪の姿がハッキリと映し出されていたのである。











だが・・・







つづく







#265 『術の終了』の巻



見るだけの筈だった。


そぅ・・・


ただ “見るだけの筈” だった、その時内道は。


確かに内道は妖の姫御子・雪が最初の5人を手始めに、その5人同様、相応(ふさわ)しいエネルギーを持つ数多くの人間の首を刎ね、そこからエネルギーを吸い取る光景をただ見ている “だけ” だった。

それがこの術の本来の姿だからだ。

例え術者がどれ程それを強く望もうと、見ている光景の当事者には決してなれないのだ・・・決して。

何処まで行っても傍観者でしかいられない。

逆に、そのシーンの当事者が傍観者に気付くという事も絶対にないのだ・・・絶対に。

当事者の目と鼻の先で傍観者は見ているのだが、それでも絶対に気付く事はない。

一旦エネルギー化した過去の出来事を、そのエネルギーをキャッチしてそれを再現しているのだからこれは当然だ。

つまり、一連の失踪事件の被害者の最後の一人の首が刎ねられ、エネルギーを奪われた時点でこの術は終了する筈だった。

少なくとも内道はそのつもりでいた。

そのつもりでこの術を進めていたのだ。


そして、極悪非道・悪逆無道・強欲邪道・醜悪醜陋(しゅうあく・しゅうろう)・品性下劣・厚顔無恥・暴慢陰険・無粋陳腐・不浄汚穢(ふじょう・おわい)・お間抜け阿呆(あほう)・頓馬(とんま) de お馬鹿・・・なエネルギーを持つ人間の代表格、あの汚面智昭(おづら・ともあき)さま and そのオマケの、愉快でお茶目な国売りナンチャッテ勘違い野郎4人衆、即ち、古館伊痴呆(ふるたち・いちほう)さま、邪腹総一郎(じゃはら・そういちろう)さま、永 雲助(えい・くもすけ)さま、鳥肥糞太郎(とりごえ・ふんたろう)さま等(ら)から始めて最後の一人の首が飛んだ。

雪が恐ろしい形相で、首から噴出するその最後の犠牲者のエネルギーを吸い取り始めた。

そこには、まるで食人鬼の如(ごと)く醜く顔を歪め、エネルギーを貪り喰(く)らう雪の姿があった。

この場面を内道は、最後ゆえ若干疲れが出ていたせいもあり、正面からではなく後方から見る位置にいた。

終に、雪が最後の一人のエネルギーを吸い尽くした。

これにより内道は全てを見終わった。

そして術を収めようと思い、呼吸を整え体の力を抜こうとした。


正に・・・











その瞬間・・・







つづく