#306 『憐憫の情』の巻



「哀れなヤツはソチのほうじゃ」


勝ち誇ったように雪女が内道に言った。


「・・・」


意味が分らず内道は黙っていた。

それを無視して雪女が続けた。


「分らぬようじゃな。 ならば聞くが良い。 かつてワラワは情けを掛けた。 憐憫(れんびん)の情を。 あの大道にじゃ。 それが仇となって我一族は亡んだ。 それと同じじゃ、今のソチは」


「・・・」


内道はまだ黙っていた。

雪女が更に続けた。


「まだ分らぬか? ン? 要(い)らぬ情けは却(かえ)って仇という事じゃ。 つまりたったの今、ソチの命運は尽きたという事じゃ。 ワラワの手に掛かって死ぬるという事じゃ。 無様に、惨めに、哀れに死ぬるという事じゃ。 それもこれも目の前におったワラワに気付かず神像の方を斬った、あの愚か者の大道の不始末の所為(せい)じゃ。 恨むが良い、大道を。 あの世でタップリと大道に戯言(ざれごと)をホザクが良い。 ソチの所ためじゃ、何もかもソチの所ためじゃとのぅ。 ソチの不始末の所為でこのような目に合(お)ぅてしもぅたとのぅ。 ソチの斬りそこのぅたワラワにこのような目に合わされたとのぅ。 無様にもこのようになってしもぅたとのぅ。 アーハハハハハハ。 アーハハハハハハ。 アーハハハハハハ。 ・・・」


雪女が例の覚めた笑いを始めた。

ここで始めて、それまで黙って聞いていただけの内道が口を開いた。


「言いたい事はそれだけか?」


一頻(ひとしき)り笑ってから雪女が応じた。


「・・・。 あぁ、それだけじゃ」


そして、


「・・・」


「・・・」


これ以後二人は黙って対峙した。

どちらも動こうとはしない。

互いに相手の眼(め)を見つめている。


二人の間にあるのは、



(ビュー、ビュー、ビュー、ビュー、ビュー、・・・)



吹きすさぶ吹雪の音だけ。

雪女の起こす吹雪の音だけ。

ただ、それだけだった。


暫し二人は睨み合った。


さぁ、先に仕掛けるのはどっちだ?


しかし二人とも動かない。

ピクリとも動こうとはしない。

静かに時だけが過ぎて行く。


だが、











突然・・・







つづく







#307 『臨戦態勢』の巻



(ビュービュービュービュービュー・・・)



吹雪の音が激しさを増した。

雪女がボルテージを上げたのだ。

雪女、既に戦闘モード。



(スゥー!!



そして、その吹雪の音がまるでその合図ででもあったかのように雪女が右足を半歩後ろに引き、体を半身にして身構えた。



(ピシピシピシピシピシ・・・)



その五指が直に氷柱(つらら)に変わり始めた。

五指氷柱だ。



(サッ!!



右手を高く振り上げた。


透(す)かさず内道も戦闘態勢に入った。



(スッ!!



胸の前に両手を挙げた。

そのまま結ぶ不動剣印。

口には、


「オン マリシエイ ソワカ。 オン マリシエイ ソワカ。 オン マリシエイ ソワカ」


魔利子天真言(まりしてん・しんごん)。


そのまま透かさず、


「フゥー!!


結んだ剣印に力強く息吹を掛ける、女切刀呪禁道秘術・早九字の構え。


両者一歩も引かない。

引こうとはしない。

互いに臨戦態勢だ。


ここを以って、


『女切刀呪禁道1400年随一の達人・破瑠魔内道 vs 人類史上最強の妖怪・雪女』


その決戦の火蓋が・・・


切って落とされたのである。











終に・・・







つづく







#308 『大地の戦士』の巻



(ピシピシピシピシピシ・・・)



雪女の振り上げてあった右手五指が完全に氷柱(つらら)と化した。

その右手を大きく後ろへ反らせた。

弾みをつけたのだ、五指氷柱を投げ付けるために。

狙いは内道の胸。

一気に、雪女が右手を振り下ろそうとした。


だが、


一瞬、内道の方が早かった。


「兵(いくさ)に臨んで闘う者は、皆、陳列して (我が) 前に在り!! 臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前!! キェ〜〜〜イ!!!


気合一閃、内道が九字を切った。



(ビシビシビシビシビシ・・・)



辺りが・・女切刀が・・女切刀の里が震撼する。

内道の九字で。

それは大地さえも揺るがせる。



(グラグラグラグラグラ・・・)



まるで地震、大地震だ。

内道が起している大地震だ。

それは、女切刀呪禁道1400年、最強の達人・破瑠魔内道その人の起す大地震だった。


そぅ・・・


地輪顕色 “青” の戦士・破瑠魔内道。

彼こそは “地” の技を使う大地の戦士なのだ。



(ヨロヨロヨロ・・・)



一瞬、雪女はバランスを崩した。

五指氷柱は投げられない。

そして思った。


『ヌッ!? こ、これは・・・』











その時・・・







つづく







#309 『まるで妖怪・ぬりかべ』の巻



(ビシビシビシビシビシ・・・)



地面が・・・隆起した。


雪女の足元が、雪女の足元付近の地面が、雪女の足元付近の地面だけがイキナリ隆起した。

そして壁を造った。

土の壁だ。

厚さ1メートル、幅3メートル、高さ5メートル位か?

その形状は、まるで妖怪・ぬりかべを思わせる。



(ゴロンゴロンゴロン・・・)



突然の事にバランスを崩し、そのまま地面に転がり込む雪女。

雪女は両手、両足、両膝を地面に突いて這(は)い蹲(つくば)った。

四つん這(ば)いだ。

その状態のまま思わず口走った。


「クッ!? こ、これは何とした事じゃ!?


そして、



(キッ!!



内道を睨もうと顔を上げた。











その瞬間・・・







つづく







#310 『連続攻撃』の巻



『ハッ!?


雪女は驚愕した。

顔が引き攣った。


今・・・


それもたった今、ぬりかべのように隆起したためバランスを崩させられたあの土の壁が、今度は自分目掛けて倒れ掛かって来ていたからだった。



(ヒュ〜〜〜!! ドッシン!!



ぬりかべのような土の壁が激しい音を立てて倒れた。


大地を震わせて雪女のバランスを崩し、地面を隆起させて雪女を這(は)い蹲(つくば)らせ、その上に土の壁を落とす。


大地の戦士・破瑠魔内道。

その見事なまでの連続攻撃だ。


だが、


一瞬早かった。

雪女の方が土の壁の落下よりも一瞬早かった。


雪女は壁に押しつぶされる寸前、



(シュッ!!



左足で地面を蹴って右に跳び、壁の落下から間一髪脱出していた。



(スタン!!



雪女が着地した。

そして内道と対峙した。


「なるほど大したヤツじゃ。 このような隠し技を持っておったとは・・・。 単身ワラワに挑むのも伊達ではなさそうじゃ。 面白い。 ならばワラワも本気でソチに引導を渡してくれようぞ」


これを聞き、内道が言った。


「さぁ。 引導を渡すのはどっちかな?」


「フン。 相変わらず口の減らぬヤツ。 じゃが、折角(せっかく)じゃ。 ソチの勇気に免じて名を聞いておこう。 名無しの権兵衛をあの世に、大道のおるあの世に送っても面白ぅない。 ソチの名は? 名は何と申す?」


「破瑠魔内道だ」


「破瑠魔内道・・・か。 覚えておく。 じゃが、何とつまらぬ名じゃ。 破瑠魔大道を思い起こさせるヮ」


「それでもお前の名。 雪女よりはマシだ。 妖怪・雪女よりは遥かにな」


「フン。 一々小賢(こざか)しいヤツ」


そう言うなり雪女が、



(シュッ!!



真上に飛び上がった。

地上5メートルの高さだ。

そのまま留まった。

透かさず右手を振り上げ、そのまま一気に振り下ろした。



(スパー、スパー、スパー、スパー、スパー)



五指氷柱だ。



(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ)



それは内道目掛けて、内道の胸目掛けて飛んで来る。

狙いは正確。


命中、間違いなし!?











だが・・・







つづく