#336 『無傷での脱出』の巻



「だ〜から申したであろう、ソチの負けじゃと」


宙に浮かんでいる雪女の首が言った。


それがあたかもその合図ででもあったかのように、



(スゥ〜〜〜)



雪女の首から下が徐々に形をなし始めた。

そしてホンの数秒後には元通り完璧に復元した。

純白の着物姿の雪女にだ。

あの岩石破砕波から受けた強烈なダメージからも完全に回復している。

アレほどまでに酷いダメージを受けていた筈なのに。


だが、ナゼ雪女は結界崩しから無傷で脱出できたのであろうか?


本当に・・・ナゼか?


その理由は簡単だ。


!? 簡単?


そぅ、簡単だ。











それは・・・







つづく







#337 『ゆる〜ぃ理科のお勉強』の巻



■ 雪女はかつて一度気化した事があるょね。 覚えているかい?


□ ウン。 覚えてる。


■ という事は、既に雪女は体を気化する事を学習済みという事になるね。


□ ウン。 なる。


■ 知っての通り雪女は達人だ。


□ ウン。 そぅ、達人。


■ そして天才でもある。


□ ウンウン。 天才天才。


■ これらを合わせ考えれば答えは自然と出て来るょね。


□ ン!? どういう事?


■ 雪女は再び体を気化したという事だょ。


□ エェー!? 何だってー!? 再び体を気化しただってー!?


■ そぅ。 再び体を気化したんだょ。 これが雪女の凄い所なんだ。


□ で、でもどうやって?


■ 熱だょ。 熱を利用したんだ。


□ 何の?


■ 摩擦熱・・・天井落下の摩擦熱。


□ 天井落下の摩擦熱?


■ そぅ、天井落下の摩擦熱。

これだけの規模の天井が50メートル以上の高さから落下した場合、壁との間に生ずる摩擦熱は計り知れない物があるんだょ。 雪女はこの熱を利用したんだ。


□ でも、でもどうやって?


■ 大道との戦いを覚えているかい?


□ ウン。 覚えてる。


■ あの時と同じさ。 体を氷に変えたんだ。


□ 体を氷に?


■ そぅ。 体を氷に。

雪女は残っている全ての力を使って落下して来る天井に飛び移り、そこで体を氷に変えたんだ。

そして天井落下が生み出す膨大なエネルギーを利用して体を気化させたのさ。

こんな事は誰からも教えられた訳ではなかったんだけど、天性の天才ゆえ雪女はこれを直感的にやってのけたんだ。

これが雪女の凄いトコなんだょ。


□ ウンウン。 凄い凄い。

でもどうやって脱出したの? 密封状態の大岩盤城結界の中から? いくら気化してても密封状態の中からは出られない筈だょ?


■ ウン。 そぅだね。 いい所に気が付いたね。

でもね。 出られるんだなぁ、これがぁ。


□ どうやって?


■ あぁ。 それはね。 この城は確かに密封状態ではあったけど、完全密封ではなかったからだょ。


□ どういう事?


■ ウム。 もしこの城が完全密封だったら天井は落下出来ないんだ。


□ 何で?


■ それはね空気の抵抗を受けるからだょ。


□ 空気の抵抗?


■ そぅ、空気の抵抗。 完全密封だと空気の逃げ場がないため、ある高さまで天井が落下してもそれ以上はムリなんだ。


つー、まー、りー、・・・


『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


なんだ。 下から空気に押し返されるからね。 これを浮力というんだ。 そして、重力と空気抵抗による浮力が等しくなった所で天井は止まってしまうんだ。 でも、今回天井は完全に落下したょね。


□ ウン。


■ という事は、天井と壁との間にはホンの僅(わず)かだけど隙間(すきま)が有ったという訳さ。 そしてそこから気化した雪女は脱出したんだ。


□ そっかー。 そういう事かぁ。


■ 分ったかい?


□ ウン。 分った。 でも、なんでダメージからも回復できたの? 立ち上がる事も出来ない位酷いダメージだったのに。 それに吹雪も止んだょね、何で?


■ あぁ、それはね。 雪女が気化に成功した時点でダメージも消えてしまったんだょ。 体を分子レベルまで分解した事によってダメージも消えたんだ。 痛みを感じさせる分子を排除する事によってね。

それと吹雪はね、雪女が気化するためには摩擦熱以外にも膨大なエネルギーが必要なんだ。 だから雪女は一時的にそれを止めたんだょ。


□ そっかー。 


■ 納得かぃ?


□ ウン。 納得納得。。。







つづく







#338 『内道目掛けて』の巻



「だ〜から申したであろう、ソチの負けじゃと」


雪女が然(さ)も楽しそうに言った。


「・・・」


内道は黙っていた。


「目を失(うしの)ぅては如何(いか)にソチとはいえ、戦えまい。 既にワラワの敵ではないという事じゃ」


「・・・」


「ホレ、何か申してみょ」


「・・・」


相変わらず内道は黙っている。

その内道を余裕のヨッチャンこいて見下し、ジックリと観察しながら雪女が嬉しそうに言った。


「フフフフフ・・・。 哀れなヤツじゃ。 冥土の土産じゃ聞いてやる。 最後に命乞いの一つでもしてみよ。 ン!? どうじゃ、内道。 何か申してみよ。 聞いてやる、聞いてやるぞ、内道。 ホレ、何か申してみよ。 命乞いの一つでもしてみよ。 ・・・」


徐々に雪女のテンションが上がって来た。


「このワラワに命乞いの一つでもしてみよ。 せぬか内道、命乞いを。 ワラワに命乞いをするのじゃ。 このワラワに命乞いをするのじゃ、内道。 早ようせぬか、早よう。 待ちくたびれたぞ。 アーハハハハハ・・・」


「・・・」


内道は雪女の勝ち誇った戯言(ざれごと)を黙って聞いていた。

そんな内道に一笑い笑い終えてから雪女が言った。

元の残忍な、それでいてあの余裕のヨッチャンこいて人を見下したような表情に戻ってから・・・こう。


「さらばじゃ、破瑠魔内道。 精々(せいぜい)あの世で大道に愚痴るが良い」


そして、



(サッ!!



雪女が右手を大きく振り上げた。

五指は既に氷柱(つらら)と化している。


「死ね!!


雪女が無感情に、冷徹に、表情一つ変えずに、乾いた言い方でそう言った。

その次の瞬間には、既に右手は振り下ろされていた。



(スパー、スパー、スパー、スパー、スパー)



五指が飛ぶ。

雪女の右手五指が。

五指氷柱が。

正確に。

的確に。

堅確に。


内道目掛けて・・・











一直線に。







つづく







#339 『勝ち目』の巻



(ゴロン、ゴロン、ゴロン、・・・)



内道は間一髪、回転してこれをかわした。


それを見て、ニヤッと笑って雪女が言った。


「ホゥ!? 最後の悪あがきか? ムダじゃムダじゃ。


つー、まー、りー、・・・


『無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


じゃ。 最早ソチはこのワラワから逃れる事は出来ぬヮ」


そして然(さ)も嬉しそうに、今度は左手を振り上げた。

当然、その五指は既に氷柱。


その手を一気に振り下ろした。



(スパー、スパー、スパー、スパー、スパー)



五指が飛ぶ。

内道目掛けて。

今度も又、正確に。


だが、



(ゴロンゴロンゴロン・・・)



再び回転して、何とか内道はこれをかわした。

内道の顔が硬直している。

必死の形相だ。


そして、


耳だけだ!?


今、内道は耳だけを頼りに戦っている。

音を聞いているのだ。

雪女の呼吸音。

五指の飛ぶ音。


それを・・それらを・・それらの音を・・それらの音だけを頼りに戦っているのだ、内道は・・・今。


こんな事は透徹した達人のみにしか許されない。

これが内道の本領である。


だが、


こんな状態では、到底雪女とは戦えない。

そんなに簡単に倒せるような相手ではないのだ、雪女は。


しかし、


今の内道に出来る事はたったの一つ。

音を頼りに逃げ回る事だけ。


そして、


そうする過程で、今一度勝機を見出す事。

ただ、それだけ。


しかし、


内道の最大奥儀は、既に破られている。


そんな内道に・・・











果たして勝ち目はあるのだろうか?







つづく







#340 『まるで鬼畜』の巻



内道は逃げ回った。


逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて・・・逃げ回った。


既に、雪女は勝ち誇っている。

余裕も余裕。

余裕綽綽(しゃくしゃく)丸出しヨッチャンこいている。


今、雪女は・・・


ユックリと、

ジックリと、



(ニヤニヤニヤ・・・)



笑いながら、

楽しみながら、

じわりじわりと内道を追い詰め、いたぶり続けて殺すつもりだ。


「フフフフフ・・・」


雪女の然(さ)も楽しげに含み笑う声が聞こえる。

獲物を追う、狩を楽しむ、雪女の含み笑う声が。


その姿はまるで、


「捕鯨はダメだ!!


つー、まー、りー、・・・


『駄目ーーー!! 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


!! 残酷だ!! 捕鯨反対反対!!


等と、大騒ぎするクセに。

自分達は全く悪びれる事なく、涼しい顔でチャッカリと “狐” や “ウサギ” 我利 否 狩りを楽しんだり、 “カンガルー” や “犬” を暴力的で残酷、残虐に笑顔で殺しまくる。 あるいは “人間の堕胎児” をスープにしてそれを舌なめずりしながら美味そうに食う 『下種張(げす・ば)りの低能鬼畜』 を思わせた。


そぅ・・・


雪女は、今。

獲物を追い詰め、ジックリいたぶり殺しちゃうぞモードに入っているのだ。


その雪女が言った。


「ホレ。 如何(どう)した、内道? 何時まで逃げ回っておるつもりじゃ」


しかし、


「・・・」


内道は何も答えない。

答えようとはしない。

ただ、ジッと現状に耐えている。

必死に音を頼りに、音だけを頼りに逃げ回っている。


再び雪女が言った。


「ホレ、内道。 何か申してみよ。 逃げ回るのが精一杯で何も申せぬか? ン!? じゃが、何時まで逃げ切れるかのぅ」


そして雪女が言うように、


終にその時が・・・











やって来た。







つづく