#276 『内道の決心』の巻



「ダメです。


つー、まー、りー、・・・


『駄目ーーー!! 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


です」


内道がキッパリと否定した。

即座に中道が聞き返した。


「ナゼじゃ?」


孟是も。


「ナゼじゃ?」


加えて、膝を乗り出して、身を乗り出して、


「ナゼじゃ?」


「ナゼじゃ?」


「ナゼじゃ?」


 ・・・


と、全員が。

これを受け内道が言った。


「皆さんの気持ちは有り難い。 有り難く頂戴します。 しかし・・・。 しかし、これはいささか申し上げ難(にく)い事なのですが・・・」


ここまで言って、内道は話すのを躊躇(ためら)った。

何か言いたい事があるのだが、チョッと言い難いといった風だ。

皆、真剣な眼差しを内道に向けている。

結局、これは言わざるを得ないという表情に変わり内道がこう言った。


「皆さんがいると・・・。 かえって邪魔。 足手まといになるからです」


それを聞き、中道が思わず反応した。


「じゃ、邪魔!? あ、足手まとい・・・」


その直後、


『ハッ!?


として孟是が言った。


「オォー!? そぅかそぅか、ワシ等がおっては内道君は技が使えん。 そぅじゃったそぅじゃった、あの技は、内道君のあの技はワシ等がおっては使えんかった。 ワシ等はかえって邪魔なだけじゃ」


他の皆も、


『そ、そぅか、邪魔なだけかぁ・・・』


『そ、そぅか、邪魔なだけかぁ・・・』


『そ、そぅか、邪魔なだけかぁ・・・』


 ・・・


納得気(なっとく・げ)な表情に変わった。


「じゃが、じゃがしかし内道ょ。 死頭火は、死頭火はどうするのじゃ。 まだ結婚してさほど経ってはおらぬ。 それに外道は、外道はまだ赤子じゃ。 もしもソチが敗れた時は・・・」


中道が心配そうに言った。


「そぅじゃそぅじゃ、ご新造さんの死頭火様と外道様の事もある」


「そぅじゃそぅじゃ、死頭火様と外道様の事も考えねば」


「そぅじゃそぅじゃ、・・・」


 ・・・


皆も口々に言った。

それに内道が答えた。


「否、皆さん。 そのお気持ちは嬉しい。 しかし、雪女を、否、妖の姫御子を大道が討ち損じ、又、我が祖、善道、覚道が不覚にもそれを見過ごしてしまった以上、これを討つのは私(わたくし)の役目、破瑠魔の血を引く者の役目、それを避けて通る訳には参りません。 ここで私が逃げる訳には行かないのです。 それにまだ私が負けると決まった訳でもありません」


これを聞き、中道が懸念を示した。


「じゃがしかし、此度(こたび)は相手が相手じゃ。 悪魔の申し子じゃ。 悪魔が付いておる」


「その心配には及びません。 相手に悪魔が付いているなら、こちらには軍駆馬が。 神剣・軍駆馬が付いております」


ここで孟是が何か言いかけた。


「しかしのぅ・・・」


と。


だが、言葉にならなかった。


これを最後に、皆何も言えず黙ってしまった。











その時・・・







つづく







#277 『覚悟』の巻



(スゥー)



大広間の襖(ふすま)が開いた。



(スタスタスタスタスタ・・・)



死頭火が静かに入って来た。

両手にまだ赤ん坊の外道を抱いている。

内道の横に座り、軽くお辞儀をした。

そして言った。


「お義父様。 皆様。 そのご心配には及びません。 これも我等が運命。 この降魔の家系の破瑠魔へ、女切刀へ、嫁いで参った時から私の覚悟は出来ております。 それにこの子、外道も、行く行くは当(とう)破瑠魔家の跡取りとなる身。 これもそのための試練。 どうぞ我等の事はご心配なさらず、ここは我が夫内道に全てをお託し下さい。 私も、夫内道なら大道に成り代わり必ずや妖の姫御子、否、雪女を仕留めてくれるものと信じております」 


と。


「ウ〜ム」


中道が再び目を瞑り、腕を組み、考え込んだ。

孟是も同様目を瞑り、腕を組み、考え込んだ。

他も皆、黙して考え込んだ。



(シーン)



誰も物音一つ立てない。

否、立てようとはしない。

暫(しば)し、沈黙が続いた。


それを破ったのは中道だった。



(クヮッ!!



大きく目を見開いた。

腕組みを解き、こう言い放った。


「良し、分かった!! 内道!! 雪女はソチに任す」


これを受け、


「ウム」


孟是が頷いた。

同意を表したのだ。


「ウム」


「ウム」


「ウム」


 ・・・


皆も一斉に同意した。


これに対して、


「有難うございます」


内道が言った。

そして一呼吸置き、間(ま)を取った。

それから対雪女の戦術を語り始めた。


一晩(ひとばん)、真剣に考えに考え抜いた戦術を・・・











ジックリと・・・







つづく







#278 『準備』の巻



「先ず初めに狼煙(のろし)代わりに花火を二つ。 赤玉(あかだま)と白球(しろだま)作成。 これは手馴れている長老達にお願い致します」


と、内道が言った。


これを聞き、


「ウム」


「ウム」


「ウム」


 ・・・


中道、孟是のほか何人かが頷いた。

皆、長老達だ。


内道が続けた。


「次に、護摩修法。 行なうは雪女調伏護摩。 これは雪女を誘き寄せるため。 ヤツは必ずこれに感応し、ここにやって来る筈です。 阿闍梨(あじゃり)は私、そして脇(わき)は十三佛の結界、即ち壁城結界(へきじょう・けっかい)を成す者達13名。 この13名は皆さんに選んで頂きます」


先程同様、中道達が頷いた。


再び内道が続けた。


「その選ばれた13名は予め壁城結界を行なうための所定の場所を確認し、護摩木点火後、直ちにその場所に移動し身を伏せ、待機。 各自、妖怪目晦(ようかい・めくら)ましのための現身隠(うつしみ・がく)しの呪符を持つ事。 この呪符は決戦当日私が造り、夫々(それぞれ)に手渡しておきます。 残りの里人全員は、我がチチ 否 父、中道並びに相談役の孟オジ先導の元、下界に降りて待機。 ここまでが準備段階」


ここで内道は一旦間を取った。

周りの反応を見た。

皆、無言のまま承諾の意を表すように頷いた。

それを見て内道が続けた。


「そして、調伏護摩に感応してヤツが来ると同時に私がこれを迎え撃ち、打ち倒す。 私が勝ったら先程長老達にお願い致した赤白の内の赤球を、敗れた時は残り13名による壁城結界完了後白玉を、そのどちらかを打ち上げる。 これにより大重裏虚中止か開始かを判断。 もし、残念ながら私が破れ白球が上がった時は、それを合図に我が父、中道先導の元、直ちに大重裏虚開始。 13名は結結界後(けつ・けっかい・ご)、速やかに女切刀を脱出し、これに合流。 以上。 これが私の考えです」


皆黙って、時折頷きながら聞いていた。

一渡(ひとわた)わたり見回して内道が聞いた。


「異論は? 異論のある人は?」


「内道ょ。 日取りはどうじゃ? 如何(いかが)致す? 既に決めておるのか?」


と、中道。


「はい」


「何時じゃ?」


「本年7月。 つまり今月。 土用の丑の日」


「なら、もうあと三日しかないのぅ」


「そぅです。 戦う時は、女切刀呪禁道(めぎと・じゅごんどう)の戦士にして魔王権現の氏子・・即ち我等・・つまり神の行(ぎょう)を行(ぎょう)ずる行者(ぎょうじゃ)・・その神の行者神通力最大発揮時刻の丑の刻。 よって決戦の日時は三日後の今月、土用の丑の日丑の刻。 故に、里人下山、及び護摩修法はその30分前開始。 丑の刻に入ると同時に護摩木点火。 それを合図に直ちに総員は配置に」


「ウム。 了解じゃ」


そう言って、中道がその場にいる者達全員の顔を見回して号令を掛けた。


「聞いての通りじゃ皆の者。 これより雪女成敗、並びに大重裏虚の準備に入る。 段取り決定まで各自自宅待機。 直ちに自宅にて身の回りの整理及び術の準備にかかれ。 孟是以下長老達はここに残れ、細かい段取りを打ち合わせねばならぬ」


「オォー!!


「オォー!!


「オォー!!


 ・・・


皆が一斉に気を吐いた。

そして、取り急ぎ自宅に戻った。











大重裏虚の準備のために・・・







つづく







#279 『戦闘服』の巻



「死頭火」


内道が呼びかけた。


「はい」


死頭火が返事をした。


ここは破瑠魔家・・・内道、死頭火夫婦の部屋。

いるのは、内道、死頭火、それに外道の3人。

内道、死頭火は立ったまま見つめあい、



(スャスャスャスャスャ・・・)



外道はべビィベッドの上で眠っている。


時は、緊急集会より既に二日経過後の決戦直前、子(ね)の日子の刻。

後2時間で日付は変わり、丑の日丑の刻となる。


内道、死頭火、外道の3人共、既に身支度は完了していた。


風の戦士・死頭火は、全身黒一色の羽織袴姿。

袴は、動き易い伊賀袴。


外道は純白の羽織袴を着せられている。

例え赤ん坊といえども戦闘服を身に纏(まと)わなければならない。

これは重裏虚の術を行なうに当たっての掟である。

よって、外道も羽織袴を着せられているのだ。

勿論、袴は伊賀袴だ。


最後に内道。

当然、羽織袴を纏(まと)っている。

それは死頭火達と全く同じだった。


だが、その色は・・・











青だった。







つづく







#280 『一瞬の静寂』の巻



(スゥ〜)



内道が両手を伸ばし、瞬(まばた)き一つせずに自分を見つめている死頭火の背中にそっと手を回した。



(グィッ)



死頭火の体を引き寄せた。



(ギュッ)



死頭火を抱きしめた。


内道の背中に両手を回しながら、死頭火はユックリと目を閉じた。

内道も死頭火を抱きしめている両手に力を込めながら、静かに目を閉じた。


二人とも一言も言葉を出そうとはしない。

ただ黙って抱きしめ合った。

それだけで充分だった。

今の二人に言葉は要らない。

ひたすら抱きしめ合う。

これが会話以上の会話だった。

それだけで互いに全ての思いが伝わった。

言葉は全く必要なかったのだ。

今の二人には。


そして時は止まった。


一つを残して。

一つだけを残して。


それは、



(ドックン、ドックン、ドックン、・・・)



お互いの胸の鼓動。

激しく胸の中で高鳴る心臓の鼓動。


内道が死頭火に寄せる熱い思い。

その思いに必死に応えようとする死頭火。


内道は知っていた。

今という時は二度とないという事を。

勿論、死頭火も知っている。

この瞬間は二度と戻らないという事を。


一瞬の静寂。


あるのは互いの高鳴る心臓の音・・・のみ。

しかし、それらが静寂を破る事はない。


だが、


無情にも時は動き出す。

高鳴る心臓の鼓動でも破れぬ静寂を破る音によって。



(ガサッ)



ベビィベッドから音がしたのだ。


外道が・・・











目を覚ましたのである。







つづく