#296 『大道の訓戒2』の巻



「大炎城結界は使(つこ)ぅてはならぬ。 決して使ぅてはならぬ。 もしもいつか、いつの日にかソナタが窮地に陥るような事が起こり、最早、大炎城結界を使わねばこれまでという時が来たとしても、堪(こら)えるのじゃ。 もう一踏ん張り堪えるのじゃ。 それでもダメな時じゃ、大炎城結界を使ぅのは。


つー、まー、りー、・・・


『駄目ーーー!! 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


な時じゃ、大炎城結界を使ぅのは。 じゃが、それには・・大炎城結界を使ぅには・・覚悟が必要じゃ」


ここで再び、大道は間を取った。

それから徐(おもむろ)に言った。


「善道ょ」


善道が返事をした。


「はい」


それを受け、大道が頷き続けた。


「ウム。 ソナタは純粋じゃ。 心根が優しい。 そのソナタが例へ如何(いか)なる理由があろうと大炎城結界を使い、例へそれがどのような相手であろうと、その人(にん)を焼き殺すような事になった暁には、終生ソナタはそれを悔(く)ゆる事になる。 これは間違いのない事じゃ」


「・・・」


善導は黙って聞いていた。

そんな善導に大道が呼び掛けた。


「善道ょ」


「はい」


「大炎城結界は封印せねばならぬ技じゃ。 決して人(ひと)が使ぅてはならぬ技じゃ。 ワシはそれを痛いほど思ひ知った。 だからこれをソナタに言ひ残して置く」


「言ひ残して置く?」


「あぁ」


「言ひ残して置くとは如何(どう)いふ意味じゃ? 兄ぢゃ?」


顔に不可解だという表情を浮かべ、善導が聞き返した。


だが、大道は何も言おうとせず、黙っていた。

ただ、善導の眼(め)を見つめて。

その眼を通して、あたかも善導の心の中を覗き込むかのように。


その大道の姿を見て、善導も黙った。

そして大道の眼を見つめ返した。

その眼を通して、まるで大道の思いを察(さっ)しようとでもするかのように。


「・・・」


「・・・」


二人は黙ったまま、暫(しばら)く見つめ合った。


その場に生まれた何とも言えぬ緊張感の所為(せい)だろうか?

二人とも息を止めている。


そしてこの後、大道の口にした思い掛けない言葉に、善導は飛び上がらんばかりに驚く事になる。


そぅ・・・


その時、大道は・・・











こう言ったのだ。







つづく







#297 『大道の訓戒3』の巻



「これよりワシは即身仏の行に入る」


と。


「ヌッ!? 即身仏!?


この大道が口にした思わぬ言葉に驚き、善導が大声を上げた。

静かに大道が繰り返した。


「そぅじゃ。 即身仏じゃ」


意表をつかれ、善導は取り乱した。


「な、何を申されるか、兄ぢゃ。 即身仏など以っての外じゃ。 兄ぢゃにはまだやらねばならぬ事があるではないか。 女切刀は、女切刀の里は如何(どう)するおつもりじゃ。 里はまだまだこれからじゃ。 男手が足らぬ、男手が足らぬのじゃ、兄ぢゃ。 ワシ達だけではとてもムリじゃ。


つー、まー、りー、・・・


『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


じゃ。 兄ぢゃに手伝(てつど)うてもらわねば・・・」


「否。 その必要はない。 ソナタなら大丈夫じゃ。 ソナタがおれば里は必ず元の通りになる。 ソナタにはその力がある。 ソナタは頭領の器じゃ。 生まれついての頭領の器じゃ。 ワシには分る、ワシにはそれが良ぅ分る。 故に案ずるな。 ワシがおらずともソナタなら必ず立派にやってのけるに相違ない。 そこで本題じゃ。 ソナタを呼んだのは外でもない。 善道。 頼みがある」


「・・・」


善道は黙っていた。


「ワシの最後をソナタに見届けて欲しい」


「・・・」


まだ、善道は黙ったままだ。


「弟にではなく、ワシと同じ炎の使い手に。 兄としてではなく、大炎城結界を使ぅた者として。 ワシはこれをソナタに頼みたい」


「兄ぢゃ!!


既に善道の眼はウルウルだ。


「ワシは供養がしたい。 供養がしたいのじゃ、善道。 あの日、あの時、ワシに付き従(したご)ぅた品井山 死孟(しないやま・しもう)他二十八名の者達の。 彼等は、死孟達は、このワシが殺してしもぅたようなものじゃ。 ワシに付き従ぅたばかりに彼等は死んだのじゃ。 だから彼等の供養がしたい。 それに加えてワシがこの手に掛けて殺したあの妖 玄丞(あやし・げんじょう)殿、並びに妖の衆。 そして・・・」


ここで大道は言葉に詰まった。


その大道の表情を見て善道は、


『ハッ!?


っとした。


兄・大道が涙を浮かべていたからだった。

かつて如何(いか)なる困難が有ろうとも、決して怯(ひる)む事なく立ち向かって行った屈強かつ豪胆な大道がだ。

あの不死身の妖 玄丞をさえ打ち倒した、達人・破瑠魔大道が人前で涙を見せたのである。


そぅ・・・


人前で涙を・・・











初めて・・・







つづく







#298 『大道の訓戒4』の巻



大道が続けた。


「・・・。 そして雪殿。 妖の姫御子・雪殿じゃ」


ここで大道の言葉が、再び切れた。

胸が詰まって言葉が出ないのだ。


善道は驚くと共に、如何(どう)対処して良い物か判断に迷った。

この始めて見る兄・大道の苦悶する姿。

それは善道にとって思いも掛けない事だった。


大道は何かを思い浮かべながら目を善道から逸らし、庵(いおり)の壁の一点を見つめていた。

しかし、

心は遠くを見ているようだった。

何かを思い出し、懐かしんでいるのは明らかだった。

暫らくその状態が続いた。

そして少し落ち着いたのだろう、大道が再び語り出した。


「美しいオナゴじゃった、雪殿は。 そしてそれ以上に心の清い人じゃった。 玄丞殿との戦いで傷つき川に落ち、死に掛けておったワシを自分の屋敷に運び込み手厚く看病してくれた。 それはまるで血肉を分けた親子・兄妹・夫婦がするような手厚い看病じゃった。 わしの命の恩人じゃ。 しかしそれだけではない。 雪殿はワシに好意を持ってくれた。 ワシを慈(いつく)しんでくれた。 そしてワシも雪殿に惚れた。 ワシも雪殿に恋慕したのじゃ、善道。 雪殿はワシに・・ワシに初めて・・生まれて初めて愛しいと思わせたオナゴじゃった。 その愛しいオナゴを、命の恩人である雪殿を、ワシは斬ったのじゃ。 ワシのこの手で斬ったのじゃ。 雪殿の首を刎ねたのじゃ。 軍駆馬での。 ソナタもいずれ抜く事になるであろうあの神剣・軍駆馬での。 ワシは雪殿を斬ったのじゃ」


「・・・」


善道は黙っていた。


だが、


善道は大道の話を聞いて黙っていた他に、黙っていた事がもう一つあった。










それは・・・







つづく







#299 『伝書』の巻



これはそれより3日前。

大道の伝書が善道に届いたその時の事である。



(ヒラヒラヒラヒラヒラ・・・)



『ヌッ!? これは伝書』


突然、目前に舞い落ちて来た紙を見て善道は思った。

すぐにそれを拾い上げて読んだ。

それは大道からだった。

大道の伝書の符術による物だった。


それにはこう書かれてあった。


『請願の文


 我、里を離れてより早六歳(はや・むとせ)。 今日唯今(こんにち・ただいま)千座の修法満行を迎へるなり。 如来加持力(にょらい・かじりき)に因るが故に我神君変化(わが・しんくん・へんげ)の誓願成就間近(せいがん・じょうじゅ・まぢか)なり。 よって冀(こいねがわ)くは我親愛なる実弟善道殿、忽(たちま)ちの内に我元参(わがもと・まい)られたく早漏 否 候。 居場所は重磐外裏(えばんげり)。 我等が小重裏虚(しょう・エリコ)成就せし所これなり。 取り急ぎ大道識』


と。


(注 : “請願” は本来目下の者から目上の者に対する言葉であるが、大道は既に出家し家督を善道に譲っていた。 よって一家の家長宛て故、敢えて請願の文字を使ったのである。・・・って誤魔化しては見たヶんどチョッとムリポ? かな?かな? ホンとは “請願” と “誓願” を掛けたかったのが本音でアリンス。 エッ、ヘ、ヘ、ヘ。 by コ・マ・ル)


これを読み善道は直感した。

兄・大道の身にただならぬ事が起こっていると。


善道はこの請願文の


『忽(たちま)ちの内に』



『我神君変化(わが・しんくん・へんげ)の誓願』


という部分に引っ掛かったのだ。


善道は直ちに旅支度を整えた。

事は一刻の猶予なし、そう感じたからだ。

善道は目的を告げず、ただ所要が出来たので暫らく里を離れるとのみ父・覚道、並びに主だった里人達に告げた。

そして速やかに旅立とうとした。











だが・・・







つづく







#300 『刃』の巻



善道は魔王権現大社内の下界への通路を下ろうとしていた。

すると、大社の中に安置されていた軍駆馬が目に入った。

それを見て善道は、ふと、軍駆馬が気になった。

その場で立ち止まった。

暫らくそのままジッと軍駆馬を見つめていた。


善道は通路を下るのを止め、



(ツカツカツカツカツカ・・・)



軍駆馬に近寄り、辺りを見回した。

誰もいなかった。

それを確認してから、



(スゥー)



軍駆馬に左手を伸ばし、



(ガチャ)



徐(おもむろ)に掴(つか)み上げ、



(スゥー)



今度は右手を上げ柄をつかみ、



(カチャ)



鯉口を切った。


そして、



(スゥーーー)



抜いた。

軍駆馬は簡単に抜けた。

いとも簡単に。


そぅ・・・


この時善道は、いとも簡単に神剣・軍駆馬を抜いたのだった。

しかし、そんな事は如何(どう)でも良かった。

善道にとって軍駆馬を抜いた抜けなかった等、全く問題ではなかったのだ。

軍駆馬を抜いたから如何(どう)。

抜けなかったら如何(いか)に。

善道はそんな事に頓着(とんちゃく)するような人間ではなかった。

これが善道の奥ゆかしさである。

そして善道のここを大道は評価していた。



(ギラン!!



妖しく光る神剣・軍駆馬。

その刃を善道はジッと見つめた。

何かを観察しているようだった。


暫らくそのまま観察していた。

だが、不審な点でも有ったのだろうか?

善道が首を捻(ひね)った。

軍駆馬の刃をジッと見つめたまま、真剣に何か考え込んでいる。

顔に不可解だという表情を浮かべて。


実はその時、善道はこう思っていたのだ。


『奇妙じゃ。 この太刀で兄ぢゃが妖の姫御子を斬ったと聞いておる。 じゃが、この太刀には人を斬った跡が見られぬ。 否、それどころか刃こぼれ一つ見当たらぬ。 如何(いか)に神剣とは言へ妙じゃ。 兄ぢゃは真(まっこと)この太刀で妖の姫御子を斬ったのじゃろうか?』


と。


だが、善道には時間がなかった。

それを覚道達に問い質(ただ)している時間が。


今、こうしている間(あいだ)にも大道の身に迫っている見えない何かかが気掛かりだった。


『父上達に聞いておる間(ま)はない。 直(じか)に兄ぢゃに聞くのが一番じゃ』


そう思い直した。

そして、軍駆馬を元に戻し先を急いだ。

目指すは大道の居所(きょしょ)、重磐外裏庵(えばんげり・あん)。


単身、善道は走った。

走りに走った。


そして3日と掛からず到着した。

大道の待つ重磐外裏庵に。


しかしその間(かん)、善道にはズッと気に掛かっている事が二つあった。


その一つは、

それが何かは分からないが、間違いなく、今、兄大道の身に起こっている異変。


そして二つ目。

それは、人を切った筈なのに刃こぼれ一つない神剣・軍駆馬の・・・











事だった。







つづく