#301 『妙な事』の巻



善道は黙っていた。


ここへ・・この重磐外裏庵へ・・この大道の住む重磐外裏庵へ来る直前、神剣・軍駆馬を抜いたという事を。

そしてその時、軍駆馬の刃(やいば)をジックリと調べたという事を。

それを善道は黙っていた。


その上で大道に聞いた。


「兄ぢゃ。 一つ聞きたい事がある」


大道が聞き返した。


「何じゃ?」


「兄ぢゃは、真(まっこと)妖の姫御子をお斬りになったのか?」


「あぁ、斬った」


「間違いのぅ軍駆馬でか?」


「無論、そうじゃ」


「それをハッキリ断言出来るか?」


「勿論じゃ」


「なら、斬った後(のち)。 軍駆馬を研(と)いだか?」


「否。 油は打ったが研いではおらぬ」


「フーン。 研いではおらぬのか」


「ナゼそのような事を聞く?」


「否、何・・・。 少し聞いてみたまでじゃ。 そうか、研いではおらぬのか・・・」


「あぁ。 研いではおらぬ。 じゃが、何じゃ? 何か不審な点でもあるのか?」


「い、否。 いい。 何もない。 気にせんでくれ」


「そうか」


「・・・」


善道は黙った。

疑問は晴れなかった。

軍駆馬は本当に、妖の姫御子を斬っているのかという疑問は。


だが、兄・大道が自分の目の前でキッパリ斬ったと言い切ったのでそれで良しとしようと思った。

不承不承(ふしょうぶしょう)ではあったがそれでこの疑問に終止符を打つ事にした。

それは、それ以上の新たな疑問が浮かび上がって来たからだった。

ナゼ大道が即身仏に成らねば成らぬのか、ナゼそこまでしなければ成らないのかという新たな疑問が。


そんな善道の姿を見て大道がボソッと呟(つぶや)いた。











「妙な事を聞くヤツじゃ」







つづく







#302 『訳(わけ)』の巻



「兄ぢゃ」


善道が大道に話し掛けた。


「何じゃ?」


大道が聞き返した。


「何故(なぜ)じゃ? 何故、即身仏でなければならぬ? 供養なら何も即身仏とならずとも出来る筈じゃ。 他に方法はいくらでもあ・・・」


善道がここまで言った時、これを制して、


「ない」


大道がキッパリとそう言い切った。


「・・・」


言葉を途中で遮(さえぎ)られ、善道は驚いたという表情をして言い掛けたまま黙った。


その善道の眼(め)をジッと見据えて大道が言った。


「ワシが即身仏となるのはの、善道。 申した通り供養のため。 じゃが、それだけではない。 他にも訳があるのじゃ」


「訳!?


「そうじゃ。 他にも訳があるのじゃ」


「それは? その訳とは・・・?」


不思議そうに問い掛けてくる善道に対し、大道が続けた。











「その訳とはの・・・」







つづく







#303 『大道の本懐』の巻



「因縁切りじゃ」


大道が言った。


「因縁切り?」


善道が聞き返した。


「そぅじゃ。 因縁切りじゃ」


「何の?」


「我等、破瑠魔と妖の因縁じゃ」


「破瑠魔と妖の?」


「そぅじゃ。 破瑠魔と妖のじゃ。 ソナタは我等、破瑠魔と妖の因縁譚(いんねん・たん)を親父殿(おやじどの)から聞いてはおらぬのか?」


「否、何も」


「そぅか。 聞いてはおらぬのか。 ならば聞かせてやろう。 我等、破瑠魔と妖の因縁譚を」


そう言って、大道がユックリと破瑠魔と妖の因縁話を語り始めた。


先ず、破瑠魔と妖は同属の先祖を持つという所から始めて、一千年前の破瑠魔人道と妖の女・蛮娘(ばんじょう)の悲話。


次に、人道と無道の戦い。


その無道に唆(そそのか)され魔王権現女神像を、妖が盗み出した件。

そのため破瑠魔にはその女神像の写し絵しか存在していない事。

しかし、ナゼかその写し絵は魔王明神とは似ても似つかぬ事。

(これは蛮娘の一件以後、女神像の顔がすっかり変わってしまったのだが、大道達はそんな恐ろしい出来事があったなど全く預かり知らなかったためである)

妖が破瑠魔の追手(おって)から逃れるため、既に妖の名を捨てていた事。

妖 玄丞から聞いた玄丞不死身の理由、並びにその娘、妖の姫御子・雪出生の秘密。

その妖の姫御子・雪、並びに女神像手にする箱、加えてそれらと共に妖を討てという魔王権現の神託。

妖 玄丞邸における雪との戦い。

そこで雪が始めて見せた大技・飛行薬叉(ひこう・やしゃ)の術。

雪が飛んで逃げた魔王明神本殿での信じられない出来事。

その本殿出火からの脱出。


そしてその最後に、大道が使った秘技・大炎城結界の事。


大道はこれらを掻(か)い摘(つま)んで善道に話して聞かせた。

それら全てを善道は黙って聞いていた。


最後に大道は、


「ワシは、今申したこれら全てに決着を付けたいのじゃ。 ワシに付き従ぅて命を失のぅた品井山 死孟、他二十八名。 それにワシがこの手に掛けた妖 玄丞殿、雪殿、妖の衆。 加えて我等、破瑠魔と妖の因縁。 これら全てに決着を付けたいのじゃ。 無論、ワシ一人がどうこうしたからと言ぅて決着が付くとは申さぬ。 じゃが、ワシはそれをせねばならぬ。 せねばならぬのじゃ、善道。 既にこれがワシの本懐なのじゃ。 誰が何と言ほうとワシの決心は変わる事はない。 決して変わる事はないのじゃ」


と、付け加えた。











念を押すように・・・







つづく







#304 『揺るぎない覚悟』の巻



大道が全てを語り終わった。


ここで初めて、それまで黙って聞いていた善道が口を開いた。


「ならば兄ぢゃ。 くどいようじゃが、再度聞く。 兄ぢゃは最早、即身仏の行を止めるおつもりはないのじゃな?」


「あぁ、ない。 そのためにソナタを呼んだ」


善道は大道の眼(め)をジッと見つめた。

大道も目を逸らす事なく善道の視線を受け止めた。


「・・・」


「・・・」


二人は、そのまま暫らく見つめ合った。


善道は思った。


『ナンと清清(すがすが)しい眼(め)じゃ。 最早、説得の余地などない。 兄ぢゃの決心が変わる事はない』


その時善道は、兄・大道の揺るぎない覚悟をその眼を通して思い知ったのだった。


「ウム」


善道が頷いた。

それは全てを得心した事から起こった自然な反応だった。

善道はそれまで組んでいた胡座(あぐら)から正座に足を組替えた。

そのままジッと大道の眼を見つめた。

そして庵の床に両手を着いた。

大道から眼を切り、深々と頭を下げた。

そしてこう言った。


「兄ぢゃのご入定(にゅじょう)、この善道確(しか)と見届けさせて頂き申す」


たったこれだけではあったが、この一連の善道の動き、その流れるような仕種、振る舞いを見て大道は改めてこう思った。


『ウム。 これぞ正に頭領。 此(こ)は正に棟梁の器ぞ』


大道も又、足を胡座から正座に組替えた。

善道同様、両手を床に着けた。

善道に対し深々と頭を下げた。


そしてこう言った。


「お頼み申す」


ここまでが、内道の知っている善道の手記に克明に記されていた大道と善道の最後のやり取りの・・・











あらましである。







つづく







#305 『一瞬の・・・』の巻



「哀れなヤツ」


内道がポツリとそう言ったのは、雪女が元の冷静さを取り戻した直後だった。

それは反射的に口を突いて出た言葉だった。


だが、


この時内道は、そうとは気付かぬ内に決定的な過ちを犯していた。

戦士が決して犯してはならない過ちを。


即ち、内道は雪女を不憫(ふびん)に思っていたのだ。

つまり内道は、雪女の境遇に僅(わず)かではあるが同情していたのである。

これから死闘を演ずる事になる相手に、ホンのチョッと同情してしまっていたのである。

そのホンのチョッとが命取りになるとも気付かずに。


「・・・」


雪女は黙っていた。

だが直に、



(ニヤッ!!



笑った。


そして、下目使いに内道を見下し含み笑いを浮かべてこう言った。

それも余裕のヨッチャンこいて。


「フフフフフ・・・。 ソチの負けじゃ」


と。


「ン!? 負け?」


内道が反応した。


「あぁ、そうじゃ。 ソチの負けじゃ」


「・・・」


内道は意味がわからず黙っていた。

それを無視して雪女が続けた。


「最早、ソチはこのワラワには勝てぬ」


「そんな事は、やってみなければ分らないだろう」


「いいや。 やらずとも勝負は付いた。 ソチの負けじゃ。 例えソチがどれほどの者であろうと関係ない。 今のソチではどう足掻(あが)いてもこのワラワには勝てぬ」


雪女は見逃さなかったのだ。

内道の一瞬の気の緩みを。


自分に対する同情心から起こった内道の・・・


一瞬の・・・











気の緩みを。







つづく