#349 『後僅(あと・わず)か!?』の巻



(サッ!!



雪女が大きく右手を振り上げた。

軍駆馬(いくさかりば)を手刀で叩き落とそうというのだ。


そしてそのまま、



(ヒューン!!



一気に振り下ろした。


だが、



(ズブッ!!



一瞬、外道が早かった。


「ヒグァー!!


雪女が悲鳴を上げ、上体を勢い良く反らせた。


その結果、外道が軍駆馬を手から放した。

否、

手放さなければならなかった。

雪女の激しい動きに弾き飛ばされたのだ。


「キィィィィィーーー!! リィィィィィーーー!!


軍駆馬を両手で抜こうとガッチリ掴みながらも、嬌声を上げながら体を上下左右に振って苦しみもがく雪女。

その余りの苦しさに顔が醜く歪んでいる。


しかし、


残念ながら今の外道の力では突きが弱い。

無理も無い。

外道はまだ子供だ。

それも幼子。



(グラグラグラ・・・)



雪女の動き回る勢いの激しさに、軍駆馬が今にも抜けそうだ。


もしこれが抜けたら、如何(いか)にサラブレットとはいえ今の外道では話にならない。

到底、雪女の敵ではない。

一瞬にして殺されるのが落ち。



(グラグラグラ・・・)



ァ、アァー!?


もうダメだー!?


軍駆馬が抜ける!? 抜けそうだー!?


もうホンの後僅(あと・わず)か!?


もう後ホンの僅かで軍駆馬が抜けそうだー!?



(ゴクッ!!


(ゴクッ!!


(ゴクッ!!


 ・・・


13人の戦士達が固唾(かたず)を飲んだ。


軍駆馬が抜け落ちたら、もう外道に後はない。

そして、それにはもう後ホンの僅か。


だが・・・











その時・・・







つづく







#350 『外道に・・・』の巻



それは男の声だった・・・


そぅ、男の声だった・・・間違い無く。


その時、声がしたのだ、ハッキリと。


「飛べ!!


と、一言・・一言だけ・・男の声で・・ハッキリと。


それは・・・


平板で、重厚で、無感情。

だが、

厳(おごそ)かで、神聖で、どこまでも威厳のある、かつて聞いた事もないような声だった。


その声は確かにこう告げた。


「飛べ!!


と、一言。


外道に・・・











だけ。







つづく







#351 『声に』の巻



外道が飛んだ!!


自ら意識してではなく。


それは自ら意識してそうしたのではなく、聞こえた声に操られての事だった。

外道にのみ聞こえた声に操られての事だった。

その声が聞こえたと同時に、独(ひとり)りでに外道の体がそれに反応していた。

そぅ、

外道はジャンプしたのだ。

まるで紐にではなく、声に操られるマリオネットのように。

そして、

ジャンプした先にあったのは軍駆馬の柄のエッジ部分、即ち、頭(かしら)。

そこを目掛け右肩から・・思いっきりジャンプを・・外道が。



(ドコッ!!



外道が右肩から軍駆馬の柄頭(つか・がしら)に体当たりした。

その姿は、プロレスやアメフトの試合で良く見るショルダータックルを思わせた。


その外道のショルダータックルをもろに受け、



(ズブッ!!



軍駆馬が雪女の胸を貫通した。


「ヒグァー!!


絶叫する雪女。

これは痛い。

雪女の全身に激痛が走る。


だが、


それは外道も同じだった。

まだ体の出来上がっていない外道が、鉄の塊に体当たりしたのだ。

痛くない訳がない。

その場に両膝を突き、蹲(うずくま)った。

顔を真正面から雪面に突っ込み、左手で右肩を抑え、歯を食い縛って外道が痛みを堪(こら)えている。


『痛いー!!


外道の心の声だ。

幸い、骨に異常はなかった。

骨折もしていなければ脱臼もしていない。

しかし、

その痛みたるや半端ではない。



(プルプルプルプルプル・・・)



外道の全身が小刻みに震えている。

そうやって激痛に耐えているのだ。


外道は今・・・


もろに雪面に顔を突っ込み、息も出来ずに歯を食い縛り、小刻みに体を震わせながらその痛みに耐えている。











必死の形相で・・・







つづく







#352 『天才』の巻



雪女は・・・


天才だった。

間違いなく天才だった。

その天才が既に学習済みの事実が一つある。


それは・・・


コレだ!?


『一旦、体を気化すれば軍駆馬から逃れられるのみならず、ダメージを受けている分子を排除して苦痛から解放される』


この事実だ!?


「キィィィィィー!! リィィィィィー!!


雪女の悲鳴は続いている。


だが、


突然、吹雪が止(や)んだ。


そぅ、

雪女が激痛に喘(あえ)ぎながらも直ちに行動を開始したのだ。

軍駆馬から逃れるための行動を。

自らが起こしている吹雪を止(と)めるという。


今、

季節は夏。

深夜とはいえ真夏日、それも熱帯夜。

吹雪が止(や)みさえすれば、一気に気温は上昇する。

雪女が気化するのに充分な温度まで。



(ピキピキピキピキピキ・・・)



雪女が自らの体を氷に変え始めた。











気化するために・・・







つづく







#353 『2度目の出来事』の巻



それは・・・


2度目の出来事だった。


どこからともなく、それは起こった。


「我を掴(つか)みて慈救咒(じくじゅ) を上げよ」


声だ!?


例の声だ!?


それが再び外道の耳に聞こえたのだ。

例の外道にだけ語り掛ける声が。


だが、


外道は動けない。

今尚(いまなお)、先ほどの激痛に耐えている。

両膝を雪面に突き、蹲(うずくま)り、もろに雪の中に顔を突っ込み、左手で右肩を押さえ、息も出来ずに痛みを堪(こら)えている。



(プルプルプルプルプル・・・)



外道の体が小刻みに震えている。

その姿を見れば必死に痛みを堪えているのがハッキリと分る。


今の外道に出来る事は唯一つ。

必死に歯を食い縛り、声なき声を上げる事。

ただ、それだけ。


『痛いー!!


と、一言、声なき声を上げる事だけだったのだ。

今の外道に出来る事は。


それも、


必死に歯を食い縛り・・・











痛みに耐えながら。







つづく







#354 『結晶化』の巻



それは・・・


つま先から始まった。

雪女のつま先から。



(ピキピキピキピキピキ・・・)



雪女の体が徐々に氷の結晶に変わって行く。


しかし外道は動けない。

動きたくても動けない。


その間も、



(ピキピキピキピキピキ・・・)



雪女の結晶化は進む。


雪女が完全に氷の結晶と成ってからでは遅い。

気化が開始されてしまうからだ。


それでもまだ、外道は動けない。



(ピキピキピキピキピキ・・・)



既に、雪女の下半身が完全に結晶化した。


残り時間は後僅(あと・わず)か・・・


しかし、まだ外道は動けない。


さぁ、どうする外道?


雪女が結晶化してからでは遅いゾー!?


さぁ、どうするんだ外道ー!?


だが・・・











その時・・・







つづく







#355 『急げ!!』の巻



それは・・・


三度(みたび)起こった。


「急げ!!


声だ!?


あの声だ!?



(サッ!!



外道が顔を上げた。

声に反応して。


だが、


顔が引き攣っている。

必死に痛みを堪(こら)えているのだ。

軍駆馬にぶち当たった時の激痛を・・・まだ。


しかし、


今はそんな事を言ってはいられない。

そんな悠長な事を言ってはいられないのだ、今は。

外道もそれを良く承知していた。


そして、


外道が苦痛に喘(あえ)ぎながらも何とか立ち上がった。

そのまま温度の急上昇で溶け始め掛けている雪の上を、



(ヨタヨタヨタ・・・)



覚束(おぼつか)ない足取りで雪女に近付いた。

右腕はまだ、力が入らずダラリと垂れ下がったままだ。

左手でその力の入らない右肩を抑えている。

顔は相変わらず苦悶の表情。

歯を食い縛って痛みに耐えている。


その状態のまま、



(ヨタヨタヨタ・・・)



外道が雪女の目前、後ホンの2、3歩で懐(ふところ)に入るという所まで歩み寄った。



(キッ!!



外道が雪女を睨(にら)み付けた。


一方、



(ピキピキピキピキピキ・・・)



雪女の結晶化は既に首の近くまで進んでいた。

左腕は完全に結晶化している。

残すは右腕と首から上のみ。



(ギン!!



雪女が近付いてくる外道を睨み返した。

雪女は雪女で必死だ。

軍駆馬で傷付いた上、更に体を結晶化しているのだから。

そのエネルギーの消耗たるや想像を絶するものがある。

この軍駆馬による負傷、及び体の結晶化、加えてそれらによる多大なエネルギーの消耗。

これが禍(わざわい)して、今、雪女は全くと言って良いほど身動きが取れない。


そぅ、


雪女は今、殆(ほとん)ど体の自由が利かないのだ。


そこへ、



(ヨタヨタヨタ・・・)



外道が覚束ない足取りで近寄って来た。











そして・・・







つづく