#355 『急げ』の巻



それは・・・


三度(みたび)起こった。


「急げ!!


声だ!?


あの声だ!?



(サッ!!



外道が顔を上げた。

声に反応して。


だが、


顔が引き攣っている。

必死に痛みを堪(こら)えているのだ。

軍駆馬にぶち当たった時の激痛を・・・まだ。


しかし、


今はそんな事を言ってはいられない。

そんな悠長な事を言ってはいられないのだ、今は。

外道もそれを良く承知していた。


そして、


外道が苦痛に喘(あえ)ぎながらも何とか立ち上がった。

そのまま温度の急上昇で溶け始め掛けている雪の上を、



(ヨタヨタヨタ・・・)



覚束(おぼつか)ない足取りで雪女に近付いた。

右腕はまだ、力が入らずダラリと垂れ下がったままだ。

左手でその力の入らない右肩を抑えている。

顔は相変わらず苦悶の表情。

歯を食い縛って痛みに耐えている。


その状態のまま、



(ヨタヨタヨタ・・・)



外道が雪女の目前、後ホンの2、3歩で懐(ふところ)に入るという所まで歩み寄った。



(キッ!!



外道が雪女を睨(にら)み付けた。


一方、



(ピキピキピキピキピキ・・・)



雪女の結晶化は既に首の近くまで進んでいた。

左腕は完全に結晶化している。

残すは右腕と首から上のみ。



(ギン!!



雪女が近付いてくる外道を睨み返した。

雪女は雪女で必死だ。

軍駆馬で傷付いた上、更に体を結晶化しているのだから。

そのエネルギーの消耗たるや想像を絶するものがある。

この軍駆馬による負傷、及び体の結晶化、加えてそれらによる多大なエネルギーの消耗。

これが禍(わざわい)して、今、雪女は全くと言って良いほど身動きが取れない。


そぅ、


雪女は今、殆(ほとん)ど体の自由が利かないのだ。


そこへ、



(ヨタヨタヨタ・・・)



外道が覚束ない足取りで近寄って来た。











そして・・・







つづく







#356 『命令に従って』の巻



(グィッ!!



外道が左手で軍駆馬の柄を掴(つか)んだ。



(ギン!!



雪女が更に形相を険しくし、外道を睨み付けた。


「ヌッ!? な、何をする気じゃ、外道?」


その雪女を、



(キッ!!



睨み返して外道が口を開いた。

だが、それは雪女に答えてではなかった。


外道はこう言ったのだ・・・その時。


「ノウマク サンマンダ バサラダン センダマカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン ・・・」 


と。


そぅ・・・


外道は慈救咒真言(じくじゅ・しんごん)を上げ始めたのである。 (#15 『不動明王と倶利迦羅竜王』の巻 http://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/437731/noveldataid/3047671/ 参照)











声の命令に従って・・・







つづく







#357 『慈救咒真言』の巻



中道は思った。


『ヌッ!? 様子が変じゃ。 外道が慈救咒を・・・慈救咒真言を上げておる』


13人の戦士達も皆、訳が分からず不可解だった。


『慈救咒だ!?


『外道様が・・・慈救咒を?』


『ナゼ、慈救咒を?』


 ・・・


と。


中道及び13人の戦士達が不思議そうに見守る中、


「ノウマク サンマンダ バサラダン センダマカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン ・・・」


外道はボーイソプラノの甲高(かんだか)い声で慈救咒真言を上げ続けた。


軍駆馬の柄を・・・


確(しっか)と・・・











握り締めて。







つづく







#358 『正に鬼の形相で』の巻



瞬間・・・



(ピカッ!!



神剣・軍駆馬が光る。


「ヒグァー!!


雪女が悲鳴を上げた。

そして髪を逆立て、眉間に皺を寄せ、外道を睨み付け、凄まじい顔付きで、雪女がまだ結晶化していない右手で外道の左肩を掴み・・・叫んだ。

正に鬼の形相で。


「おのれ外道ー!! 何をしたー!?


雪女が、外道の肩を掴んでいる右手の指を氷柱に変えた。

それが外道の左肩に食い込んだ。



(タラ〜)



そこから血が流れ始めた。


同時に、外道の顔が益々歪む。


『痛いー!!


痛みを堪えているのだ・・・必死の思いで。


だが、


外道は止めない。

止めようとはしない。


当然だ!!


止める訳がない。

これは遊びではない。

命を懸けた戦いなのだ・・幼子・外道としてではなく戦士・破瑠魔外道として・・親の敵との。

それも差しでの。


外道は、



(キッ!!



雪女の眼(め)を下から見上げ睨み付けたまま、


「ノウマク サンマンダ バサラダン センダマカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン。 ・・・」


慈救咒真言を上げ続けた。

両肩の激痛に耐えながらも。











すると・・・







つづく







#359 『新たな焼き入れ?』の巻



再び・・・



(ピカッ!!



軍駆馬が光った。


「ヒグァー!!


同時に雪女が顔を醜く歪め、苦悶の表情浮かべ、絶叫した。


「ノウマク サンマンダ バサラダン センダマカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン。 ・・・」


慈救咒を上げる外道の声が一層大きくなった。

外道も必死だ。

最早、両肩の痛みなど構ってはいられない。


突然、



(ジジジジジ・・・)



音を立てて刃(やいば)が・・軍駆馬の刃が・・それまでの暗く冷たい鋼(はがね)色から鮮やかなオレンジ色に変わり始めた。

あたかも雪女の胸を貫通したまま、新に焼入れが始まりでもしたかのように。


同時に、



(モァモァモァモァモァ・・・)



空間が歪む、軍駆馬を中心としたその周りの空間が。

まるで真夏の蜃気楼の様に。



(ジージージージージージー・・・)



より一層大きな音を上げ軍駆馬の擬似(ぎじ)焼入れは進む。

みるみる温度は上がり、刃のオレンジ色が白っぽくなる。



(ゴゴゴゴゴ・・・)



終に刃の色は・・軍駆馬の刃の色は・・白光色となる。


瞬間、



(ピカーーー!!



刃は輝き、辺りを照らす。

中天に眩(まばゆ)い太陽のように。


終に・・・


神剣・軍駆馬・・焼き入れ・・完了・・か?











その時・・・







つづく







#360 『一体何が?』の巻



(ドロドロドロドロドロ・・・)



よく見なければ気が付かないほどユックリではあるが、雪女の体が溶け始めた。


気化が始まったのか?


否、違う。


蒸気が上がってはいない。

ただ溶けているだけだ。


この異変は一体何だ?


な、何が起こっているんだ・・・雪女に?


雪女の体に一体・・・











何が!?







つづく