#366 『ならぬ死頭火!!』の巻
「な、ならぬ死頭火!! そ、それをやってはならぬ!!」
中道が死頭火に向かって叫んだ。
声を大にして叫んだ。
我が身の危険を顧みる事なく。
雪女にその存在を知られてしまう危険を顧みる事なく。
最早中道、雪女の事など眼中に全くなし。
有るのはただ、死頭火の身を案ずる一念のみ。
中道は死頭火に駆け寄りたかった。
しかし、出来なかった。
先ほど死頭火に突き飛ばされた時、魔王権現大社の階段にしたたか体を打ち付けていたからだ。
加えて吹雪による寒さで全身が硬直し、死頭火同様体に殆(ほと)んど力が入らない所為(せい)もあった。
「ならぬ死頭火!! その体でそれをやってはならぬ!!」
だから言葉を掛けるのが精一杯だった。
ただ、それだけだった。
今の中道に出来る事といえば。
一方外道は、声変わり前の甲高いボーイソプラノで叫び続けている。
「かー様!! かー様!! かー様!! 金剛秘密主・阿尾捨の法って何ー? 金剛秘密主・阿尾捨の法って何ー? 金剛秘密主・阿尾捨の法って何ー? かー様!! かー様!! かー様!! ・・・ 」
と。
だが、
外道の必死の叫び空しく、それはただ、辺りに響き渡るだけだった。
ところが・・・
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つづく
#367 『根本印と根本陀羅尼』の巻
突然・・・
外道の背後に人が立った。
そしてその右手で外道のダランと垂れ下がった右手を、その左手で外道の軍駆馬の柄(つか)を掴(つか)んでいる左手を優しく包むようにして取った。
その手に導かれ、外道は軍駆馬の柄から手を離した。
その手は外道に金剛秘密主根本印(こんごうひみつしゅ・こんぽんいん)を結ばせた。
そして背後から外道の耳元で金剛秘密主根本陀羅尼(こんごうひみつしゅ・こんぽん・だらに)を上げ始めた。
上品で、優雅で、美しい声で。
外道の良く知っている声で。
声の主は・・・死頭火だった。
死頭火が、美しく、済んだ、良く通る声で金剛秘密主根本陀羅尼を唱えている。
「ЩЭ%$#♪★?£ё・・・」
という、根本陀羅尼を。
“金剛秘密主の根本印と根本陀羅尼”
今、死頭火はその最後の力を振り絞って我が子外道に “秘術・金剛秘密主・阿尾捨の法” を伝授しているのだ。
死頭火は唱えた、根本陀羅尼を。
「ЩЭ%$#♪★?£ё・・・」
と。
外道も死頭火に合わせて根本陀羅尼を唱和し始めた。
「ЩЭ%$#♪★?£ё・・・」
と。
始めは覚束(おぼつか)ない口調だった。
しかし、徐々に正しく唱えられるようになった。
そして今、
「ЩЭ%$#♪★?£ё・・・」
「ЩЭ%$#♪★?£ё・・・」
破瑠魔死頭火、外道親子が金剛秘密主根本陀羅尼を一心不乱に唱和している。
外道は雪女の眼(め)を下から見上げ睨み付けたまま、左肩には雪女の指先が食い込んでいるために起こる激痛を、右肩にも相変わらずの痛みを感じながら、それでも必死にそれに耐え、両手で金剛秘密主根本印を組んでいる。
死頭火は、その根本印を組んでいる外道の手を両手でソッと優しく包んでいる。
暫らくその状態が続いた。
死頭火は思った。
もう外道一人でも大丈夫だと。
「フッ」
死頭火が満足そうに笑った。
そしてそれを最後に、
(スゥー)
死頭火の姿がヒッソリとその場から消え去った。
まるでそれが蜻蛉(かげろう)ででもあったかのように。
ヒッソリと・・その場から・・死頭火に 否 静かに。
それと同時に・・・
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つづく
#368 『現身(うつしみ)の術』の巻
黒くて細長い布が、
(パサッ)
外道の足元に舞い落ちた。
それは・・・鉢巻だった。
しかも黒い。
それは死頭火の鉢巻だったのだ・・・黒い。
死頭火は最後の力を振り絞り、現身(うつしみ)の術を使っていたのだ。(注:“現身”は本来『うつせみ』と読みます。『うつしみ』と読むのは作者の当て字です)
死頭火は外道に阿尾捨の法を伝えるためその最後の力を振り絞り、うつ伏せのままではあったがそれまで頭に巻いていた黒い鉢巻をほどき、それに念を込めて自らの “分身” に変え、そして外道の元へと飛ばしたのだった。
これが現身の術だ。
そして術の終了と同時に、それは元の鉢巻に戻り外道の足元に舞い落ちた。
『パサッ』
っと、音を上げて外道の足元に・・・今。
その瞬間、
(ガクッ!!)
死頭火の体から力が抜けた。
呼吸も止まった。
加えて、脈も。
死頭火は死んだ・・・静かに。
顔に満足そうに笑みを浮かべて。
最後の最後に外道の成長を見届ける事が出来た安心感からだろう、実に安らかな死顔(しにがお)で。
「クッ!? し、死頭火ー!!」
それを見て声を詰まらせ、目に涙を浮かべ、中道が息絶えた死頭火の名を叫んだ。
最早、二度と動く事のない死頭火の名を叫んだ。
目に涙を浮かべ、中道は力の限り叫んだ。
「死頭火ー!! 死頭火ー!! 死頭火ー!! ・・・」
と。
そぅ・・・
最後に死頭火は残る力全てを振り絞り、自らの命と引き換えに我が子外道に秘術・金剛秘密主・阿尾捨の法を伝えたのである。
時に破瑠魔死頭火、享年28歳。
その余りにも早過ぎる・・・
死であった。
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つづく
#369 『信じられない光景が』の巻
「キィィィィィー!! リィィィィィー!!」
雪女は七転八倒の苦しみを味わいながら絶叫していた。
(ドロドロドロドロドロ・・・)
体の溶解もユックリとではあったが、しかし確実に進行している。
そして軍駆馬の高温化により、最早、体の結晶化は出来なくなっていた。
否、むしろこれ以上結晶化を続けていると取り返しが付かなくなる危険性があった。
気化させる事が出来ずに、体が解けてしまうという。
雪女は、気化から肉体を再構成する事は既に学習済み。
しかし現段階ではまだ、妖怪 否 溶解から元に戻る事を経験してはいない。
従って、如何(いか)に類稀なる能力を有する雪女とはいえ、この状況下ではまだ、未経験の事は行いたくなかったのだ。
外道と死闘を演じているこの状況下では・・未経験の事は・・まだ。
よって、雪女は結晶化を止めた。
その所為(せい)か?
「ヒグァー!!」
再び雪女の体にこれまで以上の激痛が走った。
だが、倒れない。
必死で踏ん張って軍駆馬を引き抜こうともがいている。
外道も外道で、未(いま)だ癒えぬ両肩の激痛に耐えながら歯を食い縛り、
(キッ!!)
雪女の目を下から見上げ睨み付けたまま、手に秘密主根本印、口に、
「ЩЭ%$#♪★?£ё・・・」
秘密主根本陀羅尼を唱え続けている。
その外道の上体は既に血塗れだ。
着ている白い戦闘服が真っ赤に染まっている。
左肩から流れ続けている鮮血で。
もし、外道の左肩に食い込んでいるのが冷たい氷柱でなければ、その出血量たるや計り知れない物があっただろう。
恐らく、幼子なら意識が遠くなっても不思議でないほどだったに違いない。
しかし、実際の出血量は外道が意識を失うほどではなかった。
血液の凝固作用に加え、氷柱の冷たさが止血の役目を果していたのかも知れない。
更に、サラブレット外道の恐ろしいまでの自然治癒能力もこれに加わっていた。
そして、
両手で印を組んでいる以上、外道は軍駆馬の柄を握ってはいない。
雪女も又、外道の左肩を掴んだ指は崩れ落ち、既に外道から手を放している。
今、
雪女と外道。
外道と雪女。
その距離、大凡(おおよそ)2メートル。
雪女が一歩、二歩外道に近付いた。
激痛に顔を歪め、荒い息で怒鳴り散らした。
「ハァハァハァハァハァ・・・。 おのれおのれおのれ、ワッパー!! 小賢(こざか)しい真似をー!! ハァハァハァハァハァ・・・」
そして醜く顔を歪めたまま、
(ギン!!)
改めて外道を睨み付けた。
だが、
その瞬間、
『ハッ!?』
雪女は驚愕(きょうがく)した。
前に・・目の前に・・自分の目の前に・・今の今まで確かにいた筈の外道の姿が忽然として消えてなくなり、その代わりに、雪女の眼前に信じられない光景が浮かび上がって来たからである。
そぅ・・・
信じられない光景が・・・
雪女の眼前に・・・
驚愕するほどの。
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つづく
#370 『大道が・・・』の巻
大道が・・・
あの破瑠魔大道が・・疾(と)っくの昔に死んだ筈の、あの破瑠魔大道が立っていたのだ・・雪女の眼前に。
雪女がかつてただ一人思いを寄せた、あの破瑠魔大道その人が・・外道の代わりに・・そこに・・雪女の眼前に・・立っていたのである。
「おのれ大道ー!! 化けて出おったかぁ!! ハァハァハァハァハァ・・・」
有らん限りの怒りを込め、憎しみを込め、恨みを込め、雪女が叫んだ。
荒い呼吸と共に。
「ハァハァハァハァハァ・・・。 ここで逢(お)ぅたが百年目。 ワラワの恨み、この恨み、今こそ晴らしてくれよーぞ!! 覚悟するのじゃ、大道ー!! ハァハァハァハァハァ・・・」
もう一度叫んだ。
だが、大道は顔色一つ変えない。
悲しい面持(おももち)でジッと雪女の眼(め)を見つめたまま立っている。
そんな大道に雪女が又しても罵声を浴びせ掛けた。
「クッ!? よくもよくもよくも、我が父・玄丞をー、里人をー、一族をー!! この人非人がー!! ハァハァハァハァハァ・・・」
平然とこれを受け止め、悲しい眼差しで変わり果てた妖の姫御子・雪の醜く歪んだ顔をジッと見つめ、大道が静かに口を開いた。
「雪殿。 止めるのじゃ。 もぅ、止めるのじゃ」
「ヌッ!? なぁ〜にをホザクかぁ。 ハァハァハァハァハァ・・・」
「聞くのじゃ、雪殿。 聞くのじゃ」
「だ〜れが聞くかぁ。 ソチ如(ごと)きのホザク戯言(ざれごと)ー。 ハァハァハァハァハァ・・・」
「じゃが、雪殿。 聞くのじゃ」
「くどい!! ハァハァハァハァハァ・・・」
「いいゃ。 聞くのじゃ、雪殿。 ソナタは聞かねばならぬ」
ここで雪女はチョッと黙った。
勿論、
「ハァハァハァハァハァ・・・」
呼吸は荒いままだ。
そのままジッと大道の眼を見つめた。
そして言った。
「フン。 ハァハァハァハァハァ・・・。 それほど言うなら聞いてやる。 申してみよ。 ハァハァハァハァハァ・・・」
大道が静かな口調で、しかし一言一言ハッキリと、雪女に語り始めた。
「確かにワシはソナタから受けた恩を仇で返した。 だが、憎(にく)ぅて仇で返したのではない。 天命じゃ。 天命故じゃ。 そしてそれがワシらの運命じゃった。 決して変える事の出来ぬ運命じゃったのじゃ、それが。 ワシはソナタが愛(いと)ほしい。 ソナタだけじゃ、ワシが心底愛ほしいと思うたオナゴは。 ソナタただ一人じゃ。 今でも変わらぬ。 昔も今も全くそれは変わらぬ。 だからもぅ止めるのじゃ。 そして戻るのじゃ。 元の雪殿に。 ワシが生涯ただ一人愛したあの雪殿に」
「愛(いと)ほしい? 愛ほしいじゃとぉ? どの口でホザクかぁ、そのような戯言ー!! あのような非道を平気で働いたソチが、どの口でホザクかぁー!! ハァハァハァハァハァ・・・」
「そぅじゃ、非道じゃ。 確かにワシはソナタ達に非道を働いた。 じゃが決して平気で働いてなどおらぬ。 信じてくれ、雪殿。 ワシは決して平気でなどおらなんだ。 ワシは今でも悔いておる。 ワシの行いは未来永劫許されぬと思ぅておる。 しかしそれはワシの宿命じゃ。 それから逃げるつもりはない、毛頭ない。 最早このワシに成仏はない。 即身仏となった今もこのワシに成仏はないのじゃ、雪殿。 ワシは今、冥府魔道の世界を彷徨(さまよ)ぅておる。 じゃが、ソナタまでそぅなってはならぬ。 だから止めるのじゃ、雪殿。 もぅこれ以上魔性の世界におってはならぬ」
と、ここまで言ったその時、
(キラッ!!)
大道の両目が輝いた。
そして一言続けた。
「見ょ、これを!!」
瞬間、大道の姿が雪女に変わった。
その姿は・・・
顔は狂気に狂って醜く歪み、
口はガクッと下顎が大きく右にズレた鬼女口(きじょ・ぐち)となり、
目は怒りのあまり常軌を逸して残忍な光を浮かべ、
かつての、あの優しく、素直で、美しかった妖の姫御子・雪とは、とても似ても似つかぬ化け物の様(ざま)を呈していた。
その姿を見て雪女は、
『ハッ!?』
っとした。
そして・・・
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つづく