#51 『合体はデリケート』の巻



「さぁ、外道とやら。 遠慮なく掛かって参れ」


しかし外道は動かない。

何か考えている様子だ。


「どうした外道。 ウヌが来ぬならこちらから参る」


「ま、待て。 もう一つ聞きたい」


「いいだろう。 何だ?」


「忝(かたじけな)い。 では聞く。 ナゼだ? ナゼこの女に拘(こだわ)る。 ほれっ!? 今操(あやつ)っているその男でも良いではないか。 この女でなくとも他に幾(いく)らでもいるではないか。 ナゼこの女なのだ? ん? ナゼだ? ナゼそんなに拘る」


「何かと思えばそんな事か。 それなら理由は簡単だ」


「簡単?」


「そぅだ、簡単だ。 俺のエーテル体とその女のエーテル体は波長が合うのょ」


とだけ蝦蟇法師は言った。

そして外道を見据えた。


チョッとの間が有った。


拍子抜(ひょうしぬ)けしたといった表情で外道が聞いた。


「へ!? それだけか?」


「あぁ。 それだけだ。 どうだ、簡単だったろ」


「なるほど簡単だ。 ・・・。 しっかし、蝦蟇蛙の分際で “エーテル体” だの “アストラル体” だの良く知っているなぁ。 全く」


「フン。 愚かな。 ・・・。 俺が。 この俺様が一体何年生きていると思っておる。 千年だ、千年だぞ。 それだけ生きておれば色々な事があるゎ」


「例(たと)えば?」


「『例えば?』。 『例えば?』 かぁ。 ・・・。 そぅさなぁ。 ・・・。 例えば、今から500年前の事。 この場所がまだ美しい池だった頃の話ょ。 ある時、ここに一人の修験者(しゅげんじゃ)がやって来た。 偶々(たまたま)俺が水から出ていた時になぁ。 その修験者は俺を一目見るなりこう言った。 『オィ!! そこの蝦蟇。 千年生きてみょ。 千年生きるのじゃ』。 それが俺が始めて人間の言葉を理解した瞬間だった。 それからだ。 それから毎日毎日。 その修験者はここに来てはこの俺に話し掛けたのだ。 俺はただその話をジッと聞いていた。 何せ聞く事は出来ても流石(さすが)に喋る事は出来なんだからなぁ、今みたいには。 そして1年位続いたか、そんな事が。 そんなある日、その修験者はプイと姿を消した。 一言こう言い残してな。 『蝦蟇ょ。 お前に教える事はもう何もない。 これが最後じゃ。 良〜く聞け。 千年生きてみょ。 良いな。 千年生きるのじゃ。 そしてお前は千年蝦蟇法師となるのじゃ。 良いな。 分かったな』。 と、そう言い残してな。 俺はその修験者から色々な事を教えてもらった。 “仏教”、 “儒教”、 “孫子の兵法”、その他色んなことをな。 そしてその時だ。 千年蝦蟇法師という存在を俺が知ったのは」


「すると何か? 500年前の修験者とやらは “エーテル体” やら “アストラル体” を知っていたのか?」


「 (フッ) 愚かな。 知っている訳が無かろう」


「だが、お前は知っている」


「当たり前だ。 聞いたんだからな」


「誰に?」


10年程前、その城のような屋敷の裏手にある旅館に逗留(とうりゅう)した、タカ・・・、タカなんとかという名の 『神智学』 とかいう学問の研究者とその弟子達だ。 (井戸を指差して) あの井戸の側(そば)で、そいつ等は飽きもせず一日中 『神智学』 だの 『人智学』 だの何やら訳の分からん話をしておった。 それで知ったのょ」


「なるほどなるほど。 これは失礼した」


「フン。 ゴチャゴチャと詰まらん話をしてしまった。 だが序(つい)でだ、これも言ってやろう。 もしその女がおらなんだら、もしその女と出会えなんだら、折角(せっかく)千年生きた事も全てがムダ。


つー、まー、りー、・・・


『無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


ムダ。 パァー!! になっていた所だ。 正に天の助けとはこの事。 他に合体出来そうなヤツには、一人もお目に掛かれなんだからなぁ、この千年の間。 たったの一人もだ、その女以外・・・」


「合体とはそんなにデリケートなのか?」


「あぁ、デリケートなのだ。 お前が考えている以上にな。 お前もさっき聞いたろ? その女の読経(どきょう)の声を」


「読経の声? あぁ。 あの凄まじい・・・。 あぁ。 あの声なら確かに聞いた」


「あれこそが俺とそいつの波長合わせの最終段階だったのょ。 普通のヤツだったらとてもあんな真似は出来ん。 その女だからこそ出来た。 もっとも何もあそこまでする必要はなかったんだがなぁ、俺も嬉(うれ)しさの余りつい力が入ってしまった。 あそこまでする必要はなかったんだがなぁ」


「そういう事か?」


「そういう事だ。 だからその女でなければならんのだ。 分かったか?」


「あぁ。 何と無く」


「ならばその女を渡すが良い。 さすれば、このまま何もせず見逃してやる」


「断ったら?」


「お前の命は無い」


「なら言おう」


ここで一瞬、外道は間を取った。

そして表情を引き締め直してキッパリとこう言い切った。


「断る!!」(キリッ!!


「ならお前の命は無い」


そう言い終わるか終わらないうちにあの凄まじい雄叫(おたけ)びが屋敷の庭中に響き渡った。


「キィィィィィ〜〜〜!! リィィィィィ〜〜〜!!







つづく







#52 『驚異的な破壊力』の巻




「キィィィィィ〜〜〜!! リィィィィィ〜〜〜!!


周囲を震撼させる凄まじい雄叫(おたけ)びと共に、

蝦蟇法師がいきなり外道の間合いに踏み込んだ。


次の瞬間。



(シュッ!!



一気に外道の懐(ふところ)に飛び込み、


「セィ!!


の気合と共に蝦蟇法師の右拳(みぎこぶし)が、



(ブゥ〜ン!!



凄まじい勢いで唸(うな)る。


そして、



(ドカ!!



激しく外道の腹部をバッティング。


その驚異的な破壊力に一瞬にして吹っ飛ぶ外道。



(ヒュ〜〜〜!!



5メートルは飛んだだろうか?


だが、



(ズサッ!!



倒れずにその場で踏み止まった。


「グハッ!?


外道の呻(うめ)き声だ。


しかし既に蝦蟇法師は、



(シュッ!!



外道の懐に飛び込み、



(ブゥ〜ン!!



先程同様、



(ドカ!!



外道の腹部を右拳(みぎこぶし)でバッティング。


だが、



(ヒュ〜〜〜!! ズサッ!!



外道は打たれた直後、後ろに飛んで衝撃を和らげた。


それでも、


「グハッ!?


再び呻(うめ)く外道。


衝撃を和らげたとは言えトンデモナイ破壊力だ。


『は、速い!?


外道は思った。


だがそう思った時には、



(シュッ!!



もう蝦蟇法師は外道の懐に飛び込んでいた。



(グゥ〜ン!!



強力な蝦蟇法師の拳が唸る。

前の二発より遥かに強力な拳が。

今度の狙いは “アッパー” だ。

これを食らったら一溜(ひとた)まりもない。


どうする外道!?


避(よ)けきれるのか!?



(パシュッ!!



蝦蟇法師の右拳が外道のアゴを捉(とら)えた。


と、


思われたその瞬間、



(シュッ!!



外道が消えた。


間一髪、

外道は蝦蟇法師の恐るべき攻撃をかわしていた。

捉えたと思われたのは・・・残像だ!?

蝦蟇法師の右アッパーが捉えたのは外道の残像だった。


こ、これは、


縮地法・・・か!?


外道の姿が見えない。

蝦蟇法師の視界に外道がいない。


「ヌッ!?


と、一言。

焦(あせ)る蝦蟇法師。

流石の蝦蟇法師もこれは予測不能だった。


さぁ、どうするんだ外道?


次はどうするんだ?


いよいよ外道、反撃開始・・・











か?







つづく







#53 『背後』の巻




(ピクッ!!



蝦蟇法師の眉が微(かす)かに動いた。

そして、


「ヌッ!?


と一言。


だが、

体は動かない。

否、

動かせない。


狙ったアッパーを捉(とら)えられず、

空振りした右拳を、高々と振り上げた状態のまま・・・で。

蝦蟇法師は体を動かせずにいる。


「・・・」


当然、言葉も出せない。


ナゼか?


外道が背後を取っていたからだ。

蝦蟇法師の背後を・・・縮地法で。

それも直ぐ後ろをだ。


「ウ〜ム」


蝦蟇法師が唸った。


だが、言葉は出ない。

否、

出せない。


緊張して引き攣(つ)った顔からは、脂汗がタラ〜リ、タラ〜リと流れ出ている。


「後ろを取った。 俺の勝ちだな、蝦蟇法師。 諦(あきら)めろ」


静かに外道が言った。

余裕のヨッちゃんだ。


だが次の瞬間、


「フン。 舐(な)めるなー!!


と言ったが速いか、



(シュッ!!



蝦蟇法師が素早く前に飛んだ。

外道の間合いから出るために。


信じられない程、俊敏だ。

大柄な体形なのに。


素早い!?


しかし、



(シュッ!!



外道もそれに合わせて飛んだ。

後ろを取ったままでいるために。



(シュッ!!


(シュッ!!



(シュッ!!


(シュッ!!



 ・・・


 ・・・



それは、

二度三度繰り返された。


が、


何度やっても、

外道は後ろを逃さない。

動きは外道の方が格段に速い。



(シュッ!!


(シュッ!!



(シュッ!!


(シュッ!!



 ・・・


 ・・・



さらに何度か繰り返したが、

状況は変わらない。

外道有利のまま。


そして終に・・・







つづく







#54 『脂汗をタラ〜リ、タラ〜リ』の巻




(ピタッ)



蝦蟇法師(がまほうし)の動きが止まった。

動くのを止めたのだ。


諦めたのか?


否、

違う。

諦めてなんかいない。

表情が明るい。

さっきは緊張の余り、

脂汗をタラ〜リ、タラ〜リだったのに。


何だ、この変化は?


何か有る、何か有るぞ外道!?


ヤツには何かとんでもない “隠し球(かくしだま)” があるぞ!?


き、気を付けろ外道!?


「何度やっても無駄だ。 諦(あきら)めろ。 お前の負けだ」


外道が言った。

相変わらず余裕のヨッチャンこいて。


「ナーニ〜? 俺の負け〜? 俺の負けだと〜? この俺様の〜」


「そうだ。 お前のま・・・け・・・。 ン!?



(ゴゴゴゴゴ〜〜〜!!



大男の、

否、

蝦蟇法師の顔が、

蝦蟇法師の顔だけが180度回転した。

さっきのナナ同様。


『ウッ!?


見るのは二度目とはいえ、矢張り異常だ。

一瞬外道は怯(ひる)んだ。


そのため、外道有利の形勢が互角に変わった。


そしてこの後。

そぅ、この後。


我々はかつて見た事もない程、


“残虐(ざんぎゃく)で凄絶(せいぜつ)で凄惨(せいさん)な惨状(さんじょう)” を


目(ま)の当たりにする事になる。


!?











思ふょ・・・







つづく







#55 『勝ったつもり』の巻




「念法影留め!!


先手必勝。

鋭い気合と共に、外道は “念” を込めてチッチャイ外道に変えた五寸釘を、蝦蟇法師(がまほうし)の影に投げ付けた。


“影留め” だ。


だが、


『ン!?


外道は驚いた。

機先を制した筈の外道の動きとほぼ同時に、

否、

それより一瞬早く・・・か?



(クルッ!!



蝦蟇法師が素早く体だけ。

さっきは顔だけだったが、今度は体だけ。

そぅ。

顔は外道に向けたまま動かさず、体だけ素早く体だけ180度回転して外道に正対した。

これも又、異常な動きだ。


その結果、

五寸釘の何本かが影を外した。

蝦蟇法師の頭部と右腕部分を。


次の瞬間、

蝦蟇法師は外道の懐(ふところ)に飛び込もうと一歩右足を踏み出そうとした。


しか〜〜〜し、


チッチャイ外道達が、


「ウンコラセ、ウンコラセ、ウンコラセ、・・・」


必死こいて蝦蟇法師の影を地面に縛り付けている。

そのため、



(ガクン!!



蝦蟇法師の動きが止まった。


「ヌッ!? か、体が・・・体が動かん!? ・・・。 ウ〜ム。 さっきの技か。 影留めとかいう」


「その通りだ」


「ウィィィィィ〜〜〜!! リィィィィィ〜〜〜!!


凄まじい雄叫(おたけ)びを上げ、蝦蟇法師は動こうともがいた。

だが、

いくらもがいても動かせるのは頭と右腕だけ。


「ウンコラセ、ウンコラセ、ウンコラセ、・・・」


チッチャイ外道達の頑張りに、

他は全く動かせない。

体も脚も左腕も。


「だーから〜、さっきも言ったろ〜。 お前の負けだ。 諦(あきら)めろ」


「フン!! ウィィィィィ〜〜〜!! リィィィィィ〜〜〜!!


「ムダだ!!


つー、まー、りー、・・・


『無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


ムダだ!! ムダムダ。 何回やっても同(おんな)じだ。 学習能力のない奴だなぁ、全く。 千年生きたとはいえやっぱりお前は蝦蟇だ。 どうやら敗因はそれだな。 お前の敗因は、それだ。 やっぱりお前は蝦蟇だった」


「敗因? 敗因だと〜?」


「あぁ、敗因だ」


「ウィィィィィ〜〜〜!! リィィィィィ〜〜〜!!


蝦蟇法師はもう一度もがいたが、

結果は同じだった。

諦めたのかもがくのを止めた。

そして言った。


「フン。 お前の言う通り動くのは頭と右腕だけのようだ」


「あぁ、そうだ。 やっと分かったようだな。 だが、その頭と右腕も動けなくしてやろう」



(カチャカチャカチャ!!



外道は懐から新たに五寸釘を何本か取り出した。

勝者の余裕からか?

ユックリとモッタイを付けて。


だが、

蝦蟇法師は顔色一つ変えずにジッと外道の動きを見ている。

否、

むしろ薄ら笑いさえ浮かべている。

外道の動きを楽しんででもいるかのように。



(ニヤニヤニヤ・・・)



「外道。 これでこの俺に勝ったつもりか?」


「勝ったつもり・・・?」


「あぁ、そうだ。 勝ったつもりか?」


「いいゃ〜。 勝ったつもりなんか更々(さらさら)ない」


「更々ない? じゃぁ、何だ?」


「勝ったんだ」


「ン? 勝ったんだ? 誰が?」


「俺が」


「誰に?」


「お前に」


「俺に? この俺にお前が勝っただと?」


「あぁ、そうだ。 俺がお前に勝ったんだ」


「お前がこの俺に勝っただと〜。 これで、お前がこの俺に勝っただと〜。 フッ、フ、フ、フ、フ、フ。 アッ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。 ワッ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。 ワハハハ、ワハハハ、ワハハハ、ワッ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ」


「フン。 強がりはそこまでだ、蝦蟇法師。 今、完全に動けなくしてやる」


外道は徐(おもむろ)に念を込めた五寸釘を投げようと構えた。











だが・・・







つづく