#61 『戦闘モード』の巻




「おのれ蝦蟇法師〜〜〜!! よくもよくもよくも、こんな残忍(ざんにん)な真似をー!!


「フン。 知った事か。 戦いに残忍もヘッタクレもあるか、ヒヨッコめ。 勝ちゃいいのょ、勝ちゃ。 どんな手を使ってもな」


「ふ、ふざけた事を言うなー!!


「ふざけた事? ふざけた事だと? フン。 どうやらお前は兵法を知らんらしいな。 ならば教えてやろう兵法を。 孫子の兵法を・・・」


大男はここで一旦、言葉を切った。

そしてチョッと勿体(もったい)を付けてこう続けた。


「孫子曰く、 『兵は詭道(きどう)なり』」


だが、

外道の怒りは収まらない。

否、

益々、大きくなった。


「ナ〜ニが、孫子曰くだー!! 兵は詭道なりだー!!


蝦蟇法師が外道の目を見据(みす)えた。


「ホゥ!? その目。 やっと本気になったようだな。 フン。 そうでなければ面白くない。 だが、いいのか? そんなに感情的になって。 ン? 良いのか? そんな様(ざま)で。 そんな様(ざま)でこの俺様に叶(かな)うと思っているのか?」


「許さん!! 許さんぞ蝦蟇法師!! 貴様だけは絶対にー!!


「許さん? ン? どう許さ・・・ン・・・!? ヌッ!?


大男が一瞬、退(ひ)いた。

外道の変化を見て。


そぅ。


外道が変化したのだ。

その雰囲気が。

怒りが頂点に達して。



(モヮモヮモヮモヮモヮ・・・)



外道の気が、

外道のオーラが、

真っ赤に色を変えた。

いつもは透明で目に見えない外道の気が。


だが今は違う。

ハッキリと見える。

真っ赤に燃え上がっているのがハッキリと。

たとえ眼力が無くとも外道の周りの空間の様子が変わったのが、誰の目にもハッキリと。



(メラメラメラメラメラ・・・)



それは、

激しく立ち上(のぼ)り、

辺(あた)りを真紅(しんく)に染めて行く。


「ホゥ!? 大したもんだ。 それがお前の戦闘モードか!?


チョッと驚いた様子で蝦蟇法師が言った。


「・・・」


だが、

外道は返事をしない。



(メラメラメラメラメラ・・・)



外道のオーラの輝きは益々激しさを増してゆく。

大地を焼き尽くさんばかりに。



(ゴォー、ゴォー、ゴォー、ゴォー、ゴォー、・・・)



更に勢いを増した。


その姿は、

まるで大火炎を背負(しょ)った “不動明王(ふどうみょうおう)” だ。



(ゴォーゴォーゴォーゴォーゴォー〜〜〜)



その凄まじい勢いが天まで届くかと思われたその時、

オーラの輝きが頂点に達した正にその瞬間、

外道が、



(サッ!!



素早く “印” を結び、それに “念” を込めた。







つづく







#62 『不動剣印』の巻




(サッ!!



外道は素早く “手印(しゅいん)” を結(むす)んだ。


“不動剣印(ふどうけんいん)” だ。




解説しよう。


手印(しゅいん)” とは?


仏像(仏、菩薩、明王像等)を良く見ると、

夫々(それぞれ)の仏像が様々(さまざま)な手の形(あるいは組み方)をしている事に気付く。


これ即ち “印相” なり。

略して “印”。

あるいは “印契(いんげい)”、 “手印” とも言う。


“印” とはサンスクリット語の “ムドラー(mudraa : “身振り” を意味する)” の漢訳であり、

“密教(みっきょう)” 系の宗派では “誓願(せいがん)”、 “功徳(くどく)” 等の象徴的意味を持つものとして重要視され、

その教義の発展と共に “体系化” され “細分化” されて来ている。


古来インドには手の形を以って意思を示す習慣があり、これが発展して “印” が生まれたとされる。


古代インド(特にベンガル湾一帯)で、5〜10世紀を中心に長い期間に渡り流行したタントラ( tantra )の一つでもある。




不動剣印(ふどうけんいん)” とは、


単に “剣印”、あるいは “刀印(とういん)” とも言う。


右手の人差し指と中指を伸ばし、薬指と小指を曲げそれらを上から親指で押して、丁度(ちょうど) “刀(かたな)” の形にする。

左手も同様の形にし、これを “刀の鞘(さや)” とする。

そして右手の “刀” を左手の “鞘” にさす。


これが “不動剣印” である。


時代劇やアニメ等で忍者が 『ドロドロドロドロドロ・・・』 と消えるシーンを目にする事があるが、

その時注意してよく見るとこの印を結んでいる事が多い。

逆に言えば、

「それだけポピュラーな印である」

とも言える。



解説おわり




外道は結んだ “印” に “念” を込め、


「オン・ マリシエイ・ソワカ。 オン・ マリシエイ・ソワカ。 オン・ マリシエイ・ソワカ」


と真言を唱えた。


目で蝦蟇法師の動きを・・・











封じて。







つづく







#63 『摩利支天(まりしてん)』の巻




外道は蝦蟇法師の動きを目で封じ、

結んだ “印” に “念” を込め、


「オン・マリシエイ・ソワカ。 オン・マリシエイ・ソワカ。 オン・マリシエイ・ソワカ」


と真言を唱えた。




解説しよう。



先ずこの


「オン・マリシエイ・ソワカ」


と言う真言だが、

これは仏教の天部に所属する 


“摩利支天(まりしてん)”


の真言である。


この印を結び、

この真言を誦(じゅ)し、 


『我が身摩利支天なり』


と観想(かんそう)する事により外道は “摩利支天法” を使う事が出来る。

つまり、

この印この真言 “加持力(かじりき)” によるが故に、外道は自らと摩利支天と一心同体に成る事が出来るのだ。


これを


“入我我入(にゅうががにゅう)”


という。


これは達人にのみ可能な事なのだ。

つまり外道は達人だったのだ。

ただの “ス・ケ・ベ・な・オ・ッ・サ・ン” ではなかったのだ。

助平な達人だったのだ。

略して “スケタツ” だったのである。



では、


この “摩利支天” とは一体如何(いったいいか)なる者か?


曰く。


仏教で言うところの “天部” に所属する。

日本においてはあまりポピュラーではないが、その存在は侮(あなど)れない。


本来はインドの女神であった。

摩利支( Marici )とは “陽炎(かげろう)”、 “威光(いこう)” の意味で太陽の陽炎(=コロナ)を神格化したものであり、 “


万有の根源の本有であるブラーフマン( Brahman )” を神格化した婆羅門(バラモン)教の最高神(創造神) “梵天(ぼんてん)” の子と言われている。


摩利支天は常に太陽の前に存し、その神通力(じんつうりき)故に何人(なんぴと)たりと言えどもその姿を見たり、その実体を捉(とら)える事は出来ない。

又、この天に帰依(きえ)する事によりあらゆる災厄(さいやく)からその身が護(まも)られる。

そして摩利支天像を作る際は出来るだけ小さく作る方が望ましく、用足し以外は肌身離さず持ち歩かなければならない。

というような事が 『摩利支菩薩陀羅尼経(まりしぼさつだらにきょう)』 という経典に書かれているそうだ。 (ここでは“摩利支天”ではなく、“摩利支菩薩”となっているが両者に違いはない。 仏教経典には良くある話しなのだ)


その昔、帝釈天(たいしゃくてん・インドラ)と阿修羅(アシュラ)が戦った時、この摩利支天が月と太陽の光を遮(さえぎ)り帝釈天に勝利を導いたという話もある。

これは中々(なかなか)興味深い話でもある。

つまり、

考えようによっては帝釈天や阿修羅が如何(いか)に強大な存在だったとしても、一度(ひとたび)摩利支天が乗り出すと、その敵では “ない” という事を “暗示” していると言えなくもない。

即ち、

『大神通自在(だいじんつうじざい)の法を備えるが故、如何(いか)なるものと言えどもこの天尊(てんそん)に勝つ事能(あた)はず』

なのだ。


最後に、

この天尊、

その大力の故、

古くから武士や力士(りきし)等の信仰を集め、

この頃、歴女とやらに大もてらスい加賀百万石の大名、あの前田利家が出陣する際、この天の像を兜(かぶと)の中に祀(まつ)っていたという話も伝わっている。



解説おわり





「オン・マリシエイ・ソワカ。 オン・マリシエイ・ソワカ。 オン・マリシエイ・ソワカ」


外道は結んだ不動剣印に念を込め、

徐(おもむろ)にその印に


「フゥー」


っと息を吹き掛け、 (これにより剣印はエネルギーの剣に変わる)

右手剣印を左手鞘印から一気に引き抜いた。











そして・・・







つづく







#64 『九字』の巻




「兵(いくさ)に臨(のぞ)んで闘う者は、皆、陳列(=陣列・じんれつ)して (我が) 前に在り!! 臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前(りん・ぴょう・とう・しゃ・かい・ちん・れつ・ざい・ぜん)!! キェ〜〜〜イ!!!


凄まじい気合で外道が “九字(くじ)” を切った。

狙いは蝦蟇法師。

否、

蝦蟇法師のアストラル体。



(ビュバ〜〜〜!! ビキビキビキ〜〜〜!! ブヮーン!!



稲妻(いなずま)の閃光(せんこう)のような強烈な外道のエネルギーが蝦蟇法師を襲う。



(ヒュ〜〜〜)


(ヒュー)


(ヒュ)


(ヒ)



だが、


「フッ、フ、フ、フ、フ、フ。 フッ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。 ゥワ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。 ワハハハ、ワハハハ、ワハハハ。 ワッ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。 何だそれは? なんの冗談だ?」


蝦蟇法師の高笑(たかわら)いだ。


「き、効かん・・・俺の九字が!? ば、馬鹿な・・・そんな筈は!?


「ゥワ、ハ、ハ、ハ、ハ!! ・・・。 そんな子供だましの念力がこの俺様に通用するとでも思っているのか。 昨日までならいざ知らず、今日の、生まれてから千年目を迎えた今のこの俺様に。 そんな子供だましの念力が、本気で通用するとでも思っていたのか? ワハハハ、ワハハハ、ワハハハ。 ワッ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ」


「ウ〜ム」


外道は色を失っていた。

井戸の番人の肉体にではなく、蝦蟇法師のアストラル体を直撃した筈の外道渾身(げどう・こんしん)の一撃だった。

その一撃が全く効かなかったのだ。

だから外道は色を失っていた。


「どうした外道。 それで終わりか?」


蔑(さげす)むように、見下(みくだ)すように、蝦蟇法師が言った。


「終わるわけがなかろう」


外道は素早く懐から五寸釘を取り出した。


そして、

それに念を込め投げつけようとして、

蝦蟇法師の影を見た。


「念法影留・・・め・・・。 ン?」


「フッ、フ、フ、フ、フ、フ。 フッ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。 ゥワ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。 ワハハハ、ワハハハ、ワハハハ。 ワッ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。 気が付いたようだな」


この時、

蝦蟇法師は照明を前面から受けるように立ち位置を取っていた。

影が自分の背後になるようにだ。

つまり外道から見た場合、蝦蟇法師の影を蝦蟇法師の体が遮(さえぎ)っている状態である。

これでは影留めは使えない。


ウ〜ム。

蝦蟇法師恐るべし。

影留めの弱点を突いて来たのだ。


しかし外道は諦(あきら)めない。

空かさず、次の攻撃に打って出た。


「ならば、・・・」


一言そう言って。



(シュッ!!



消えた!?


縮地法だ!?


そして外道は先程同様、今回も又、縮地法でいとも簡単に蝦蟇法師の背後を取った・・・











筈だった。







つづく







#65 『・・・位置』の巻




外道が縮地法で消えた瞬間。



(シュッ!!



蝦蟇法師も飛んでいた。

スピードで外道に叶わない事は承知していた筈。

だが、

それでも飛んだ。


ナゼか?


そして、


どこに?



蝦蟇法師は伊達(だて)に千年生きてはいなかった。

これまでの戦いで蝦蟇法師は気付いていた。


外道が決して直接自分を攻撃してこない事を。

否、

直(じか)に自分の肉体を攻撃してこない事を


先程自分に向けて切った “九字(くじ)” も肉体ではなく精神に、

蝦蟇法師のアストラル体に対して切った物だった。


それは、

外道が蝦蟇法師を攻撃するという事は、蝦蟇法師が操(あやつ)っている人間を攻撃する事に他ならないからだ。

つまり、

外道が与えるダメージは蝦蟇法師にではなく、蝦蟇法師に操(あやつ)られている人間、

即ち、

井戸の番人にダメージを与える事になる。

だから、

外道が決して直接自分を攻撃してはこない事を蝦蟇法師は気付いていたのだ。

それを踏まえた上で蝦蟇法師は戦っているのだ。


圧倒的に有利な状況で、

蝦蟇法師は今、外道と戦っているのだ。


蝦蟇法師は飛んだ。

影が出ず、

且つ、

背後を取られない位置に。











井戸の番人の肉体を操って・・・







つづく