#126 『地から沸き立つ陽炎のように』の巻




(ゴゴゴゴゴゴ〜〜〜!!



空間が歪む。

外道の周りの空間が。

まるで地から沸き立つ真夏の陽炎(かげろう)のように。



(グングングングングン〜〜〜!!



一回(ひとまわ)りも二回(ふたまわ)りも外道の体が大きくなって行く。

増幅されたエネルギーで。



(ビリビリビリビリビリ〜〜〜!!



大気が振動する。

外道の発する “気” に共振して。



(ビシビシビシビシビシ〜〜〜!!



外道の発する気がその頂点に近付く。


そして、



(バリバリバリバリバリ〜〜〜!!



終に、

その頂点に達した。


その時、


「ひゃっぽ・じゃん・けん!! 哈(ハ)ーーー!!


外道の鋭い気合が屋敷の庭に響き渡った。



(ピカッ!!



瞬間・・・



外道の指先が光る。


それは、



(バチバチバチバチバチ〜〜〜!!



エネルギーの波に変わり指先から放たれる。

まるで稲妻のように。


それは、



(ビキビキビキビキビキ〜〜〜!!



強大なうねりとなって地を這うように進む。

まるで脈打つ高波のように。


それは、



(バリバリバリバリバリ〜〜〜!!



凄まじい勢いでそのまま一直線に大蝦蟇へと向かう。

まるで獲物に襲い掛かるライオンのように。


そして、



(ドッ、カ〜〜〜ン!!



ついについについに、


命中か!?


外道の百歩雀拳が首のない大蝦蟇に命中か!?


「良し!! 手応えは有った。 さっきとは違う」


外道が技を放ったそのままの格好で呟(つぶや)いた。



(モクモクモクモクモク・・・)



一面、

炸裂煙が舞い上がる。

エネルギー波の引き起こした炸裂煙が。

外道の百歩雀拳の炸裂煙が。



(シューシューシューシューシュー・・・)



外道の手から体から、

百歩雀拳を放った余韻が立ち上(のぼ)る。



(ヒューヒューヒューヒューヒュー・・・)



少しずつ炸裂煙が薄らいで行く。

まだ、

その炸裂煙の中の大蝦蟇の存在は分からない。



(ヒューヒューヒューヒューヒュー・・・)



炸裂煙は更に薄らいで行く。

それは、

前方の景色が薄ボンヤリと見えるまでに。


でも、

まだだ。


まだ、

大蝦蟇の存在は確認出来ない。



(ヒュー、ヒュ、ヒ)



終に、

炸裂煙が消えた。


そして・・・


そこに・・・


大蝦蟇の姿はない!!!


全く、ない!!!



百歩雀拳命中せりー!!!!!


やったぞ外道!!!


この世界から大蝦蟇の胴体は消えてなくなったぞー!!!











完全に。







つづく







#127 『目指すは・・・』の巻




(ズサッ、ズサッ、ズサッ、ズサッ、ズサッ、・・・)



重たい足を引きずるように一歩一歩、ユックリユックリ歩く外道の姿があった。

目指すは例の古井戸。


気持ちは焦っている。

だが、

体が付いて来ない。


疲労困憊、満身創痍、エネルギーの枯渇、・・・。


どれも今の外道には当てはまる。


しかし、

外道は休めない。

休みたくても休めない。

まだ首が、

大蝦蟇の首がまだ残っている。


その首を消し去るまでは、



(ズサッ、ズサッ、ズサッ、ズサッ、ズサッ、・・・)



外道は歩みを止められない。


一歩、

また一歩・・・と。


両腕はその重さに耐え切れずだらりと下がり、

脱力感からか?

力の入らない足を引きずりながら、

一歩、

そして・・・また一歩。


外道は古井戸へと向かう。

否、

古井戸付近に飛んだと思われる大蝦蟇の首を目指す。

勝利のために。

大蝦蟇に止めを刺すために。


今の外道のその歩く姿は、


ま、る、で、


ユニバーサル映画 『フランケンシュタイン( Frankenstein 1931 )』 において、

ボリス・カーロフ演ずる “モンスター” が、

山の中にあるフランケンシュタイン博士の研究室の中で、

コリン・クライブ演ずるフランケンシュタイン博士とエドワード・ヴァン・スローン演ずるワルドマン博士のいる前で、

初めて


“前に”


歩いた時のようであった。

そぅ。

始めて・・前に・・1、2、3、歩・・と・・歩いた時のようであった。



(ズサッ、ズサッ、ズサッ、ズサッ、ズサッ、・・・)



外道は行く。

古井戸に向かって。

大蝦蟇の首目指して。



(ズサッ、ズサッ、ズサッ、ズサッ、ズサッ、・・・)



外道は行く。

大蝦蟇に止めを刺すために。

大蝦蟇との戦いに決着をつけるために。







つづく







#128 『奇妙な感覚』の巻




(ズサッ、ズサッ、ズサッ、ズサッ、ズサッ、・・・。 ピタッ!!



外道が止まった。



(ジィー)



フェンスに囲まれた古井戸を見ている。


その時、

声がした。


「外道か?」


大蝦蟇の声だ。



(サッ!!



素早く外道が声のした方を見た。


大蝦蟇の頭は井戸のフェンスの角に乗っていた。

こっち向きに。

若干、不安定だが直角のコーナーの上に巧い具合に乗っている。


偶然乗ったのであろうか?


それとも大蝦蟇の意志か?


勿論、

両目は潰れたままだ。


「あぁ」


外道が返事をした。


「ワレに止めを刺しに来たのか?」


一瞬、外道の口から


『そぅだ』


という言葉が出掛かった。

だが、

躊躇(ためら)った。


「・・・」


外道は何も答えなかった。

否、

答えられなかったのだ。

胸の内に不思議な感覚が沸き起こっていて・・・素直に 『そぅだ』 と言えないような。


二人は無言のまま暫らく対峙した。



(ピュー)



二人の間にあるのは風。

風の音のみ。


外道と蝦蟇法師。

蝦蟇法師と外道。


いつしか二人の間には、

この戦いの中で奇妙な友情が芽生えていた。


確かに蝦蟇法師は残忍だった。

だがそれには、

それなりの理由もあった。

蝦蟇法師も生き続けていたいという理由が。

死ぬ訳には行かないという理由が。

外道もそれは分かっていた。


加えて、

蝦蟇法師にはその残忍さを差し引いても尚、余りある何かがあった。

外道の心を惹きつける何かが。


それは、

蝦蟇法師の強さ。

その圧倒的強さだった。

その圧倒的強さに、いつしか外道は一種の尊敬にも似た感情を抱くようになっていた。


そしてそれは蝦蟇法師も同じだった。

外道同様、蝦蟇法師も又、何度傷つき倒されても、その都度立ち上がり反撃して来る外道の並外れた精神力に敬意を抱いていた。


生か死か。

実力伯仲。

お互い全てを出し切った互角の勝負。

命を懸けた全力の戦い。


そのどちらが勝っても全く不思議でない戦いの中で生まれた奇妙な感覚。

その奇妙な感覚が生み出した一時(ひととき)の沈黙。


それが・・今・・だった。



(ピュー)



再び風の音。

一陣の風が舞う・・・二人の間に。



(ピュー)



しかし二人は、


「・・・」


「・・・」


沈黙を守る。











そして・・・







つづく







#129 『呪い』の巻




「お前の勝ちだな。 外道」


沈黙を破ったのは蝦蟇法師だった。


「・・・」


だが、

外道には返す言葉が見つからなかった。

まさかあの蝦蟇法師が素直に負けを認めるとは・・だから・・黙っていた。


「お前は強かった・・・」


「・・・」


やはり外道は黙っていた。


しかし、

蝦蟇法師の次の台詞(せりふ)から思わぬ方向に会話が展開し始めた。

外道が思ってもみなかった方向に。


「だが外道ょ。 ワレも千年蝦蟇法師。 一度はその称号を得た身。 このままムザムザやられる訳には行かヌ」


「ン!? どういう事だ?」


初めて外道が言葉を口にした。


「お前を道連れにするという事だ」


「どうやって?」


「呪(のろ)いだ」


「呪い?」


「そぅだ、呪いだ」


「・・・?」


「知りたいか?」


「あぁ、知りたい」


「教えてやろう、こうだ。 ワレの命はもう長くはない、残念ながらな。 もはや我がアストラル体は消滅寸前だ。 だからワレが消滅する前に、ワレのこの残りのアストラル体をウヌのアストラル体と交叉(こうさ)させるのょ。 ウヌのアストラル体は強大だ。 遥かに人間離れしておる。 だから支配するのは難しい。 だが、さっきやったようにワレのこの残りのアストラル体をウヌのアストラル体の上に置く事は出来る。 そして、少しずつ少しずつ、確実に確実にウヌのアストラル体に入り込む」 


ここまで言って蝦蟇法師は言葉を切った。

外道の反応を見ているのだ。


「・・・」


外道は無言で聞いていた。

蝦蟇法師の言う意味が理解出来なかったからだ。


「これが何を意味するか分かるか?」


「否」


「フッ」


蝦蟇法師はチョッと笑った。

そして続けた。


「つまり、やがてウヌとワレのアストラル体は融合して渾然一体(こんぜん・いったい)となる・・・という事ょ」


『ハッ!?


「分かったようだな」


「ウ〜ム!?


「そぅだ。 それがどこになるかは分からんが。 ウヌの体は、ウヌの体の一部は間違いなくワレの意思に従う。 即ち、その一部はウヌの意思に従わないという事になる。 間違い無くな。 間違い無くそうなる」


『クッ!?


一瞬、

外道の顔に困惑の表情が浮かんだ。







つづく







#130 『交叉の証』の巻




「で、出来るのか? そんな事が・・・本当に?」


「あぁ。 出来る!! やった事はないがな」


「・・・」


「フン。 信じておらんな」


「し、信じられるわけなかろう、そんな事」


「だが出来るのだ。 もっとも、ワレとしても初めての経験だがな。 ・・・」


ここで蝦蟇法師が一旦黙った。

一呼吸置いた。

意を決するために。

そして続けた。


「話が長くなった。 そろそろ終わりにしよう、こんな事は。 ワレのアストラル体が消え果てる前にな」


蝦蟇法師の首が唇を噛み締めた。

目ン玉をひん剥いた。

外道の蛇に突き破られ食い千切られた両目を。

僅(わず)かだがまだ血が滴り落ちている傷だらけの両目を。

そして声を振り絞った。


「外道!! 参る!!


だがその時、


「待て!! 蝦蟇法師!!


外道が蝦蟇法師を制した。


「ン!? 何だ!? 臆(おく)したか外道」


「あぁ、その通りだ。 最早今の俺に、お前の攻撃をかわす力は残ってはいない。 まともに喰らうのは必定だ。 だから・・・。 だからせめてその前に、お前の言うアストラル体の交叉とやらの証(あかし)が見たい」


「証? 証だと」


「そぅだ、証だ。 交叉の証だ。 もしそんな事が出来るんならな。 ・・・」


「交叉の証かぁ・・・。 それは無理だ。 方法が分からん」


「そうか・・・」


一瞬、外道は考えた。

直ぐに、


『ン!?


閃いた。

そして蝦蟇法師に聞いた。


「そう言えばさっきあの娘(むすめ)と合体した後、お前の通力で傷口を塞ぐとか何とか言っていたな。 本当か?」


「あぁ、本当だ」


「ならば・・・。 おぉ、そうだ!? あそこに横たわっている大男。 お前が心臓を抉(えぐ)り取ったあの大男。 あの男を蘇生させてみろ。 出来るか? もしあの男を蘇生させる事が出来たら、そしたら信じてやろう」


外道が血塗(ちまみ)れになって倒れている井戸の番人を指差した。

最早、外道から全く殺気を感じなくなっていた所為(せい)であろうか?

驚いた事に蝦蟇法師が攻撃を思い止まり、この話に乗って来た。


「フン。 容易(たやす)い事。 いいだろう。 見せてやろう」


そう言うと、



(クンクン、クンクン、クンクン、クンクン、クンクン、・・・)



何やら臭いを嗅(か)ぎ始めた。


血だ!?


血の臭いを嗅いでいる。

蝦蟇法師は大男の血の臭いを嗅いでいる。

目の見えない蝦蟇法師はそれを頼りに大男の倒れている場所を確認しているようだ。


場所が分かったのだろうか?


突然、


「ウォー!!


大声を上げると、

蝦蟇法師の首が再び両目をひん剥いてフェンスから飛んだ。

大男の倒れている方に向かって。


飛んだ方向は正確だった。

そして、



(ドサッ)



大男の足元145メートルの地点に着地した。











それから・・・







つづく