#141 『頼み』の巻




「ところで羽柴さん。 頼みが有るのですが」


外道が秀吉に言った。


「何ですかな? ワシに出来る事なら何なりと。 なにせ破瑠魔殿は我が最愛の娘ナナの命の恩人ですからなぁ。 ワシに出来る事なら何なりと仰(おっしゃ)って下され」


「ありがとうございます。 それでは大至急あの井戸を攫(さら)って下さい」


「おぉ、そんな事なら造作(ぞうさ)もない事。 しかし、攫ってどうされます?」


「おそらく蝦蟇法師の死骸が」


「おぉ、そうですなそうですな。 死骸ですな死骸ですな。 しかし、死骸が出たらどうしたらいいでしょう?」


「丁重に供養してやって下さい。 出来ればあの井戸の近くに埋葬してやって頂ければ・・・」


「承知しました。 しかと心得申した」


「有難うございます。 ちなみに墓碑銘はこうです。 『最強の戦士 千年蝦蟇法師 ここに眠る』。 と」


「墓碑銘? 最強の戦士? 化け物に墓碑銘ですか?」


瞬間、



(ギン!!



外道の目が鋭く光った。

化け物と言う言葉にとうとう反応してしまった。

外道は蝦蟇法師をもうこれ以上、化け物呼ばわりされる事が許せなかったのだ。



(ビクッ!!



秀吉は突然の外道の目付きの変化に恐怖した。

傷つき倒れているとは言え、外道は達人。

その達人の “氷の一瞥(いちべつ)” の前に、凡人の秀吉が普通でいられる訳がない。

体を硬直させ、その場に凍てついている。

秀吉のそのリアクションを見て、外道は即座に気分をシフトした。

平静を取り戻したのだ。

瞬時に感情を “甲(こう)” から “乙(おつ)” に切り替える。

達人にのみ許される芸当だ。


その外道の変化に秀吉はチョッとホッとした。


「ハ、ハィ!! 『最強の戦士 千年蝦蟇法師 ここに眠る』 ですな。 『最強の戦士 千年蝦蟇法師 ここに眠る』。 ハィハィハィ、承知しました承知しました。 仰(おお)せの通に。 ハィハィハィ」



(ツゥー)



秀吉の額から冷や汗がたれた。

それを拭いながらまだ若干緊張した面持ちで、恐る恐る秀吉が続けた。


「と、ところで破瑠魔殿。 お、教えて頂きたい」


「何でしょう?」


外道が穏やかに聞き返した。

その言葉を聞いて安心したのだろう。

秀吉が落ち着きを取り戻した。


「はい。 あの井戸は? あの井戸は如何(いかが)致したら・・・?」


「『如何致したら』 とは?」


「はい。 果たして埋め立てて良いものかどうか?」


「あぁ、そういう事ですか。 それなら埋め立ていいんじゃないですか」


「し、しかし・・・。 あの〜、も、もし。 その〜、た、祟りが?」


「その心配は要りません。 埋め立てた上に祠(ほこら)を立てれば宜しい。 岩清水八幡(いわしみず・はちまん)様の御分霊を勧請(かんじょう)して」


「祠を? 岩清水八幡様の御分霊を勧請して? ナゼ又、岩清水八幡様の御分霊を」


外道の口から出た “祠”、 “岩清水八幡” と言う思いも掛けなかった言葉を聞き、

秀吉がキョトンとして聞き返した。


「蝦蟇法師の話に寄れば、昔あの井戸のあった所は岩清水八幡様の池だったそうです・・・」


ここで外道は言葉を切った。

何かを思い出しているのだろうか、感慨深げだ。

目線を秀吉から天井に移し、一点をジッと見つめて考え込んだ。

秀吉は黙ったまま外道を見ている。

外道の次の言葉を待っていたのだ。


しかし、


「・・・」


なかなか外道が言葉を口にしない。

チョッとじれて、秀吉が外道に声を掛けた。


「破瑠魔殿」


それで、


『ハッ!?


外道が我に返った。


「アッ!? こ、これは失礼」


「どうされました? どこか具合でも?」


「否、何。 何でもありません。 チョッと思い出した事が・・・」


外道は蝦蟇法師とのやり取りを懐(なつ)かしんでいたのだ。

命を懸けたやり取りだったのだが。

否、むしろ命を懸けたからこそ却(かえ)って懐かしめたのかも知れない。

たった三日前の出来事だった筈なのに、今の外道にはそのやり取りがナゼか遠い過去の出来事のように思われていた。

千年という永きを生き抜き、死人を蘇生させる等という神にも劣らぬ途轍(とてつ)もない通力を身に付け、その圧倒的パワーで死の淵まで外道を追い詰めた千年蝦蟇法師に対する尊敬の念が、恐らくそうさせたのだろう。


外道が続けた。


「あそこは昔、神泉の湧き出る池だったそうです。 岩清水八幡様が御降臨される。 だから岩清水八幡様の御分霊を祀っておけば良いのです」


これを聞いて秀吉の表情が一気に明るくなった。

胸のつかえが落ちたに違いない。


「そ、そうですか。 ハィ!! わ、分かり申した。 その言葉を伺ってホッと致し申した。 早速、井戸を攫ってみる事に。 ハィ!!


「宜しく」


外道が言った。











そこへ・・・







つづく







#142 『始めて相好を崩した瞬間』の巻




(コンコン、ギー)



「失礼する」



(パタン!!



不良(ぶら)がぶらっと診察室に戻って来た。


「時間だ。 話は済んだか?」


相変わらず言葉に感情がない。


「はい。 たった今」


不良の方を向き、そそくさと外道の寝ているベッドから離れて秀吉が応じた。


「それじゃぁ羽柴さん。 さっきの件宜しく」


外道が秀吉に声を掛けた。


「はい。 確かに」


振り返って秀吉が言った。



(ガチャ!!



不良は棚から注射器とアンプル剤を取り出すと足早にベッドに近づき、


「安定剤を打っておく。 少し眠れ」


そう言うと外道の腕を取り、

サッっとガーゼでぬぐり、



(チクッ)



安定剤を打った。

迅速に手際良く。

その一連の流れが不良が只者でない事を示していた。


直ぐに外道が目を閉じた。

眠ったようだ。

その外道の眠りに落ちる余りの速さは、安定剤が効いたのではなく外道がまだ衰弱し切っていたからだった。

秀吉との短いやり取りだったが、今の外道にはそれが限界だったのだ。

その外道の様子を見ている不良に、背後から秀吉が聞いた。


「先生、あとどの位で破瑠魔殿は・・・?」


「三日だ」


秀吉の言葉を遮り、振り向きもせず、一瞥(いちべつ)もくれず、不良が言った。


「この男の事だ。 あと三日もあれば十分。 その頃にはピンピンしている筈だ」


「そ、そうですか。 た、たった三日で?」


不良の言葉に秀吉は驚いた。

俄か(にわか)には信じられなかった。

三日前には死に掛けていた外道が、たったの一週間足らずで元気に成れるなど秀吉にはとても信じられなかったのだ。


「あぁ。 例えもし、回復しなかったとしてもコイツは家に帰さねばならん」


「エッ!? ナ、ナゼですか?」


「フッ」


不良が笑った。


あの不良が。


その登場以来クールであり続けた不良孔雀(ぶら・くじゃく)が笑った。


常にクールな男、ドクター不良孔雀。

始めてその相好(そうごう)を崩した・・・











瞬間だった。







つづく







#143 『若い女』の巻




「コイツは遅くとも三日後には家に帰さねばならん」


相好(そうごう)を崩したまま不良が言った。


「ナ、ナゼでしょうか?」


怪訝(けげん)そうな表情で秀吉が聞いた。


「フッ」


再び不良が笑った。

そして言った。


「女だ」


「女?」


秀吉が聞き返した。


「そうだ女だ。 それも若い。 少女と言ったほうがいいか」


「ど、どういう事ですかな、それは?」


「俺には見える。 コイツには若い女が付いている。 ソイツがコイツの身を案じている、死ぬ程にな。 それが俺には良〜く見える」


「・・・?」


秀吉には全く意味不明の表現だった。


不良の話が止まない。

有り得ない程多弁だ。

秀吉が目をパチクリしている。

こんなに明るく良く喋る不良の姿に驚いたのだ。


その初めて見た不良のスマイル、プラス、饒舌(じょうぜつ)に驚き・・・











鳩に豆鉄砲状態の秀吉であった。







つづく







#144 『こんな愉快な話』の巻




「その女が化けて出る。 いや、その女に祟られる」


ニヤニヤしながら不良がそう言った。

今にも笑い出しそうだ。


秀吉はこんな不良を見るのは初めてだった。

いつもはクールというか無愛想というか高ビーというか、そんな不良しか見た事がなかったからだ。


「化けて出る? 祟られる?」


「あぁ。 そうだ。 dでもない女だ。 コイツも異常だが、その女も只者じゃぁない。 良〜く見えるぞ、 良〜く。 俺には見えるぞ、その少女が。 そのdでもない少女の姿が。 ワハハハハハ」


とうとう不良が笑い出した。


相変わらず目をパチクリするだけの秀吉であった。

その笑いの意味が全く掴めなかったのだ。


「ど、どういう事ですかな」


「知りたいか?」


「ハ、ハィ!!


「コイツには年若(としわか)い女が付いている。 そしてその女から逃げられんという事だ。 一生な。 一生コイツはその女の尻に敷かれ続けるという訳だ。 他にこんな愉快な話が有ると思うか。 こんなタフで人間離れした、化け物みたいなヤツを尻に敷く女。 しかもまだ10代半ばだ。 女子高生位か。 この化け物が10代半ばの女の子の尻に敷かれるんだぞ、それも一生敷かれ続けるんだ。 こんな愉快な話が他にあると思うか、他に。 ワハハハハハ」


「はっ、はぁ・・・」


秀吉にはその説明は何の事かサッパリだった。


だが、

そんな事にはお構いなし。


「ハハハハハハ・・・」


それまで全く無感情だった不良が笑っている。


「ハハハハハハ・・・」


診察室の中には不良の心地よい笑い声が響き渡っている。


「ハハハハハハ・・・」


それは中々止みそうにない。


だが、

外道の耳にその笑い声は入っては来なかった。

全く入っては・・・


なんとなれば、

その時既に外道、

衰弱し切っていた体に安定剤が効いて、深い眠りに就いていたからだ。


だが・・・











その頃・・・







つづく







#145 最終回 『豹変』




(センちゃん) 「ダ、ダイジョブだょ雪ちゃん。 あの先生に限って・・・。 アハ、アハ、アハハハハハ」


(ブッちゃん) 「そ、そうだょ雪ちゃん。 ダ、ダイジョブだょ。 あの先生なら・・・。 アハ、アハ、アハハハハハ」


(コウちゃん) 「ワ、ワシもダイジョブだと思うょ。 げ、外道先生に限って・・・。 アハ、アハ、アハハハハハ」


(雪) 「だといんだけど・・・」


(脇役3人衆) 「・・・」


脇役3人衆は黙った。

暗く落ち込んでいる雪の発するオーラに押され、何も言えなくなったのだ。


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


息苦しい沈黙が続く。


ところが、

ところがである。


「アッ、アー!! もうー、ホ〜〜〜ントに何やってんだー、外道のヤツー!! 人にぃ、こ〜〜〜んなに心配掛けてぇ!!


突然、雪が虎変(こへん)した。


普段はおしとやかで貞淑。

その上、

スラッとして、色白、美形、チャーミーでボインボインの “ナイスバ雪” が。


突然、虎変(こへん)したのだ。


その表情が凄まじい。


目は釣りあがり、

かみ締めた唇から八重歯が出ている。

それがまるで牙だ。

振り上げられた長い髪が真ん中から二つ分かれている。

それはあたかも角だ。


この雪の形相。


まるで・・・般若(はんにゃ)だ!?


突然の雪の形相の変化に驚き、


(3人揃って) 「ゆ、雪ちゃん!?


一言そう言ったっきり後は何にも言えず、

瞬(まばた)き一つせず、

否、

出来ず。

ただ呆然としてその姿を見つめるだけの、

脇役3人衆だった。


すると、



(プチッ!!



音がした。

何かが切れる。


(センちゃん) 「ン? なんか今、音がしたような」


(ブッちゃん) 「ウン。 何かが切れたような」


(コウちゃん) 「あぁ。 ワシにもそう聞こえた」


3人はキョロキョロ辺りを見回した。

だが何事もなかった。


それもその筈、

音は雪のいる所から聞こえていたからだ。

それは雪が “キ・レ・タ” 音だった。


(脇役3人衆) 「ま、まさか!?


それに気付き、3人は揃って、恐々(こわごわ)、恐る恐る、そーっとそーっと振り返って雪を見た。


その瞬間、


(脇役3人衆) 「ヒ、ヒェ〜〜〜!?



(ドサッドサッドサッ!!



揃って一気に、

仰天(ぎょうてん)して腰を抜かした。

豹変(ひょうへん)した雪の姿を見て。


 ・


 ・


 ・


一方、不良の診察室では。


「ハハハハハハ・・・」


相変わらず不良の心地よい笑い声が響いている。

その笑いは止みそうもない。


その横にはその笑いの意味が全く理解できずに、キョトンとして突っ立っている事しか出来ない秀吉がいる。

唯、ひたすらキョトンとして突っ立っているだけの秀吉が。


そして、

ベッドの上では、今何が起こっていようが一切関係なし。

気持ち良さそ〜〜〜に、気持ち良さそ〜〜〜に外道が眠っている。


何かいい夢でも見ているのだろうか?


実に幸せそうだ。


そぅ・・・


きっと何かいい夢を見ているに違いない。

デカチチかなんかの。


 ・


 ・


 ・


そうだ外道、

今は静かに眠れ・・・











次のために。。。







怨霊バスター・破瑠魔外道 お ・ す ・ ま ・ ひ