#16 『外道流』の巻




「他に? 他に誰か観音様を見た者は?」


優しく (とっても残念そうに) ナナを寝かせ付け、ユックリ立ち上がってから秀吉に外道が聞いた。


「それが、他には誰一人として見た者は・・・。 (世話係達を指差して) この3人をズッ〜と傍に就けておるのですが・・・。 丑三つ時と申すのでございますか? 夜中の2時から2時半の間になりますとこの3人共、皆、急に睡魔に襲われてどう頑張っても気が付いたら眠って仕舞っているそうなのでございます。 その話を聞き、ちなにみワシと大河内の二人もその時間にナナと一緒にその時間を過ごしてみましたが、やはり3人の言う通り気が付いたらぐっすりと眠っておりました。 何度やってみても結果は同じで、ぐっすりと眠って仕舞うのです」


外道は大河内、それから3人の世話係に順次目をやった。

大河内は無言で大きく頷き、3人の世話係は肯定するように素早く首を上下に何度か振った、やはり言葉は出さずに。


「この屋敷には他にも人がいるようですが、その人達は?」


「はい。 それが不思議な事に、その時間この部屋におる者だけが睡魔に襲われるのでございます。 と、申しますか。 その時間にナナと一緒におる者だけが強烈な眠気に襲われるようなのでございます」


「ウ〜ム」


外道は静かに目を瞑(つむ)り、立ったまま考え込んだ。

両腕を組んでいる。


そのまま1分間位考え込んだだろうか?

やがて腕をだらりと落とし、目を半眼にして部屋の中をユックリと歩き始めた。

部屋を調べているようだ。

壁、床、天井、・・・、etc.

ユックリと、そして隈(くま)なく。

しかし、

目の焦点は合ってはいない。


コレが・・・ “外道流” だ。


つまり、

目の焦点をあえて合わせない事により、常人には決して見えないが間違いなくそこに存在している見えざるエネルギーを見る。

これ即ち、外道流。

仮に同じ事を普通の人間が行なっても、外道のような訳には行かない・・・普通の人間だからだ。

これを行なうにはそれ相応の眼力が必要なのだ。

そして外道にはその眼力が有った。


一通りチェックし終えてから、秀吉に向かって外道が言った。


「この部屋には特段変わった様子はないようですな。 霊的な物は何も感じません」


「という事は?」


「恐らく外部から・・・」


そう言いながら外道は静かに目を動かし、まだ意識を失ったままのナナに一瞥(いちべつ)をくれた。







つづく







#17 『気の正邪』の巻




「今のナナには睡眠薬も全く意味が有りません。 何せ相手は夢に出て来るのですから。 起きていてもダメです。


つー、まー、りー、・・・


『駄目ーーー!! 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


です。 意識を無くされて仕舞うのですから。 だから全く手の打ちようがございません。 一体どうしたら良いか・・・」


不安そうにそう秀吉が言った。


「毎晩、丑三つ時(うしみつどき)にですな?」


外道が念を押した。


「はい。 毎晩、丑三つ時に」、


「ウ〜ム。 ・・・。 それなら時間はまだタップリ有りますな」


「はい」


「ならば例の古井戸とやらを見せて頂きましょうか。 ナナさんが危うく落ち掛けたという。 それから屋敷と庭を一通り。 宜しいかな?」


「はい。 では、ご案内致します。 初めはドコから?」


「屋敷、庭、最後に古井戸の順に」


「承知致しました」


秀吉が大河内に、


「オィ!!


顎で指図した。


「・・・」


大河内が無言で軽く会釈をした。

その大河内の先導に外道と秀吉が続いた。


秀吉の屋敷は兎に角(とにかく)でかかった。

何と言っても各階の天井が高い。

普通の家の優に2階分だ。

それに、

エレベータの階数は5階迄であったが、とまらない隠しフロアーも有りそうなのでホントの所は良く分からなかった。

一部屋一部屋丹念に調べるという事はせず、何となく気になる部屋だけを覗いた。

一通り各フローをざっと見て回った。

特に霊の障りのような物は感じなかったので、次に庭に向かった。


庭は屋敷にまして広かった。

一体東京ドーム何個分に相当するのか?

3個分位か?

その位だだっ広い。

そして、それを照らす照明が又物凄い。

神宮球場や甲子園球場を思わせるような巨大な照明塔がズラーっと庭を囲んでいる。

脚部の一本足の鉄塔の大きさも半端じゃない。

基礎のコンクリート部分だけでも幅2メートル、高さ3メートル位は優に有りそうだ。

そんなのが10基以上も一気に庭を照らしている。

だから庭はまるで昼間のように明るい。

庭がきちんと手入れされているのが、ハッキリと分かる程だ。


大河内によれば、これらの照明の消灯時間は本来夜10時だったのだが、ナナの件以来、今では一晩中点けているとの事だった。


『この庭の維持管理の費用は一体、どの位掛かるのだろうか?』


全く、貧乏人の外道の理解を超えていた。


これだけ広いと場所によって感じられる “気” にも多少の正邪はある。

だが、

特に霊障と言えるほどの物は何もなかった。


そして・・・











いよいよ問題の井戸へと向かった。







つづく







#18 『妖気』の巻




『妖気だ!?


先程から、外道は怪しい霊気が立ち込めているのを感じ取っていた。

庭の他の場所とは全く異質の。

それは井戸に近付くにつれ強くなった。

照明で昼間のように明るいには明るいが、 “気” が暗い。

確かに明るい筈なのに、暗くてズ〜ンと気が重い。


コレ即ち、 “妖気” なり。


「これが例の井戸でございます」


大河内が言った。


『やはり、ここからだ!!


外道は思った。


井戸は鉄格子で囲われていた。

その鉄格子の高さは3m位は有りそうだった。

傍に見張り役と思われる屈強そうな大男が二人立っている。

着ている物が黒っぽい。

二人は秀吉に一礼した。

いかにも体育会系でございますと言わんばかりの仕方で。

なんとなく “ゴルゴサーティーンのワンシーン” にでも出てきそうな感じで。


井戸の周りを回りながら外道が聞いた。


「又随分と頑丈そうな鉄格子ですな」


「はい。 ナナが近付けないようにと急遽、拵(こしら)えました。 井戸の埋め立ても考えたのですが。 それは少し怖かったものですから、代わりにコレを」


「二重、三重のガードという訳ですな。 感心感心」


「はい。 何せナナはワシの大切な大切な一人娘ですので」


「まぁ、アレだけ美しいと。 お気持ちは良〜く分かります。 ・・・。 あぁ、ところで奥様は?」


「亡くなりました。 去年」


「そうですか。 それはどうも、失礼な事をお聞きしました。 ・・・。 きっとお綺麗だったんでしょうなぁ」


「はい。 それはもう。 あ!? いや!? 大した事はございませんでした。 身内を褒めてはいけませんな。 アハ、アハ、アハハハハ」


「いやいや。 分かります分かります。 お嬢さんを見れば」


「ナナは、母親に生き写しでございます」


「そうでしょうそうでしょう」


「エッ?」


「あ!? いや!? 別に大意はございません、別に大意は・・・。 いゃ〜、アレだけ美しいお嬢さんですから、さぞや奥様も。 そう思っただけです。 ただそれだけです。 アハ、アハ、アハハハハ」


「そうですか。 それはどうも、恐縮です」


『フゥ〜、危ねぇ危ねぇ。 危うく本音を漏らすところだったゼ。 フゥ〜、危ねぇ危ねぇ』


外道は不自然な動きにならないよう注意して、さり気なく秀吉の顔を見た。

秀吉は俯(うつむ)いて考え込んでいる。

思い出にでも浸(ひた)っているのだろうか?

ナナの母親の思い出にでも。

そのナナに全く似ていない秀吉の顔を見て、外道は思った。


『だろうな。 このチンチクリンのおっさんにアレはないわな、アレは・・・』











って。。。







つづく







#19 『井戸の中』の巻




「直接井戸の中を見たいのですが」


秀吉に向かって外道が聞いた。


「はい」


一言返事をし、


「オィ!!


秀吉が大河内に命じた。

軽く会釈をして大河内が鉄格子の鍵を開けた。


他の者を残して外道だけがユックリと井戸に歩み寄り、慎重、且(かつ)注意深く中を覗いた。


井戸は外道が思っていたよりは浅かった。


『7、8メートル位か? 10メートルはないな』


目視でそう判断した。

しかし角度の関係か、水面に照明の明かりは直接届いてはいなかった。

だが、

幸いその晩は雲が薄く、又、丁度切れ目に当たっていたため、月明かりが井戸内部の壁に反射してほんのりと水面を照らしていた。

どこからか井戸の中に風でも入って、水面が波打っているのだろうか?

それがきらきら輝いている。

しかし周りの様子は暗くて良く見えない。


その時、



(ガサッ!!



井戸の中で何かが動いたような気がした。


瞬間、



(ブルッ!!



外道は身震いした。

体の中を何かが突き抜けたのだ。

軽い電気ショックのような何かが。


『しょ、瘴気(しょうき)だ!? そ、それもかなり強い!?


外道は咄嗟(とっさ)に一歩 否 一歩半。

井戸から飛びのいていた。

本能的に身の危険を感じ取ったのだ。

即座に振り向き、秀吉を見た。


「懐中電灯か何か有りませんか? 何か照らす物。 何でもいいのですが」


秀吉は頷き、


「オィ!!


大河内にアゴで指示した。


「ただ今、取ってまいります」


そう言って、



(タタタタタ・・・)



大河内が屋敷に向かって走り出した。


「どうです破瑠魔殿? 何か?」


そう言いながら秀吉が鉄格子の中に入って来ようとした。

が、

立ち止まった。

外道が入ってくるなと手で静止したからだ。


「貴方は、否、誰もココへは近付かない方が賢明です」


「やはり何か?」


「はい。 強い霊気が。 それもかなり厄介な」


「そ、そうですか。 つ、強い霊気ですか」


秀吉の顔にはハッキリと・・・











不安と困惑の表情が現れていた。







つづく







#20 『テレポーテーション』の巻




「ハァハァハァハァハァ・・・。 コ、コレで宜しゅうございますでしょうか? ハァハァハァハァハァ・・・」


そう言って大河内が懐中電灯を外道に手渡した。

激しく息を切らせている。

無理もない、この庭の広さを考えたなら。

懐中電灯を取りに行って帰って来るまで優に10分以上掛かっていた。

恐らく、その間ズーっと走りっぱなしだったのだろう。

それは初老の大河内にはチョッとキツかった。


大河内を待っている間。

外道は目を半眼にする、例のあの “外道流” でその周辺をチェックしていた。

井戸の周りは陰気ではあったが、特にそこが “瘴気” の本ではなかった。

やはり “井戸の中”。

そぅ。

全ては “井戸の中” だった。


「ウム。 これで結構です」


手渡された懐中電灯の明るさをチェックして、外道が言った。

そして、



(クルッ!!



井戸に向かって外道が体を翻したかと思った次の瞬間、秀吉達は皆、


「アッ!?


と我が目を疑う光景を目(ま)の当たりにした。


今、目の前にいた筈の外道が、次の瞬間には井戸の中を覗(のぞ)き込んでいたのだ。

秀吉と大河内がこの動きを目にするのは2度目だったが、それでもやはり驚きは隠せなかった。

まして初めて見た二人の大男にしてみれば、


“目にも留まらぬ速さ”


という言葉があるが、この時の外道の動きが正にそれだったのだ。

それはまるで、外道がテレポーテーションでもしたかのようだった。


!?


テレポーテーション!?

そうだ、テレポーテーションだ!!

つまり外道は技を使ったのだ!!

井戸の中からの不意の攻撃を防ぐために。


その時、外道には・・・


『秀吉達の意表をついたこの動きにより、先ずこの周囲の気の流れを一時的に撹乱(かくらん)し、それにより瘴気を発する正体不明の何者かのリズムを狂わせ、攻撃のタイミングを与えない』


という狙いがあったのだ。


そして外道が使ったその技の名・・・











それは・・・







つづく