#31 『技』の巻




(ドンドンドン)



外道は両足を広げて踏ん張り、左手をナナの部屋のドアに押し付けて何とかバランスを保ちながら、右手でドアを叩いた。


「ナナさん!! ナナさん!!


大声で呼び掛けた。


何の反応も無い。

部屋には3人の世話係がいる筈だが。

恐らく秀吉達同よう眠らされているのだろう。


「わくぐーあくらーせつ どくりゅうしょきとう ねんぴーかんのんりき じしつぷーかんがい ・・・」

(或遇悪羅刹 毒龍諸鬼等 念彼観音力 時悉不敢害 ・・・)


相変わらずナナの異常な大声だけは聞こえている。

そしてそれに伴なう激しい揺れも。


『そ、それにしても、ナ、ナンと凄まじい声だ!?


外道は思った。



(ドンドンドン)



「ナナさん!! ナナさん!!


今度はもっと強く叩いた。

だが、


「がんじゃぎゅうふくかつ けーどくえんかーねん ねんびーかんのんりき じんしょうじえーこ ・・・」

(玩蛇及蝮蠍 気毒煙火燃 念彼観音力 尋聲自回去 ・・・)


状況は変わらない。

否、

ナナの声がより一層大きくなったようにさえ感じられた。


外道は不安になった。


『仕方がない!! 体当たりだ!!



(ドカッ!!



外道が右肩から激しくドアにぶつかった。

ドアをぶち破る積もりだった。

しかし、流石(さすが)は豪邸。

インナー・ドアとはいえ作りがシッカリしているのでビクともしない。

外道は焦った。

そして一瞬、頭の中をよぎった言葉があった。


『技だ!?


しかし外道は躊躇(ためら)った。

部屋の中の状況が掴めない。

ナナの位置は大体分かる。

ベッドに鎖で繋がれている筈だ。

この大声も、先程見たベッドのあったあの辺りから聞こえて来る。

そしてそのベッドは部屋の北側隅。

つまり部屋の西北角にある。

ドアは同じく部屋の北側東よりだ。

だからナナの心配は要らない。


だが、3人の世話係の女達。

そぅ、あの3人のいる位置が掴めない。

全く掴めない。


もしこの状況で技を使ったら?

彼女達に危害が及んだら?


だから外道は躊躇った。


その時、



(ピタッ!!



不意に・・・











ナナの声が止んだ。







つづく







#32 『一か八か』の巻




不意に、ナナの声が止んだ。


同時に、



(ピタッ!!



地震のような家の動きも止まった。

嘘のように。


『な、中で何が起こってるんだ!?


外道はもう一度。

否、二度三度。



(ドカッ!!


(ドカッ!!


(ドカッ!!



ドアに体当たりした。

しかし無駄だった。


『鍵を開けるしかない!?


外道は思った。


だが、

外道は鍵を持っていない。

持っていると思われる二人は相変わらずグォーグォーだ。

だからどこにあるか分からない。


その時、

部屋のベッドのあると思われる方向から、



(ガチャッ!!


(ガチャッ!!



二度。

金属が擦(こす)れるような音が聞こえた。


『な、何だ!? な、何が起こってるんだ!?


外道の心に不安が過(よ)ぎる。


「スゥ〜、フゥ〜」


外道は一度大きく息を吸い、そして吐いた。

気持ちを抑えたのだ。

パニックにならないために。


それが功を奏したのか、


『こうなったら、ヤルか!? 一か八か(いちかばちか)・・・!?


チョッと考えた。


『良し!? やるしかない!?


腹が決まった。


外道はドアから5メートル程の距離まで後退(あとずさ)りした。

そこで仁王立ち。


次に、

静かに呼吸法を始めた。

その呼吸に合わせながら右脚を肩幅分後ろに引いた。

同時に、

両膝を少し曲げ、若干、腰を落としている。

両手は、

右手を掌(てのひら)を上に向けて右腰迄引いていた。

左手は軽く前方に伸ばし掌を垂直に立てている。


その状態で3回ユックリと息を吸い、ユックリと吐いた。

目は半眼。


瞬間、



(ゴゴゴゴゴゴ〜〜〜!!



外道の周りの空間が歪(ゆが)む。

まるで真夏の蜃気楼のように。



(グングングングングン〜〜〜!!



一回(ひとまわ)りも二回(ふたまわ)りも外道の体が大きくなる。

否、

大きくなったように感じられる。

外道のエネルギーで。



(ビリビリビリビリビリ〜〜〜!!



部屋が、

そして、

屋敷全体が共振している。

外道の出す気の波長に合わせて。



外道ょ!?


一体お前は・・・何をする気だ!?


外道はもう一度、大きく息を吸い込み始めた。

ユックリと・・・ユックリと・・・大きく・・・大きく。


「スゥゥゥゥゥ〜〜〜!!


そして吸い込み切った。











次の瞬間・・・







つづく







#33 『百歩・・・』の巻




「百歩雀拳(ひゃっぽじゃんけん)!! 哈(は)ーーー!!


鋭い外道の声がリビング・ダイニングに響き渡った。

同時に、



(サッ!!



外道がジャンケンのチョキの形にした右手をドアに向け勢い良く突き出した。

手の甲を上にして。


瞬間、



(ピカッ!!



外道の指先が光る。


それは、



(バチバチバチバチバチーーー!!



エネルギーの波へと変わり、外道の指先から放たれる。

まるで稲妻のように。


そして、



(ビキビキビキビキビキーーー!!



強大なうねりとなり、一直線に進む。

まるで脈打つ高波のように。


更に、



(バリバリバリバリバリーーー!!



凄まじい速さで、そのまま一気にドアを襲う。

まるで獲物に飛び掛るライオンのように。


こ、これは!? 発勁(はっけい)だ!?


そ、それも・・・凄まじいまでの威力を持つ!?



(ドッ、カーーーン!!



ナナの部屋のドアが一瞬にして吹き飛んだ。


・・・外道念法秘技・百歩雀拳の威力である。




解説しよう。


発勁(はっけい)” とは?


人間の体内には微量の電流が流れている。

これを “生体電流(せいたいでんりゅう)” と言う。

人間の体内では様々(さまざま)な生体情報が、司令塔とも言うべき大脳から電気信号により神経回路を介して末梢神経領域(まっしょうしんけい・りょういき)まで伝えられている。


一例を挙げよう。

我々は就寝時(しゅうしんじ)であっても無意識下(むいしきか)においても、休む事のない心臓のポンプ運動、そしてそれによる血液循環。

あるいは呼吸運動、臓器活動、及びそれらに伴なう物質代謝(ぶっしつたいしゃ)。

そういった物が常に行われている。

これらは全て自律神経が働いてこの “生体電流” に調節・管理させているのだ。

否、

この “生体電流” の働きその物を自律神経の作用と言っても良いかも知れない。

そして、

脳波、心電図、筋電図等はこの “生体電流” を目に見える形(即ち、二次元平面)に波形化した物なのだ。



【結論】


人間の生命維持活動は全て、この “生体電流” が担(にな)うと言っても決して過言ではない。


この生命維持活動においてきわめて重要な要素である “生体電流” を、漢方では “気” という概念で考える。

そして、

この体内を巡る “気” を鍛錬して練り上げ、その練り上げた “気” をエネルギーとして体外に発し、何らかの作用を起こす事(俗に言う “念力”)。


これを “発勁” と言う。



次に、


百歩雀拳” とは?


これは、むかしむかしのお話じゃ。

ある所にそれはそれはツオ〜〜〜ィ拳法家がおったのじゃ。

その拳法家はその名を “美来斗利偉・湯麺男(びくとりぃ・たんめんまん)” といった。 

この “美来斗利偉・湯麺男(びくとりぃ・たんめんまん)” は彼がまだ幼かった頃、王毒蛇(キングコブラ)党という、言葉では言い表せぬ程恐ろしい集団に家族を殺され、自身も殺されかけたのじゃ。

断崖絶壁から突き落とされてのぅ。

絶体絶命じゃった。

ところがじゃ。

ところが 『捨てる神あれば拾う神あり』 の例え通り、彼は幸運にも絶壁の下を流れる底の深〜い川に落ちたのじゃ。

お陰で一命を取り留めた。

と、言うても、意識は既にのぅのぅておったのじゃが。

となれば、そのまま水に飲まれて沈むのが普通じゃ。

じゃが、余程の強運。

彼は水に飲まれて沈む事無く、そのまま流されたのじゃ。

これ又普通なら、意識無く川に流されれば水を飲む。

さすれば水死。

当然そうなる筈じゃ。

じゃが、そうはならんかった。

マッコツ彼は天から愛されておったのじゃろう。

偶々(たまたま)そこを通り掛かった萬 剋殺(まん・こくさい)老師という、これ又すっごくツオ〜〜〜ィ拳法家に救われたのじゃ。

これは奇跡じゃった。

そうとしか言いようが無い。

彼は、天命を賜ったワラシじゃったに相違ない。

否、間違いなくそうじゃ。


そして、

それからじゃ。

それからこのワラシは萬老師の下で修行を始めたのじゃ。

親の仇を討つためにのぅ。

それは、

来る日も来る日も、それはそれは過酷な修行じゃったそうな。

それが何と、実に12年間という長きに渡ったのじゃ。

そしてじゃ。

そして終に、彼は萬老師から奥義を授かった。

それはその名を 『豆粒極意書(まめつぶ・ごくいしょ)』 といったそうな。

この極意書は読んで字の如く、極意の記された豆粒(まめつぶ)じゃ。

この時彼はこの豆粒と一緒に、 “美来斗利偉・湯麺男(びくとりぃ・たんめんまん)” という名を萬老師に付けてもらったのじゃ。


そしてこの “美来斗利偉・湯麺男(びくとりぃ・たんめんまん)” は、見事 “親の仇” 王毒蛇党王毒蛇三兄弟(キングコブラとう・キングコブラさんきょうだい)を討ち果たしたのじゃ。


特に、

王毒蛇三兄弟《蛇五(ジャンゴ)、蛇六(ジャム)、蛇九(ジャンク)》のうち蛇六(ジャム)、蛇九(ジャンク)を打ち破った技が凄かった。


その技は念力技じゃった。

それは何と、百歩先にいる相手でさえ一瞬にして打ち破るというマッコツ恐るべき技だったのじゃ。

そしてその技の名、それは萬 剋殺(まん・こくさい)老師の名から一字とって付けられた、


百歩萬拳(ひゃっぽ・まんけん)”


そぅ。


“百歩萬拳” という名前だったのじゃ。







つづく







#34 『百歩雀拳』の巻




これは、10年程前の出来事である。


外道はふとした事が切っ掛けで、


“輸出多 孫(ゆでた・まご)著 『多々買え!! 湯麺饅頭(たたかえ・たんめんまん10)』”


なる、内容の良く分からない何と無く胡散臭(うさん・くさ)そうな書籍を手にした。

何気なくパラパラとページを捲(めく)った。


突然、外道の手が止まった。

食い入るように何かを見ている。


そぅだ!?


それが “美来斗利偉・湯麺男(びくとりぃ・たんめんまん)” 操(あやつ)るところの、 “百歩萬拳” の紹介ページだったのだ。

単純な外道はその本を素直に信じた。

全く疑う事無く。

普通は疑うどころかこう思うのだが、


『こ〜んなの・・・絶対無理ーーー!!


って。

しかし外道はその本を信じ、一心不乱にこの “百歩萬拳” という技に取り組み、苦節10年。

終に外道は信じられない事に、このホントに有るのか無いのか如何(いかが)わしい技をとうとう我が物としちゃったのだった。

正にそれは “青天の霹靂(せいてんのへきれき)” とも言うべき “珍事(ちんじ)” であった。


その上さらに、この百歩萬拳に工夫と改良さえ加えちゃったのだ。

それがこの世にも恐るべき最強究極の必殺拳。


“ひ、ゃ、っ、ぽ、じ、ゃ、ん、け、ん”


そぅ、


百歩雀拳”


だったのだ。


そして、この百歩雀拳には2種類ある。


“百歩雀拳α版(αバージョン)” と “百歩雀拳β版(βバージョン)” の2種類だ。


“百歩雀拳α版(αバージョン)” とはピンポイント攻撃用の技であり、今回外道が使ったのがコレ。

又、

普通に百歩雀拳と言ったらこの “α版(αバージョン)” を指す。


“百歩雀拳β版(βバージョン)” は別名 “ハイパー・百歩雀拳” とも言い、 “α版(αバージョン)” の強力版である。


次に、


ならば何故(なにゆえ) “百歩雀拳(ひゃっぽじゃんけん)” なのか?


その理由を述べる前に我々は先ず、百歩雀拳の型を知らねばならない。


では、


“百歩雀拳” の型とは・・・


始めに、

両足を肩幅サイズに広げ、仁王立ちになる。

次に、

静かに呼吸法を始める。

その呼吸に合わせながら、右脚を肩幅分後ろに引く。

同時に、

右手を掌(てのひら)を上に向けて右腰迄引いて来る。

左手は軽く前方に伸ばし掌を垂直に立てる。


その状態で3回ユックリ息を吸い、ユックリ吐く。


目を半眼にし、焦点は定めない。

当然この時、無念無想。


最後にもう一度ユックリ大きく息を吸い込む。

それと同時に右手掌を力を込めてグッと握る。

そして大きく息を吸い込んだ次の瞬間、クワッっと両目を見開き、狙いを定めた目標を見据え、吸い込んだ息を一気に吐きながら下半身はそのままで、右手の人差し指と中指だけを伸ばし力強く前方に掌が下向きになるように突き出す。

このとき左手はやはり力強く左腰まで引き戻す。


以上が百歩雀拳の型である。



上の説明で賢明なる読者諸氏には既にお分かり頂けた事と思うが、この一連の動きの中で右手が順に、


“パー”、 “グー”、 “チョキ”


のじゃんけんの形を取る。


それが外道には面白かった。

だから外道はこの技を “百歩雀拳(ひゃっぽじゃんけん)” と命名した。


唯それだけの事・・・だったので・・・ある。


外道というヤツは、あんまり物事を深く考えた事がない。

だからそんなツマンナイ理由で、こんな凄まじい天下無敵の必殺拳に、


“拘(こだわら)らないどころか適当かました” 


ネーミングをしちゃったのだった。


つまり外道は、チョッピリお茶目なヤツ・・・











だった。







つづく







#35 『部屋の中』の巻




(ドッ、カーーーン!!!



ナナの部屋のドアが粉々に吹き飛んだ!!


・・・外道念法秘技・百歩雀拳の威力である。



(シュー〜〜〜、 シュー〜〜、 シュー〜、 シュー、 シュ、 シ・・・)



外道の放ったエネルギーが次第に収束して行った。

外道の体に戻ったのだ。



(ツカツカツカツカツカ・・・)



外道は素早くドアに歩み寄り、部屋の中に入った。

入ると直ぐに、



(サッ!!



部屋の中を見回し、


「オッ!?


と、驚いた。


ベッドの上にナナが立っている。

東向きだ。

ドアのある方向、つまり外道の入って来た方向を向いていた。

しかし外道には視線を向けない。


手の鎖が外れている。

否、

切られたようだ。

手かせの所で。

つまり、ナナの手には鎖の切れた手かせのみが嵌(はま)っている。

切れた鎖は無造作に床に転がっていた。


先程2回聞こえた金属が擦(こす)れるような音。

あれはこの鎖の切れる音だったに違いない。


ベッドの傍らに3人の世話係が倒れていた。

1人はベッドの頭部、足の来る方に残りの2人。

3人の位置と様子からすると吹き飛んだドアの破片による被害はなさそうだった。

3人とも秀吉、大河内同様グォーグォーあの異常な大鼾(おおいびき)を掻(か)いている。


外道はもう一度部屋の中を見回した。

だが、ナナ謂(い)う所の観音様の姿はドコにも無い。


外道がナナの方に向き直り話し掛けた。


「ナナさん」


「・・・」


ナナは無言だった。

もう一度話し掛けた。


「ナナさん」


「・・・」


やはり返事をしない。


目が虚(うつ)ろだ。

外道を見ようともしない。

それどころか外道の存在にすら気付いていない様子だ。

小刻みに体が震えている。


外道はナナに近付こうとした。

一歩足を踏み出した。











その瞬間・・・







つづく