『進撃のコマル( Attack on DIABLO )』 #1




ここ・・・



東京は板橋区に 『ホテル三娘子(ホテル・さんじょうし)』 という名の一般的な民宿程度の規模のビジネスホテルがある。

場所は駅から続く商店街と住宅街の間(あいだ)にあり、建物は建ぺい率60%、容積率150%の100坪程の敷地に建坪が60坪で総容積が120坪の2階建ての鉄骨造り。

1階は1部屋4坪の客室が9室に受付カウンターのある玄関、廊下、共同トイレ、それに厨房を兼ねたやや広めのバー・カウンター付きのミーティング・ルームがあり、2階はこのホテルのオーナーの住居となっている。

敷地の形は間口15m、奥行22mの長方形で、間口の左右に葉ぶりの良い庭木がそれぞれ一本ずつ植えられ、残りのスペースに現在オーナーの車が1台止めてある他は客用に3台置けるようになっている。



そして・・・



ここのオーナーは女性で、一人でそのホテルを切り盛りしていた。

年齢不詳。

身元不明。

専ら、子なしの未亡人との噂である。

名前は三娘 蛇魔子(さんじょう・たまこ)。

すばらしい美人で見た目はどう見ても20代前半だった。

そしてこのホテルは、このレベルのビジネスホテルにしては珍しく朝食が出る。

もっとも出て来る物は四枚切りの食パン2枚にハムエッグ、それとお代り自由なセルフのコーヒーだけなのだが。

それでも忙しいビジネスマンにとっては嬉しい限りだ。

又、ここのオーナーの三娘 蛇魔子はビジネスホテルと併設してイヌ専門の、それも大型犬専門のペットショップも開いている。

その店は、専ら蛇魔子のツバメらしい若い男に任せてあった。

そしてその店で扱っているイヌは雑種にもかかわらず行儀が良く、頭も良いとの評判で、一頭ずつの単価は余所(よそ)よりかなり高いが評判が評判を生み、どんな高値でも良く売れていた。

そのためか?

蛇魔子の収入はかなりの物があるらしく、たいそうリッチな暮らしぶりだった。



そんなある日・・・



有栖川呑屋コマルという青年が商用で地方から上京した際、ネット予約でここに一泊した。

コマルがここに着いた時には既に夜も8時を回っていて、先客が3人いた。

このホテルは、1階の受付カウンターの隣りに8坪程のオープンスペースになったやや広めのバー・カウンター付きのミーティング・ルームがあり、そのバー・カウンターは厨房も兼ねていたのでそこで宿泊客達はアルコール類だけでなく、注文すれば簡単な食事も出来るようになっていて、この日もコマルが着いた時には3人の宿泊客とオーナーの蛇魔子、そして恐らくは蛇魔子の若いツバメと思われるペットショップの店員の男の合計5人がここに集まり、大いに盛り上がっていた。

もっとも仕事柄、蛇魔子だけは酒を口にはしていなかったのだが。

コマルはここに来る前、既に夕食は済ませていた。

が、

それでもその酒盛りの輪の中に加わって楽しい一時を過した。


夜が更けると蛇魔子の若いツバメも客達も酔いが回り、ツバメは家に、客達は各自の部屋に戻って行った。

当然、コマルもだ。

他の宿泊客達がグッスリ眠り込んでいる中、一人コマルだけは翌日の商談が気掛かりだったため、又、左程(さほど)酒は飲んではいなかったので目が冴えて中々寝付けないでいた。

寝る前に外してベッド脇のサイドテーブルの上に置いておいた腕時計を見ると、針は深夜と言うべきか、あるいは早朝と言った方がいいのか、午前3時を指していた。

つまり俗に言う 『丑三つ時』 だ。

仕方がないので気分転換を兼ね、特に催(もよお)した訳ではなかったのだが部屋から出てトイレに立った。

ナゼ部屋から出たのかというと、このホテルは各部屋ごとにトイレは付いてはおらず共同トイレだったからだ。

途中、ミーティング・ルームの前を通り掛った時、カウンターの奥から物音が聞こえて来た。


『何だろう?』


コマルは不審に思った。

というのも照明が落ち、真っ暗とは言わないまでもかなり暗い中からその物音は聞こえて来たからだ。

そのためコマルは音を立てないように注意して、チョッと離れた位置からソッとカウンターの中を覗き込んだ。

するとそこに人影が見えた。

女の後ろ姿だった。

一瞬、コマルはギョッとした。

が、

良〜く目を凝らしてその後ろ姿を見つめていると、すぐにそれがここのオーナーの蛇魔子の物だという事が分かった。

不審に思ったコマルは、気付かれないよう慎重に蛇魔子の仕種を見ていた。

背後からだったのでハッキリそうだとは断言出来ないが、どうやら蛇魔子は落とした照明の中で床の上に一辺が1m角位で高さも同じく1m程の囲い付きの将棋盤のような台を置き、その前に立ち、その四隅に一本ずつロウソクを立て、その上に八百屋で一般的に売られているナス程度の大きさの牛のフィギュアと、それよりも一回り小さい人間のフィギュアを置いていた。

更に、人間のフィギュアの横にはそれに相応(ふさわ)しい大きさの鋤(すき)と鍬(くわ)も同時に置いてあり、又、盤の上にはギッシリと土が敷き詰められていた。


そこで蛇魔子はコマルの視線に全く気付かず、


「ブツブツブツブツブツ・・・」


一心不乱に、なにやら呪文のような物を唱えている。

加えて、これ又、背後からだったので全く見えなかったのだが蛇魔子のこの奇妙な行動から推(お)して、恐らく両手はなんらかの印相を結んでいたに違いなかった。

そして呪文のような物を唱え終えると蛇魔子はその盤の上に、


「フゥー!!


っと、勢い良く息を吐き掛けた。


その瞬間、


そこに置かれてあった人間のフィギュアが見る間に、まるで本物の人間のようにキビキビと動き始めたではないか。

そして同じく本物のように動きだした牛に鋤(すき)を取り付け、その牛を巧みに操り、まるで本物がそうしてでもいるかのように盤の上の土を耕し始めた。

牛のフィギュアを使って盤上の土を一通り大雑把に耕し終わると、次に人間のフィギュアは鍬(くわ)を手に取り、それを使って丹念に整地し始めた。

それはもうただ小さいという事を除けば、普通の人間のそれと全く同じ動きであった。

人間のフィギュアが盤上を耕し、整地し終わると、蛇魔子は予め用意してあった一掴みの小麦の苗をその人間のフィギュアに手渡し、それを植えさせた。

苗は植えられるとすぐ青々と芽を出し、花が咲き、実がなった。

それは、


「あ!?


っという間の出来事だった。

完全に実が成り終わると、人間と牛のフィギュアをつまみ上げて横にどけ、今度は蛇魔子自身がその実を手際良く刈り取った。

刈り取ってみるとその収穫量は、驚くべき事に洗面器大の大きさの籠一杯分あった。

それから再び蛇魔子が、


「フゥー!!


と、盤の上に息を吹き掛けた。


その瞬間、


先程とは反対に、たった今まで本物のように動いていた人間のフィギュアと牛のそれの動きが、


「ピタッ!!


と止まり、元のフィギュアに戻っていた。

蛇魔子は素早く部屋の照明を点け、フィギュアと盤、それに鋤と鍬を手際よく片付けた。

片付け終わると、次に蛇魔子は棚から碾臼(ひきうす)を取り出して来て先程同様、


「ブツブツブツブツブツ・・・」


何やら実(じつ)に怪しげな呪文を唱えながら、たった今採ったばかりの籠一杯の小麦の実を丹念に碾臼(ひきうす)で粉に挽いた。

挽き終わると、今度はその小麦粉を使って食パンを焼き始めた。

それは朝食用の食パンに違いないとコマルには思われた。

この食パンが焼き上がるまでの間(あいだ)、蛇魔子はズーッと例のあの怪しげな呪文のような物を唱え続けていた。


コマルはこの一連の不可解な出来事を見終わると、静かに気付かれないように注意しながら自分の部屋に戻った。

部屋に戻り、ベッドに入り、再び眠りに付こうとした。

こう思いながら、


『何か嫌な予感がする。 あのパンは食べない方がいいな』


しかし、今見たあの奇妙な光景が頭から離れず、終に全く眠れないまま夜明けを迎えてしまった。



そしてその日の朝7時・・・



コマルは急用が出来たと嘘を吐(つ)き、朝食は取らずにチェックアウトする事にした。

受付カウンターでチェックアウトの手続きをしていると、ミーティング・ルームで朝食を取るため、残りの3人の宿泊客達が殆(ほとん)ど同時にやって来た。

3人はコマルに気付くと軽く会釈をした。

コマルも若干顔を引き攣らせながらも愛想笑いを浮かべ、会釈を返した。

それからチェックアウトの手続きを済ませ、何食わぬ顔で表に出た。

表に出るとコマルは緊張の余り手に汗握りながらも10m程歩き、一応、安全のため後を付けられてはいないかどうかを振り返って確認した。

付けられている形跡は全くなかった。

コマルは思った。


『良し!! 付けられてはいない!!


そしてすぐにUターンしてホテルに戻り、誰にも気付かれないよう注意しながら窓の外からそーっとミーティング・ルームの様子を窺(うかが)った。

その窓は実に運良く庭木に隠れるような位置にあったため、前面道路からは庭木が邪魔になり通行人から見られる心配は殆(ほとん)どなかった。

ミーティング・ルームの中ではコマルに覗かれているとも知らず、3人の客達が何かしきりに感心しながら今朝方(けさがた)のあの怪しさ満点の食パンを実に旨(うま)そうに頬張っていた。

その口の動きから恐らくは、


「旨い旨い」


と、言っているようだった。

それを蛇魔子が嬉しそうに聞いていた。

コマルはその様子を窓越しにジッと見ていた。

そのまま何事も起こらず、暫(しば)し時が経過した。


ところが、5分位経ってからだろうか?



突然・・・











つづく







『進撃のコマル( Attack on DIABLO )』 #1 お・す・ま・ひ