『進撃のコマル( Attack on DIABLO )』 #2
3人の客がほぼ同時に意識を失い、テーブルの上に覆い被さるようにバタバタと倒れ込んだではないか。
それを見て、
『ん!?』
何事かと、コマルは蛇魔子に気付かれないよう十分注意して窓に顔が引っ付く寸前まで身を乗り出し、目を凝らして中の様子を窺(うかが)った。
瞬間、
『ハッ!?』
コマルはたじろいだ。
「ゴクリ!!」
生唾を飲み込んだ。
『ウ〜ム』
自らの目を疑った。
ナゼなら、そこではとても信じられない光景が展開していたからだった。
常識ではとても考えられないような、そして信じられない光景が。
それは・・・
意識を失った客達が・・客達の姿が・・次々にイヌの姿に変わったのだ。
つまり、たった今まで人間の姿だったはずなのに、次の瞬間にはもうイヌの姿に変わっていたという事だ。
それも元のサイズと殆(ほとん)ど同じ大きさの。
そして変わると同時に目覚め、
「ワンワンワンワン。 ワンワンワンワン。 ワンワンワンワン。 ・・・」
勢い良く吠え始めた。
蛇魔子はすぐにイヌに変わった客達に首輪をはめ、それをロープに繋ぎ、隣りのペットショップまで牽いて行き、柵の中に閉じ込めた。
戻って来ると今度は客達の着ていた服はゴミ袋に入れ、金目の物はカウンター脇の金庫の中に仕舞い込んだ。
その一連の出来事を蛇魔子の動きに合わせて植え木の陰から移動し、駐車スペースに止めてあった蛇魔子の車の陰に隠れ、又、植え木の陰に戻って目撃したコマルの心臓は、
「ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、・・・」
張り裂けんばかりに脈打っていた。
恐怖と緊張の余り、全身、グッショリと冷や汗まみれにもなっていた。
そしてその全貌を見て取ると気付かれないよう静かにその場を立ち去り、付けられてやしないかと何度も何度も後ろを振り返りながらコマルは、
『いゃ〜。 危ねぇ危ねぇ、間一髪セーフ。 あの時トイレに行かなきゃぁ、俺も今頃あぁなっちまってた所だったぜ〜。 フゥ〜。 危ねぇ危ねぇ』
そう思った。
更にこうも、
『だが、こんな事はしょっちゅう起こっているんだろうか? それとも今回がたまたまだったのか? もし、こんな事がしょっちゅう起こっているなら当然事件になっているはずだ。 だが、今までここでなんらかの事件が起きたなんて話、一度たりとも聞いた事がない。 そんな噂すらも・・・』
そして冷や汗タラタラで帰路に就きながら、この事は誰にも話さず心の奥底深くにしまい込んだままでいようと固く心に決めた。
それから1ヶ月が過ぎた。
再び、コマルが東京に出張して来た。
いいチャンスとばかり例のビジネスホテルに宿泊する事にした。
前回同様、夜チェックインの朝チェックアウトの予定にしてだ。
コマルはホテルに行く途中、通り掛かりのベーカリー 『ムッシュ・ドーナッツ』 で四枚切りの食パンを買った。
ホテルに近付くにつれ1ヶ月前の出来事が思い出され、不安に駆られコマルの心臓はバックンバックン高鳴った。
それでも勇気を奮い起こしてホテルに向かった。
それもそのはずコマルには一つ、ある計画があったのだ。
人一倍臆病なコマルにしてみれば命懸けと言っても決して過言ではない程の、 『ある計画』 が。
緊張の余り手に汗握り、恐怖と不安で高鳴る心臓を押して暫(しば)らく歩くと例の看板が見えて来た。
そこに書かれてある、
『ホテル三娘子』
の文字が目に入った時にはコマルの不安と恐怖は頂点に達し、心臓は張り裂けんばかりになっていた。
流石にすぐそのまま中に入る気にはなれず、ドアの前でわずかばかり躊躇した。
が、
『ウム!!』
意を決してドアを開けた。
ドアを開けると、目の前の受付カウンターに蛇魔子がいた。
蛇魔子の顔が目に入った瞬間、
「ドキッ!!」
コマルの心臓は更に激しく高鳴り、完璧なまでに生きた心地がしなかった。
全身、既に汗ビッショリ。
そろそろ朝晩の肌寒さに厳しさが感じられ始めて来た10月だというのにだ。
蛇魔子はコマルの顔を見ると、
「いらっしゃいませ。 お待ち致しておりました」
などと白々しく笑顔で挨拶して来た。
その蛇魔子の笑顔を見て、
「ゾ〜〜〜」
コマルは背筋が凍(こお)った。
そのため、
「よ、よろしく・・・」
そう返事をするのが精一杯だった。
それからジーっと見つめる蛇魔子の恐るべき視線を感じつつ、震える手でチェックインの手続きを取った。
その間、蛇魔子はジッとコマルの様子をあたかも観察するかのように見つめていた。
それも何か言いた気(げ)にだ。
帳簿に住所と名前を書き込み、コマルが顔を上げると蛇魔子と目が合った。
再び、
「ドキッ!!」
コマルの心臓の音だ。
その動悸の余りの激しさに、一瞬、心臓が口から飛び出すのではないかとさえコマルには感じられた。
一瞬コマルは、その心臓音が自分の体内で高鳴ったにもかかわらず、その余りの激しさのため目の前にいる蛇魔子に聞こえてしまったのではないかと焦(あせ)った。
それ程のインパクトがあったのだ、その時起こった動悸は。(「これをセカンド・インパクトと言う!!」なんちゃって・・・てへへ by コマル)
更に次の瞬間には、
「ゾヮ〜〜〜」
冷や汗が一気に噴出(ふき)し、全身汗びっしょり。
ほんの2〜3秒でだ。
しかもその冷や汗びっしょりの全身は、
「プルプルプルプルプル・・・」
恐怖で小刻みに揺れてさえいた。
コマルはその時感じた恐怖の激しさにそのまま蛇魔子の目を見ているのに耐え切れず、不自然にならないよう慎重に体勢を入れ替え、蛇魔子に背を向け、ミーティングルームに目をやった。
誰もいなかった。
『ん!? 誰もいない!?』
そのコマルの思いを読んだに違いない。
背後から蛇魔子が声を掛けて来た。
「本日のお泊りは、お客様お一人だけでございます」
その言葉を聞き、
「ゾ〜〜〜」
又してもコマルは背筋が凍った。
反射的に、
『な、何かしなくちゃ、ま、間が持たない!?』
そう直感し、ぎこちないながらも腕時計に目をやった。
瞬間、
『ナイス!?』
コマルは思った。
咄嗟(とっさ)に取った行動だったが、
『これで間が取れる!?』
無意識にコマルはいい反応をしていたのだ。
そして文字盤を読んだ。
時計の針は既に夜の9時を回っていた。
という事は、もう他に客が来るというのは考え難い。
つまりそれは、どうやらその日の客はコマル一人だけになりそうだという事を意味する。
果してその日の客はコマルだけという事は・・・
幸なのか不幸なのか?
チャンスなのかピンチなのか?
一体全体、いかなる結果が待ち受けているのであろうか?
一瞬、コマルの全身に戦慄が走った。
それをグッと堪(こら)え、コマルはなるべく自然さを装いながら、
『本日のお泊りは、お客様お一人だけでございます』
と先程蛇魔子の言った言葉に、
「あ!? あぁ。 そ、そう」
とだけ答えた。
それ以上はとてもムリだった。
つー、まー、りー、・・・
「無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
だった、つー事ですねん。
ハィ〜〜〜。
それを聞き、
「はい」
蛇魔子が頷いた。
「な、なら・・・。 こ、今夜は僕一人の貸切りという事だね」
漸(ようや)くコマルの口から真面(まとも)に言葉が出た。
「はい。 左様(さよう)でございます」
嬉しそうに蛇魔子が微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、心が和(なご)むどころか逆にコマルは恐ろしさの余り、
「ゴクッ!!」
生唾を飲み込むのが精一杯で言葉が出せなかった。
そんなコマルに蛇魔子が聞いた。
「明日の朝食は、いかが致しましょうか?」
蛇魔子の言ったこの 『明日の朝食』 という言葉を聞き、
「ドキッ!!」
又しても、コマルは肝を冷やした。
そして、
「あ!? ぁ、あぁ。 た、た、頼みます」
折角(せっかく)、ぎこちないながらもそれなりに言葉が出るようになったのも束(つか)の間。
コマルは恐ろしさの余り、再び呂律(ろれつ)が上手く回らなかった。
『ヤ、ヤバイ!?』
反射的にそう思い、一呼吸置いた。
それから平静を装い、吃(ども)らないように慎重、且つ、ユックリと言葉を続けた。
「こ・・・。 こちらは確か、朝は食パンが出るんでしたよね?」
「はい」
「で・・・。 では、食パンは焼かずにお願いします。 猫舌なもんで、熱いの苦手なんです。 それにバターは塗らないで下さい。 パンだけの味を楽しみたいので」
「左様でございますか。 はい。 承知致しました」
「す、済(す)みません」
そう言ってカギを受け取り、コマルはそそくさと指定された部屋に向かった。
そしてベッドに入らずに静かに時を待った。
そぅ。
深夜、午前3時の丑三つ時を。
♪ 午前3時の東京ベイは・・・ ♪
ナンゾと歌いながら・・・ (かどうかは知らないが。。。)
つづく
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『進撃のコマル( Attack on DIABLO )』 #2 お・す・ま・ひ