『進撃のコマル( Attack on DIABLO )』 #3




果たして深夜、午前3時の丑三つ時 ―



コマルは音を立てないよう十分注意して部屋のドアをチョッと開け、息を殺し、目を凝らして廊下の様子を窺(うかが)った。

そこに蛇魔子の姿はなかった。

その気配すら。


『良し!? いない!!


コマルは思った。

そしてドアを開け、廊下に出ると抜き足差し足でカウンターを目指した。

カウンターからは前回同様ほんのりと明かりが漏れていた。

ソ〜ッと音を立てずに、カウンター脇のこの間の場所まで来た。

そこでも又、息を殺し、目を凝らしてカウンター内の様子を窺った。

そこでは前回と全く同じ事が行なわれていた。

つまり例の小麦粉作りだ。

それがまるでビデオかDVDでも見ているかのように、正確に再現されていたのだ。

それを確認すると、再びコマルは気付かれないように慎重に部屋に引き返した。

そしてベッドに入った。

が、

不安と緊張と興奮の余り、全く寝付けなかった。

いくら羊の数を数えて眠りに就こうとしてもムダだったのだ。

それも完璧なまでに。



つー、まー、りー、・・・



「無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!


だった、つー事ですねん。


ハィ〜〜〜。



― そしていよいよ早朝7時 ―



ミーティング・ルームで蛇魔子がコマルのテーブルの上に、何も手を加えていない食パンとハムエッグを並べた。

そしてカウンターに戻ろうと背を向けた瞬間、


『今だ!?


コマルは前日 『ムッシュ・ドーナッツ』 で買って来て置いた食パンと蛇魔子が今運んで来た食パンとを素早く取り替えようと、懐にしまい込んで隠していた食パンの入ったムッシュ・ドーナッツのロゴ入り袋を取り出した。

そして中身を取り替えようとした。


だが、


「プルプルプルプルプル・・・」


手が震えて思うようにはならない。

いつ蛇魔子が振り返るかと気が気じゃないからだ。

心臓はバックンバックン。

冷汗タラタラ。

しかし手は思うようには動かない。

焦るコマル。

今、蛇魔子が振り返ったら一巻の終わり。

コマルの計画は全てオジャン。

その後には何が待っているか想像も付かない。

しかし乗り掛かった船。

後戻りは出来ない。

最早コマルに後はなし。

蛇魔子がカウンターに戻って振り返るまでが勝負。

その間、恐らく僅(わず)か2〜3秒。

あって4秒。

5秒もない。


そして、


終に、蛇魔子がカウンターに着いた。

その中に入り、体の向きを変え、


「チラッ!!


コマルを見た。



その時・・・



「パクッ!!


コマルが食パンを1枚手に取り、一口かじった。

作戦完了。

入れ替え終了。

間一髪セーフ。

コマルはなんとか間にあったのだ。

そしてそのまま蛇魔子の視線を感じながら、何食わぬ顔でその1枚を一気に食べた。

それも白々しく実に旨(うま)そうに、


「ウンウン」


などと、然(さ)も納得したかのように大袈裟に頷(うなづ)きながらだ。

それから蛇魔子の作った食パンの入った 『ムッシュ・ドーナッツ』 の袋を手に持ち、セルフのコーヒーを注ぎに来たフリをして蛇魔子のいるカウンターに近付き、不自然にならないように気を付けながら話し掛けた。


「あの〜。 チョッといいですか?」


「はい。 なんでしょう?」


「実は今、僕、ムッシュ・ドーナッツでコックの見習やっているんです」


そう言いながら手にしていた袋を蛇魔子に見せ、中から今取り替えたばかりの蛇魔子の作った食パンを、買った時にもらって置いたムッシュ・ドーナッツのロゴ入りティッシュで巻いて取り出した。

そしてそれを差し出しながら続けた。


「コレッ!! 夕べここ来る前に店で焼いたもんなんですヶど、もし良かったらチョッと食べてみては頂けませんか? ご意見伺(うかが)いたいんです。 他に意見を聞ける知り合い、いないもんで」


蛇魔子は黙って何か考えながら、ジッと今コマルが差し出した食パンを見つめていた。

その蛇魔子の表情を見て、


「ドキッ!!


一発、コマルの心臓が高鳴った。


『ウッ!? ば、ばれたか!?


一瞬、焦った。

だが、乗り掛かった船。

最早、後へは引けない。

コマルは覚悟を決め、一か八か(いちかばちか)強く出た。


「グィッ!!


手にしていた蛇魔子の作った食パンを蛇魔子に向け、更に差し出した。

否、突き出した。


「いかがでしょう? コレッ!! 食べてみては頂けませんでしょうか? 一口だヶでも・・・」


このコマルの強引な、半ば強制的な申し出を聞き、それはそれ、これが客商売という物だろう。

もう後数分もすればコマルはイヌに変わると分かってはいたが、サービス精神からだろうか蛇魔子はニッコリ笑い、


「えぇ。 喜んで」


そう答えてコマルの突き出した・・実は蛇魔子本人が作った・・食パンを手に取り、二口三口(ふたくちみくち)頬張った。

すると、


「ん!?


不意に、蛇魔子が眉間に皺を寄せた。


瞬間、


「ドキッ!?


コマルの心臓は爆発しそうだった。


『バ、バレタか?』


うろたえた。

そんなコマルを余所目(よそめ)に、蛇魔子が繁々と手にしている食パンを見つめてこう言った。


「この味!? アタシが作った物とそっくり」


『え!?


蛇魔子のこの言葉に、恐怖で体が凍(こお)り付き、


「・・・」


コマルは言葉が出せなかった。

心臓はもう爆発寸前。

生きた心地がしない。

そうとは知らずに蛇魔子が続けた。


「合格ょ。 これなら人前に出しても恥ずかしくないんじゃないかしら」


『え!?


蛇魔子のこの言葉に、今度は逆にホッとした。


そぅ。


その時コマルは心底ホッとしたのだ。

でも、


「あ、ありがとうございます」


一言そう言うのがやっとだった。

そしてクルッと蛇魔子に背を向け、ユックリと元の席に戻った。

後は何もせずに時を待つだけだった。

テーブルの一点をジッと見つめ、ユックリと残りの食パンとハムエッグに手を付け、静かにコーヒーをすすりながらその時を待った。

当然、蛇魔子も。


そして5分が経過した。


すると、やはりこの間目撃したのと全く同じように、蛇魔子はバタリと受け付けカウンターの上に覆いかぶさるように倒れて気を失い、やがてイヌの姿に変わり、


「ワンワンワンワン、ワンワンワンワン、ワンワンワンワン、・・・」


勢い良く吠え始めた。

それを見ると大急ぎでコマルはカウンターの奥に蛇魔子が隠していたフィギュアの人と牛、それに鍬と鋤を取り出して予め用意してあった袋にそれらを納め、持って来ていたボストンバックの中にそれをしまった。

金庫の中身も失敬したかったが、なんとなく後ろめたかったのでそれは止めた。

これがコマルの計画だったのだ。

だが、実を言うとコマルはここまでしか考えてはいなかった。

逆に言えば、ここから先の事は何も考えてはいなかったという事だ。

ただ、


『チョッとスリルを味わってみよっか』


程度の考えしか持ってはいなかったのだ。

もっともやった事は命懸けだったのだが。

しかし、事は既に動き出してしまっていた。

つまり、


『賽は投げられた』


状態に突入してしまっていた。

乗り掛った船。

成り行き上、仕方がないのでイヌはそのままにしてホテルを出た。


だが、


どうした訳かイヌがコマルの後に付いて来るではないか。

気味が悪いのでコマルが歩く速さを速めた。

するとイヌもピッタリとコマルをマークするように歩く速度を速めた。

コマルがダッシュすればイヌもダッシュ。

ユックリ歩けばイヌもユックリ。

といった具合だ。

コマルが立ち止まり、振り返ってイヌを見た。

イヌもジッとコマルの目を見つめていた。

しかし、特に悪さをするようには見えなかった。

コマルは思った。


『コイツをここに置き去りにするより、手元に置いて監視する方が却って安全かもな・・・』


そして思い切って聞いてみた。


「付いて来たいのか?」


それを聞き、


「コックリ」


イヌが頷いた。

本来なら、このまるでテレビドラマか映画のようなやり取りは先ずあり得ないばかりか、第一、イヌの行ったこのリアクションに至っては極めて不気味なはずだ。

しかし、今のコマルの精神状態はそれを不気味とは感じなくなっていた。

というのも、

それまで味わって来ていた極度の不安感、恐怖、緊張感などから来る極限までのプレッシャー。

そして立てた計画が余りにも上手く行過ぎた事による過度の達成感から来る抑揚感。

そういった物からコマルは事の展開に、 


『麻痺』


てしまっていたのだった。

挙句の果てに、


『良し!! 一緒に連れて行こう!!


などとコマルはそのイヌを連れて行く事に、なんの躊躇(ためら)いも感じなかった。

そのため、無用心なので一旦ホテルに引き返し、鍵を探した。

鍵はカウンター脇に打たれてある釘に引っ掛けてあった。

そしてキチンと戸締りをしてドアの鍵を掛けた。

もっとも午前10時ともなれば、隣のペットショップ開店のため蛇魔子の若いツバメが来る。

だからそれまでのためだった。

ホテルの鍵はペットショップの郵便受けの中に入れた。


暫らく歩いていると金物屋があったので、その中に入り、イヌに変身した蛇魔子に合うサイズのイヌ用の首輪と鎖を買った。

それから首輪と鎖を蛇魔子にセッティングし、引っ張って歩いた。

蛇魔子もそれを嫌がりはしなかった。

しばらく歩いて、


『ハッ!?


コマルはある事に気が付いた。


『そうだ!? こんな大きなイヌ連れじゃ、電車に乗れない!?


そぅ。


電車に乗れない事に、その時初めてコマルは気が付いたのだ。

つまり家に帰るためには歩きで帰るか、イヌ連れでも乗れる乗り物を手配しなければならないという事だ。

コマルは暫し呆然と佇(たたず)み、どうすれば良いかをあれこれ思案していた。



その時・・・











つづく







『進撃のコマル( Attack on DIABLO )』 #3 お・す・ま・ひ