第1話 『最後の一杯』
男は・・・
酔いつぶれていた。
馴染(なじ)みの小料理屋の女将の前で。
原因は、
3年間付き合った大のスコッチ好きの彼女と些細な事で口論となり、それが徐々にエスカレートし、売り言葉に買い言葉。
つい弾みで自分の方から別れ話を持ち出し、その彼女と3時間前に別れてしまったからだった。
男は自分の行った愚かな行為を悔やんでいた。
悔やんでも悔やんでも悔やみきれないほどに。
まだ彼女を心底愛していのだ。
だが、
“時既に遅し”
彼女の気位(きぐらい)の高さを考えると、もう二度と元へは戻らないだろうと観念せざるを得なかった。
そしてその憂さを晴らすために馴染みの小料理屋でやけ酒を飲んでいたのだ。
男のそんな切実な思いを察し、女将は黙って男に酒を注(つ)いでいた。
しかし男が正体をなくすほど飲んだのを見て、次に男が酒のお代わりを頼んだ時、
「これが最後の一杯ですよ」
そう言いながら女将はグラスに酒を注(つ)いだ。
男はその酒をグラス越しに一旦、酔った焦点の定まらない目で繁々と眺めた後、一気にあおった。
まるでそれが酒ではなく、ミネラルウォーターか何かででもあるかのように。
否、そうじゃない!?
あえてこう言おう。
“親の仇(かたき)”
ででもあるかのようにと。
ウム!?
この表現の方がピッタリ来る。
そしてバタッとカウンターに酔いつぶれてしまった。
握っていたグラスをコトッと倒したのと同時に。
だが、女将は何も言わず男をそのままソッとしておいた。
『今は何を言ってもムダね。
つー、まー、りー、・・・
「無駄ーーー!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
ね。 静かに寝かせておくのが一番』
そう思ったからだった。
そんな情の濃(こま)やかな女将のやっている小料理屋は駅前の大通りから一つ、二つ、三つ目を脇に入った裏通りにあった。
そしてその店の最寄駅から急行で3駅乗ると、こじんまりとしてはいるがチョッとモダンなバーにたどり着く。
男が小料理屋で酔いつぶれた丁度その頃。
そのバーのバーテンダーが馴染みの女性客のグラスに、その女の大好きなスコッチを 『トクトクトクトクトク』 と静かに注(そそ)ぎながらこう言った。
「これが最後の一杯ですよ」
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第1話 『最後の一杯』 お・す・ま・ひ