第2話 『港町ブルース』





そこは・・・


港町だった。

とはいっても海岸からは若干距離があった。
それでも停車駅に降り立つと、ツーンと潮の香りが感じられた。
そしてその町にも御多分(ごたぶん)に洩(も)れず飲み屋街があった。
俗にいう 『何々横丁』 だ。
その飲み屋街の一角にチョッと古びたレンガ造りのこじんまりとしてはいるが、その古びたレンガの醸(かも)し出すオールドファッションド感が何とも言えない味を出している、センスのいいバーがあった。

時は夕暮れ。

そのバーのドアが、

『ギー』

っと開いた。
マスターが顔を上げると、一人の男と続いて一人の女が入って来た。
男はその店の古くからの馴染みの客だった。
というより、そのマスターの幼馴染でそこの常連客だったといった方が正しいか?
しかし、その男がその店に来たのは3年ぶりの事だった。
だが、それはそれ。
旧知の仲のマスターと男。
互いにアイコンタクトで会話が出来、言葉は必要なかった。

『ただ見つめあう』

ただそれだけで良く、二人は目と目だけで挨拶を交わした。
というのも、男が見知らぬ女を連れていたからだった。
だからマスターは女を見ると直ぐ、それまで壁に掛けてあった額縁に入った四つ切大の写真を外し、言葉で挨拶するのを避け、アイコンタクトに切り替えたのだ。
それは、

『口を開くのは男の方が先』

という一瞬の判断からだった。

“余計な事は、言わない聞かない”

それがその二人の暗黙のルールであり、マスターが挨拶をアイコンタクトに切り替えたのはその所為(せい)でもあった。

一方、

その男の連れの女は日本人としては大柄で、身長は1メートル70近くあると思われた。
そして目がとても大きく、ハリウッド女優のニコール・キッドマン似の超美人だった。
もっとも、男の方も中々の美男でしかも身長は1メートル85。
そのため二人のバランスはバッチリだった。
そんな男と女がカウンターに着くと、マスターが男に向かって目で何かを訴え掛けながら初め右手人差し指一本を立て、次いで中指を立てた。
これに男がチョッと頷(うなづ)き、やはり右手人差し指と中指を同時にマスターに向けて立て返した。
これで注文は決まった。

つまりそれは、

「いつものヤツ、一つ? 二つ?」

「二つ」

というやり取りだったのだ。
注文が決まったのでマスターが徐(おもむろ)にシェーカーに何種類か必要なリカーを入れ、手慣れた手つきでそれを振り始めた。
女は暫(しばら)くマスターのその手慣れたしぐさを見ていた。
それからユックリと、自分たちの他はまだ誰も客の来ていない店内を見回し、男に向かってこう言った。

「素敵なお店ね」

「あぁ」

「よく来るの?」

「昔はね」

そう答えてから男が、

(クイッ!!)

マスターに向かって顎をしゃくった。
それに反応してマスターが、

(コクッ!!)

軽く頷(うなづ)き、

「3年ぶりかな?」

逆に男に聞き返した。

「あぁ。 3年ぶりだ」

そこで会話が終わった。
一瞬、言葉が途切れ、ぎこちない間(ま)が出来たが、丁度タイミング良くマスターがシェーカーを振り終えた。
そして手際良くシェーカーの酒を二つのカクテルグラスに移し替え、

(スゥー。 スゥー)

それらを男と女の前に滑らせた。
そのグラスを手に取り、二人は互いに見つめ合い、微笑み合い、

(チン)

軽くグラスを当てて乾杯した。
二人がカクテルグラスに口をつけ、一口すするように飲み、グラスを下したのを見てからマスターがサイドボードの中に入れてあった葉巻の入っているシュガーケースを取出し、男、女の順に差し出した。
男は一本取ったが、女は手のひらを立てて断った。
女はタバコを吸わなかったのだ。

(カチッ!!)

男が吸い口をカウンターの上に置かれていた葉巻カッターで切り、その葉巻をくわえると、

(シュポッ!!)

直ぐにマスターが愛用の ZIPPO (ジッポー)に火を点け、

(スゥー)

男に向けて差し出した。
男はその火を葉巻に移した。
それから葉巻に火を移す時に吸い込んだ煙を一旦吐き出し、そしてもう一度、

「スゥ〜」

っと軽く口の中に煙を吸い込み、

「フゥ〜」

ユックリとそれを吐き出した。
それが合図ででもあったかのように、3人の会話がまた始まった。
先ずは女の紹介から。
その女は男のフィアンセで半年前に知り合い、そして半年後に結婚する予定になっていた。
その日はその報告を兼ね、マスターを式に招待しに来たのだった。
マスターも快くそれを承諾した。
後は殆(ほとん)ど他愛もない男とマスターの昔話に終始した。
そして30分ほど話し込んでから、男と女は会計を済ませ店を出て行った。
店を出て行くその二人の後ろ姿を見送ってから、マスターが先ほど男の後に女が入って来たのを見て直ぐに外した、それまで壁に掛けてあった写真を手に取り、感慨深げにしばらくそれを眺め、それから元あった所に戻した。
その元に戻された写真には、カメラのレンズに向かって楽しそうに笑い掛けている二人の男と一人の小柄な女が写っていた。
二人の男はその店のマスターと先ほどの男。
そしてその二人に挟まれて幸せそうに笑っていた小柄な女の右肩には、男の右手が掛かっていた。

そぅ・・・。

実はその小柄な女は、3年前交通事故で死んでしまったマスターの妹であると同時に先ほどの男のフィアンセだったのだ。

それからマスターは、BGM用のCDの入ったケースからお気に入りのCDを取り出し、プレーヤーにセットした。
そしてもう一度、あの写真に目をやった。
妹と目が合った。
写真の妹は嬉しそうにニッコリ微笑んでいた。
そのマスターと妹だけの空間にプレーヤーから、たった今セットされたばかりのミュージックが流れ始めた。
それは妹が大好だった曲で、二人で良く聞いていたカンツォーネ。
Bobby Solo (ボビー・ソロ)の歌う、

『君に涙と・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほほえみを』

だった。











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