以下は、2008/7/31〜2008/08/10に有栖川呑屋コマルが今は無き Doblog にうpしちゃったヤツ da ピョ〜〜〜ン。。。 これは恋愛物なのじゃ。
そ、れ、も、・・・た〜ったの3分間の。。。
(第五話) 『道 ― 3は想い出そしてサヨナラの数字―』 Part1
「12時・・・ジャストかぁ。 フゥ〜」
それはどんよりと曇った、しかし蒸し暑い7月ある日の事だった。
『イャー。 しっかし暑い。 言いたかないが、イャー暑い。 こんな時にゃ、よっく冷(ひ)えた冷(つめ)た〜〜〜いビールをグビィーっと一杯・・・。 ってムリか
つー、まー、りー、・・・
『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』
ムリか』
俺、加藤健一。
28歳。
リーマン。
一応、知ってる人は知っているっぽい会社の企業戦士。
出世街道にはナントか乗れている・・・ようだ。
今、俺のいるここは信号待ちの交差点。
場所は渋谷。
チッっとバッっか広っぽい道路。
特に何かしてる訳でもないのに、ただ立ってるだけでポタポタ滴(したた)り落ちる汗を拭き拭き、俺は信号が青になるのを待っていた。
手持ち無沙汰だったので何気(なにげ)に腕時計を、チラ見したって訳だ。
すると腕時計の針はジャスト12時00分00秒を告げていた。
気ン持ちいぃーーーぐらいジャストだ。
それからユ〜〜〜ックリと俺は顔を上げた。
そして見るとはなしに道の反対側を見た。
大勢人がいる。
大人に子供、日本人に外国人、老若男女(ろうにゃく・なんにょ)様々だ。
皆、一様に信号が青になるのを待っている。
だが次の瞬間・・・
「アッ!?」
時間が止まった。
俺は思わず声を上げ、その場に立ち尽くしていた。
その大勢の中にいるたった一人の女の姿に目が釘付けになったままで。
『ア、アレは〜・・・。 ま、まさか!?』
俺は前に大きく身を乗り出し、もう一度良〜〜〜っく目を凝らしてその女を見つめた。
『否、違う!! まさかなんかじゃない!! アレは〜、麻美。 そうだ、麻美だ!! 間違いない、麻美だ!!』
俺の目の前、道を挟んだ反対側おおよそ10メートル程先にかつての恋人、朝霧麻美(あさぎり・あさみ)の姿があった。
信号は赤。
偶然の出会いだ。
だが、気付いたのは俺だけ。
麻美はまだ俺の存在には全く気付いてはいないようだった。
俺は一目で分かったのに。
『こ、こんな事があるなんて!?』
俺はまるで絵に描いたような、誰か目に見えない演出家がいて巧みに仕組まれたような、この信じられない再会に驚きと共にある種の感慨めいた物・・・つまり運命。
そぅ!?
運命・・・
俺はその時運命を感じ取っていたのだ、俺達の過去の回想と共に。
俺と麻美の過去の物語、人生という壮大なドラマの回想と共に間違いなくそれを感じ取っていたのだ・・・その時俺は・・・確かに。
そして・・・
それが起こったのは今から3年前。
・・・それは今から丁度3年前の7月ある日の事だった。
(トントン。 ガチャ)
「失礼します」
俺は一言(ひとこと)そう言い、
(ギィー、パタン)
伏し目がちに第一会議室に入室し、一礼して顔を上げた瞬間、
(ドキッ!?)
『な、なんだコリャ!? 重役連、揃い踏みジャねぇかぁ。 ま、まいったなぁ』
俺は顔を上げた途端(とたん)大いにビビッタ。
何せ社長を中心に、専務、常務、それに殆(ほと)んどの取締役連中が目の前にデーンと構えているのだ。
丁度、新入社員採用試験の面接時のように。
『ま、まるで面接試験だ!?』
そう思いながら
「第一営業部の加藤です。 部長の加山からこちらへ来るように言われてまいりました」
と俺が言うと。
突然、
「ファーラポルトゥゲス」
と大山専務が訳の分からぬ言葉を口走った。
「エッ!?」
思わず驚きの言葉が口を突いて出た。
すると専務が再び、今度はややユックリ目に同じ事を言った。
「Fala portugues? (ファーラ ポルトゥゲース)」 (ポルトガル語が話せるか?)
『ン!? ポルトガル語か?』
俺は聞き返した。
「Portuges? (ポルトゥゲース)」 (ポルトガル語ですか?)
「Sou sim. (ソゥ スィン)」 (そうだ)
「Falo um pouco. (ファーロ ゥン ポゥコ)」 (チョッとだけなら)
「Por que aprendeu o
portugues? (ポルケ アプレンデゥ ォ ポルトゥゲース)」 (ポルトガル語を覚えた理由は?)
「Para Copa do Mundo.
De 2002. (パラ コッパ ド ムンド。 ジ ドィス ミゥ ィ ドィス)」 (サッカーワールドカップです。 2002年の)
「Copa do Mundo?」 (ワールドカップ?)
「Sou sim. (ソゥ スィン)」 (そうです)
・・・
・・・
というような、そんなポルトガル語のやり取りがしばらく続いた。
そして最後に専務が一言こう言った。
「Bem, voce fala
portugues, nao esta mal. (ベン ボセ ファーラ ポルトゥゲース ナゥン エスタ マゥ)」 (よろしい。 君のポルトガル語は悪くない)
「Muito obrigado. (ムィント ォブリガード)」 (有難うございます)
ここで専務が意味有り気に社長に目配せ。
すると社長が、
「以上だ。 ご苦労。 下がって宜しい」
そう言った。
「ハッ!! 失礼致します」
俺は訳も分らず、狐にでもつままれたような気分で一礼してその場から退出した。
『今のは一体何だったんだ? ポルトガル語の試験か? しっかし専務があれほど堪能だったとは・・・? それにしても俺が片言とは言えポルトガル語を話せるのを一体ドッから? ・・・』
と、そんな事を思いながら。
あぁ、そぅだ!?
子供ン時からサッカー少年だった俺は、一時は本気で将来はブラジルにサッカー留学したいなんゾと真剣に思い込み、むか〜しポルトガル語をチョッとかじった事があった。
それが2002年、日本でワールドカップが行なわれたのを契機に会話位はと思い、暇な時に会話の練習らしき事を始めていた。
まぁ、忙しい身だから本格的にという訳にはゆかず趣味程度ではあったんだが。
その成果が今日チョッと出た・・・かな?
しかしアレは、さっきのアレは一体何だったんだろうか?
そしてその日はそれで何事もなく終わった。
次の日も。
その又、次の日も。
だが、3日後。
再び、今度は専務室に呼ばれた。
(トントン)
「第一営業部の加藤です」
中から声がした。
「入りたまえ」
専務の声だった。
(ギィー)
「失礼致します」
(パタン)
ドアを閉めて一礼してから専務に聞いた。
「何か御用でしょうか?」
「あぁ。 まぁ、楽にしたまえ」
「はい。 有難うございます」
「単刀直入に言おう。 君には至急ブラジルに飛んでもらう事になった」
「エッ!?」
「君の事は調べさせてもらった。 その上での決定だ。 実は、一週間ほど前。 我が社のブラジル支社の支社長が交通事故に遭ってな。 幸い命に別状はなかったのだが、当分現場復帰は難しいとの報告があったんだ。 よって至急、後任を送らねばならなくなった。 ポルトガル語の出来る社員をな。 何人か候補がいた中で君にその白羽の矢が立ったという訳だ。 君のコレまでの実績を評価しての事だ。 それにマァマァ言葉にも不自由はなさそうだしな。 当面は支社長補佐という肩書きになるが・・・。 どうだ? この話受けてくれるな?」
「は、はぁ。 し、しかし・・・」
「何だ? 嫌なのか?」
「い、否。 あ、あまりに突然だったものですから・・・」
「あぁ、そぅか。 まぁ、ムリもない。
つー、まー、りー、・・・
『無理ーーー!! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』
もない。 だが事は緊急を要す。 モタモタしている暇はない。 この人事は異例の大抜擢だ。 三階級特進とでも言った所か・・・。 君にとっても悪い話ではないはずだ。 今すぐにとは言わない。 良く考えて返事は明日中でいい。 我が社は今 BRICs(ブリックス)、取り分けブラジルに一番注目している。 それに見合う投資もしているし、これから更に倍増する予定でもある。 その支社長補佐ともなれば本社の営業部課長、否、次長格だ。 否、もっと上か。 いずれにしてもそこを良く考えるように。 この話受けてくれるようなら今月中にはフライトしてもらう。 速やかに身辺整理をしておくよう。 以上。 下がって宜しい」
「は、はい。 失礼致します」
「ウム」
(ギィー。 パタン)
一礼して部屋を出て直ぐ、俺は思った。
『ブラジルかぁ・・・。 それにしても何て急な。 だが・・・』
会社人間の俺に取ってこの話は、正に青天の霹靂(へきれき)、
『ダルマさんが転んだ』
あ、違うか!?
『幸運の女神様が微笑んだ』
だ!?
そぅ、それ以外の何物でもない。
何せ、異例の大出世なんだからな。
エヴァに例えるなら、ヤシマ作戦で初号機が第5の使徒ラミエル(新劇場版では第6の使徒)に対して放った、ポジトロンスナイパーライフル(陽電子砲)3発分位の威力だ。
もぅ、気分は最高。
ウハウハ状態。
躍り上がらんばかりだ。
問題なんてありゃしない。
断る理由なんて、ナァ〜ンも・・・な。
『アッ!?』
あった!?
たった一つ・・・
そぅ、たった一つ!?
そして・・・そのたった一つが・・・
問題だった。
・
・
・
・
・
つづく
(第五話) 『道 ― 3は想い出そしてサヨナラの数字―』 Part2
「何? 健ちゃん、話って?」
「ウン。 ・・・」
チョッと口ごもる俺。
そんな俺の様子を不可解そうに見つめる麻美。
しばし続くぎこちない間(ま)。
ここは渋谷にあるとあるビルの中にある喫茶店。
駅からさほど遠くない上、窓越しに眺める景色が好きで待ち合わせするには最高の場所。
俺の、否、俺達の秘密の隠れ家・・・って、チョッと大袈裟か。
それでも、まぁ、秘密基地ってトコかな?
その秘密基地で今俺は恋人の朝霧麻美とデート中。
時間は夜の7時。
俺達お気に入りの窓際の4人掛けのテーブル。
俺がベンチシートで麻美が椅子。
向かい合って座っている。
いつも通りだ。
どっちが先に来ようと関係なし。
このテーブルに着ける時はいつも、決まって麻美が椅子で俺がベンチシート。
二人だけの暗黙のルールってヤツだ。
丁度そこへ頼んだコーヒーが運ばれて来た。
慣れた手つきで俺の前にカップと伝票を置いてウェイトレスが戻って行く。
俺よっか早く来ていた麻美の前にはティーカップ。
中には飲みかけのレモンティ。
「ごゆっくりどうぞ」
一言、そう言って立ち去るウェイトレスの後ろ姿を見送ってから、
「ウン。 実は、いい話つーかぁ、困った事になったつーかぁ。 ・・・」
と、またまた口ごもる俺。
「何? 意味分かんない? 分かるように言って」
「ウン。 あのさぁ、麻美。 俺達って結婚すんのかなぁ?」
「エッ!? 突然どしたの、結婚だなんて? 今日の健ちゃん、なんか変だょ」
「ウン。 俺、今日専務に呼ばれちゃって・・・」
「・・・」
「ブラジル行けって言われちゃって・・・」
「ブ、ブラジル!?」
「ウン」
「ど、どういう事?」
「栄転て事。 つまり出世。 それも大出世。 専務は三階級つったけど、五階級位特進の」
「どの位行ってるの?」
「たぶん最低でも3年、いや5年は・・・。 あるいはもっとかも」
「エェー!? そ、そんなにぃ!?」
「たぶん」
「・・・」
「行ったら行きっぱなしになると思う。 なんせ地球の反対側だし」
「じゃ、じゃぁ、あたし達。 ・・・」
「そ。 一緒に行くか、遠距離恋愛か、それとも・・・」
「・・・」
「・・・」
「い、いつ行くの?」
「明日、返事して。 今月中」
「エェー!? そんな直ぐぅ!? あ、あと2週間もないじゃない!?」
「ウン」
「・・・」
「・・・」
「あたし・・・。 あたし行けないょ・・・」
「ウン」
「・・・」
「・・・」
「断われないの?」
「断わったら、俺会社止めなきゃなんない。 たぶん」
「・・・」
「・・・」
「あたしダメだょ、行けないょ。 ・・・。 パパ、パパの・・・」
「・・・」
「・・・」
「ウン。 分かってる」
「・・・」
「俺も、行けばダイダイ大出世。 行かなきゃ辞表」
「・・・」
「親は兄貴が見てくれてるから、その心配は要らないんだけど・・・。 会社は止めらんない」
「・・・」
「俺、行かなきゃなんない」
「・・・」
「・・・」
「わ、悪いけど、あたし帰るネ」
(ガタッ!!)
椅子を引く大きな音を立て、隣の椅子に置いてあったバッグを引っ手繰(たぐ)るように取り、それを開け、財布を取り出し中から千円札をつかみ出し、テーブルに置くと逃げるように麻美は店を出て行った。
俺の顔を見る事もなく。
突然の麻美のこの行動に一瞬俺は呆然となった。
ただ、麻美を見つめている事だけしか出来なかった。
だが直ぐに、
『ハッ!?』
我に返った。
そして、
「麻美!!」
俺は大声で麻美の名を呼び、横に置いてあったカバンを慌ててつかみ。
伝票をわしづかみにし、急いで会計を済ませ、麻美の後を追った。
店内にいた客の殆(ほと)んどが、何事だという表情を浮かべて俺の様子を好奇心丸出しで見ていた。
しかしその時の俺にとってそんな事はどうでも良かった。
どうでも良くないのは大切な人。
そぅ。
その時の俺にとって両親の次に、否、それ以上に大切な人の後を追う事だった。
(タタタタタ・・・)
店の外に出た。
麻美が小走りに道を横断していた。
信号は既に赤。
信号無視して俺も渡ろうとした。
一歩足を踏み出した。
その時、
(ププゥーーー!!)
既に車が走り始めていた。
俺は慌てて渡るのを止めた。
一旦クラクションに反応してその音のする方に移した目線を、再び麻美の後ろ姿に向けた。
そして思った。
『もうダメだ!? 追いつけない!!』
渡りきった道の人込みの中に麻美の姿が消えて行く。
俺はその消えて行く後ろ姿を黙って見ていた。
駅まで追い掛ければ追い掛けられたのだが、それをしなかった。
麻美が駅とは反対方向に走って行ったからだ。
だがそれだけではなかった。
俺が最後まで麻美を追わなかった理由、それは・・・。
分かっていたからだ。
麻美が俺に涙を見せたくなかった気持ちが。
そして俺にレモンティ代をおごらせる事なく、ツリさえも無視して立ち去った訳が。
麻美には半身不随の父親がいる。
半年前、交通事故にあった。
同乗していた母親は即死。
運良く生き残った父親は、不遇な体に。
一人娘の麻美は働きながら献身的に父親の介護をしていた。
否、
しなければならなかった。
俺も麻美の両親は良く知っている。
否、俺だけじゃない。
俺の両親、兄貴さえもだ。
何せ付き合い長いから。
もうかれこれ10年位・・・かな?
俺達が付き合い始めて。
そうだ、10年だ。
早いもんだなぁ、月日の経つのって。
そうかぁ、アレからもうそんなに・・・。
俺達が出会ったのは、俺が高校2年、麻美が同じ高校1年の春。
通学途中のバスの中。
そぅ。
あれは俺が高2で、麻美が高1の春の事だった。
・
・
・
・
・
つづく
(第五話) 『道 ― 3は想い出そしてサヨナラの数字―』 Part3
「次は〜、○○高校前。 ○○高校前」
バスの車内アナウンス。
俺はそこで降りるため、それまで読んでいた文庫本を手早くリュックに詰め込んだ。
『ボードレール詩集』だ、柄にもなく。
バスが停留場で止まった。
俺は立ち上がろうと顔を上げた。
その瞬間、
(ドキッ!!)
俺はその場で固まった。
目の前にとんでもなく奇麗な娘(こ)がいたからだ。
スリムで背は女子にしては高め。
抜けるような色白。
それを紺系の制服がより一層引き立てている。
パッチリオメメに高い鼻。
プッくらとした唇、そのラインが上品だ。
それらが瓜実型(うりざねがた)の顔の中に実にバランス良く収まっている。
長めの髪を当時も今も珍しいポニーテールに。
かえってそれが新鮮だった。
その娘は丁度俺の反対側に座っていた。
そして俺より一瞬早く立ち上がっていた。
だから間一髪、目は合わなかった。
良かったのか悪かったのか?
つまりその娘は俺の存在に全く気付いてはいなかった・・・ハズだ。
だが、俺は・・・
そぅ、俺は・・・
『なんて奇麗な娘なんだ!?』
これが俺の麻美に対する第一印象だった。
もっとも、その時その娘の名前が 『朝霧麻美』 で、俺よりイッコ年下だという事はまだ全く知らなかったのだが。
しかしその出来事は、
『オンナは奇麗だというただそれだけで、オトコを殺せる』
― そんな感じの言葉をどこかで見聞きした覚えがある ―
正にその言葉を実感した瞬間でもあった。
それから何日か過ぎたある日。
それが起こったのは、校舎の玄関、下駄箱のある所だった。
その日俺は遅刻しそうだった。
『ヤバッ!! 急がなきゃ!!』
そう思いながら大急ぎで下駄箱の蓋を開け、上履きを取り出し、それに履き替え、靴をしまい、蓋を閉じた。
そして左手で教科書やら体操服の入ったデカイバッグをムンズと掴(つか)み、猛然とダッシュ。
下駄箱前に敷かれているスノコから廊下に飛び移った。
その瞬間、
並んで置かれている下駄箱の角から女の娘が小走りに飛び出して来た。
その娘も俺同様焦っていた。
そこは俺からしてみると、勿論彼女からもだが、丁度死角になっていた。
当然、お互い予期せぬ出来事。
不意打ち食らって互いに、
『ハッ!?』
となったが後の祭り。
(ドシン!!)
俺達は激しくぶつかった。
体力の優る俺が右上腕部で彼女の左肩を突き飛ばす格好になった。
信じらんない事に、その娘は弾みで3メートル位ふっ飛んだ。
右肩に濃いブルーのやや大き目のスポーツバッグをかけたまま、それと一緒にだ。
そして半身(はんみ)の体勢で両手を床に着け、両足を揃えて投げ出し、顔を伏せた “オネェ座り” 状態になっている。
幸い怪我はなさそうだった。
それに服装の乱れも。
つまり短めのスカートは無事、めくれてはいなかった。
チョッと残念な気もするが・・・って不謹慎かなっ?
でも、ムッチムチの色白太ももはバッチリだった。
「アッ!? ご免!!」
俺は急いでその娘に駆け寄った。
その娘の足元まで来た時、その娘が顔を上げた。
その瞬間、
(ドキッ!!)
俺はその場で固まった。
その娘は・・・麻美だった。
「アタシの方こそご免なさい」
その時麻美はそう言った。
理由はどうあれ突き飛ばした俺を非難するのが当然のシチュエイションでだ。
そして自力でユックリと立ち上がった。
俺は手を貸すつもりだったのになんにも出来なかった。
ただ黙っていた。
否、
ただ黙ってジッと麻美の目を見つめていた。
そう、その時俺に出来たのはただ黙ってジッと麻美の目を見つめている事だけだった。
思いもよらない出来事に何も考える事が出来なかったのだ。
ただ呆然としてその場に立ち尽くす以外。
もし、周りに他の誰かがいたら又違ったリアクションをしたかも知れない。
だが、こういう時に限って誰もいない。
俺と麻美の二人だけ。
そこにいたのは。
運命ってヤツは時々そういう悪戯(いたずら)をする・・・ってか?
もう麻美は立ち上がっていた。
手を伸ばせば届く位置に麻美の顔がある。
目が合った。
俺は動けなかった。
だが、両手でスポーツバッグを持ったまま麻美も又動こうとはしなかった。
それは、
俺がなんにも出来ずにその場で固まったまま、ただ黙ってジッと自分の目を見つめている訳を理解していたからだった。
その時の麻美もまた、思いは同じだったのだ。
俺と。
・
・
・
・
・
つづく
(第五話) 『道 ― 3は想い出そしてサヨナラの数字―』 Part4
その時、
(ジリジリジリ・・・)
ベルが鳴った。
授業開始のベルだ。
『ハッ!? ヤバッ!? 遅刻だ!?』
俺達は同時に我に返った。
掛ける言葉が見つからず、というより何も言えなかった俺をジャストタイミングで始業のベルが助けてくれたのだ。
「じゃ!!」
逃げるように俺はその場を後にした。
否、正直に言おう。
逃げるようにじゃなくって俺はその場から “逃げた”。
もちろん怖かったからだ。
今思えば妙な話だ。
仮にその時俺がその場で麻美を抱きしめても、恐らく麻美はそれを拒まなかったハズだ。
それどころか抱き返して来たかも知れない。
俺にはソレがチャンと分かっていた。
しかし俺は逃げた。
否、
だからこそ逃げた。
が、正しい・・・か?
ただ、
『初めての出会いは美しくありたい』
そんな淡い思いが先立っちまったって訳だ。
『・・・』
否、違う!!
それは誤魔化しだ。
『怖くてどうしていいか分からない』
こっちが正解だ!!
って。
「フッ」
昔は、結構俺も純情してたもんだ。
笑っちまうゼ、全く。
さて、話を戻そう。
この出会いは序章だった。
お互いがお互いの存在を認識するためのホンの序章に過ぎなかった。
だが、充分過ぎる序章だった。
そして次だ!!
次の出会いこそが俺と麻美の物語の本編の開始。
そぅ。
俺達の物語の本編の開始は次の出会いからだった。
土・日を挟んだ翌週月曜日の・・・
・
・
・
・
・
つづく
(第五話) 『道 ― 3は想い出そしてサヨナラの数字―』 Part5
『良し、完璧!! リハーサル通り』
俺は思った。
ここは通学バスの中。
時は、例の件があった翌週月曜日の午前8時。
俺はこの前と同じ、初めて麻美を見つけたバスに乗った。
定期券挿入口に定期を出し入れして顔を上げた。
その瞬間、
『ハッ!?』
仰天した。
目の前に麻美が立っていたのだ。
ジッとコッチを向いて。
まるで俺を待っていたかのように。
否、
待っていたかのようにではなく、間違いなく麻美は俺を待っていた。
一瞬、俺はこの予想外の展開にうろたえた。
『あの娘ともしかしたら同じバスに乗り合わせるかなぁ?』
つー予感。
つーか期待ぐらいは確かにあった。
しかしホントにそうなる確信は全くなかった。
その日その時の俺には。
だからホントにいたので超ビックリ。
しかも目の前に。
だが、俺だって。
俺だって、そういう事があってもいいようにチャ〜ンと作戦ぐらい・・・。
そぅ、チャ〜ンと。
そして俺は出来るだけ平静を装い、ジッと麻美の目を見つめて挨拶した。
「おはよう。 こないだはゴメン」
と。
『良し、完璧!! リハーサル通り』
俺は思った。
「おはよう。 こないだはゴメン」
何回言っただろうこの言葉。
俺だって次に顔会わせたらどうすべきか位の事は確(しっか)りと考えてあったって訳だ。
「おはよう。 こないだはゴメン」
「おはよう。 こないだはゴメン」
「おはよう。 こないだはゴメン」
・・・
俺には確信があった。
『慌てず騒がずハッキリと。 そして爽やかに』
そぅ、ここポイント。
“さ、 わ、 や、 か、 に”
「おはよう。 こないだはゴメン」
って言えたら間違いなく俺はあの娘をゲット出来る。
という確信が。
そしてその通りに言えた。
リハーサル通りだ。
完璧!!
後は彼女。
彼女がどう出るかだ。
既に賽(さい)は投げられた。
次に彼女がどう出るか?
全てはそれに掛かっていた。
「アタシの方こそゴメンなさい。 急に飛び出したりして」
『良し!! いい返しだ』
「否、君が謝る必要ないょ。 やっぱ、あの状況じゃ悪いの俺の方だから。 女の子突き飛ばしちゃったんだから」
「ウゥン。 そんな事ない。 お互い様だょ」
『ヨッシャー!! 作戦通り!! いい流れだ。 この雰囲気を壊さず、かつ、速やかに。 しかし慌てず、騒がず、爽やかに・・・』
俺は思った。
そしてチラッとバスの中を見た。
『良し!! 周りに知った顔はない。 奥の方に何人かいるだけだ。 この会話は聞かれない。 安全だ』
「あぁ、そうだ。 自己紹介まだだったね。 オイラ、アッ!? い、否、お、俺。 い、否、ぼ、僕、・・・」
『ウッ!? し、しまったー!!』
「かかか、加藤健一」
『マ、マズったー!!』
「クスッ」
『ヤ、ヤバ!? わ、笑われたー!!』
「アタシは・・・朝霧麻美。 新入生です。 ヨ、 ロ、 シ、 ク。 加藤先輩」
「エッ!?」
『ナ、ナニー!? こ、この口ぶり!? も、もしかして俺の事知ってんのかぁ!?』
その時俺はかなり動揺していた・・・ようだった。
そんな俺の表情を読み取った上でか?
次に麻美は、
「クスッ」
と笑って一言こう言った。
「か〜わぃ」
『クッ!? ななな、何なんだこの展開は〜!?』
・
・
・
・
・
つづく
(第五話) 『道 ― 3は想い出そしてサヨナラの数字―』 Part6
「先輩、○○中ですょネ? 出身」
「エッ!?」
「○○中サッカー部ですょネ? 出身」
「エッ!? ど、どうしてそれを? き、君も○○中?」
「ウゥン。 アタシは××中」
「・・・」
「アタシ見てました。 2年前の春の県大会の決勝」
「エッ!? み、見てた?」
「ハィ」
『ヤ、ヤバッ!!』
俺は一瞬言葉を失った。
というのも、2年前まだ俺が中学3年だった時。
サッカー春の県大会に俺は出場した。
高校受験を控えている俺にとって、それは中学最後の大会だった。
ポジションは、もち FW (フォワード)。
しかもワントップ。
ゼッケンはエース・ストライカーでキャプテンだったから中村俊輔と同じ “10” でも良かったはずだが、残念ながらナゼか “3”。
“エース・ストライカーでキャプテン” ←ここポイントな、ここポイント。
ま、いっか。
“インテル永久欠番3” のジャチント・ファケッティと同じじゃけぇ。
もっともファケッティは FW じゃなく
DF (ディフェンダー)だったヶど。
そして俺たちは順当に勝ち上げり、もち俺の、この俺様の活躍もあって。
って、チョッと手前味噌。
しっかしその通り。
そして終に決勝進出。
その決勝戦。
相手は××中。
そぅ、麻美の出身中学。
だが、
得点は0対1。
俺達は前半開始早々1点入れられて負けていた。
何度かチャンスはある事はあったが決定打が放てないまま後半戦に。
その後、押しつ押されつの膠着状態(こうちゃく・じょうたい)が続き、終に後半ロス・タイムに突入。
最早、俺達の負けは決定的だった。
俺の中学最後のサッカーが終わりを告げようとしていた正にその時。
残り時間、後数秒。
『これが最後の攻撃になる!!』
誰もがそう思ったその瞬間。
やっと俺は、フォワードとしての責任を果たす事が出来た。
終了間際に放った一か八かの40ヤード超のロングシュート。
これが見事な曲線を描いてゴールに
(パサッ!!)
終に同点。
(ガックリ!!)
うな垂れている相手チームをよそ目に、オオハシャギする俺達。
当然、延長戦に突入。
だが、両者一歩も引かず無得点。
結局、勝利の行方は PK 戦へ。
俺は PK には絶対の自信があった。
それまで試合で一度も外した事がなかったからだ。
相手が先攻で既に5人全員に決められていた。
コッチも4人全員が決めていた。
俺が5人目だった。
確実にこれを決め、
『 PK 延長』
に!?
なるはずだった。
それは俺自身も又チームメイト達も全く疑ってはいなかった。
もっとも全員がドキドキではあったが。
だが、
事件はそこで起こった。
って、チョッと大袈裟(おおげさ)か。
その時、誰もが信じられない、勿論(もちろん)この俺自身もどうしてそうなったのかいまだに理解出来ない事が起こった。
春先の椿事(ちんじ) 否 珍事が。
“ほとんど空振りの打ち損じ”
俺が自信たっぷりに振り切った右足が見事に空を切った。
否、
ボールの脇をかすった。
そして俺はズッコケタ。
まるで FRISK の
CM のように。
当然、ボールはゴールには飛ばない。
飛んだ方向はアサッテ。
地面に尻餅(しりもち)をついたまま愕然としてゴールを見つめる俺。
泣き崩れるチーム・メイト。
そんな俺等をよそ目に歓喜の胴上げをする相手チーム。
中学生のクセに胴上げだ。
それを俺はただ呆然と見つめていた。
不思議と涙は出なかった。
チーム・メイト達は皆、うな垂(だ)れて泣きじゃくっていたのに。
ヒーローが一転してアンチ・ヒーローになった瞬間だった。
バツが悪いったらありゃしない。
『こんな事なら同点ゴールなんか決めるんじゃなかった』
とさえ、思ったぐらいだ。
そしてコレがトラウマとなり、俺はもう二度とサッカーボールを蹴る事はなかった。
体育の授業以外では。
つまりその日以来、俺はサッカーから完全に足を洗ったっていう訳だ。
だが、事はそれだけでは済まなかった。
その件は卒業までの半年間・・・とチョッと。
「ケンのアサッテ・ゴール」
と、揶揄(やゆ)され続けた。
アッ!?
俺、加藤健一でニックネームは “ケン”。
実に単純だ。
いかにもってか?
なんせ中学生だから。
コレ付けたの。
そして、当然俺は学校一の有名人。
★ ★ ★
否、
後で分かった事だが、それ以後俺は・・・というより俺の蹴り損じは・・・他所(よそ)の中学でも結構有名だったらしい。
これは後日麻美から聞いた事だ。
「健ちゃん、超有名だったのょ。 あの蹴り損じで」
って、麻美が大笑いしながら教えてくれた。
つーか、
からかわれた。
★ ★ ★
ガーーーン!!
『こ、この娘はよりによってあの過去の忌わしい大事件の目撃者だったとは・・・』
トホホ。
だが、これが結果的に大正解の結果オーライ。
もう俺はなんにも怖くなくなった。
だから変に自分を良く見せよう、な〜んて余計な気持ちはその瞬間一気に吹き飛んじまった。
そして・・・
・
・
・
・
・
つづく
(第五話) 『道 ― 3は想い出そしてサヨナラの数字―』 Part7
「朝霧クンだったっけ」
「はい」
「今日、予定ある? 帰り」
「ないヶど」
「じゃ、一緒に帰んない? 俺と」
「ウン。 いいょ」
「ヨッシャー!! 作戦通りー!!」
「エッ!? 作戦・・・?」
「アッ!? い、いや。 こ、こっちの事こっちの事。 こ、言葉のアヤだょ言葉のアヤ」
「そ」
『フゥ〜。 あっぶねぇあっぶねぇ』
「じゃ、さ。 4時、校門。 OK ?」
「ウン。 OK 」
『ナイス!!』
・・・
このやり取りが俺と麻美の本編の開始だった。
そしてその日の内に恋人宣言。
以来ズゥ〜っと。
しっかし、こうして思い返してみると結構俺達って・・・青春してたじゃん。
それからの10年間、紆余曲折(うよきょくせつ)色々あった。
とはいえ、取りあえずは平穏無事・・全て世は事もなし・・だった。
もっとも、途中何度か別れの危機っぽい事もあるにはあったんだが。
それにコイツはチョッとまぁ言い難いんだが・・・
俺とて木石(ぼくせき)には非(あら)ず。
適当に “ツ・マ・ミ・食・い” な〜んかも・・・
エヘヘへへ。
って、まぁな!!
オトコじゃけぇ、ナンせ。
しゃーあんめ。
麻美のヤツはどうだったかな?
多分なかったんじゃないかな。
淡白なヤツだし。
俺にゾッコンだし。
って、甘いか?
おぃおぃ、
「知らねぇトコで、な〜にやってっか分かんねぇーゾ!? 女の子宮は摩訶不思議」
な〜んて言うんじゃねぇーゾ。
麻美は俺と違ってしっかりもんだし、保守的だからその心配は無用さ。
た・ぶ・ん・・・
かな???
・
・
・
・
・
つづく
(第五話) 『道 ― 3は想い出そしてサヨナラの数字―』 Part8
秒読みだった。
そぅ、秒読みだった。
今更ながらだが、俺と麻美が俗にいうゴール・インするのは秒読みだったのだ。
そしてこの頃では、
「いつまで今のままでいる気?」
双方の親達からもそんな事を言われる始末だった。
もっとも、言われなくても本人達が一番良〜〜〜く分かってはいたんだが。
実を言えば、
俺も麻美もそのタイミングを窺(うかが)っていた。
そして俺がそろそろ切り出さなくっちゃと思い始めていたそんな矢先だった、麻美の両親が事故に遭ったのは。
母親は即死。
父親は半身不随。
麻美は一人っ子。
父親の面倒を見なきゃなんない。
『結婚したら一緒に面倒見りゃいいさ』
俺はそう思っていた。
しかし、
その時の状況が状況なだけに俺としては、
『結婚話を今切り出すのは間が悪い。 チョッと伸ばそう』
こんな感じだったし、麻美としても、
『ゴメン。 チョッと伸ばしてネ』
そんな風だった。
つまり、麻美の家庭事情がそんななのにこんな言い方はチョッと不謹慎ではあるが、
『ま、焦る事ないか。 今更』
ぐらいの気持ちで、お互い結婚に関しては余裕のヨッチャンこいていた。
だが、
そこに突如、降って湧いた俺の転勤話。
状況が一気に逆転。
思いも寄らぬ方向へ。
当然、俺はこの話を受けた。
否、受けざるを得なかった。
断われば失業間違いなし。
ハロー・ワーク通い決定。
かといって新しい働き口がそんなに簡単にホイホイみっかる保障なし。
だから俺はこの話を受けた。
とすれば、
当然、そこに待っていた結果は・・・別れ。
そぅ、別れだった。
麻美との・・・
・
・
・
・
・
つづく
(第五話) 『道 ― 3は想い出そしてサヨナラの数字―』 Part9
「はい。 朝霧です。 お電話を有難うございます。 ただ今留守にしております。 ピーという音に続けてお名前、ご用件、お電話番号をお話下さい。 折り返しこちらからご連絡させて頂きます。 それではどうぞ。 (ピー) 」
渋谷で会ったあの日以来、俺達は一度も顔を合わせなかった。
というのも麻美が俺を避け続けたからだ。
携帯の電源は切りっぱなし。
尋ねて行っても出てこない。
つーか、いない。
居留守使ってんのか、ホントにいないのか?
必ずいるはずのオヤッさんは半身不随だから出るに出られない。
俺もフライト準備のためそんなに麻美に時間は掛けらんない。
そして麻美に会えぬまま、終にフライト前日。
その夜。
俺は麻美に最後の電話を掛けた。
案の定、留守電のままだった。
メッセージが流れた。
なつかしい麻美の声だった。
チョッと甲高くって、綺麗で、済んでいて・・・
それから 「ピー」 っていう音。
その音を聞いてから、
(スゥー。 フゥ〜)
俺は一度、深く深呼吸をした。
そしてユックリと一言一言ハッキリと、こうメッセージを残した。
もしかしたら電話の向こうにいてこれを聞いているかも知れない麻美に向かって。
「俺、明日フライト。 じゃ、な、麻美。 ・・・。 サ、 ヨ、 ナ、 ラ」
と。
(ガチャ!!)
さらば俺の初恋。
さらば俺の青春。
さらば俺の恋人。
さらば俺の・・・
あ、さ、ぎ、り、あ、さ、み。
・
・
・
・
・
つづく
(第五話) 『道 ― 3は想い出そしてサヨナラの数字―』 Part10
『来るわきゃないか』
成田空港。
フライト直前。
俺は、来るはずのない麻美の姿を人込みの中に探していた。
ついにタイムリミット。
いよいよ搭乗アナウンスに従って、ゲートをくぐる事に。
見送りは親父とお袋の二人。
兄貴は仕事の都合でこらんなかった。
「じゃ、父さん、母さん。 行って来るょ。 兄貴にヨロシク」
「あぁ、体に気を付けてな」
と、親父。
「頑張ってネ」
と、お袋。
そして足元に置いてあったハンディ・パソコン入りのブリーフ・ケース(書類カバン)を持ち上げるため屈(かが)もうとしたその時、
お袋が言い難(にく)そうに声を掛けて来た。
「健一」
「なんだい、母さん?」
「お前ホントにいいのかい?」
「何が?」
「麻美ちゃんの事」
(ドキッ!!)
一瞬、
俺は言葉に詰まった。
きっとそれが顔に出たのだろう、今度は親父が、
「朝霧さんがあんな事にさえならなければなぁ・・・」
と感慨深げに言った。
俺は思いっきり虚勢を張った。
「なんだい、父さんも母さんも。 俺の栄転に水差すような事言って。 それにもぅ、俺と麻美は終わったの。 だからそんな心配しなくてもいいんだょ」
「あぁ、そうだな」
「あぁ、そうネ」
「じゃ、俺行くから。 着いたら直ぐ連絡入れるから。 今日はアリガト」
そう言って、俺は床に置いてあったブリーフ・ケースを右手で持ち上げ、親父とお袋に背を向けた。
(スタスタスタスタスタ・・・)
何歩か歩いた。
ゲートをくぐる直前、俺は振り返った。
親父とお袋の姿を見た。
二人とも手を振ってくれていた。
俺もあいている方の左手で二人に手を振った。
しかしその時俺が振り返ったのは、親父とお袋を見るためじゃなかった。
否、
それもあった。
が、本当は・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・麻美。
そぅ、今振り返ったらそこに麻美の姿が・・・
そんな最後の悪あがき。
淡い期待を込めての事だった。
しかし現実は、
『フッ。 やっぱ、来るわきゃないか』
だった。
・
・
・
・
・
つづく
(第五話) 『道 ―3は想い出そしてサヨナラの数字―』 Part11 (最終回)
『あらからもう3年かぁ。 早いもんだなぁ、月日の経つのなんて。 アッ!? という間(ま)だ』
俺はそんな事を思い出しながら信号が青に変わるのを待っていた。
麻美はまだ俺の存在に気付いてはいないようだった。
信号が青に変わった。
その瞬間、それまで止まっていた時間が一気に動き出した。
まるで100m走のスタート合図のピストルが撃たれたように。
サッカーの試合開始の審判の笛が吹かれたように。
それまで止まっていた車や人々が一斉に動き出した。
みんな夫々(それぞれ)のリズムとスピードで。
ある者は足早に、ある者はユックリと。
直進車は徐々に加速し、左折車は歩行者が途切れるのを待ち、右折車は対向車に止められている。
それらを俺は肌で感じ取っていた。
初めてだった。
こんな当たり前の事を改めて感じたのは。
否、
当たり前過ぎて見過ごしていたのか?
光や空気や水と同じで、それが余りにも当たり前の存在過ぎて気付かないでいるように。
しかもいつの間(ま)にか日が射している。
強烈な日差しだ。
つい今しがたまでどんよりと曇っていたはずなのに。
そんな事さえも気付かずにいるなんて・・・?
全てがあまりにも当たり前すぎるせいか・・・?
だが、
その中にたった一つだけ当たり前じゃない存在があった。
麻美だった。
一歩一歩、確実に俺達の歩く道は近付いた。
俺の歩く道と麻美の歩く道。
あの消化不良の別れから3年。
あの頃の俺達は間違いなく同じ道を歩(ある)いていた。
しかしそれから3年。
今の俺達は全く別々の道を歩(あゆ)んでいる。
その別々の道が今、後ほんの僅(わず)かの時間で再び交わろうとしていた。
(カツッ、カツッ、カツッ、・・・)
俺の足音。
(コツッ、コツッ、コツッ、・・・)
麻美の足音。
徐々に狭まる道と道。
(ゴクッ!!)
俺は生唾を飲み込んだ。
(ジトッ!!)
手に汗がにじむ。
緊張している。
(ドックン、ドックン、ドックン、・・・)
胸の鼓動を感じる。
まるで初めて麻美と出逢った時のように。
初めて出逢った女じゃないのに。
昔の恋人のはずなのに。
しかし俺は緊張していた。
『声を掛けるか、掛けざるべきか? ウ〜ム』
ハムレットの心境だ。
『掛けるとすればなんて言おぅ?』
こぅか?
『やぁ、麻美。 久しぶり』
それとも昔みたいに、
『俺のベィビィはハッピーかい』
ってか?
ここで俺は歩きながら一回、深く大きく深呼吸をした。
あの最後の電話の時と同じように。
(スゥ〜〜〜。 ハァ〜〜〜)
麻美はもう目前まで来ていた。
伏目がちに歩いている。
まだ俺に気付いた様子は見せない。
(カツッ、カツッ、カツッ、・・・)
(コツッ、コツッ、コツッ、・・・)
俺達の距離は後僅(あと・わず)か・・・3メートル位か?
このまま歩けば俺は麻美の左側を、麻美も俺の左側をおおよそ1メートル間隔ですれ違う。
麻美は顔を伏せている。
『どうする? 気付かぬ振りしてすれ違うか? それとも・・・』
もう後2メートル。
『良し!!』
俺は麻美に声を掛けようと空いている方の左手を上げようとした正にその瞬間、
『エッ!?』
俺は驚いた。
麻美がニッコリと微笑んだのだ。
しかし、
それは俺にではなかった。
その視線の先には乳母車(うばぐるま)がある。
麻美が両手で押している乳母車が。
そしてその中には赤ん坊が。
その赤ん坊の顔を覗(のぞ)き込んで、麻美がニッコリと微笑んだのだ。
赤ん坊もそれに気付いたようだ、麻美の顔を見ながらニコニコ笑っている。
恐らく麻美の子供だろう。
それが麻美の答えだった。
麻美はとっくに俺の存在に気付いていたのだ。
もしかすると俺より先に。
そして俺が声を掛けようとした正にその瞬間、
『来る!!』
その気配を感じ取り、我が子に目を落とし微笑んだのだ。
つまり、
その時麻美は無言で俺にこう告げたのだ。
『ほら、見て健ちゃん。 アタシは幸せなのょ。 今のアタシはこんなに幸せなのょ』
と。
この3年の間。
麻美に一体何があったのか俺は全く知らない。
又、知る必要もない。
知ったところで何の意味もないからだ。
旦那はどんな人で、半身不随の父親はどうしたか等・・知ったところで・・何の意味も。
俺はそれを良く承知していた。
だがそれは又、麻美も同じだった。
俺がどこで何をどうしているか等、知る由(よし)もなければ知る必要もなかったのだ。
3年という月日が二人をそう変えてしまっていた。
二人はもう、既に別々の世界に生きていたのだ。
そして俺達はすれ違った。
目を合わせる事なく。
言葉を交わす事なく。
お互い気付かぬ振りをして。
ジリジリ照り付ける強烈な日差しの中。
そのまま振り返らずに、歩調を変えずに、二人の距離を遠ざけるために、俺達は歩き続けた。
互いに待つ人の許(もと)に向かって。
そぅだ!!
実は俺も又、麻美同様、既に一児の父となっていたのだ。
もっとも、まだなり立てのホヤホヤではあったんだが。
生後一ヶ月の男の子の父親に。
現地に着いて2年目に俺は結婚した。
相手は日系三世のブラジル人。
支社長補佐就任1年目に出会い、恋に落ちた。
そして2年目、俺の支社長代理昇格と同時に俺達は結婚した。
支社長代理という立場上、俺は独身という訳には行かなかった。
俺にとって結婚は必須(ひっす)だったのだ。
その一ヶ月後に妻は身ごもり、つい一ヶ月前に男の子を産んだ。
元気ないい子だ、俺に似て。
なかなかハンサムだ。
当然俺に似て・・・ってな。
ハハハハハ・・・
そして今、俺はその愛する妻と子の待つブラジルへ飛び立つため成田に向かう途中だった。
本社に於(お)ける営業実績報告、並びに対ブラジル投資の戦略会議のため3年ぶりに戻った日本。
久しぶりに再会した両親と兄貴の元気な姿。
そして今日フライト。
当分戻ってくる事のないであろう我故郷(わが・ふるさと)日本。
その日本を離れる前にどうしても立ち寄りたかった場所。
それがこの道。
そぅだ、そうなのだ!!
ここは3年前、俺の元から逃げ帰って行く麻美の後ろ姿を見送ったあの道だった。
最後に麻美の姿を見たあの道だったのだ。
そして今日。
俺はわざわざ遠回りをしてここに立ち寄った。
それは想い出・・麻美との想い出・・それを捨て去るために。
明日(あした)のため過去の想い出とサヨナラをするために。
だが、なんと言う運命の悪戯(いたずら)。
『こ、こんな事があるのか!?』
嘘のような麻美との再会。
まるで絵に描いたような、誰かに仕組まれたかのような、麻美との再会。
『コレが天の采配(さいはい)か? 見えざる神の手か?』
そうとしか思えないような偶然の出会い。
『フッ。 まるでマリオネットじゃん。 俺達って。 ・・・。 否、きっと人間全てが・・・』
『運命の出会い・・・か? きっとこういうのを言うんだろうな』
『しっかし幸せそうな麻美の姿も見れたし、もう何も心残りはなくなった』
『最後の最後も又、結果オーライ・・・ってか!?』
・・・
頭の中を徒(いたずら)に取り止めのない言葉だけが駆け巡る。
そして今、3年前麻美が俺の元から走り去っていったのと全く同じコースを辿(たど)り、今度は俺が麻美に背を向けたままその道を渡りきった。
信号はまだ青のままだ。
俺は立ち止まった。
腕時計を見た。
針は、
12時03分00秒丁度を告げている。
『フッ。 たったの3分・・・か!? しかもジャストだ』
これがその瞬間の俺の思いだった。
そぅ、
12時00分00秒から始まり12時03分00秒に終わった物語。
たった3分間の物語・・・再会という名の。
それから、
俺はユックリと左手を上げた。
右手はバックを持っているので替わりに。
そして振り返る事なく手を振った。
やはり振り返る事なく歩き続けているであろう麻美の後ろ姿に向けて。
こう思いながら、
『俺、今日フライト。 じゃ、な、麻美。 ・・・。 サ、ヨ、ナ、ラ』
と。
・
・
・
・
・
(第五話) 『道 ―3は想い出そしてサヨナラの数字―』 お・す・ま・ひ